86 俺は本来的にはモブだから戦争する覚悟をすることができない
『コンディションレッド、コンディションレッド! 総員、陸戦に備えよ、これは訓練ではない! 繰り返す、コンディションレッド! 総員、陸戦に備えよこれは訓練ではない! 繰り返す、これは訓練ではない!』
非常事態を告げるサイレントともに格納庫に響きわたるヒステリックな女性のアナウンスが事態をより恐慌状態へと煽っていた。
『小銃及び弾薬、装具を受領後直ちに所定の配置につき命令を待て! 繰り返す、小銃及び弾薬装具を受領後所定の配置へ!』
「ちょっと、班長どこよ!」
「小銃来てないじゃん!」
「小銃架の鍵当番誰よ!?」
「ええっと、バリケードは?」
俺達がいる格納庫内は海軍の兵隊さんたちの金切り声で溢れかえっている。
普段こういうことをあまりやってないのだろう、俺が見てもわかるくらいにかなりグダグダだ。
「あぁん、もうッ! 誰か指揮してよぉッ!」
誰かが叫ぶ。もっともだ。
ここにいる人の中で一番偉いのは……陸奥中佐じゃないか!
俺は、ロボットの傍にいた陸奥中佐を探す……が、彼女の姿は忽然と消えている。
何やってんだあの人。こういうときにリーダーシップとるのが軍人だと思うんだが……。さては、恐れおののいて逃亡したか?
敵前逃亡は軍法会議で銃殺刑を言い渡される重罪だって聞いたぞ。
『橘だ、只今をもって当基地は戦時体制に移行する。なに、慌てなくていいぞ。訓練通りにやればいい。いつもは口でバンバン言ってる発砲音が本当に鉄砲から出るだけだ。嬉しかろう?』
格納庫内にナイスミドルな渋い声が流れる。と、あちらこちらからクスクスという笑い声が聞こえてきた。
すげえ、一瞬でパニックが治まったぞ。
『さて、状況は少し厳しい。隣の陸軍の主力が演習で富士山に出張中のところを狙いすましたように、現在、亜州超大国空軍の……もとい、所属不明の大型戦術輸送機二機が当基地を目指して八甲田上空にある。当該機パイロットに申告によれば、当該機は亡命を希望する民間人300人弱を乗せて亜洲超大国が不法占拠しているウラジオストクを片道燃料で離陸したという触れ込みだ。まあ、十中八九嘘っぱちだろう。オマケになんと、我が空軍の護衛付きだ。精強な我が空軍のことであるから、必ずや無事に送り届けてくれるだろう』
おどけた口調で橘提督が現状を揶揄するにあたっては、格納庫内は大爆笑で満ち溢れる。
芸人さんがいうところのドッカンドッカンだ。
『諸君にあっては言いたいことも多々あるだろう。なんで新潟じゃないんだとか、なんでわざわざ太平洋側に来るんだよとか、とっとと撃墜しちまえとか、な。……が、どうかそれを呑んで任務にあたってくれることを希望する。状況が終了したら隊員クラブ及び酒保を開放することを約束しよう。無論俺の奢りだ。なお、状況は敵侵攻部隊の撃滅をもってこれを終了とする。え? 状況って訓練のときだけだっけ』
格納庫内はもはや、人気お笑い芸人のライブのように大爆笑の嵐が吹き荒れていた。
たしか、橘さんっていうナイスミドルは、この海軍基地の一番のお偉いさんだったはずだ。
『とまれ、当該機はあと数分でファイナルアプローチを開始する。輸送機降着後、展開が予想される敵兵力は、装甲歩兵随伴の特殊空降兵2個中隊以上と思われる。ん? おお、たった今、隣の陸軍から、長門予備役大尉を現役に復帰させ中佐に戦時昇任、防衛戦の指揮を取らせると連絡があった。喜べ、あの長門延が助っ人に来るぞ。当基地では本任務の指揮は海軍中佐陸奥然をもってこれに充てる。防大53期のワンツーの指揮で戦争ができるぞ。これで勝てなきゃ、我軍は無能の誹りをうけるだろう。どうか、俺に散財させてくれ。なお、管制塔にZ旗を掲げる。皇国ノ興廃此ノ一戦ニ在リ、各員一層奮励努力セヨ! 以上だ』
基地司令の館内放送が終わり、残響がこだまする格納庫内は、完全な沈黙に覆われた。 シーン、という描き文字が見えてきそうだ。
見回すと誰も彼もが、目を見開いて息を飲んでいた。
もちろん、俺たち“失われた分隊”の連中もみんな何かに驚いたように目をまん丸にしている。俺以外が、な。
今までドッカンドッカン沸いていたライブ会場がいきなり凍りついたような有様だ。
「ぷッ、ぷぷぷッ!」
「ぶはッ!」
「ぶふふッ!」
と、あちらこちらから、軽い破裂音が聞こえ始める。それは瞬時にあたりに伝播し格納庫内に再び爆笑の嵐が吹き荒れたのだった。
幼年学校の生徒も俺以外の連中は腹を抱えて爆笑している。このとき、ここいら一帯で笑っていなかったのはきっと俺一人だけだったに違いない。
「ぎゃはははッ! 今のセリフ絶対狙ってたよな!」
「海軍士官だったら絶対言ってみたいセリフだもんなぁ」
「うわぁ、あの、長門大尉? 後でサインもらえるかなぁ」
「え? 呉竹、あんた幼年学校の卒業式で寄せ書きにしてもらってたろ?」
「あ、そうだった」
「だよねー、幼年学校時代はシゴきまくられた思い出しかないもんねー」
「そうそう、あの長門教官が英雄だったなんて、海兵団(教育隊)に入ってから知ったもんね」
「早蕨、教育隊の教官、助教に部隊配属されたらサイン貰って送れっていわれてたよな」
「うへえ、そういえばまだ送ってなかった」
「っしゃああッ! やるよッ!」
「「「「おおおおおおおッ!」」」」
ついさっきまでの恐慌状態はどこへやら、我に返った兵隊さんたちが、テキパキと動き始めた。
「早蕨、呉竹、刈萱、あんたたちは陸奥中佐のとこに行って、オペレーター任務、あとの者はバリケード構築! 敵襲に備えるよ!」
「「「「りょうッ!」」」」
小銃を手にした他の兵隊さんたちよりも年上そうな兵隊さんが役割を割り振ってゆく。
「……ッははは! さすが海軍航空隊にその人ありと言われた橘提督だ。ここで、東郷元帥をもってくるとはな」
「あははは、ほんと、すごい! さっきまでのパニックがすっかり治まっちゃったかな!」
「ったく、すげー神経してるぜ」
「ん? どうしたのあにき。鳩が豆鉄砲くらったような顔してる」
陽が俺を訝しむ、だが、このとき俺にはみんながなんで笑っているのかがまったくもってわかっていなかったのだった。
『傾注、傾注! 陸奥だ。群司令より本防衛作戦の指揮を執ることを任ぜられた。現在隊員諸君においては日頃の訓練通りに行動していると思う。あと、三分足らずで当該機は強行着陸を敢行、特殊部隊による強襲が予想される。すでに、陸軍では留守部隊による迎撃隊の編成が完結し……』
陸奥中佐の声が橘提督に代わってスピーカーから流れる。なるほど、敵の襲撃があったときに、すぐ指揮を取れるところに移動していたのか……ん?
