56 一年三組魔法組
「これより、特殊戦術戦技専攻科一年三組のクラス紹介を実施する。出席番号4番、第一学年生徒長、美洲丸勇。攻光術及び攻闇術専攻。竜洞に仔猫を届けに来ただけだったのだが、しな…もとい、こ、小桃主催の食事会に飛び入り参加させてもらえ、食通の間で名高いマリーゴールドで食事ができて嬉しい。以後、よろしくお見知りおきを。ちなみにこの魔法は室内限定だ」
暗闇の中で美洲丸の凛としたアルトが響いた。
「きゃああっ。美洲丸くぅん!」
「すごぉいっ! 真っ暗でなぁんにもみえなぁいっ!」
野間さんたちは、お化け屋敷気分みたいだ。俺は行ったことないけどな。
ふむ、自分が得意とする魔法のデモンストレーションを絡めての自己紹介か。魔法使いならではだな。
自分の右手を見るが、うっすらとも見えない。完全な暗黒だ。
なるほど、たしかに、今朝、本人が言っていたとおりだ。
みごとに真っ暗で何も見えない。室内限定とはいえ、立てこもり事件とかで、犯人がこんな魔法をいきなり食らったら、パニックに陥ること間違いなしだな。あと、文化祭とかでお化け屋敷やるのに重宝しそうな、暗幕いらずの便利な魔法だ。
「縛!」
美洲丸の暗闇魔法が発動している最中で、周りがまったく見えない中、陽が短く叫んだ。
「「「「「きゃああっ!」」」」
「わぁっ!」
「きゃあっ」
「ぅおおおっ」
突然、体が見えない巨大な手で握られたように動けなくなった。
おそらく、三組の面々とお店のスタッフ以外の全員が、金縛りになったのだろう、女子の悲鳴が暗闇に響く。
が、どこか楽しんでいるような……そう、遊園地のジェットコースターに乗ってるみたいな感じの悲鳴だ。俺はジェットコースターなんて、乗ったことないけどな。
「はぁん。これが噂の陽くんの金縛りの術ぅ!」
「も、もっと、きつくしてぇ」
ああ……、みんな、楽しんでるか、やっぱり……。
だが、さすがに俺は、暗闇の中での金縛りは楽しめない。
誰かに首根っこを押さえられて、笑っていられる時間は結構短めだ。それが、陽であってもだ。
なるべく早く、術を解いてくれよ。
「はははっ、同じく、出席番号5番、紅黄陽。付与術専攻だよ。四つ飛び級なんだ。本日はご来店、誠にありがとうございます。ウチの自慢の料理楽しんでいってね。よかったぁうまくいって。へへへっ!」
きっとウィンクをしながらだろう、陽が明るい声で自己紹介する。
時と場合によって成功率にバラつきがあるみたいなことを言っていたが、ちゃんとみんなにかかってるじゃないか。
しかも、その場にいる全員に術をかけるのではなく、対象を選択してかけているところなんざ今の時点で十分実用的だと思うぞ。
「灯!」
香取さんの声? と、ともに、何もない空間にロウソクのような小さな炎が出現して、辺りを照らした。
小さな灯とはいえ、真っ暗の中に現れた明かりに、暗闇の中にいる不安感が和らぐ。
暖かなホッとするような色合いの、やさしげな小さな炎だ。
「「「「「ああっ!」」」」」
「はぁっ」
「んはっ」
「ふう」
同時に陽がかけた金縛りが解けた。
(ん?)
ホッとした俺だったが、微妙な違和感を感じる。
(なんか、これ、筋立ってねえか?)
美洲丸の闇魔法で暗くして、陽の金縛りで自由を奪い、香取さんが点した明かりとともに金縛りが解ける。
立派に演出されている。
そんな俺の疑念を裏付けるように、ゆらゆらと揺らめく小さな炎が、人魂みたいにすうっと移動して、柔らかく微笑む香取さんを、暗闇の中に浮き立たせた。
「同じく、出席番号2番、香取ひとみなのです。攻火術専攻です。二学年飛び級で入学したのです。三組の生徒長を拝命しているのです。風景画を描くのが好きで美術部に入ったのです。そのご縁で、今日はこの席に参加させていただけたのです。きょうはお招きいただいてありがとうございますのです。どうぞ、よろしくお願いいたしますなのです」
自己紹介が終わると、香取さんは自分を照らしていた小さな炎にふっと、息を吹きかける。
再び闇が俺たちの目をふさぐ。
「極小連爆っ!」
こんどは、鹿島さんの声だ。
「「「「「うわあぁ!」」」」」
「はあぁ!」
「きれい!」
「おおぉ」
でかい線香花火だった。一般的な大きさの線香花火の十倍以上はあるような、火花を散らす赤い玉が鹿島さんの声とともに現れ、俺たちの間を飛び回る。
時折俺たちの目の前で空中停止し、チリチリと火花を飛び散らせているが、まったく熱を感じない。
(これは火炎系魔法とは言わねえんじゃね?)
