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県立防衛幼年学校  作者: 茅野平兵朗
第3章 風雲校外実習
77/108

77 的の形の意味

 ダァンッ! 

 まさに轟音という表現がぴったりなライフル銃……あ、小銃って言うんだったっけ……の発射音が耳栓をしているはずの俺の鼓膜を劈く。

 周囲の空気が揺れ土埃が舞い、ガツンと肩を突き飛ばされたような衝撃に一瞬視界がホワイトアウトする。

 これ、耳栓してなかったら、鼓膜破れるかもしれないし、銃床を当てる場所がズレてたら鎖骨くらい簡単に折れるよな。

 かといって、思っていたよりも銃を撃つこと自体は、ビビリまくるほどのことでもなかった。

 だが、なにか取り返しがつかないことをしてしまった感が頭の隅っこに澱のようにわだかまっている。

 遥か遠くでパッと土煙が上がる。


「圏外! 的の左六十センチ!」


 後ろにいた助教が声をあげ、俺が撃った弾の行き先を教えてくれた。三百メートル先の的が映されたモニターを見ている。

 圏外ってのはどうやら得点圏外のことらしい。

 的の手前に完全防弾仕様のテレビカメラが設置してあるんだろうな。


(チッ、くそッ! またかよ)


 心の中で俺は何度目かの舌打ちをして悪態をついた。

 これで連続六発も外してしまっていたのだった。

 最初にやった二十五メートルの距離での射撃では、国民的アニメドラ○もんのの○太並みの天才じゃなかろうかと思うほど、的のど真ん中に当たっていたんだが、的までの距離が三百メートルに離れたとたんに何発撃っても狙った場所の左にずれて着弾してしまうようになってしまったのだった。

 きっちりと習ったとおりに、丸い輪っかの照門? の真ん中に照星? のてっぺんを入れて、その照星てっぺんに、ここからじゃシャーペンの芯を正面から見たような極小の黒い点にしか見えない的をのっけるように狙って撃ってるんだがな。


(くそッ、全っ然当たらねえ)


 しかし、俺たちが狙い撃っている的の形は実に不思議だ。

 白地に黒で描かれたその的は、なぜだか角の全てを丸くしたなだらかな凸形をしている。

 射撃の的といったら、いくつもの同心円の中心付近が黒くなってるアレだよな。

 このなだらかな凸型に何の意味があるってんだ。

 まあ、二百メートルも離れると、丸だろうが凸型だろうが、小さな点にしか見えないんだけどな。

 そういえば、さっき二十五メートルと五十メートルで撃った的は引き伸ばした凸型をしていたっけ。

 あの的の形にいったい何の意味があるんだ? 

 素直に丸でいいんじゃねえか?


「ふん、竜洞辰哉生徒、脇を締めて小銃を雑巾を絞るようにして保持して撃ってみろ。力を入れすぎるなよ」


 あまりの的中率の悪さにやさぐれ始めた俺の頭に野分軍曹の声が降ってきた。

 きっとアドバイスなんだろう。


「はいッ!」


 大きい声ではっきりと返事をする。

 返事のしかたが悪いと腕立て伏せだからな。……俺以外が。


(ええと、雑巾を絞るようにだって?)


 ライフルを雑巾に見立てて絞るようにする。

 雑巾絞りは得意だ。世話になってた施設では居室の掃除はもとより、廊下やトイレ、食堂など建物の中のあらゆるところを自分たちで掃除してたからな。


(そんなことで命中率が上がったら、世の中ゴ○ゴだらけだってーの!)


 俺の脳裏に、救世主を自称した元大工を処刑した丘の名前を冠した超S級スナイパーの眉間に刻まれた深い縦皺が思い浮かんだ。


 ダァンッ!


