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県立防衛幼年学校  作者: 茅野平兵朗
第4章 『桜花』大地に屹立ス!
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91 奴らの手はとんでもなく長い

「お兄ちゃんごめんなさい! 響、やっぱり心配で、戻ってきちゃったの。移動管制塔に行ったはずのお姉ちゃんが、トレーラーの陰にいたから声をかけたの、そしたら……」


 響が半べそで俺に謝罪しながら、その首に呉竹韻の腕が巻き付けられた状況を説明してくれる。その必死さに俺は胸の中がカッカと熱くなるのを感じる。

 なんて気丈な子だ。元の世界じゃ、こんな子、松雪や太刀浦が見せてくれたアニメや漫画、ラノベの中にしかいなかったぞ。


「気にすんな。それより、お前を無事にうちに帰さんとな」


 梓と同じ年頃の女の子の泣き顔は苦手だ。俺は、平静を装う。が、きっと膝がガクガクと震えているに違いない。みっともないことこの上なく、な。

 なぜなら、さっきから膝に力が上手く入らないからだ。

 この感覚にはじつに不幸なことに、ものすごく慣れ親しんでいた。今よりもずっとガキの頃、生殺与奪を親と呼ばれるやつに握られていた頃から、な。


(ああ、この、命に関わる恐怖ってやつには実に慣れっこなんだよ。俺は!)


 慣れ親しんでいるからといって、恐怖感がなくなるわけじゃない。それに対抗する手段を少しだけ知っているだけだ。

 それに、妹と同い年の女の子のあんな必死さに応えなきゃ、男じゃないだろう?


「勲爵閣下、聡明だと名高いあなたのことだ、アタイが何者かすでにわかっているだろう? そして、アタイがなにをしたいのかも……あはははぁ」


 本当にこいつは響の姉なのかと疑わしくなるほどの下劣さで、呉竹韻がニタニタと嗤っている。

 下っ腹と、ガクガクと笑っている膝に思いっきり力を入れる。これ、間違えると実が出てしまうから注意、な。


「俺が、聡明だかどうかは自分のことだから分からんが、この状況であんたが何者で何がしたいか分からんやつのほうが少ないと思うぜ」


 つまり、恐怖に対抗するには、体中からカラ元気を振り絞って、虚勢を張るしかないってことだ。

 しかし……。

『竜洞生徒』が聡明だというのは幼年学校での他生徒からの慕われ具合でわかっていたつもりだったが、実戦部隊にまでそれが周知されているとは知らなかった。


(おまえ、実はすげえ有名人だったのか? 『竜洞生徒』、よぅ)


「えーと、つまりだ、あんたは、このロボットを強奪にやってきたどっかの国の特殊部隊の協力者、つまり、スパイって理解でいいのかな?」

「あははぁ……大せいかぁい! いやぁ、生まれ落ちたその時からねぇ、行ったことも見たこともない祖国に忠誠を誓わされることを強制されてきたやつのことを、あんたみたいな上級国民様にわかってもらおうなんて思ってないけどねぇ……」


 呉竹韻はニタニタと下劣な微笑みを顔に貼り付けて、俺に銃を向ける。


「うん、いいよぉ、じつに、いい。その顔ぉ。あんたみたいな上級国民様のそういう顔を見たかったんだアタイは。それだけで、アタイみたいなやつの人生に意味はあった」

「お姉ちゃん……、響は悲しいよ。お姉ちゃん、なんでこんなことするの?」


 呉竹韻の腕で首を吊るされた響が、逃れようとジタバタと暴れる。


「うるさいなぁ……響……だっけ、いやぁーあ、最大の誤算だったねぇ、あんたの存在は。そして、幼年学校の部隊実習があったことも誤算。新型歩兵装甲の奪取作戦決行が今日だったことも誤算……あーあこの作戦本当に誤算だらけだ」


 いやぁ、そんだけ誤算があったら。杜撰て言わねえか?

