79 こっちの世界でもやっぱり女子の楽しみは恋バナだった
俺たち『失われた分隊』(待雪曰く)は、他の分隊の起床時間よりも数時間は早起きをして、他の生徒達とは全く違った日程での部隊実習を行う。
昨日のライフル銃の射撃に代わって、今日はピストルの『射撃体験』だ。
「こんなことだから失われた分隊なんて、待雪に言われるんだよな」
射撃場に……ああ、室内訓練場だったか……に向かうトラックの荷台に揺られながら俺は溜息をつく。
トラックのエンジン音とサスペンションの音がマジでうるさい。
こんなのに何時間も乗ってたら難聴になること間違いなしだ。
「失われた分隊? なんだそれは?」
そんな俺のつぶやきを耳聡く拾った美洲丸が左隣の座席からツッコんでくる。
もちろん一番後に陣取って俺たちの面倒を見てくれている特殊部隊のお姉さん方には聞こえないように声を潜めている。
しかし、この騒音の中で、俺のため息混じりのつぶやきなんてよく聞こえたもんだ。すげえ聴覚だな。
それだけで、兵隊としては十分優秀だと思うぞ。おまけに魔法まで使えるなんて、チートもいいところだろ。
もっとも、俺の場合、チートをくれるくらいなら、その分のポイントも使って妹を幸せにして欲しいと神様面接のときに神様にお願いしたわけだから、今更だけどな。
あたりまえだが、チートを辞退したことに関しては後悔してないぞ。
チートがなきゃ即死する可能性1000%のファンタジー系の異世界と違って、俺が転生してきたのはパラレルワールドで、元の世界とそんなに違いがないから不便もないからな。
むしろ転生してきてその人生を引き継いだ人間……このパラレルワールドの俺なんだが、そいつの環境が俺に取っちゃ、チートもいいところなんだ。
自分ひとりだけの部屋があって、盆正月でも出てこないようなご馳走を三度々々上げ膳据え膳で食べさせてもらえるなんて、ネグレクトの末に児相に保護されて福祉施設で育った俺に取っちゃ、チートどころか極楽浄土に住んでいるようなもんだ。
おまけに、俺だけの部屋にはうぉーくいんくろーぜっとなる洋服だけを置いてある部屋があるんだぜ。チートもいいところだろう?
元いた世界での暮らしを思い出していた俺を、太刀浦のくぐもってるくせにやたらと通る声が現実に引き戻す。
「ああ、美洲丸くん、それは『分隊』のところを『大隊』に替えるんだな」
右隣から俺越しに太刀浦が美洲丸に答えた。
え? 『失われた分隊』って、行方不明を例えた待雪の軽口ってだけじゃなかったのか? 元ネタがあったのか!
太刀浦の思わぬ用語解説に、俺はぽかんと口を開いた間抜け面で振り向く。
眼鏡の奥の優しげな眼差しが少し眩しいぞ太刀浦。
「竜洞くん、なるべく口は閉じたほうがいいんだな。目ざとい助教によってはそれだけでバッチョクなんだな」
だから、その面相と釣り合ってないぞその爽やかな笑顔は。
元の世界のキサマの目つきは、DTヲタク特有の飢えた獣のようなガツガツとしたものだったじゃないか。
「ふむ、ああそうか。前大戦時のアメリカ合衆国陸軍第34歩兵師団第141歩兵連隊第1歩兵大隊、通称テキサス大隊のことだな。欧州戦線においてフランスロレーヌ地方のビフォンテーヌ村東方近郊のヴォージュの森において、無理な前進でドイツ第933擲弾兵連隊に包囲され、殲滅されかかったところを、あの日系人部隊442連隊戦闘団に救出された……。な、なんだと! くッ! 私たちはそんなものに例えられてるのか。なんと不名誉な!」
美洲丸が顔を真赤にして怒り出した。おいおいその様子だと俺たちはとんでもなく愚劣な物に例えられているようだな。美洲丸がこんなにも激怒するようなもんに俺たちを例えたってのか待雪ぃッ!
「不名誉って……、落ち着け美洲丸。待雪が一人で言ってるだけだ。学年中で言われているわけじゃない」
「そうか…くッ、待雪め! よりによって我が分隊をあんな恩知らずで人種差別主義者を絵に描いたような白人様が指揮していた大隊に例えるとは……。くッ! 原隊復帰後、我が三組に招待して紅黄の戦技の訓練相手を務めて貰うこととしよう」
なんて不名誉なもんに例えやがった待雪。
お前、三組に呼び出されて陽の魔法のモルモットにされるみたいだぞ。
待て待て、そいつはかなーり危険じゃないか?
