70 林檎園の誓い再び
翌日の火曜日、俺は小桃、楓、響、そして、梓と一緒に電車に乗っていた。
なぜだか今日の早朝補習は、昨日の授業終了後のホームルームで、長門教官直々に中止が告げられていた。
電車に揺られる俺たちの間には、昨日以来微妙な空気が澱んでいた。
そんな中、梓だけがあからさまに上機嫌だった。
「あの……!」
「たっちゃ…」
「たつ…」
「おにいちゃ……」
同時に呼びかけては、赤面して俯く。さっきから、これを十数回は繰り返しているような気がする。
※※※※※
時間は昨日の夕方まで遡る。
我が校の制服を着た梓が突如出現したことで俺は大恐慌に陥った。
ロボ梓の存在はこれ以上(美洲丸と陽には思いがけず知れてしまったが)知られたくなかった。
竜洞家や、軍としてもこんな軍事機密の塊をおいそれと野放しにはしたくないはずだ。
だが、梓はここにいた。
しかも、誂えたようにフィットしている県立防衛幼年学校の制服姿で、だ。
「ち、違うんだみんなちょっと待ってくれ!」
と、俺がそこまで言ったとき。
「梓ちゃん!」
小桃が小さく叫び、跪いて、梓を抱き寄せた。
「小桃姉さま苦しい……」
いや、梓、お前ロボだから苦しいなんて感じないだろ。
「ほんとうは、明日から登校だった。だけど…、学校にいる兄様に会いたくて、我慢できなくて……、入学手続きにあーやが来るのについて来ちゃった」
と、梓が微笑む。来ちゃったって、梓……お前……。
「ああ、このブラコンっぷり、ほんとに梓だ。辰哉に会いに、こんなとこまで来るなんて」
梓の背中から、楓が包み込むようにかき抱く。
待て楓。お前不思議じゃないのか?
俺は、まだ、それが何者なのか説明してないよな。たぶん。
「梓ちゃんなの! 梓ちゃんが帰ってきたの!」
ちょっと待て! お前ら。いいのか?
こっちの梓は、もう、死んでるって教えてくれたのお前たちだよな。
「ああッ。梓ちゃんだ。梓ちゃんだ! 梓ちゃんが生き返ってきたかなぁッ!」
小桃が梓の薄い胸に頬ずりして、梓の存在を何度も確かめる。
梓が死んだことは認識してるんだな、小桃!
「小桃姉さま…。うん、わたしは帰ってきた」
自分の胸に頬ずりしている小桃の頭を、梓はそっと抱擁する。
「ああ。その無感動な喋り方、梓以外の何者だっていうんだ」
背後から強く抱きしめ、梓の頭に鼻先を擦り付ける楓。お前があ○なろ抱きする姿が俺にはスリーパーホールドに見えるんだが、それは言わないでおこう。
怖くないのか? そこにいるのは、いわば、幽霊なんだぞ!
「楓姉さま……」
「梓ちゃん! ざびじがっだのぉッ! でぼ、うれじいのッ! あずざヂャンが、がえっでぎだのおぉッ!」
「うん、響、わたしも響にまた会えてうれしい」
響は梓に抱きついて頬をくっつけ、眼鏡を曇らせて、最早、号泣している。
「梓ちゃん! よく、よくッ!」
「梓ぁ。よかったぁッ! また会えて」
「あずざぢゃああああああああんッ! わだじ、うぁだじいいいいいぃッ!」
そう……か……、いいのか、いいんだな。こいつらには、この梓が何者だろうと、梓に変わりないんだな。
「小桃姉さま、楓姉さま、響…、ごめんなさい。いっぱい悲しませてごめんなさい」
「うん、うんッ。もういいかなぁッ! こうしてまた会えたから、もういいかなぁッ!」
ただ、梓がいる、梓が生き返ってきた。それでいいんだな。
そこには、長い間生き別れていた、仲がいい姉妹が再会した時のような、暖かな色の空気がたゆたっている。
医務室のドアの嵌め殺しの窓越しに、廊下を朱に染めた夕焼けの短波可視光線が辺りを暖かな色に染めていた。
俺は長い施設暮らしの中で、何度もこんな場面に出くわしたことがあったが、施設に出戻ってこないヤツの再会シーンは大体がこんなふうだった。
こんな風な再会をして、戻ってきたり、他の施設に入ったヤツなんて、見たことも聞いたこともなかった。