 俺は心の中で呉竹韻にツッコミを入れる。


「でも、まあ、搭乗員とドール、そして、誰よりもこの機体を熟知している整備員が同時に確保できるのは嬉しい誤算。だから、アタイは母国で英雄として迎えられ、貴族として、残りの生涯を贅沢三昧で送れる。だから、この誤算はサプライズってことぉ……ははははぁ……」

「お姉……ちゃん? 何を言ってるの? 響のこと、誤算?」


 呉竹韻の腕から逃れようとしていた響の体から力が抜けた。


「あはははぁ、わかったようだねぇ……」

「お姉ちゃんじゃない……の?」

「ご名答! アタイはぁ、あんたとは縁もゆかりも無い人間さぁ……ってか、もっと早くわかれよなぁ。あははははぁ」


 響を嘲笑う、呉竹韻の声が格納庫に響く。


「呉竹ッ! キサマ、気が触れたか!」


 格納庫中の小銃の銃口が呉竹に向けられる。


「あれぇ、アタイなんかにそれ向けていいのかなぁ! ほらぁ、もうすぐ来ちゃうんだろぉ! 輸送機から降りてきた敵とかいうのがさぁ! あははははぁ」


 そういえば、外から聞こえてくる発砲音が散漫になってきている。


『総員、格納庫扉に注意! こちらは別で対処する』


 格納庫内に、陸奥中佐のアナウンスが流れた。


「くッ!」


 銃口が呉竹から外され、再び格納庫の扉へと向けられる。


「梓、俺の後ろに」

「大丈夫、今の梓の体は兄様より遥かに頑丈。20ミリ程度なら耐えられる。それに、あの女が持っているのは麻酔銃。梓には全く意味がない」


 そうだった、今俺の横にいる梓はロボだった。

 20ミリって弾の大きさだったよな。弾の直径……たしか、口径とか言ってたっけ。俺たちが撃ち方を習ったライフル銃の弾の口径のが5.56ミリとかいってから、20ミリっていったらとんでもなくでかい弾だぞ。それに耐えられるのかロボ梓は……絶句だな。


「そりゃぁ、頼りになるな」

「む、梓は兄様を護るために生き返った。だから、こんどこそ、それを全うする覚悟」

「ありがとう、頼んだぞ梓」

「む、兄様に頼りにされるとは、感激の極み」


 ロボ梓が俺を女スパイの鉄砲から護るように俺の前に出る。


「あははぁ。なるほどドールを盾にするかぁ……勲爵閣下様は妹様を模ったドールを盾にして逃げようと、あははは、さすが、上級国民様だ。アタイみたいな底辺には思いもつかない方法で切り抜けようとする」

(言いたいこと言いやがって!)


 この女スパイ、パイロットとドールと整備士って言ってたな。

 パイロットは俺、整備士は太刀浦として、ドールって……梓のことか?

 確かに梓は人形(ドール)といえばそうなんだが……。ドールっていったいなんなんだ? 確かにロボ梓はそっち方面のドールではあるけどな。

 さっきから、梓のことをドールドールと連呼しやがって、たしかにこの梓はロボで、しかも、アレ方向にアレなロボだからドールって言い方は合ってるかも知れないけどな。

 前の世界のエロ師匠太刀浦が言っていたラブドールという単語を思い出す。昔はダッチワイフとか言われていたらしいが、最近ではラブドールという呼び方が一般的なようだ。


「確かに、梓はドールって言われてもおかしくないけどなぁッ!」


 俺は叫びながら制服を捲くり上げ、右腰に隠していた拳銃を引き抜く。

 梓が俺の右半身を隠すように前に出てくれたおかげで、俺は右腰に隠してある拳銃に手を伸ばすことができたのだった。


「……ッ! へえ、すごいな、上級国民様は銃刀法適用外かよ」

「む、響の姉を騙る女スパイ! 銃刀法を言うならキサマこそおかしい。キサマが手にしているのは我が国では使用も開発もされていない特殊銃。しかも、麻酔銃となれば医師法薬事法にも抵触している。兄様の銃所持は国の法で許可されている。キサマこそいたいけな少女を盾にして兄様を脅迫しているではないか!」


