84 主人公
「体験搭乗ですよ。そんなに構えなくても大丈夫。ウチでは『ちびヤン』とかでP3チャーリー(哨戒機)とかSH(対潜ヘリ)の体験搭乗もやってるからそう珍しいものじゃないと思うのだけれど?」
あからさまに胡乱げな微笑みで陸奥中佐が俺の肩をポンポンと叩く。
その背中に俺は、死神の鎌を幻視する。
「はあ、『ちびヤン』ですか……」
陸奥中佐が口にした『ちびヤン』というのは『ちびっ子ヤング大会』っていう名称の略で、元いた世界の自衛隊でも定期的に催されているちびっ子やヤングすなわち若年層を対象とした基地駐屯地開放行事だ。
俺が世話になっていた養護施設は、こうした自衛隊のイベントには事あるごとに招待されていたから、よくガキどもの引率を任されて行ったもんだ。もちろん両手に梓と陽の手をしっかりと握ってだ。
その化石化したネーミングセンスには呆れはしたが、イベント自体はいたく面白いもので、普段の暮らしの中ではテレビとかでしか見れない戦車や戦闘機とかを間近で見られるわけだから、俺はもちろんのことガキどものはしゃぎようはいつもの暮らしぶりからは想像できないものだった。
その『ちびヤン』の目玉の出し物に体験搭乗というのがあって、飛行機やヘリコプターに乗せてもらって俺たちの街の上空を遊覧飛行するんだが、普通の旅客機にさえ乗ったことのない俺たちのテンションはマックスゲージを振り切っておかしなことになっていたっけ。
そのときに乗せてもらったことがあるのはP3Cとかいうプロペラのエンジンが4つついた哨戒機とかいうやつだったと思う。
陸奥中佐が言ったぴーすりーちゃーりーとかいうやつの親戚だろうか?
「そ、体験搭乗! あくまで体験搭乗だから!」
「で、ですが中佐!」
陸奥中佐の口車に乗せられて、このロボットに乗ったが最後“体験”だけじゃ済まなくなることはわかりきっている。
なぜだかはわからないが陸奥中佐は、俺をこの戦闘ロボのパイロットにしたいようだ。
小桃や楓たちに助けを求めるが、どいつもこいつも目を伏せて頭を振っている。
「さ、さ、乗ってみよう。竜洞生徒。大丈夫怖くないから」
「兄様、乗るの? なら、梓は兄様の後ろの席に乗る。兄様の後席は天地開闢以来、梓が占むることが必定」
「あら、梓生徒も乗ってみたい? じゃあ、二人で乗ってみようか!」
「い、いや、ちょ、ま……」
「兄様、さあ、いっしょに! いっしょにぃッ!」
「いいから、いいから。さ、さ、ずずずいーっと」
陸奥中佐がグイグイ迫ってくる。
いや、そのお顔がとっても怖いですから。ちびっちゃいますから!
俺をロボットに乗せようと迫る陸奥中佐は、テレビから這い出てくる怨霊のように恐ろしかった。
パンツが体温と同じ温度の液体で若干だが湿ったことは地獄まで持っていく秘密だ。
それに、なぜだか梓までもが俺が戦闘ロボに乗ることにやたらと乗り気になってるぞ。どういうことだ?
「あ、い、いえ中佐、もう少し先輩方からお話を聞いてからにしようかと……あ、あそこにいるのは搭乗員の方ですよね。乗ったときの感じとか、あの方にお話を聞いてみたいです。乗るのはその後で……」
「あん、兄様……」
「そ、そう……ですか。ええ、そうですね。それもいいですね。彼女はあなたの父方の六従姉で搭乗員候補です。お話が終わったら、いつでも声をかけてください。私はここに居りますから」
なんとかその場をごまかして、しゅんと項垂れた陸奥中佐に背を向け、俺は入ってきた潜戸とは逆の滑走路に面した方の扉へと歩く。
六従姉って……、ええっと再従姉妹が曾祖父さんの兄弟の孫だから……。
ほとんど他人だな。
「私も付き合おう」
「む、兄様のお供は天地開闢以来、梓のお役目。美洲丸勇は下がりおろう」
「あん、たっちゃん待って」
「あたしも付き合うよ辰哉ぁ」
「お兄ちゃん、わたしもなの」
「あ、あにき、ボクも」
「あ、勇サマ、朱美をおいてゆかないでくださいまし」
俺の後に梓、小桃、楓、響、そして美洲丸と陽が続き、子の日さんが美洲丸に背後霊のように寄り添う。
俺たちを見送りながら陸奥中佐が舌打ちをしたのを俺の耳は聞き逃さなかった。こういうときの俺の耳はウサギ並みだ。
「竜洞……」
肩を並べた美洲丸が話しかけてきた。
「たっちゃん……」
「辰哉ぁ……」
小桃、楓が俺の名を呼ぶ。その表情はけっして明るいとは言えなかった。
「なあ、あの胡散臭い中佐だけどよ。俺をあのロボットのパイロットにしたいみたいだがなんでだ? 俺はア○ロみたいに始めっからロボット工学に強いとかってことないぞ。むしろ太刀浦だろこういった場合」
