59 こっちの世界でもお仕置きは電撃だっちゃ!
「こんなにたくさんの人が笑ってるの、初めてみた」
そうつぶやいた俺に、小桃と楓が微笑みかける。
「早くいっておいでよ、たっちゃん。ローストビーフなくなっちゃうよ」
「そうだよ、あたし、もっと食べちゃうからね」
「それは困る。すぐに戻ってくるから、もう少しだけ俺にもお代わりを分けてほしい」
そう言って俺は、カウンターの向こう側にあるトイレへと足を向ける。
小桃たちにトイレに行くって言った手前、本当にトイレに入る。
用を足して、手を洗っている自分が映っている鏡を見る。
一昨日こっちの世界に来る2~3日前から痛痒かったニキビが消えている俺の顔。
「これ、本当に貴様の体なんだな『竜洞生徒』……」
何回か両手を握って開く。一昨日みたいな夢で体を動かしているようなもどかしさは完全に消えている。
「この体に俺の魂がなじんだってことか……」
トイレを出て、ホールに戻った俺に、カウンター席の後ろで佇んでいた陽の母親? が、心の中で号令をかけているように、気をつけをして無帽時の敬礼を俺に向かってする。まるで軍人のようだ。俺なんかよりもずっと様になっている。が、どこか、優雅な雰囲気をまとっている。
当然、俺も心の中で号令をかけ、気をつけ、敬礼をした。
「うふふふふ、記憶喪失というのは本当なのですね、辰哉さん。雰囲気がまったく別人です」
「はあ…、すみません」
俺は、何も悪いことをしているはずないのだが、謝っておく。トラブル回避の初歩だ。
「あらぁ、ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったの。あらためまして、わたくし、陽の母兼当店オーナーの紅黄安芸です。先代様のころから勲爵様には御贔屓にしていただいております。今後ともよしなに……」
陽の母安芸さんはこんどはゆったりとお辞儀をした。さっき感じた優雅さはこれだったのかと納得した。
「ちなみに私たちの大先輩だ。忘れてるだろうから補足しとく」
カウンター席で、しおがまろおすとびいふを口に運びながら美洲丸がいう。
「勇さま、そんな生ごみに、口をきいて差し上げることはございませんわ」
子ノ日さんの悪罵に苦笑していると、目の前にオレンジジュースが差し出される。
「ああ、俺の飲み物はあっちに……」
自分の席を手で示す。
「いいですから、お掛けになってください」
陽の母は自分の前のカウンター席を手の平で指し示した。
イスに腰掛けると、陽の母は、俺をじっと見つめる。
(ん? これって……)
「肘膝等に打撲による微細な血種及び擦過傷を認むるも。頭蓋骨内部に出血及び髄液の異常はナシ。その他にも異常ナシ。よかったひと安心」
お茶目に笑って陽の母はウィンクをする。やっぱり、昨日の朝、香取さんがやったスキャニングだったようだ。
美洲丸が我々の大先輩って言っていたから、魔法クラスのOGになるのか。昨日鹿島さんが簡単な診断と、軽傷の手当てならできるみたいなこといってたからな。魔法クラスのOGのこの人ができたっておかしくはない。
「お忘れでしょうが、わたくし、スキャニングとファーストエイドには自信ございましてよ、辰哉さま」
そうだろうな、こっちの世界の陽はずいぶんわんぱくそうだ。そんな子供がいて、魔法が使えたら、外から帰ってきたら、まずスキャンして怪我をしているようだったら手当て。
そんなことを繰り返していたら、自信もつくだろう。
『竜洞生徒』のことをあにきと慕うくらい親しい陽の親だから、『竜洞生徒』が陽の母親の能力について知っていてもおかしくはなかったか。
「すみません本当に忘れています。それにしても、治癒系の能力保持者じゃないんですね。ずいぶん専門的な用語を使っておられたので……てっきり」
「うふふふ、治癒系なんて、そんな、ウルトラスーパーデラックスレアな能力のホルダーでしたら、レストランのマダムなんかやれてませんわ」
「そうですわね、治癒系のホルダーは、この五十年で三名しか確認されていませんから……、陽くんのお母様がそうだったのでしたら、今頃は、東京霞ヶ関の奥の院に御座しておいででしたでしょうね」
「ちなみに、治癒系以外のホルダーは現在一万人弱だ。これは総人口の概ね0.01パーセント程度だ。治癒系ホルダーの全員がまだ存命だからホルダー全体からすると一万分の三だ」