そう思った俺の耳元で、
「うふふふっ。熱くないのは、火の粉が魔法の効果範囲から出ないように結界を張っているからなのです」
と、いつの間にか俺の傍に来た香取さんが、ささやくように解説してくれたのだった。
『竜洞生徒』だったら、香取さんが耳元でささやく前に気配を察知したんだろうな。
耳にかかる女の子の吐息に、心臓が早鐘を打ち始める。
「同じく、出席番号1番、鹿島あい。攻火術専攻。高速燃焼のコントロールが得意よ。ひとみと同じで二学年飛び級なの。三組では副生徒長をやってるわ。ひとみと一緒で美術部なの。陽くんのお家が市内でも有名なレストランだって知ってたけど、こーんなにおいしいなんて、反則だわ! 小桃さん、今日はお招きいただいてありがとうございます!」
鹿島さんが自己紹介を終える。
ぱぁん! と、いう拍手の音が聞こえたかと思うと、瞬時に巨大な線香花火が消え去った。
「解!」
美洲丸の叫ぶような短い号令が暗闇に響く。
スイッチを入れたように暗闇が晴れて、店内は元の明るさを取り戻した。
「ん?」
いや、まだ一人自己紹介してないメンバーがいるじゃないか。
「皆様、暗闇でのひとときお疲れ様でございましたわ。さぞかしのどがお乾きになったのではないかしら? どうぞ、お手元のお冷をお乾しになってくださいまし」
美洲丸の影から小さな少女……子ノ日さんがゆっくり、しずしずと進み出て、大輪の花が咲くように微笑んだ。
俺はこの子に睨まれこそすれ、笑いかけられたことなどなかったから、少なからず驚く。
「一年三組、クラス紹介のトリを勤めます。わたくし、子ノ日朱美と申します。出席番号は3番でございますわ。四学年飛び級入学でございますの。今日は本来ならば勇さまとアフタヌーンティーを楽しむつもりでしたのに、そこの木偶の棒のおかげで予定が変わりまして、激おこでございましたの。でも、こちらの美味なお料理に勇さまがたいそうお喜びなので、わたくしもうれしゅうございますわ」
そう自己紹介した子ノ日さんは、俺に、道端に転がっている犬の糞を見るような視線を向ける。
「とっとと、その水飲んじまえって申し上げましたのが、お分かりになりませんでしたの? お耳はせいじょうですの? ほかのみなさまは、もうお飲みになっておられましてよ」
「あ、は、はい、ただいま」
あわてて、きれいなコップに入っている水を飲み干す。
「すぐに、冷たいお水のお代わりをご用意いたしすわ」
そういって、小声でなにやら呟き、指をパチンと鳴らした。
「「「「「「ええええっ!」」」」」
「まあっ!」
「へえ!」
「なんと!」
いや、さんざん、そういう前フリしてたから、何が起こるかはわかってたけど……。さすがにからっぽだったコップが、いきなりなみなみと水で満たされるとびっくりする。形は不揃いだが氷も入ってるなんて。
「もうお分かりでございましょうが、わたくし、水の特殊戦術戦技専攻でございます。どうか、お見知りおきくださいませ。…あ、あなた様におかれましては、そっこく、わたくしのことなど、お忘れになってくださいまし。あなたのとろけきった脳みそにわたくしの記憶があるなんておぞましいことこのうえありませんから」
そう言って、子ノ日さんは俺のことを道の真ん中でピザのように広がっている汚物を見るような目つきで一瞥し、制服のスカートの両脇をつまんで広げ、マンガの中のお姫様みたいにお辞儀をした。
「以上で、一年三組特殊戦術専攻科の生徒紹介を終了いたしますのです」
香取さんがその小さな体のどこから出すんだろうと思えるような大きな声で、クラス紹介の終了を宣言した。
「つけっ! れいっ!」
カウンターの前に並んだ三組のみんなが、美洲丸の号令で軍人みたいな礼をする。
お前ら、こういう機会があったらやろうって、練習してたなぜったい。
「いやあ、先輩方から練習しておけって言われてな」
美洲丸が顔の汗を拭いながらカウンターに戻る。
おい、その汗を拭ってるのっておしぼりだよな。誰もツッコマないのか?
俺のときににはあんなにドン引いたくせに!
「なのです。わたしたち、甲種特異技能保持者って、意味なく怖がられたりするので……」
俺の左隣、さっきまで陽が座っていたお誕生日席的な席に、香取さんと鹿島さんが座っていた。
「竜洞君! さあ、どうぞなのです!」
「食べて食べてっ!」
ふたりがニコニコと笑いながら、料理が山と盛られた取皿を俺の目の前に置いた。
いつの間にか、ふたりは、俺の取皿を取って、オードブルやらサラダをこれでもかってくらい盛っていたようだ。
(さすが魔法使い……)
ってか、この手の人の目を盗む系の技は手品師の守備範囲だよな。
しかし、山と盛られてはいるが、けっしてグチャグチャにではなく、盛り付けの範疇を逸脱してはいない。
俺の向かいの席で、食事を再開した大喰らいにも見習ってほしいもんだ。……いや、さっきこのふたりがオードブルを食べているときに見たとき、楓のグチャ盛りの取皿と大差なかったような……?
なるほど、この盛り付けは。よそ行きか。
フォークを取って、いい匂いがする油に塗れた、ホタテの刺身を口に運ぼうとする。
(……っ!)
右側と正面から放射されてくる、例えようのない嫌な雰囲気にゾクリとして、俺は視線を上げる。
「いッ!」
フォークに突き刺したいい匂いがする油塗れのホタテがボタリと落ちた。
(な、なんて顔してる。小桃、楓)
小桃と楓が、笑顔の形に吊り上げた口角と眉をヒクヒクと痙攣させていたのだった。
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