ああ、本当に再会を喜んでいる、二度と離れるもんかって気持ちが見えていたんだ、俺にはな。
その逆に、帰ってくるヤツの再会シーンの色は、こいつらと同じポーズでも、きれいな透き通るような青や、絵にかいたような毒沼色だった。
「もう一度、誓いなおしだ梓! な、小桃、響!」
「そうなの、梓ちゃん! 誓いなおしなの! 今度は一人だけで逝っちゃだめなの!」
「そうかな! 梓ちゃん誓い直しかな!」
「うん! 小桃姉さま、楓姉さま、響」
小桃が梓を離し、梓の隣に立つ。楓も梓の抱擁を解いて、小桃とは反対側の梓の隣に立ち小桃と向かい合う。
そして、響も眼鏡を曇らせ、しゃくりあげながら、梓の正面に立ち四人で作る円陣に加わる。
小桃が手を掲げる。
「我ら四人!」
凛とした小桃の声が、医務室に響く。
「「「我ら四人!」」」
梓、楓、響が手をかざし、叫ぶ。
「「「「生まれ出でた日、親は違えども、姉妹の契り再びここに結ぶ。姉妹仲良く一致協力し、一命を賭して愛するものを護ることを誓い、同じ年同じ月同じ日同じ時に死す事を願う」
「信濃小桃!」
「大和楓!」
「竜洞梓!」
「鈴縫響!」
「我ら四人、今、このときより再び姉妹!」
「「「我ら四人! これより再び姉妹!」」」
「ここに誓う!」
「「「ここに誓う!」」」
「愛のために!」
「「「愛のために!」」」
「輝くために!」
「「「輝くために!」」」
四人の声の残響が、夕暮れが迫る医務室の空気を振るわせ、乱れた吐息だけが俺の耳に入って来る音の全てだった。
これ、ひょっとしてあれか? あれなのか?
そうだ、あれだ。読んだことあるぞ。たしか三国志の桃園の誓いだ。
中国の歴史小説の古典の中の古典『三国志演義』に語られている、劉備、関羽、張飛の三人がどこぞの桃の木の下かなんかで、義兄弟の契りを交わしたっていうエピソードだ。
お前らそんなこと誓って、何のために働くっていうんだ?
「………………あ……梓ちゃん?」
「なあに、小桃姉さま?」
「…………梓?」
「なあに、楓姉さま?」
「……梓ちゃん?」
「なあに、響?」
狂熱から醒めた、梓以外の三人が俺に向き直る。
「たっちゃん!」
「辰哉ぁッ!」
「辰哉お兄ちゃん!」
三人の瞳が、同じ色で俺を見据える。
「どういうことなのか、説明してくれるかな、たっちゃん!」
さすがだ。入学してまだ一月余りしか経っていないとはいえ、さすが軍人養成高校の生徒さんだ。
死んだはずの梓が、生前と変わらぬ姿で現れたことの異常性に気がついたようだ。しかも、梓が生きて、ここにいることを否定せず、ここにいる梓が何者なのかを知りたがっている様子だ。
「ああ、判った実はな……」
俺は、土曜の夜食事会の後の『仔猫がサーベルタイガーになった事件』で暁さんから聞いたことを、ほとんどそのまま伝えた。
「そんなこと……」
小桃が胸の前で手を組み。
「SFだなぁ」
楓は頭を抱える。
「以前の辰哉お兄ちゃんだったら、非科学的だって大笑いしているところなの」
なぜだか響はフンスと鼻息荒く薄い胸を張る。
そうして、小桃たちは不承不承ながらも、納得してくれたのだった。……まあ納得するしかないよな。もう、目の前に梓がいるわけなんだから。
でも、一般人相手だったら、こうすんなりと納得も理解もしなかっただろう。感情を廃して、すぐに状況を把握してのけたのは、やっぱり軍人の卵だけのことはあると、俺はひとしきり感心したのだった。
そうして、俺たちは、医務室を後にした。
無論帰宅するためだ。
扉を閉じて鍵を閉め、教官室に鍵を持っていこうと、夕暮れが迫ってきた廊下を歩き始めたところで、梓の編入の事務手続きを終えた鳳翔さんが現れた。
「あーいたいた。お嬢様、探しましたよ。おやぁ、坊ちゃまにお嬢様方」
