78 俺は腹を減らして風呂でベソをかいていたらしい
「今の今までぇどぉこに雲隠れしてたんだぁ?」
シャンプーの泡を撒き散らしながら、待雪がのほほんと尋ねてくる。
「そ、それは……なんだな」
「お前の分隊が明日やる訓練体験を前倒しでやってたんだ。スケジュールの効率的消化とか担任中隊の隊長が言ってたな。ああっと……体力向上運動(空挺式)体験だろ、らべりんぐ? だろ……、ああ、そ、それから……しゃ、射撃訓練体験とかな。だから明日はお前らが今日やった駐屯地内の施設の見学をやる予定だ」
射撃訓練のところで少し噛んじまったが、予め野分軍曹に教えられていた通りの『俺たちが今日行った』訓練体験を指折り並べ立てる。
俺たちが、普通の軍人が一年分に訓練で使う弾薬の実に三分の一を撃ちまくったことは箝口令が敷かれているから内緒だ。
「り、竜洞君、らべりんぐじゃなくて、ら、ラぺリングなんだな。ち、ちなみに昼食は戦闘糧食だったんだな」
「オエッ! Huuuuu……。官食かよ、そいつぁ、御愁傷様だったな。俺たちの昼飯は去年の全軍駐屯地基地炊事競技会で優勝したメニュー『バラ焼き定食』だったぜぇッ、Huuuuuッ!」
待雪はえずき顔を作って俺たちに同情した後、アゴを突き出して自慢げに昼食の感想を語りだした。
戦闘糧食という言葉を聞いてえずき顔をするということは、待雪の親も軍の関係者で、ガキの頃から親が家庭に持ち帰った戦闘糧食を飽きるくらい食べてきたってことか。
「そ、それはうらやましいんだな」
口ではうらやましいと言いながらも、太刀浦の表情はちっとも悔しそうじゃない。むしろ余裕の笑みを浮かべている。
きっと内心じゃ俺たちが昼に食ったのが全将兵垂涎の特殊部隊糧食だったんだって自慢したいんだろうな。
だが、それを言ってしまったら俺たちの担任部隊が特殊部隊だってことがばれてしまう。
とりもなおさずそれは、俺たちの今日の訓練内容にも触れることになるから箝口令に抵触する。俺たちの昼食メニューは軍機(この言葉はついこないだ覚えたばかりだ)だぞ太刀浦。
「じゃぁあ、せぇめて、晩飯はたぁのしめよぉ失われた分隊諸君。Huuuuu! 晩飯は競技会で初優勝したときのメニューだってぇよ。Huuuuu!」
「な、なんと! あの伝説のもつ煮込み定食なんだな!」
「ごめぇいとうだZEッ! 太刀浦っち。ちなみに情報源は鳳梨くんだ!」
指をさす待雪の向こう側から、俺たちのクラスの鳳梨と他のクラスの男子生徒たちがひょこひょこと笑顔をのぞかせる。
一学年に両手で数えるくらいしかいない男子だからな、風呂の時間は一緒になる……道理か。
「やあ、竜洞君! 無事で何より。ウチの姉がね、今、糧食班勤務でね、昨夜献立表見せてもらったんだ。明日の朝昼夕も競技会で連覇した時のメニューだよ。あと、明日の夕食、普段は出ないデザートもあるってさ」
と、うちのクラスの鳳梨。
「ふ、ふ、ふ、陸軍だけじゃないよぉ。明後日からの海軍での食事も期待していいよ。母さんが海軍基地で栄養士してるんだ。……にしても、一個分隊だけで別行動なんて、聞いたことないよ」
他のクラスの男子が俺たちのクラスだけ別行動だったことを蒸し返す。
「へええっ! 普段出ないデザートってなんだろうね。あにき楽しみだね」
すかさず陽がとびっきりの笑顔を武器に力技で話題を変える。
「ああ、それ知ってる。俺の母親、需品科の科長で納品に立ち会ってたから……明日のデザート、マジで期待していいと思うよ。口止めされてるから僕の口からはここまで。まあ、竜洞君や美洲丸君の家なら、そんなの珍しくないだろうけど、僕ら庶民レベルでなら、まあ、十年に一回あるかないかのもんだと思うよ」
もう一人の他クラスの男子が体を洗いながら陽の問いに答える。
しっかりと核心はぼかしてはいるがな。
「おいおい、我が軍の防諜はどうなってるんだぁHuuuuu! 隊員食堂の献立などという特防秘をこうもたやすく漏洩するなんてHuuuuu!」
待雪が芝居がかった動作で両手を開いて肩をすくめる。
「ぷッ!」
「っはははッ!」
「くはっ、はははははッ!」
「「「は、あははははははッ!」」」
「まったくなんだな。我が軍の防諜意識は全くもって底抜けなんだな。ははははは!」
ぎゅるるるるるる~~~~~ッ!