あの陸奥中佐という人物に対してすっかり不信感しかない俺は、あからさまな嫌悪を言葉に込めた。
「胡散……うわぁ陸奥中佐、かわいそうかな。ところでア○ロって?」
「任務に忠実な真面目な軍人なのになぁ。んで、ア○ロって?」
「キサマがいうア○ロは知らんが、陸奥中佐は20年後の統合参謀本部総長と噂されるほどに優秀な方だと聞くがな」
「あにきにかかれば軍令部長も道を譲る陸奥中佐が胡散臭いオバサンか。ア○ロってだれ? ロボット工学関係の人だったら圭輔くんが知ってると思うけど……」
陽、俺はオバサンとまでは言ってないぞ。
まあ、そこまでは思ってはいるがな。
意外と有名人なんだな陸奥中佐。
そうか、こっちの世界にはガン○ムはないのか。ガン○ムどころか、あの伝説的女性歌手もいないらしい。
まあ、俺も、名前だけだけどな、知ってるの。
「なの。どうみても、あの中佐殿は、なにがなんでもお兄ちゃんをあの試作機に乗せたいって感じなの。安室っていう名字は、こないだ読んだ日本国氏姓一覧って本に沖縄の地名由来の珍しい姓って書いてあったの」
響も俺と同じことを感じているようだ。
どうやら、こっちの世界には機動戦士パイロットのア○ロも、歌手の安○も存在していないらしい。
しかし、なんで俺なんだ? あの中佐はなんで俺をあのロボットに乗せたい?
幼年学校とは言え、たかだか高校生に無理やり軍事訓練を施して戦闘行為ができるようにしてまで俺をロボットのパイロットにする理由は何だ?
というか、この場合は竜洞生徒か……。
そして、さらには俺以外の『失われた分隊』の生徒たちだ。
第一学年にいる150人からの生徒の中からなぜこのメンツが選抜されてこのロボットと関わることになったのか?
「ふむ……どうやら……」
竜洞勲爵家も関わっているというこのロボットの開発計画の全容を知ることがこの謎の鍵のようだ。
俺は知らないが『竜洞生徒』は知っていた可能性が高い。
と、言うことは、竜洞家家令の鳳翔さんに聞くのがてっとり早いか。
あの人なら、この部隊実習で何が仕組まれていたのかを知っているかも知れない。『竜洞生徒』の次に、竜洞勲爵家に詳しいみたいだからな。
「竜洞、この分隊に関してなんだが、貴様に話していないことがある」
俺の思考を美洲丸の凛としたアルトが遮った。
「む、美洲丸勇。兄様への直言は許されない。いと高き御方のそばに侍らるる御方に申し上げますと、まずは梓に口上すべき」
おいおい、梓、たしか、家格からいったら美洲丸家の方が何段階か上のはずだぞ。
「美洲丸くん、それは太刀浦くんのことかな?」
「それしかないだろ、あたしだって変だと思ってたんだ」
「圭輔くんだけが、異分子なんだよあにき」
「ですわね。太刀浦圭輔だけがこの分隊でその存在に何の共通性もございませんでしたわ」
「なの、私達と太刀浦くんの共通項はお兄ちゃんのお友達という点だけなの」
「だから、迷彩されていたんですわね。って、わたくしはこの木偶の坊とは友達でも何でもありませんわッ!」
「子の日ちゃんのツッコミは理解するかな? でも、子の日ちゃんのお父さんは、たっちゃんのお父さんの部隊で主計将校をしていたのはホントの事かな」
「そ、それはそうですが……小桃さん!」
「ちなみにだが私の父は退役前はキサマの父上の直属の上司だった」
「わたしと、楓は、梓ちゃんと同じ家族枠かな」
「だなぁ、くふふふ」
「響のママは、お兄ちゃんのお母さんのお付きだったの。亡くなる直前まで……」
「まあ、そんなわけで、この分隊の全員が竜洞勲爵家の身内もしくは竜洞准将の関係者の子息で構成されているってわけだ。っと、特進されて中将だったなスマン」
「つぅまりぃ、けーすけだけが辰哉の友達枠ってことだなぁ」
「なるほど、友達枠ってだけなら、待雪もここにいなきゃならないってことか」
「ご明察……かなぁ」
「で、だ、竜洞。キサマには今更の情報かもしれんが……」
と、いう美洲丸の前置きに俺は肩を竦めてみせる。
美洲丸が言いたいことは、おそらくヤツの家と同様にあのロボットの開発費用を出資している竜洞勲爵家の当主である『竜洞生徒』に当然知らされているであろうあのロボットのことだろうが、俺はそれを全く知らない。
「絶賛記憶喪失中だ。教えてくれる方が嬉しいことのほうが多いぞ美洲丸。お前が言いたいことってのは、太刀浦が開発の最終段階に立ち会う義務があるって陸奥中佐が言ったことだよな」
