85 『竜洞生徒』がこの人生を降りたわけ
「だって、だって、だってええっ!」
「小桃姉さま、梓は姉さまの味方。共に仇敵美洲丸勇を討とう」
「あずざぢゃぁんっ! ぅわだじっ、あだじいいいっ!」
「だいじょうぶ、、だいじょうぶ」
「小桃お姉ちゃん、梓ちゃん、言葉を選ぶのっ! いくらなんでも物騒過ぎなのっ! 気持ちはわかるけどなの」
「こ、小桃っ! 私は、私は……っ」
「ゆ、勇様……っ!」
しゃがみ込み、泣き出した小桃の頭を梓が撫でる。
美洲丸が、思いもかけずに幼馴染みを泣かせてしまったガキ大将みたいにオロオロとして、その服の裾を子の日さんがギュッと掴んでいる。
おいおい、仇敵美洲丸がわかるのかい響さんや。
(アオハルだなぁ……)
俺は、目の前で展開されているラブコメにぼんやりと微笑ましい気持ちになっていた。
いや、確かにこの状況は“竜洞辰哉”を巡る修羅場ではあるのだが……。
だってそうだろ、この修羅場は『竜洞生徒』を巡るものであって、俺を巡ってのことじゃない。
ってことは、これは、マンガやアニメを見てるのとおんなじだ。
「こらこらこらぁっ! こんなとこでなにやってんだよ、まったくぅ。まあ、分かるけどよぉ、小桃の気持ちも、だけど、今、ここではぶっちゃけ過ぎだぞぉ。見てみろ勇を、こんなにうろたえてるこいつは梓ちゃんが亡くなったとき以来だぞ」
「……っわあぁ……ここまで小桃姉ちゃんが感情出すのって、梓ちゃんが亡くなったとき以来だよ。あにきぃ、そろそろ本格介入しないと……まあ、したところでNAMだけどね」
なんとまあ、こいつらがこんなに感情的になったのは、梓が亡くなったとき以来なのか。
そいつは、一大事だな。
俺が、こいつらを宥めすかしたところで、陽が言うように、ベトナム戦争なみに泥沼化するのは火を見るよりも明らかだ。
と、言うか、こないだまで小学生だった陽が泥沼をベトナム戦争に例えるなんざ、流石は防衛幼年学校といったところか?
いや、俺も前の世界で待雪に見せてもらった戦争映画にベトナム戦争のやつが多かったんで図書室で調べて覚えてたんだがな。
待雪曰く、べトナム戦争映画の傑作は『ハンバー○ー・ヒ○』で次点は『ワ○ス・ア○ド・フォー○バー』、派手さなら『地獄の○示録』だということだったが、俺には、ヘリコプターの大群が乱舞してたのが印象的だった『地獄の○示録』以外よくわからなかった。
まあ、あいつはミリタリー関係のヲタでもあったから、一家言があったのだろう。
「あずざぢゃああああん! うゎだじっわだじいいいいっ!」
「いい子、いい子、小桃姉さまは悪くない」
「ああッ、もう、仕方ねえなぁ、小桃ぉ、ほら、泣きやめよぅ。辰哉が呆れるぞ。せっかくリセットされたんだから、な! そういうとこだぞ、オマエがウザがられてたの」
「がえでぇ……うわあああああんっ」
おいおい、リセットって……。
「楓姉さま、言葉を選ぶべき、いくら本当のことでも小桃姉さまの心を抉ることは梓にはできない」
「楓お姉ちゃんも梓ちゃんも同じなのっ! それじゃあ小桃お姉ちゃんをちっとも慰めてないのっ! いくら小桃お姉ちゃんが辰哉お兄ちゃんにウザがられていたのが本当だったとしても、今それを言う場面じゃないの! それに、ウザがられていたのは小桃お姉ちゃんだけじゃないの、楓お姉ちゃんだってそうなの!」
ちょ、ちょっと待て。そういう関係だったのか『竜洞生徒』とこいつらって……。
「おい! ビッキー、いま、それゆうか? オマエだってウザがられてただろッ!」
「ふ、己の思いをぶつけるばかりで兄様の御心を慮らない姉さまたちや響は梓よりも確実に兄様の覚えめでたくなるはずがないのは天地開闢以来の真理」
「ひどいかなっ! 梓ちゃん! それを言うなら、梓ちゃんだって、あくまでも妹ポジなんだからかなっ!」
「梓ちゃんひどいの! 梓ちゃんがウザがられていなかったのは妹だからだったの!」
泣き崩れていた小桃が涙を拭い去って仁王立ちする。
「む、梓はそれを否定する。兄様と梓はすでに深い口吻を交わした仲。梓の記憶が正しければこれは美洲丸勇にも達成できていない実績。梓の絶対的有利は揺るがない!」
「「「なんだってええええええっ!」」」
待て待て待て! 待てええええっ!