「圏内! ど真ん中ッ!」

「……え?」


 思わず間抜けた声が出てしまう。


「銃が左に傾いてれば、弾着だって左にそれる。正しく構え、正しく狙い、正しく引き鉄を絞れば自ずと狙ったところに弾は飛んでいくものだ」


 野分軍曹の声は、自分のアドバイスの結果に満足しているような朗らかな成分を含んでいる。


「その調子で続けろ」


 再び同じように撃つ。


「圏内! ど真ん中ッ!」


 そこからは、撃つ弾撃つ弾が面白いように的の黒いなだらかな凸型に吸い込まれていった。


(ははッ、面白いぞこれ)


 さすがに凸型のど真ん中に当たったのはその二発を含めて四発だけだったが、始めの六発のように、的の用紙にさえかすりもしないなんてことはなく、的の用紙に残りの全ての弾が当たったのだった。


 そうして、俺たちが受け取った二百十発の弾を全て撃ち終えたときには、初夏の夕暮れが迫っていた。


「では、今回の射撃訓練の成績を発表する。今回は抜き打ち的にだが、二百メートル基本射撃の最後二十発で検定を行った。二十五点未満は不合格だ。野分軍曹!」


 射場を出て表に整列していた俺たちに、朝霧中尉が告げる。

 検定って、二十五点未満は不合格って……そんな話聞いてないぞ!

 ああ、抜き打ちだって言ってたっけ。

 それより、不合格になったら何をやらされるんだ?

 一歩前に出た野分軍曹がメモをのぞきながら俺たちを見回す。


「まず今回の訓練での不合格者は……」


 俺の心の中でドロロロロロロ……とドラムロールが鳴り渡る。


「非常に残念だが不合格者はいない。二十五点未満の者はいない全員合格だ」


 野分軍曹が本当に残念そうに俺たちを見回す。舌打ちが聞こえたような気がするがきっと気のせいだろう。

 だが、いかにも残念そうなその表情から、不合格者に何をさせるつもりだったのか、お察しだ。くわばらくわばら。


「続いて上位者五名の点数を発表する。信濃生徒百点! 美洲丸生徒九十三点、紅黄生徒九十点! 太刀浦生徒八十六点! 大和生徒八十五点! ちなみに最下位は竜洞辰哉生徒の五十八点だ。他の生徒諸君は皆六十点以上の一級だ」


 なんてこった! 俺が最下位だって? ついこないだまで小学生だった連中よりも俺がヘタクソだったってとかよ。

 ……にしても、小桃が満点だって? 一発もど真ん中から外さなかったってのか?

 おいおい、小桃お前ゴ○ゴになれるぞ。

 いや、まてよ、確か元いた世界の第二次大戦中で、ものすごい数のドイツ兵を狙撃しまくってたのって、たしかソ連軍の女スナイパーだって、待雪が言ってたっけ。


「ではこれで、『射撃訓練体験』を終了する。お疲れさん!」


 朝霧中尉が今日の俺たちの訓練の終了を告げる。

 中尉殿曰く俺たちはあくまでも射撃訓練体験をしただけらしい。


「敬礼っ!」


 野分軍曹の号令に全員が一糸乱れぬ敬礼をする。

 ついに俺も、ここまで来たか……。

 この世界に来た最初の日のみんなの動作に遅れること数秒の俺が目に浮かぶ。

 小桃や、楓、そしてクラスのみんなのおかげで、俺はこういった動作をほぼ完璧にこなせるようになったいてのだった。

 感慨ひとしおだ。あらためて、心のなかで小桃や楓たちに感謝する。


「「「「「お疲れ様でしたっ!」」」」」


 答礼した朝霧中尉がジープみたいな車に乗って立ち去り、野分軍曹と助教の皆さんと俺たちが射場の前に残った。


「これより銃を返納し、他の生徒分隊に合流して入浴と夕食そして自由時間のあと就寝という流れになる。なお、明朝、マルゴマルマルより拳銃射撃訓練“体験”を実施する。ヒトマルサンマルから、他の分隊の射撃訓練体験が行われるので、貴様らの拳銃射撃訓練体験はその前後に行われることになる。貴様らは実に恵まれている。明日もぶっ放し放題だ。疲れを取って、明日に備えろ。銃を返納。乗車っ!」