しかし、美洲丸が「くっ」っていうと、元の世界の太刀浦や待雪に借りて読んだラノベの女騎士みたいだな。オークとか、野盗に捕まって「くッ、殺せ……」とか決め台詞を言う……たしか、“くっころ”っていったっけ。
「美洲丸、一応だが、待雪の精神の保全をお前に嘆願しておくからな。ヤツがお前にリンチされるのは自業自得としてだ。あんなヤツだが俺の貴重な友人だし、こっちの世界じゃ貴重な男子だろ。頭イカれさせたら国の損失だぞ。ってか、よく知ってるなそんな大昔のアメリカ軍のこと」
俺はコメカミを人差し指で指し当てクルクルと回す。
「ふん、男子なんぞ子種さえ取れればいい! それにだな、442連隊戦闘団は英雄部隊だぞ! 大統領部隊感状の受賞は未だにアメリカ陸軍最多だ。中学一年のときのホームルームで、持ち回りでやった三分間スピーチでキサマが語ったことではないか。当時、アメリカは我が国と戦端を開いていたため、敵性人種と差別された日系移民たちは多大な犠牲を払って自らのアメリカ合衆国に対する忠誠を証明した。その心意気は現代においても見習うべき民族の誇りだ! と。……ん? キサマ、今『こっちの世界』って言ったか?」
くそ、失言だった。こいつ本当に耳聡いな。
「スマン、そんなことあったのか。どうやら俺は戦史にだいぶ詳しいようだな。まだ、絶賛記憶喪失中でな、お前にそんなことをエラそうに講釈していたとは汗顔の至りだ」
あえて『こっちの世界』の部分はスルーして、美洲丸の瞳を見つめる。嘘をつくときのコツってやつだ。嘘をつくときほど真剣な顔で相手の瞳を見つめるってのはな。
ん? へえ、こいつの瞳って平均的な日本人の瞳よりもかなり色素が薄い……っていうより、かなり青みがかってるな。
そういや髪の毛の色もかなり薄いし……。ってか、金髪混じってねえか?
「あぁ…そ、そうだったな……いや、私こそすまない」
すると……、美洲丸が微かに頬を染め俯いた。
な、こんな具合に嘘をつかれてる方が目を反らすことが多いんだ。
成功率は七割から八割五分ってところだ。かなりの成功率だろう?
第二次大戦中の日系人部隊か……。お屋敷に戻ったら、ゴーグル先生に聞いてみよう。
「あにきぃ……」
そんな陽の声が聞こえたような気がして、最後部に近い席に座っている陽の方に目を向ける。
案の定、陽は仲間はずれにされたような涙目でこちらを見ていた。
すまん陽、今日の晩飯時に出るという滅多にないデザートってやつ。一口味見したら、後全部やるから。そんな目で見ないでくれ。
元の世界の陽のことを思い出して胸が痛くなる。
俺はその顔に笑顔だけを見ていたいんだ。
「なになに? たっちゃん何のお話してるの?」
「なんだよう辰哉ぁ! コソコソしやがってぇ……。お前ら中坊の頃からホント仲いいよなあ」
「そうなの! お兄ちゃんと美洲丸くんって、中学のときは生徒会長と副会長だったからいつも一緒で仲良しのな。それはいいんだけど、もっと、響とお話してほしいの」
「む、兄様のお話相手は天地開闢以来、梓だけに許されたお役目。本来なら兄様の隣でトラックの荷台に揺られるのも梓」
向かい側の座席に座っていた小桃、楓、響、梓が俺たちの会話に割り込んでくる。
「いやいや、それでは竜洞は君とだけしか話せないってことになるではないか梓ちゃん」
梓に抗議する美洲丸だったが……ん? 話が微妙にズレ始めたぞ。
嫌な予感がしてきた。
参加人数が増えると話が斜め上空一万メートルに飛ぶことがままあるんだ。
「442RCTのことです。わたしの祖父が現役のときに陸大で書いた論文を読ませてもらったことがあるのです」
「あーそれそれ、あたしもかーさんに読ませられたわ。じーちゃんの論文」
香取さんと鹿島さんも美洲丸の向こうから参戦してきた。
お、ナイスだ、話の流れを元に戻してくれ。同じ怒られるにしても戦史談義のほうが雑談よりもお姉さんたちの心象がずっといいに決まっている。
「なぁんだ、たっちゃんと美洲丸くんのエロいお話じゃないんだぁ」
ちょ、ちょっと野間さん、せっかく香取さんと鹿島さんが軌道修正してくれたのに、また斜め上にズラすようなことを。
「ええッ! 美洲丸くんと竜洞くんってそーいうご関係だったの?」
「小桃! マジで焦んなきゃ! 美洲丸くんに取られちゃうよ」
い、いかん! だんだん収集がつかなくなってきたぞ。
俺は左右を見る。
美洲丸と太刀浦も顔を青褪めさせ始めている。
「ええぇッ! ゆうべ、美洲丸くんと辰哉くんが体験したって?」
ほらみろ、とんだ伝言ゲームになったぞ。
ってか、ありえねえ! 俺と美洲丸がそんなR18なことになるなんざありえねえ!