 女スパイは響を盾にして、俺に銃を向けてジリジリと近づいてくる。

 移動式管制塔は女スパイを狙撃するのに絶好のポジションなんだろうが、そんなことを実行するような素振りさえない。


「勲爵閣下は移動式管制塔からアタイが狙撃されるだろうと思っていらっしゃるみたいだけどぉ……。ざぁんねんでしたぁっ! この格納庫内に人質を無傷でアタイを狙撃できる腕を持ったやつがいないのは確認済みなんですうッ! ってか、ここいらでそういう腕を持ったやつは富士山に追っ払ってあるんですぅッ!」


 俺の何かを期待する視線に気がついたのか女スパイは舌を出して高笑いする。

 まわりの兵隊さん方が悔しそうに口角を歪めている。どうやら、女スパイが言っていることは本当のようだ。

 ん? 富士山に追っ払った? どういうことだ?


「ん? あ、れ?」


 急に俺の視界が薄暗くなる。前にもこんなことがあったな。ロボ梓がウチに来たとき、路地裏でチンピラに絡まれたとき、そして、響とチェスで対戦したとき。

 そのとき、俺が最善の手を撃つべき場所が薄暗くなった視界の中で、そこだけ明るくスポットされていた。

 そして今回も俺が最善の手を置くべきところがスポットされていた。

 俺はそこに向けて狙いを定め引き金を引き絞った。


 パンッ!


 小さくはない破裂音が格納庫内の空気を揺さぶる。


「ぐうッ!」


 女スパイ呉竹韻の手から麻酔銃が弾け飛び転がって行く。


「今だ! 取り押さえ……ッ! くッ!」


 呉竹を捕らえる命令を下そうとした格納庫守備隊の兵隊さんの口が一瞬にして閉じてしまう。


「ざぁんねんでぇしたぁッ! アタイみたいなのが、こうやって出てくるのに得物が一つなわけ無いだろうッ!」


 女スパイは麻酔銃が弾き飛ばされたのと同時に、隠し持っていた拳銃を引き抜いて響の頭にその銃口を突きつけていたのだった。


「あとぉ、そこの陰に隠れている幼年学校の生徒ぉ、出てきなぁ、出てこないとぉ……」


 背後を見ながら呉竹が響の頭に突きつけた銃口をグリグリとよじる。


「ま、待て出ていく!」


 ぞろぞろと出てきたのは実に見知った顔ぶれだった。


「美洲丸、陽、楓に小桃まで……お前ら……」

「ごめんねたっちゃん」

「すまん辰哉」

「わりぃ辰哉……」

「あにきぃ……」


 呆れる俺に視線を戻し、女スパイが美洲丸を睨み付ける。


「そこの、えーっとフタナリとオスガキ、後ろ向きな! それからそこの女二人、魔法使い共の口をダクトテープで塞いで手足を縛りなッ! 眠らされたり、金縛りなんてごめんだからねッ!」


 俺たち幼年学校生徒の存在が誤算だったと言いながらも、呉竹韻を騙る女スパイは、実に的確に自分を無力化できうる二人の魔法使いを選別してその能力の無効化に成功した。


「あはははぁ、アタイが誰が魔法使いかなんで知ってるかって? アタイたちの手はあんたたちがおよびもつかないくらい長いのさぁ。あははははぁ」


 この、呉竹韻を騙る女スパイの言う通り、この国のあらゆる階層にこいつらの手が伸びていることが容易に想像できた。

 だから、こんなときに頼りになるはずの陸軍の主力は演習に出かけているし、弾薬庫が爆破されたりもする。


『貴様らの手が長いのは了解した。今事変が収束した後には、江戸時代以前まで遡って戸籍を確認して、この国の住民でないものは大陸にご帰還願うことにしよう』


 苦渋に満ちた陸奥中佐の声がスピーカーから流れる。


「あははははぁ、それまでこの国があればねぇ」


 女スパイの勝利を確信した耳障りな高笑いが格納庫内に響く。

 格納庫の滑走路側の扉からは、ライフル銃の発砲音やなにかの爆発音が近づいてくる。

 このとき、俺の薄暗くなった視界には、くっきりと女スパイの眉間がスポットされていた。

 そして、不思議なことに、俺の膝は全く震えていなかったのだった。

毎度ご愛読誠にありがとうございます。

並びにブクマご評価いただきまして感謝いたします。

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