「梓、それは、あれのことかな? お前をパーソナライズしたときの遺伝子サンプルを俺の口腔粘膜から採集したときのアレのことかな?」
「うむ、あれで、梓と兄様は深く深く絆をあらたにした。あのめくるめく感覚はこの場の誰にもなし得ていない梓だけのもの」
梓はこてんと頷いて肯定する。
いや、確かにアンドロイドのパーソナライズを絆を繋いだと例えるならそうだろう。
だが、敢えて言おうあれはノーカンにして欲しい。と。
確かに現象面だけを切り取っていったならあの行為は確かにディープなキスだったと言えるだろう。
だが、アレをキスというなら、世の中の恋人たちのキスに申し訳が立たないぞ!
第一、あのとき俺はあくまでも受動的だった。
俺が能動的だったのは、ロボ梓の耳珠を押し込んだところまでだ!
「それにだ、梓、俺は、小桃も楓も響もウザいと思ったことないぞ。もちろんお前のこともだ。だからといって、美洲丸のことがウザくなったとかでもないからな。以前の俺がどうだったかは絶賛記憶喪失中の俺としては知るべくもない」
「え? 本当たっちゃん、わたしウザくない?」
「ほ、ほんとうか辰哉ぁ……」
「なの!」
「竜洞……」
「む、それはたしかにそう。兄様からは、以前感じていた梓への微妙な距離感を感じない。梓を起動した兄様は、梓が病を得た頃の兄様とは兄様の姿をした別の誰かにも思える。けれども、梓が兄様の口腔粘膜から採取した遺伝子的には全く相違なく竜洞辰哉本人。記憶喪失なる病はこれほどに人格を変えるのかと思うほど」
「本当だ! じゃなきゃ、このひと月あまり、お前たちに付き合ってもらうわけないだろ。自主練なんぞに」
このひと月余り、俺と小桃たちは“竜洞辰哉”が忘れてしまった、防衛基礎学……つまりは軍人っぽい動作とかなんやかやだ……を、近くの公園や俺たちが住む屋敷の境界の林なんかに集まって、朝に晩に休日に自主練していたのだった。
おかげで、俺の動作は記憶喪失になる前の『竜洞生徒』の所作を全て再現できていたのだった。まあ、脳味噌は同じだから……な。
「む、姉さまたちはずるい。梓に内緒でそんなことをしていたとは」
「なの! お姉ちゃんたちズルいの! 響も参加したかったの!」
今度は梓と響が両目に涙をためて不公平を訴え始める。
梓、お前涙で瞳を潤ませるなんて機能あるのか! すげえな、こっちの世界のアンドロイド技術は。
「そ、そうかぁ……最近、竜洞の所作が、以前のものに戻ってきていたのは、小桃や楓が為したことだったのか……私はてっきり鳳翔家令どのたちがつきっきりで指導した賜物だと勘違いしていたよ。できれば私も参加させてほしかったな」
「ゆ、勇さまッ!」
今度は美洲丸が儚げな笑顔を俺に向けてくる。その服の裾を子の日さんがギュッと掴んでいる。
(うわぁ、マジだこれ)
ああ、なるほど子の日さんが俺を目の敵にしていた訳がわかった。子の日さんにとって『竜洞生徒』は恋敵なのな。
……にしても、なんで鳳翔さんたちがここででてくる? 確かに、メイドさんっていうよりも、軍人さんって言ったほうがいい姿勢の良さは認めるところだが。
「へへへ、色男はつらいね、あ・に・き」
「はあ……うるせぇよ、陽! なんなら、譲るぞこの状況の中心……」
「とぉんでもない! でも、さ、選べないならみんなとってのが、一番なかいけつほうだよね。もうすぐほうりつもかわるし……さ」
「ふん……はぁ……」
俺はため息をついてしまう。だってそうじゃないか! 俺が想われているわけじゃないんだからな。こいつらが想いを寄せてきたのはあくまでも『竜洞生徒』なんだからな。
って、ええっ『竜洞生徒』よぉ。キサマ、こいつらをおっ放り出して黄泉比良坂をスキップでトンズラこいたんだよなぁ!
俺に押し付けて!
「くそッ!」
「あにき?」
思わずついた悪態に陽が目を丸くする。
なんで死んだ“竜洞辰哉”
今まで俺が得た情報から推測すれば、『竜洞生徒』は、間違いなく、病気で亡くなった梓がその記憶を全て引き継いだアンドロイドとして蘇ることを知っていたはずだ。
それに、小桃や楓、梓に響たち大勢の美少女たちにひとかたならぬ想いを寄せられている。
美少女だけならず、娚という両性の麗人の美洲丸にまで……。
今、国会で全会一致で成立しようとしている婚姻に関する法律の改正で、何人とでも結婚できるようになるみたいじゃないか。
竜洞家にはお嫁さんを何人だって養えるだけの資産もありそうだ。それこそ、大奥とか、後宮とかハーレムだって夢じゃないだろう? そんな大規模じゃなくたって十数人くらいなら囲えるんじゃね?