 野分軍曹の号令で助教たちが銃を回収して、俺たちは来たときと同じようにトラックに乗り込んで元の場所に戻っていく。

 もってきた荷物は……トラックの腰掛の下にちゃんとあった。


「なあ太刀浦……」


 今日の日程が終了した安心感から俺は隣に腰かけている太刀浦に話しかけていた。

 助教の皆さんは俺たちが乗っている荷台に同乗していない。きっと、今日の訓練はこれで終わりなんだろう。だから、もう、雑談していいってことなんだろう。


「ん? どうしたんだな竜洞君」

「いや、お前さ、あの的の形の意味わかるかなって思って」

「なんだと!」


 俺の声を耳聡く聞きつけた美洲丸が頓狂な声を上げた。


「竜洞! 貴様があの的がなぜあの形なのか知らないというのか? そんなことも忘れていたのか……」


 しまった、どうやら、あの的の形は『竜洞生徒』なら知ってるのが当たり前のものだったらしい。


「すまん、美洲丸。記憶喪失がまだ絶賛継続中なんだ。よかったら教えて欲しい」

「そ、そうだったんだな。まだ、記憶が戻ってなかったんだな。そうじゃなきゃ、今日の訓練で竜洞君が最下位なんてことはありえないんだな」

「ん、そう、兄様が記憶を取り戻したなら、いずれ小桃姉さまをも凌ぐ射手になるであろうことはことは天地開闢以来の真実」

「だな、辰哉が射撃であたしに遅れを取るなんてありえねえもんな」

「なの! お兄ちゃんは絶対一番になるの!」

「市のビームライフル競技会のジュニアクラスじゃ、いつもあにきと美洲丸くんは二位争いしてたもんね。もちろん一位は圧倒的大差で小桃姉だったけどね」


 みんなが、口々に今日の俺の成績が本来の俺の腕ではないと庇ってくれている。

 しかし、びいむらいふる競技会だ? おいおい、そんなガ○ダムなライフルの大会があるのかよ。ホント物騒だなこっちの世界は。

 それって、今日やったライフル銃の実弾射撃訓練なんかメじゃないくらい危険じゃねえのか?

 宇宙戦艦の主砲並みの威力だぞ。

 お前らガキの頃からそんなことばっかやってんのか?


「そうだな、信濃が圧倒的に一位なのは不動としても、竜洞の最下位はありえんことなんだが……」

「そ、そんな! わ、わたしは、ね。ただ、ね、弓と同じように撃っただけだよ。呼吸って言うか、引き鉄を絞るタイミングっていうか……似たようなフィーリングだから、ね……」


 真っ赤になって謙遜する小桃。


「流石、小学生から弓道の全国常連は違うな、今度、是非、教授してもらいたいものだ」


 美洲丸は悔しそうに口角を歪め、パチンと拳で手のひらを打つ。


「じゃあ、今度、ウチの射場で教えてあげるかな!」


 ん? なんか二人の間に剣呑な空気が一瞬漂ったのは気のせいか?

 てか、小桃の家には弓道場があるのかよ!


「ぁあ、そ、そうだ、竜洞君あの的の形の意味だったんだな」

「あ、ああ、そう、そうなんだよ。ありゃ、なんであんな形なんだろうな。素直に丸……同心円だけでいいんじゃねえか?」

「竜洞…貴様……ああ、まあ仕方ないか」

「ははは、竜洞君、ヘルメットを被った人間がうつ伏せになったところを正面から見た場合のシルエットを想像してみるんだな」


 俺は元の世界の待雪んちで観た戦争映画を思い出し、ヘルメットを被った人間がこちらを向いてうつ伏せになっている様子をイメージする。

 そのシルエット…………あっ!


「なんだぁ? 辰哉ぁ、的の形がなんでああなのか忘れてたのかぁ」


 どこかのんびりとした楓の声が遠ざかっていく錯覚に俺は襲われる。

 そうか、あの的は伏せた兵隊のシルエットだ。

 ヘルメットを被って伏せた兵隊がこちらに向いている胸から上のシルエットだ。


「うぷっ!」


 俺は吐き気に襲われた。

 雌豚のモンロー伍長の無残な亡骸の映像が網膜に甦る。

 頭を吹っ飛ばされて、脳味噌をぶちまけて死んだ豚の姿がリアルに甦る。

 俺があの的に銃弾を当てたって事は、あれが、本物の人間だったら俺が撃った弾が頭をふっ飛ばしてたってことだ。

 俺は自分の逞しい想像力を呪った。


「じゃ、じゃあ、五十メートルや二十五メートルのあの間延びした凸型の的って……」

「そのまんまではないか。アメリカではああいった的のことをマンシルエットターゲットと呼称しているらしいぞ」


 美洲丸の答えに俺はますます吐き気が募る。

 今日、俺たちが受けていた訓練が純然たる人殺しの訓練だったことに今更ながらに気がついたからだ。

 俺の指先一本で、人の命が簡単に奪えるという事実をあらためて突きつけられ、俺は戦慄していた。


「くそっ!」


 俺は毒づいた。

 俺の豆腐メンタルにだ。

 ガキの頃、ひでぇ目に遭って、かなりの鋼メンタルをもってると自惚れていたが、どうやら俺の精神は、こっちの世界ではついこないだまでランドセルを背負っていた連中よりも脆弱なものだったようだ。

