69 ただいま
「いや、コンピューターに助けてもらってだからね、ちゃんと勝った気がしないよ」
「え? なんのことなの?」
「今の勝負、響ちゃんハンデくれただろ? 響ちゃんの手に合わせてコンピュータが次手を考えて盤面に次に指す手を教えてくれるモードで……」
「辰哉お兄ちゃん、謙遜もそこまでいうといやみなの! そんなシステムないの!」
響は抗議して頬を膨らませる。
じゃあ、今のは一体なんだったんだ?
まるで、俺を勝たせるための道案内みたいな……。
「あ……」
俺の頭の中で何かがカチリと噛み合った気がした。俺の不利を覆すように、最善の一手をそこに打つように指し示すような標……。
「じゃあ、勝者、辰哉お兄ちゃんに賞品の授与なの」
響がベッドにあがってきて俺に跨り覆いかぶさってくる。
「トンビに持っていかれてたまるかなの」
な、な、なんのことだ?
「ひ、響ちゃん? 何をしようとしてるのかなぁ?」
なるべく猫なで声で尋ねる。こういうときに怒鳴り散らしたら、へそを曲げて意固地になるばかりで、解決にはつながらない。
「楓ちゃんがお兄ちゃんにチュウしたって聞いたの。だから、響も……」
「い、いや、響ちゃんこういうのは感心しないぞ」
「や、なの! 響、誰にも負けたくないの!」
響の唇が俺の唇にあと数センチまで迫ってきたその時、土を捲くような地響きが聞こえてきた。
「ちッ! 早すぎるの! 脚の速さだけは人一倍なの! ばかのくせに」
響があからさまに嫌悪感をあらわにして、地響きの主のことを罵った。
と、大きな音と共に医務室の扉が開いて、一陣の旋風がカーテンを翻弄する。
「辰哉無事か!」
日に焼けた赤い髪を振り乱した、小麦色の肌の赤鬼……もとい、楓が颯爽と現れたのだった。
「フン! もう遅いの! 辰哉お兄ちゃんの初めては、響がいただいたの!」
ちょ、ちょ、ま…。嘘だからね! 響さんは嘘ついてますからね!
俺はまだDTだからね! 楓さん!
い、いや、キスってことなら……話は違ってくるけど。
ロボ梓とゴニョゴニョ……。
ほっぺへのチュウを含めていいなら、ロボ梓の後に楓が入るし……。
「あううう……あう、あう」
俺の口からは意味不明な音声しか出てこない。パニクっている証拠だ。
ざわっ! っと音を立てるように、楓の赤い髪の毛が逆立った。
「ウソぶっこいてんじゃねーぞ、びっきー! くらぁ! なあ、なあ、たつやぁ。やっちまったって、うそだろ?」
安心しろ楓、俺自体はまだ誰ともそういういいことになったことはないぞ。
俺は童貞だ。よく見てみろ!
俺はまだ下着を穿いて……ねえええええええっ!
いつ、いつの間に脱がされた? そうか、寝てる間に脱がされたか? え? 俺、寝てる間に大人の階段登っちまったのか?
俺のキーゼルバッハ部位が限界を迎える。鼻の奥のほうでブチブチと何かが千切れていく音が聞こえるようだ。
「しっかりするかな! えろッパイ! その節穴よーっく開いてみるかなっ! 爾後の残滓がないかなッ! 響ちゃんのお芝居かなっ!」
俺の無実を証明してくれる強力な援軍が現れた。
「「小桃ッ!」」
「くそぉ! 小桃お姉ちゃんまで来ちゃうなんて! デカ乳だけだったら、どうにか言いくるめられたのにぃっ!」
えらい言われようだな楓。梓には乳牛扱いだし、小桃や響からはおっぱいの大きさだけで代名詞化されてるぞ。
「きいいいいいいっ!」
響が俺の股間の上で体を上下にゆすって金切り声を上げ悔しがっている。
ひ、響さん! その律動ヤメテ、ヤバイからその動き!