そう答えた俺に、美洲丸は軽くため息をついて口角を微かに上げた。
「ああ、太刀浦があの試作歩兵装甲の開発に関わっている部分だが、挙動AIのプログラムだ。ヤツの祖父がその責任者なんだが、じつはプログラムの開発自体はヤツが中学二年のときからやっている。さっきも言ったが我が家はあの歩兵装甲に出資していてな。その関係でいろいろ知ることができたのだ。本来なら貴様の方が私よりも精通してておかしくないんだが……鳳翔家令殿からは何も聞いてないのか?」
「スマン。記憶喪失になる前に聞いていたかもしれないが、そういう投資をしていた話なんてここに来て初めて知った次第だ」
ため息混じりにおれは両手を広げた。
「美洲丸くん、たっちゃんは記憶喪失になって、まだ一ヶ月ちょっとかなッ! 思うんだけど、美洲丸くんってば、事あるごとに「そんな事も忘れたのか」とかって言いすぎかなッ! いろいろ記憶がなくなっちゃって一番困ってるのはたっちゃんかなッ! 美洲丸くんは小学校の時からたっちゃんとすごく仲良かったから忘れちゃってるかも知れないけど、親しき中にも礼儀ありって言葉思い出すかなッ!」
突如、小桃が堰を切ったように美洲丸に食ってかかった。食ってかかられた美洲丸は無論のこと、楓や響、陽や子の日さん、そして、梓までもが目を見開いて驚いていた。
「……ぁ、あ、す、すまない、しな……小桃。そんなつもりじゃなかったんだ。ただ、竜洞があまりにも色々と忘れてくれやがってるから、私は、私は……」
ん? 美洲丸の頬がほんのり赤くなっているぞ。それに、微妙に言葉遣いが乱れている。
子の日さんが顔を真っ青にして美洲丸の制服の裾を握りしめている。
(え? 『竜洞生徒』! 貴様まさかッ!)
「ゆ、勇ッ! それは、またあとで、な。小桃も言いすぎだ。勇は勇で辰哉のことが心配なんだから……な! ほら、辰哉見てみろよ。お前がでかい声出すからフリーズしてるぞ」
「楓は美洲丸くんに甘すぎるかなぁ……これじゃぁ僕が悪役令嬢みたいじゃないか」
「ほんとうに、楓姉さまは、美洲丸勇に甘い。ブラジルの黄色いお菓子より甘い」
「そういうなよぉ。お前たちだって知ってるだろ、あたしと勇が兄弟弟子だって」
「だからといって、これ以上お兄ちゃんの傍に……」
「お前らさ、梓が亡くなる前に勇のこと推薦してたの忘れてたのか? 梓が抜けたあとの姉妹の一角に勇を入れてほしいって……。梓が亡くなってから棚上げしてたけど」
「忘れてないの! 忘れてないけど……」
「楓ッ! それは今言うことかなッ!」
今や、耳まで赤くして俯いている美洲丸をそっちのけで、小桃と楓に響と梓が喧々諤々の言い合いを始めた。
おいおい、ちょっと待て。この超展開にはついていけないぞ。情報の分類と分析が俺の貧弱な脳みそじゃ追いつかないぞ。
ってか、ブラジルの黄色いお菓子って、こっちの世界には実在しているのか? お笑いネタの架空のお菓子じゃなくて実在したのか!
それに、梓、お前って、こんな高度なツッコミができるのか!
「……チッ! 楓姉さま、梓が蘇った以上、そのお話は無効だと宣言する。美洲丸勇は我ら姉妹には入れてあげない。これ以上兄様の御心が傾くことは許容できない」
「そうかなッ! 梓ちゃんの言う通りかなッ! 勇君のことせっかく忘れてるんだから、ここから逆転……」
「小桃お姉ちゃん!」
「ちょ、バカ、小桃、オマエぶっちゃけ過ぎだ! 阿呆ッ!」
一瞬にして小桃が顔面を蒼白にして壊れたからくり人形のような動作でこちらを向いた。
姉妹って、こないだ医務室でやってた、三国志演義の桃園の誓いのオマージュのあれか。
その姉妹に美洲丸を?
(ん? 美洲丸のことを俺が……いや、『竜洞生徒』が忘れてる?)
ちょ、ま! 『竜洞生徒』よそういうことか!? おまえっ! 美洲丸と!?
なんてこった! ほんとうに主人公人生じゃねえかよ『竜洞生徒』よぉっ!
試作品のワンオフの戦闘ロボットのパイロットにされかけていたり、学園ラブコメの王子様にだったりと、エラく忙しそうな立場に立たされちまってるけどな。
今更ながらに俺は、前の世界の俺のモブ人生からしてみれば、めっさリア充で幸せくんな『竜洞生徒』の人生への嫉妬の埋め火に酸素を送る。
貴様、なんでこんな幸せな人生を棒に振って、黄泉比良坂をスキップで下ったんだ? “竜洞辰哉”よ。
毎度ご愛読誠にありがとうございます。
並びにブクマご評価いただきまして感謝いたします。