鳳翔さんは、俺の着崩れた服装を見て、にやりと笑ったが、絶対に何か勘違いしたな。
そうして、俺たちは、これから部活に戻るという楓以外、みんな一緒に、鳳翔さんが運転する車で帰って来たのだった。
ただ、自家用車による帰宅は、許可書に担任教官、もしくは学年の教官の誰かの認印を貰う必要があったので、ひと手間だったが、な。
※※※※※
そして今日は火曜日。梓の本当の初登校日だ。
俺たちは電車の乗客の大半を占める幼年学校の生徒たちの注目を一身に集めていた。
少ない男子が電車に乗っていることで、俺が注目されることは、この数日でずいぶん慣れてきていたが、今の注目は、また別の意味合いでの注目だった。
「あの……!」
「たっちゃ…」
「たつ…」
「おにいちゃ……」
ヘリコプターの大群が現れそうなクラシック曲を上機嫌に口ずさんでいる梓以外、全員が乗客たちの好奇の視線に恥じ入っていた。
互いに同時に呼びかけては、赤面して俯いて、再び声をかけるの繰り返しだ。
確かにこの視線は堪えるな。
特に、俺たちと同じ中学出身のやつらからの視線は、痛いことこの上ない。
そりゃあそうだろう。
梓を知らない別中出身のやつらは、どこのご令嬢だ? 転校生か珍しいな。だろうし、梓を知っている同じ中学出身者からしてみれば、幽霊がすまし顔でワルキューレの騎行を口ずさみ電車に乗っているんだからな。
「やあやあ、おはようなん…………ッ! り、り、りんりんりりん、りんりんりりんりん竜洞君……ッ!」
「やあ、太刀浦、話は後だ」
「やふuuuuuuuuuuッ! ………………! たっちぃッ!」
「ああ、待雪。後で話す」
途中駅で、同じ車両に乗り込んできた太刀浦と待雪が一様に驚愕して目をしばたかせた。
こいつらは、前の世界と同じで別の中学出身だが、『竜洞生徒』の妹の梓が亡くなっているということは知っていたようだ。
こっちの世界でも変わらずに友達だったようだから、『竜洞生徒』は梓のことをこいつらには話していたんだろう。
「ああ、お前たちの反応はもっともだ。後で説明する」
「あ、ああ、なんだな」
「お、おおうHuuuuuuッ!」
二人は無理やり落ち着いて、俺たちの傍で周りからの視線に耐える。
「すまんな」
と、言う俺に。
「あ、あとで、聞きたいことが、ずいぶんあるんだな」
「お、おおう、たのむZe!」
と、二人は了解してくれたのだった。
そして数分後、俺たちは学校の最寄り駅に到着した。
「な、なんだ? これ?」
そこで俺たちを待っていたのは、ずらりと並んでいる迷彩服の兵士の列だった。
学校まで続く約一キロの沿道に道の中心に背を向け、銃を地面に立てて、三メートルくらいの間隔で、兵士が整列している。
すわ、クーデターでも起きて、戒厳令でも布かれたのかと思うくらいに驚いて腰を抜かしそうになった俺だった。
が、驚愕はさらに続く。俺たちの前に、災害現場のニュース映像や、待雪の家で観た怪獣映画に出てきたような濃い緑色の幌がけトラックが止まったのだった。
「「「「「ひいいいいいッ!」」」」」
いきなりの軍用車両の登場に、みんなが引きつった声を上げる。
俺もかなりびっくりした。
運転台から迷彩服の兵隊さんが降りてきて、荷台の後ろの下開きのドアを開ける。
「おはようございます。勲爵閣下、ご令妹。ならびにご学友の皆様。本日は軍がご登校の支援をいたします。ご乗車ください」
荷台の上から手を差し伸べて俺たちに挨拶をしたのは、金曜日に竜洞家にやってきた『極東人工少女廠』代表こと、今日は、古風で豪奢な軍服に身を包んだ陸奥さんだった。
「ええと、あなたは……、先日ウチにいらした……?」
俺は、わざとらしくすっとぼけてみせる
驚かせてくれたお返しだ。中佐なんていうお偉いさんだからって、まだ、軍に入隊していない俺たちを脅かしていいって法は無い。
俺たちはまだ、県立高校の生徒なんだからな!