「辰哉ああああああっ!」
楓がウルトラボリューミィな双房を揺らして俺にむしゃぶりついてくる。
制服の上からでもその柔らかさが実感できるゴージャスなバストが、俺の胸に押し付けられる。
「こぉらぁーあああああっ!」
そして、小桃もまた、俺に向かって飛びついてきた。その弾みで、俺は、起こしていた上半身を再びベッドに沈める。
「もおおおおっ! お姉ちゃんたちずるいの! 梓ちゃんとふたりで、一生懸命がんばってお勉強して、飛び級試験に合格して、ようやくお兄ちゃんと同じ学年になれたのにぃっ! 学校でもおうちでも、お姉ちゃんたちばっかりお兄ちゃんのお傍にいるの! 響にも、もっとチャンスがあっていいの!」
響が大きな瞳に涙をためて訴える。
「うう……そ、それはそうだけど……」
楓がうろたえ、俺の胸に押し付けていた豊かな山脈から力を抜いた。
「楓、このうすら馬鹿! 君は何回その手でびっきーに騙されてるかなッ!」
小桃が俺の腰の上に乗っている響に飛びかかり、制服のポケットから目薬を掏り取った。
俺の体の上で美少女二人が取っ組み合う格好となり、ひらりとまくれ上がった小桃のスカートの下のまばゆいばかりの白色が網膜を焼いた。
「う、うくっ……ほあああっ!」
「や、やだ、たっちゃん顔真っ赤にして……いやぁん! たっちゃんに見られちゃったぁッ!」
パニクった小桃は顔を覆い激しく身を捩る。それはますますスカートをヒラヒラとさせることとなり……以下略っ!
「だ、だめっ! たっちゃぁん! 見ちゃいやぁん」
「おぉっ! ……っくうぅっ!」
いよいよもって、俺の鼻の穴の奥が熱くなる。
このままでは医務室のベッドの上で大流血だ。
「たっちゃん!」
「辰哉!」
「辰哉お兄ちゃん!」
少女たちが俺の名を呼んだその時、同時に目から火花が飛び、鼻の穴からトロリと熱い体液が赤い奔流となって噴出した。
「ティッシュ、ティッシュ!」
小桃が叫ぶ。
「上を向かせろ首トントンだ!」
楓が指示を出す。
うん、素早い指示は兵を迷わせないという。その点ではグッドだ。長門先生も褒めてくれるだろう。
だが、その指示は間違っているんだ楓。こういうときは……。
「それは間違い。鼻をつまんでうつむかせるのが正解。響、冷凍庫から氷」
そうそう、それが正しいんだ。
「うん、わかったの!」
「小桃姉様、洗面器に水とタオルを」
「わかったかな!」
「楓姉様、兄様を支えて」
「了っ! 辰哉くらい支えられるよっ!」
おお、適材適所ないい指示だ手当ての方法も間違っていない。
楓の豊かな双丘に頭を乗せられて支えられる。こればっかりは他に無い安心感だ。
「兄様、大丈夫。もうすぐ止まる」
小さく柔らかで、少しだけ冷たい手が俺の鼻をつまんで、出血によるショックを受けている俺を励ましてくれる。
その声色は実に愛らしかったが、その、口調が全てを台無しにしていた。
「ああ、ありがとう梓……えええええええっ?」
「「「ええええええええええええええええええええええええええええっ!」」」
「あ、あ、あず、あず……?」
「兄様、ぴーす」
俺の鼻をつまんでいないほうの手で、Vサインをしているのは、まぎれもなく梓だった。しかも、ここの学校の制服を着ている。
「梓ちゃん?」
「梓?」
「梓ちゃん!」
そして、放課後の医務室は、少女たちの驚愕に包まれる。
「小桃姉様、楓姉様……、響……」
梓は、俺の鼻をつまんだまま少女たちを見回して言った。
「みんな、ただいま。梓は帰還した」
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