相槌を打つ形で、子ノ日さんと美洲丸が治癒系甲種特異能力者のレアさ加減を教えてくれる。
「じゃあ、陽のお母さんは……」
「紅黄先輩……、旧姓野島崎先輩の本分は電撃雷撃系だ。現役当時は雷神姫の二つ名で称えられる赫々たる武勲をたてられている」
電撃? そのキーワードに思わず反応してしまった。
太刀浦の非アダルト系コレクションに浮気性の彼氏に電撃でお仕置きをする鬼っ娘のマンガが在ったことを思い出す。
「ご主人……陽のお父さんに、電撃でおしおきかましたりします?」
「だっちゃ!」
って、あんた、知ってるのかよ。ってか、こっちの世界にあの鬼娘のマンガあったのかよ。
あのマンガは確か、1980年代に大ブームになったというから、年齢を三十六歳と仮定すると、連載開始当時はまだ生まれていないはずだ。
それでも知っているということは、年齢をごまかしている(ものすごい若作りor美魔女)だがしかし、それだと、陽を妊娠した十二年前に既に妊娠不可能な年齢に達している。
と、いうことは、安芸さんは生まれて、マンガを読めるような年齢に達してからあの、鬼娘電撃マンガを知って読んだということになる。
ってことは……。
「まんが……好きですか?」
「うふふふふっ、大好き」
俺は瞬時に理解できた。なぜ小桃が食通の間で名高いこの店を借り切ることができたのか。安芸さんは小桃が『どおじんかつどう』をしていることをなんやかんやで知っていて、何気に応援しているのだ。そうにちがいない。
「もおっ、母さんってば、なに、あにきのこと独り占めしてるのさ。ずるい!」
安芸さんの「「だっちゃ!」に気を取られて、陽が、頬を膨らませて仁王立ちしていたのに、気がつかなかった。
「このお店を持てたのは、この子が健康な男児として、生まれてきてくれたからなんですよ」
背後から陽を抱きしめ、紅黄安芸さんは陽の頭に頬ずりをする。俗にいうあすなろなんとかだ。
「この子を授かったのが本当にギリギリで……ちょっと心配だったんですけど、思い切って産んで良かった」
こちらの世界では二十五歳前後で出産することに不安が出てしまうのか?
安芸さん曰く、こちらの世界では、閉経間際の出産はそうではないときよりも母子ともにハイリスクなのだそうだ。
そして、こちらの世界の日本では、無事男児をもうけた家庭には多大な報奨金が与えられるのだそうだ。それこそ、新築で南欧風の建物を建て、凝った内装をして小洒落たレストランを開店できるくらいの額が男児出産時に一時祝い金として支給され、男児が結婚するまで毎月かなりの額が養育費として支給されるというのだそうだ。
しかも、それは、結婚している夫婦に限らないのだそうだ。
「男児を出産さえすればいいんだ。だから、女児の場合、人工中絶される事案が多発している。それを防止するために、産婦人科では、妊娠期間中の検診で判明した性別の告知は法律で禁止されいるが……。袖の下次第でどうにでもなるザル法だがな」
美洲丸が、俯く。
俺は、店内を見回す、すっかり無礼講状態で自由の席を移動して、入り乱れておしゃべりをしている、女の子たちの一人ひとりの笑顔をぼんやりと眺める。
(この子達がうまれて、ここまで育ったのは奇跡的なことなのかもしれない)
そして、一昨日、俺を誘惑しようとしていたお姉さんの切羽詰った顔を思い出した。
「人工生殖では一代限りの人間のみ、私のような娚とのカップリングでは、娚か女子しか生まれない。しかも、妊娠する確率は極端に低い。男子となら、かつてよりはだいぶ低いが高確率で妊娠して、高確率で男子が出生する。男子からは人工生殖用の精子も採取できる。男子がいなくては、徐々に人口が減じてゆく。男子を妊娠することには国家の存亡が係っているのだ」
「それって、他の国もか?」
現在の世界情勢を知らない俺は、尋ねる。
「もっとひどいことになっているな。私たちみたいな娚が他国では確認されていない。近隣諸国は人工生殖技術が著しく遅れているから、わが国よりも人口減少率は著しく激しい。まあ、某国などはこれ幸いと口減らしに利用している節もあるがな」
意外な事実が判明した。真性両性具有性『娚』は、日本だけに存在していたのか!