と、突然、俺の腹から物凄い音が発生した。
「は、は、はははは」
こんなに激しい腹の音は児相に保護される直前、水と塩と砂糖だけで過ごしたあの一週間以来だ。
「Huuuuuッ! ではでは諸君! たっちーのお腹と背中がくっつく前に、食堂に突撃といこうZEッ!」
ざぶりとお湯をかぶって、泡を流し、待雪が湯船に飛び込んだ。
「「「「おおおおおおッ!」」」」
俺たちは力強く拳を突き上げ雄叫びつぎつぎに湯船に飛び込んでゆく。
ぐぎゅうううううううっ!
再び俺の腹が物凄い音を発生させ、大音量で浴場に響き渡る。
数瞬後、俺たちがいる男湯のみならず、女湯までもが大爆笑の渦に巻き込まれたのだった。
※※※※※
かくして俺たちは宿舎に風呂道具を置いた後、待ち合わせて駐屯地下士卒食堂へと突撃を敢行した。
「う、おぉう……」
「うう……これは……なんだなぁ……」
「うわぁ…なんか……いたたまれないよあにき」
「Huuuuu……、たっちー……こいつぁ……」
「竜洞くぅん……」
「「「「竜洞ッ!」」」」
食堂になだれ込んだ俺たち男子を待っていたのはクスクス笑いと生暖かい視線だった。
「ぷッ! くははッ! あはははははははっ!」
どこかで誰かが耐え切れなくなったという感じで笑い出す。
それが蟻の一穴となり、笑いの輪が光速で広がってゆく。
食堂全体が爆笑の渦に飲み込まれるのにはさほど時間はかからなかった。
いたたまれなくなりながらも、空腹には耐えられず俺は食器とお盆が一体化した金属製のトレイを持って配食の列に並ぶ。
ほどなく俺の番が回ってくる。
「うぉ……」
俺のトレイに、どーんと他の生徒の三倍量に盛り付けられたごはんとオカズが載せられる。
「キミだね! お風呂でお腹を空かして泣いてたって生徒は! 特配だよ! いっぱい食べな。気にしなくていいよ。空腹の殲滅があたしたちのモットーだから! ごはんはいくらでもお代わりしていいからね! あと、テーブルの上のふりかけも使い放題だよ!」
と、やたら体格がいい食堂の配食係のお姉さんが、とってもいい笑顔で真っ白な歯を見せる。
「は、ははは……すごい盛りなんだな」
「ボクらの三倍くらいは軽くあるよ、あにき」
「Huuuuッ! おいおい、それ。食いきれるのか? たっちー」
「空腹の殲滅ってすごいねぇ」
「「「「「すげ……」」」」」
男子たちが口々に俺のトレイに載っている三倍量の夕食に呆れ声を上げた。
俺の腹が鳴ったところまでが、どういう経路で伝わったのか、俺が腹を空かせて風呂で泣いていたということになっていたらしい。
いったいどんな伝言ゲームをしたらそうなる。
「せっかくだからな、ありがたくいただくぞ。俺は腹ペコで泣いていたらしいからな。お、あそこが丁度人数分空いてるぞ」
一緒に食堂に来た男子生徒全員分のイスが空いているテーブルを見つけ、各々が席に着こうとしたその時。
「あ、たっちゃん! お腹空き過ぎてベソかいてたってほんとかな? わたし、あんまりお腹空いてないから分けてあげるかな!」
「辰哉ぁ、あたしのも分けてやるから元気出せよう!」
「む、兄様にお食事を分けてあげるのは天地開闢以来、梓の役目。食事を必要としない私は全てを兄様に捧げられる」
「おにいちゃんには響がわけてあげるの! 響のごはんで元気出すの!」
俺以外の男子たちが弾き飛ばされ、そこに小桃と茜に梓、響が割り込んできた。
「あはははは……、たっちーモテモテだな、Huuuuu!」
「うわぁ……」
「うげ……え」
小桃たちに弾き飛ばされた待雪が軽く冷やかしてくる。が、他の男子生徒たちはドン引きだ。
元の世界だったら、こんなときは、茶化しや冷やかしの嵐となるところなんだが、こっちの世界の男子はそんなことはしない紳士のようだ。
「竜洞君! さあ、どうぞです! 竜洞君の空腹はわたしが癒すのです」
正面からトレイに載ったこれまた山盛りの食事が差し出される。
「え?」
「食べて食べてっ!」
いつの間にやら俺の向かい側には香取さんと鹿島さんが陣取っている。
たしかそこには陽が座っていたはずだが……。