 自分が人に向けて撃った結果を想像してえずくなんてな。


「どうしたの? たっちゃん、すごい汗。酔った?」

「い、いや、大丈夫だ、なんでもない」

「む、心拍数及び血圧の上昇を認める。兄様の体調が崩れている。兄様の体調管理は天地開闢以来、梓の任務。小桃姉さまの手は不要」


 トラックの荷台にいる全員の注目が集まる。

 どいつもこいつも今まで自分がやってた訓練が、何を目的としているのかなんてことは、とっくにわかっていたんだろう。

 一方俺は、正直言って今日の訓練は的の形の意味を知るまで、射的ゲーム感覚だった。


「あらあら、だらしないことですこと」

「竜洞、あと二~三分の辛抱だ、できるか?」

「す、すまん大丈夫だ、一瞬えずいただけだ、もう平気だ」


 こっちの世界の幼年学校なんていうものに入るような連中は、ガキの頃からビームライフルなんていうくっそ物騒なもので射撃の腕を磨いてるわけだから、指先一本で人を殺すことができるなんてことはとっくに自覚済みなんだろう。


「大丈夫か辰哉ぁ、しっかりせよと抱き起こしてやるぞ」

「楓、それ、軍歌じゃん」

「なの! 傷病者の応急手当は衛生員の響の役割なの! お兄ちゃんしっかりなの!」

「なら、それはA班衛生員のわたしの役目です。竜洞くんの手当は、わたしがするです!」

「あにきが車酔いなんて珍しいなぁ」

「は、は、は、弘法もなんとやらなんだな」

「ありがとう、みんな。大丈夫だ、少しばかり貧血を起こしたみたいだ。すぐに治るから……ありがとう」


 ガキの頃から戦艦の主砲並みの威力の武器で射撃の練習をしていた奴らと、今日初めて実物の鉄砲に触れた俺とじゃ、その差を埋めるのにどれくらいの努力が必要なのかはわからない。

 それに、いざ、敵意を持った人間が目の前に立ったときに、それめがけて鉄砲の引き金を引けるか、それは、そのときになってみなければわからない。

 だが、これだけは確実に言える。俺はもっと強くならなきゃだめなんだって、な。

 俺は、『竜洞生徒』の人生を引き継いだ。

 俺は、『竜洞生徒』が背負ってきたものごとヤツの人生を引き継いだ。

 だから、俺にはそれを護る義務がある。

 梓を、小桃を、楓を、響を。陽を、美洲丸を、竜洞家のみんなを。香取さんや鹿島さんもそうだろう。太刀浦だって待雪だってそうだ。ここにいるみんながそうなんだろう。

 だから、俺はもっともっともっと、強くならなきゃだめなんだと思う。

 『竜洞生徒』を想ってくれているみんなを護れるくらい強くならなきゃだめなんだと思う。

 それが、己の力量を遥かに超えるものだという自覚はある。

 だが、やつなら、きっとそれくらいのことは思っていただろう。


「はぁ……」


 そこまで考えて、俺が背負い込むことになってしまった荷の多さにため息が出てしまった。


「たっちゃん?」

「兄様?」

「辰哉?」

「お兄ちゃん」


 みんなが不安げに俺を覗き込む。


(ほんと、愛されてんな、『竜洞生徒』よぉ)


 荷台の後ろから差し込んでくる夕日のオレンジ色に、みんなの顔が赤く染まっていた。

 一瞬のことだったが、それが血塗れの顔に見えて、ゾクリと背中に嫌な汗が流れる。


(そうはさせない! どこの誰にも!)


 そう決めた。俺は、そう決めたのだった。

毎度ご愛読誠にありがとうございます。

並びにブクマご評価感謝であります。

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