「この子が生まれたとき、主人がものすごく喜んでくれて……一時金とか国からもらえる養育費とか、そういうことじゃなくて、これで、親子二代で仕えることができるって……それはもう、万歳を叫びながらご町内を何週もするくらいで……」
安芸さんが過去を懐かしんでいる……。頬を染めて。よほどご主人とラブラブなんだろうな。
「陽の親父さんは、ミスター陸軍と呼ばれ称えられるいまだ現役の軍人だ」
美洲丸が、子ノ日さんにろおすとびいふを口に詰め込まれながら教えてくれる。
「そう、バリッバリの下士官だよ。袖に叩き上げの徴が7本あるからね」
叩き上げのバリバリの下士官って、確か軍曹とか曹長とかいう階級だっけ? 鬼が冠詞としてつくことで有名な階級だよな。その階級の人が仕えるってことは、将校ってことだよな。
「陽のお父さんが仕えていたのって……」
「あにきのおやじさんだよ!」
「竜洞大佐閣下ですわ」
「貴様の父上だ」
三者が三様に同じ人物を指す。
つまり、『竜洞生徒』の父親のことだった。
「へへへッ。ボク、あにきと同じで、ハイハイより先に挙手の敬礼覚えたんだよ」
「でも、2歳の時の定期健診で……」
安芸さんが言葉を詰まらせた。
「甲種適正が出ちゃったんだって」
ああ、魔法適正か……。
「わたくしの遺伝が強く出てしまって……」
「父さんったら、えらく落ち込んだんだって。せっかく、ボクをスーパー軍人に育てようとしてたのに敬礼を覚えこませたところで計画が頓挫したって。ははははッ」
陽は、あっけらかんとしている。
「あにき?」
母親に抱きかかえられ、頬ずりされて赤面している陽が、俺を呼んで目配せをする。
そ、そうだった。俺がこっちの席に来た理由は……。
「美洲丸! すまん! 駅の向こうに用事ができてしまって、お前との約束をすっかり忘れていた」
こっちに来た用件を思い出し、思いっきり美洲丸に向かって頭を下げた。
ゴンッ!
頭を下げた拍子に、カウンターに強かに頭突きをかましていた。
その音に店内が一瞬で静まり返る。
みんながカウンターに注目した。
「き、気にするな竜洞。こうして無事に届けることができたし、マリーゴールド名物の塩釜ローストビーフも食べることができた。私にとってこれは存外幸運なことなのだ」
不意にみんなの注目を集めてしまい、美洲丸は耳まで赤くしてオロオロとうろたえている。
「で、ね、わたし、ね、次は、ね、ついに、蘭丸君に突撃と思うわけッ!」
突然、小桃が立ち上がり、みんなに向かって、なにやら宣言する。
「ほ、ほぉう、ついについーに、だいろくてんまおうとなりますかな。んで、てんまおうさま攻めは当然として? 蘭丸総受けってことでおK?」
「いや~あ、リバースありっしょ~! 三成くんNTRも捨てがたいな~!」
小桃の宣言に、のーまさん胡蜂さんが応える。
「うっはーッ! スモールピーチついに蘭丸? いよいよ小桃っち壁狙い?」
「信×お蘭? ついに王道?」
一瞬静まり返った店内だったが、すぐさもとの喧騒が戻り、わけのわからない言葉が飛び交っている。
攻めといったら守りだと思うぞ。×って何だ?
若干力技だったが、小桃は俺たちに向いた注意を逸らしてくれた。ありがたい今度何か戦国武将の関連グッズをプレゼントしてやろう。
「でさ、あにきがなかなか来ないから、教室まで迎えに行こうとしたら渡り廊下で、太刀浦君が文化部部室棟に歩いて来たのに会って、あにきのこと聞いたら、帰ったって言うじゃん。慌てて、そこからあにきを追いかけたってわけなのさ」
陽が、小桃の力技に乗っかって、チンピラにからまれたあの場所にタイミングよく現れたワケを話してくれた。
「その時に紅黄が私にケータイで連絡をくれたので、私と朱美が猫を持って、紅黄の端末をGPSで追跡してここに至るだ」
「ほおんと、あの仔、とーってもやんちゃさんでしたから、ここまで連れてくるために、わたくしと勇さまがどれだけひっかかれたか……」
子ノ日さんが自分の袖を捲くり、美洲丸のジャージの胸元を開ける。
「わ、よせ! 朱美ッ!」
露になった子ノ日さんの前腕と、美洲丸の豊かな山脈には、真新しくまだ血が滲んでいる痛々しい引っかき傷がいくつも刻まれていた。
「だ、大丈夫なのか? 痕残らないのか? もし残るようなことがあったら……」
今度は俺がうろたえる番だ。女の子の肌に消えない傷を残したとあっては、責任問題だ。
「お気遣いなく! きもちわるうございますから! あたくしと、勇さまの貴重なひとときをそのうす汚いオーラで汚染してくださらなければ、それで、けっこうですの!」
子ノ日さんが生傷だらけの腕を見せてアッカンベーをする。
俺たちはそれに苦笑するしかなかった。
「たぁつやぁッ! いいかげん戻って来いよう!」
楓が痺れを切らせたように俺に向かって歩み寄り、腕を掴む。
「うわッ! ちょ、ちょ、ま、楓ッ!」
陽や美洲丸が笑い転げる中、俺は元の席に連れ戻される。
「はいッ、ご帰還んッ!」
即座に両脇そして、正面から一口サイズに切られたろおすとビーフが差し出されていた。
毎度ご愛読誠にありがとうございます。
並びにブクマご評価感謝であります。