「香取鹿島あにすっだよ!」
陽はトレイを抱えて尻もちをついていた。どうやら陽も弾き飛ばされたらしい。
トレイに載せられている夕食を米粒一つ味噌汁一滴こぼしていないのはさすがだ。
だがな、陽、お前は飛び級で俺と同学年だが、香取さん鹿島さんも飛び級で同学年とはいえ、お前よりは二つばかり年上だからな、ちゃんと敬意をはらえ。
「あにき! ボクのをあげるよ、くそっ、じゃますんなよ鹿島香取! あにきの向かいはボクの席だっ!」
俺の向かい側に戻ろうとする陽を香取さんと鹿島さんが巧みな連携でブロックする。
陽は戻れずにピョンピョンと飛び跳ねるばかりだ。
「陽君、時間を無為に過ごすことはお勧めできないんだな。あの香取さんと鹿島さんの対空砲火は、かの江草隊でも抜けないんだな、こっちに来るといいんだな。宿舎のベッド、竜洞君の隣を代わってあげるんだな」
太刀浦が陽の手をとり、傍の空いているテーブルに連れていく。
「わ、わかったよ、圭輔くんぜったいだからね! あにきのとなり! やくそくだからね! 香取鹿島おぼえてろよッ!」
「さあ、早く食べて宿舎でトランプでもするんだな。もちろん竜洞君も誘うんだな」
「うん、わかった!」
へえ、陽って太刀浦のことを圭輔くんって呼ぶのか……。仲良さそうだな。
しかし、太刀浦よ、貴様のその風貌に全く不似合いな爽やかさはどこで育んだんだ?
「んじゃ、たっちー、俺たちはこっちで食うわ、Huuuuuッ!」
「またね竜洞君」
「「「「「ごゆっくりぃ」」」」」
小桃たちに弾き飛ばされた陽に太刀浦や待雪たち男子の面々が隣のテーブルに移ってゆく。
その後ろ姿に手を合わせ、俺は山盛りメガ盛りギガ盛りの晩飯に向かい合う。
俺を囲んだ小桃たちがものすごくいい表情で微笑んでいる。
「「「「「「めしあがれ!」」」」」」
「いただきます」
俺は、猛然とギガ盛りの晩飯に吶喊する。
勲爵家という貴族の家の現当主としてどうかと思えるようなガッツキっぷりだろうが、今の俺の設定は腹を減らして風呂でベソをかいていた欠食少年だ。
だから、当たるを幸い片っ端から口に放り込み、咀嚼もそこそこに飲み下してゆく。
「うわぁ、たっちゃんすごい……もっとご飯持ってきてあげるね!」
「まじか? 辰哉ぁ……くっそお、負けてらんねぇ」
「兄様ご飯持ってきた、食べて」
「お兄ちゃんふりかけかけてあげるの」
「はいどうぞです、もっと食べるです。竜洞くんの食欲は底なしですぅ!」
「ん~~~~ッ! 惚れ惚れする食べっぷりだねぇ、これもあげるね」
おいおい、なんのわんこそば大会だ? 俺の胃袋は宇宙じゃねえぞ!
俺の目の前にあるギガ盛りのメシは、全く減ってゆく様子が伺えない。なぜなら一口食べるごとに競い合うように小桃たちが継ぎ足してゆくからだ。
「ぐもも、いいふぁへんひひろ、あぐふぁ、もうふへんふぁらやめふぇふれ」
(小桃、いいかげんにしろ、梓、もう食えんからやめてくれ)
俺の訴えはことごとく無視され、メシの山が丘から大山脈へと嵩を増してゆく。
メシの山を制覇するか、俺が倒れるか。どっちが先かという状況になってゆく。
だが、俺は、ギガ盛りメシごときに負けるわけにはいかない。
「よ、陽くん、竜洞くんはあんなに健啖家だったかなんだな?」
「ううん、圭輔くん、あにきは大好物の塩釜ローストビーフでさえ、食べても10ミリスライス3枚だったよ。残りはおみやにしてメイドさんたちにあげてたって……」
「Huuuuuッ! ガンガレたっちーッ!」
「「「「「「がんばれー!」」」」」」
メシで腹が膨れすぎて目眩がしてくるが、まだ意識ははっきりしている。
太刀浦や陽の声がはっきり聞こえるからな。
そういえば、待雪が風呂場で言っていた失われた分隊ってどんな意味だ?
いや、何となく行方不明の分隊のことを指した言葉だろうって、ニュアンス的にはわかるが、あいつのことだから何か元ネタがあるに違いない。
宿舎に戻ったら太刀浦に聞いてみよう。
俺の目の前のギガメシ山脈を制覇してからだがな。
毎度ご愛読誠にありがとうございます。
並びにブクマご評価感謝であります。