だから俺は、陸奥中佐に、幼年学校の生徒に向かって自己紹介させることにした。
「あ、あの、家令殿からは……。失礼いたしました。海軍北方航空群陸奥然中佐であります」
真っ赤になって、陸奥中佐は名乗りを上げた。
みんな一堂に安堵した表情になった。
「いやあ、先日ウチにいらっしゃったときとは、お召し物がだいぶ違っておいでだったので、一瞬どなたかと思いましたよ」
俺はワザとらしく陸奥中佐さんのことを、見間違えたフリをした。
陸奥さんの手を腕相撲するときみたいに取って、荷台の開いたドアのステップに足をかける。
ぐいっと、一瞬宙に浮くような感覚がして、すとんと荷台に乗り上げる。
「やあ、おはよう!」
「おはよう!」
「いいいッ!!」
俺にでも判った。そこには、偉そうな男の軍人がいた。
それも、陸奥“中佐”なんてメじゃないくらいに。
袖口に金色の太い帯がついたとてつもなく偉そうな黒のブレザーと、肩に桜の花を象ったバッジがついている緑の制服の“男性”二人が向かい合っていた。
俺は、全員が二列縦隊で並んで乗車できるように三歩前に進んで不動の姿勢をとる。
次に乗り込んできた梓も俺の隣に並んで俺に倣う。そして、小桃、楓、響、太刀浦、待雪と、全員が乗り込んだところで、梓の位置に小桃が代わった。
「気をつけッ! 敬礼ッ! なおれッ!」
小桃の号令で全員が一糸乱れぬ停止間の動作を行った。
おととい、さんざ小桃と楓に叩き込まれておいてよかった。
「ああ、楽にして、全員かけたまえ」
黒ブレザーのお偉いさんが声をかける。
「休めッ!」
それでも、小桃は着席させない。
「ふう、長門は相変わらずスパルタだなあ」
濃い緑の制服のお偉いさんが、呆れ気味にため息をついた。
どうやら、長門先生の知り合いらしい。
「生徒、着席しなさい!」
陸奥中佐が着席を許可する。
「生徒、着席!」
小桃が命令を発する。
たとえ、将軍の命令でも、よほどの緊急事態でなけば、直属の上官の命令が優先されるという軍隊の指揮系統の序列を、長門先生に叩き込まれたが故の小桃の判断だ。
この場合、俺たち幼年学校の生徒は、トラックの外で並んでいる兵隊さんたちよりも下級ということになる。
したがって、このトラックの荷台の上では、俺たちの直属の上司は陸奥中佐だと小桃は判断したわけだ。
「竜洞…辰哉くん、梓さんこちらへ」
黒服に招かれて、俺は緑服の隣に、梓は黒服の隣に腰掛けた陸奥中佐の隣に着席した。
「私は海軍北方航空群指令、海軍少将、橘といいます。海軍基地の司令兼任です。竜洞辰哉君」
向かいに座った金袖の黒服ナイスミドルが、さわやかな笑顔を俺に向ける。
「自分は陸軍第一独立空挺旅団長、陸軍准将、皐です。この街の駐屯地司令を兼任しております。君の父上とは士官学校の同期です」
隣から俺に握手を求めてきたのは、肩に桜を象った徽章をつけた、こちらもナイスミドルだった。
「先日は失礼いたしました。私は……さっき言いましたね。きょうは、みなさんの学校で、竜洞勲爵閣下のご令妹に関する説明会を行うために参りました。宜しくお願いします」
と、海軍中佐陸奥然さんが言った。
海軍少将に陸軍准将が出てきちゃったぞ。
ロボ梓のアンドロイド魔法使いプロジェクトっていうのは、本当にすごいことなんだなあ。
と、俺はこのとき心底そう思ったのだった。
毎度ご愛読誠にありがとうございます。
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