『竜洞生徒』にはそれくらいの甲斐性あんだろ?
なんてったって、元の世界じゃSFな存在の人型兵器……確か『試製歩兵装甲零式白兵戦闘機』って太刀浦が言ってたな……の開発資金だって出せるくらいだからな。
それに、どうやら『竜洞生徒』はその戦闘ロボのパイロット候補みたいじゃないか。
アニメや漫画、ラノベで言ったら主人公メカのパイロットってやつだ。
正に“物語の主人公”じゃないか。
貴族で金持ちでたくさんのメイドさんに囲まれて、ロボになっちまったとはいえ可愛い妹がいて(これは別の意味で萌え要素かも知れない)、両隣の家には美少女幼馴染がいて、妹の親友からも想いを寄せられていて、学校でも美少女たちからモテモテくんでヅカ系の麗人とはすでにそういう関係だったようだし……、ああ、なんか、目眩がしてきた。
(“竜洞辰哉”! キサマ、なんで死んだ? なんで俺なんぞにキサマのリア充人生引き継がせた?)
美少女たちに囲まれる学園ハーレムの王子様。
最新鋭兵器の少年パイロット。
正にマンガ・アニメ・ラノベの主人公じゃねえか!
なんでそんな中二病患者が羨む成功者の人生からリタイアしやがった?
ゾクリ! 俺の心の中の問に答えるように背中に冷たく粘ついた汗が流れる。
壊れたからくり人形のように首だけを回し、俺の真後ろに視線を走らせる。
俺の視線の先には、跪いた姿勢で拘束台に固定されている戦闘用ロボットが鈍い光を放っていた。
「お前……な、のか?」
「兄様? 試製歩兵装甲が気になる? なら行こう、体験搭乗に行こう」
ロボットへの“体験搭乗”をやたらと勧める梓の声が遠ざかってゆく。
代わりに前の世界で待雪に見せてもらったロボットアニメの戦闘シーンが甦る。主人公メカに撃破されて次々に爆発してゆく敵機。
敵がエイリアンやモンスターなら別だが、これが人類同士の戦争での兵器としてロボットを描いたものだとすると、敵は、当然人間だ。
と、いうことは、主人公が戦闘ロボットのエース・パイロットっていうことは即ち、人間が乗った敵戦闘ロボットをたくさん撃破したってことだ。
俺が待雪のところで見たアニメじゃ、主人公メカにやられた際に主要キャラ以外が脱出したシーンを見た覚えがない。
「た、大量虐殺じゃねえか……」
戦闘ロボットアニメの主人公は大量虐殺者だった。
今更ながらだが俺はその事実に戦慄する。
確かに、戦争状況ということや、その状況で座して殺されるのかといったことを考えれば襲ってくる敵に、持てる力……この場合は戦闘ロボットだ……で、立ち向かうのは当然だ。
だが、現象面だけに絞れば、ガン○ムのパイロットア○ロは大量虐殺者、だ。
「キサマ、そうなることに耐えられなかったの……か?」
「あにき? 何に耐えられないって?」
俺のつぶやきを聞きとがめた陽が聞き返してくる。
そうか、そうなるのに耐えられなくなったからこの人生から降りたのか……。まあ、確かに降りたくなるよな。
こんないい子たちに想いを寄せられている自分が大量虐殺者なんてな。
「はあ……そう……かぁ」
そうつぶやいた俺の袖口を梓がギュッと掴み自分の方へと引いた。
ロボ梓の怪力で引っ張られたら軟弱な俺はすぐによろめいてしまう。
「梓?」
「なにか……来る……兄様……ッ!」
梓が滑走路を茫洋とみつめる。はたして、その視線の先には何があるのだろうか?
「梓? どうした?」
「梓ちゃん?」
「兄様、早くアレに搭乗しよう! 今すぐ!」
梓が俺の腰を抱き、戦闘ロボへと押し遣り始めたその時、緊急事態を告げる身の毛もよだつ音色のサイレンの大音量が俺の鼓膜を激しく揺さぶったのだった。
「総員、陸戦に備えよ、これは訓練ではない! 繰り返す、総員、陸戦に備えよこれは訓練ではない! 繰り返す、これは訓練ではない! 急げええええええッ!」
毎度ご愛読誠にありがとうございます。
並びにブクマご評価いただきまして感謝いたします。