俺の目に、さっきお姉さん兵隊さんから陸奥中佐のところに行くように言われていた兵隊さんたち二人が格納庫の出入り口側にある階段を駆け上がってゆく姿が目に映り込んだ。
(ん? え?)
彼女たちが駆け登っている階段の上には大きな窓の濃緑色のプレハブ小屋みたいなものがあり、それは、トレーラーの上に据えられた巨大なジャッキの上に乗っていた。
「ほう、移動式管制塔か。しかし、あれは確か空軍の装備だったはずだがな」
美洲丸の指摘した空軍の装備品、移動式管制塔にブルー迷彩のお姉さんたちが駆け込む。
「あ!」
大きな窓の中から陸奥中佐がマイクが付いたヘッドホンを片手に俺に向かって手を振っていた。
「何やってんだあの人? これから戦争が始まるってのに」
俺は、戦闘が始まるってのに緊張のかけらも感じていない様子の陸奥中佐に苛立ちを感じてしまう。
これから命のやり取りをしようって人の態度に見えなかったからだ。
「ふむ、なるほど、この防衛戦の大本営はここ、か」
「あははぁ、勇くんがいってたとおりかな」
「ほんとだ! 勇が言ってたとおりに、ここが最前線になっちまったな!」
「特異群のお姉さんたちに受けた特訓の成果を試せるってことだねッ! あにき」
「ぅわあ! なの、じっせんなのッ!」
「お、お前ら……」
俺以外の幼年学校生徒たちからもなぜだか緊張感を感じない。
「ジタバタしたってはじまりませんわ。」
「ですですッ!」
「ま、なるようにしかならないからねぇ」
美洲丸や小桃、楓たちはともかく、ついこないだまで小学生だった、陽や響、子の日さんや香取さん鹿島さん、そして我が失われた分隊の全員が実に落ち着き払っている。
皆が皆これから繰り広げられる鉄火場にワクワクしているようにさえ思える。
戦争が始まると聞いてオタオタしているのはまさに俺だけだった。
この世界のやつら、覚悟を決めるの早すぎだろ!
『陸軍の主力が演習で留守というこのタイミングで襲撃をかけてくることから、我軍への敵第五列の浸透が推測される。各員、細心の注意をはらい事に臨むよう……』
ずずうぅんッ! どっがあああああああんッ!
地響きと爆発音が陸奥中佐のアナウンスを遮る。
格納庫の外でかなり大きな爆発が起こったようだ。
「……り、陸軍の弾薬庫が爆発したぞ!」
滑走路側の大きな扉から外を窺っていた兵隊さんが叫んだ。
『くッ! 言ったそばからッ! ちゅっ、中佐ッ、中佐ッ、マイクマイク! ブツンッ!』
慌ててスイッチを切るような音がスピーカーを震わせる。
(おいおい、これってヤバくねえか?)
敵の輸送機がまだ到着してないってのに、弾薬庫が爆発したってことは、ミサイルかなんかで攻撃されたか、敵のスパイが爆弾仕掛けて爆破したってことだよな。
(だいじょうぶなのかよ? 避難とかしなくて……)
ことここに至っても俺の心はまだ一般人から脱していない。
あれだけ鉄砲を撃つ訓練をしたにもかかわらず、俺には戦争する覚悟が未だにできていない。
実際、でかい爆発音ですっかりビビってしまっていた。
(へへへッ、やっぱり俺は『竜洞生徒』と違ってモブだよな)
俺は、あらためて自分が主人公には似つかわしくないことを自覚する。
「幼年学校の生徒諸君はこっちへ! 防空壕に移動します! 1トン爆弾にも耐えられるウルトラ耐爆構造だから中にはいっちゃえば大丈夫よ!」
さっきまでロボットの傍らで整備作業をしていた水色の迷彩服のお姉さんが俺たちを防空壕に誘導しようと手を挙げる。
(ほッ、助かった。これで、戦闘に巻き込まれないで済む)
俺の目には水色の迷彩服のお姉さんが天使に見えたのだった。
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