だって、美洲丸には付いてんだぞ!
やたらとゴージャスなバストをご所有になってるが、こいつには俺とおんなじ器官を股間に装備してるんだぞ! 同じ装備を持ってる以上、俺にとって美洲丸は対象外だってーの!
「うわぁ! 噂で以前の部隊実習のときに演習場でいたしちゃった先輩がいたって、ソフト部の先輩に聞いたことあるけど、ほんとにそゆことあるんだ!」
俺の心の叫びを無視して、女子のお喋りがあらぬ方向にスッ転がり始めた。こうなったらもう、後は全力で崩壊していくだけだ。秩序がな。
「待て君たち! 私にも好みを主張する権利があると思うのだが?」
必死の表情で美洲丸が訴えた。
そーだそーだ。言ってやれ言ってやれ。……だが、なんか微妙に傷ついた気がするのはなぜだ?
「そうですわ、勇サマが、見ているだけで欠伸が出そうな阿呆面をぶら下げたつまらない愚物をお相手にするなんて考えられませんわ。お言葉をかけるだけでも奇跡的なことですのに」
「まあ、まあ、朱美ちゃん、そんなにけなしちゃ竜洞くんが可愛そうだよ」
「です、です。いくら朱美ちゃんでも、あまりにも竜洞くんをあしざまに言うのは看過できないのです!」
あ、なんか香取さんと鹿島さんのフォローが染みてくる。
「確かに子の日さんの言う通り、たっちゃんには確かに昔から少しボーッとしたところがあるあるかな!」
「だなぁ、とてもとても美洲丸子爵の嫡娚様にはふさわしくないのだなあ」
「なのなの! 美洲丸くんにはもっとふさわしい方がおいでなの!」
「む、美洲丸勇は梓に兄様の隣の席を譲るがいい」
あれ? なんか小桃たちが子の日さんに同調して俺をこき下ろす方向にお話を持っていってるぞ。
「なぁんだ。あ、そうだ、ウチのクラスの欅坂くんなんだけどさぁ」
「え? あの薄幸の美少年風がどうしたの?」
「あーッ、のーまったらぁ、今それバラしちゃう?」
「いいじゃんいいじゃん、辛い訓練を乗り切るためのカンフルだよぅ?」
ジュルリというよだれをすするような音が小桃の方から聞こえてくる。
「なにそれ! 僕のインテリジェンスにはない事かなッ! くわしくきかせるかなッ!」
「おーう、小桃が知らないのも最もだねぇ、なにせ、あたしと葡萄牙ちゃんが昨夜目撃したての、ほやほやネタだからねぇ」
「そーなんだよ、小桃ちゃん。昨夜さあぁ、寝る前の柔軟しようとのーまと外出たところでさ」
「見ちゃったんだなぁ、鳳梨くんと欅坂くんがイチャイチャしながら歩いてるの」
うおッ。小桃が野間さんたちが暴露した腐った方面のネタにかぶりついたぞ。
「本当は最終日の枕話にとっとこうと思ってたんだけどぉ……」
あっという間に女子たちの関心は俺と美洲丸からうちのクラスの鳳梨と隣のクラスの欅坂の噂話にシフトしてゆく。
そして、車内は女子たちの腐った恋バナで姦しくなっていく。
「この流れは……」
「まずいな」
「そうなんだな」
女子の関心が俺たちから離れたのはいいが、この姦しさはかなり危険な香りがする。
陽も後部で顔を青くして俯いている。
「「「ぎゃははははははッ!」」」
「んでさぁ! ××××なわけよ!」
「「「あははははははは!」」」
これはもう、だめだ!
俺は、下腹に力を込めて雷が落ちるそのときに備える。
来るぞ来るぞ……。
…………………………………。
…………………………………。
あれ?
俺は荷台の最後部のお姉さんたちの様子を横目だけでそーっとうかがう。
うっかりジロジロ見たら、腕立て伏せを命じられるかもしれないからな。
お姉さんたちは目を閉じ腕を組んで片脚を膝に乗せて、トラックの揺れに身を任せている。
まるで居眠りしているようだ。
が、その口元は心なしか上がっているようにも見える。
「「「きゃはははははっ!」」」
幌で外気と隔たれた空間を、我が部隊実習分隊の女子生徒たちの笑い声が満たしていた。
聞いたこともないラブソングを歌い始める女の子も出始めた。
そんな様子を荷台の最後部でお姉さん兵士たちが薄目で見ながら笑っている。
朝靄の中を、女の子たちの嬌声を振りまきながら暗緑色の輸送トラックが射撃場に向かって走ってゆくのだった。
毎度ご愛読誠にありがとうございます。
並びにブクマご評価感謝であります。




