55 俺はまだ、コーラを一口飲んだだけだ
「今回も、みなさんのおかげをもちまして、無事完了いたしました。そして、運よくマリーゴールドさんを借り切ることができました。今日は存分に楽しんでいってください。乾杯!」
「「「「「「「「「「「かんぱーい!」」」」」」」」」」」
第一学年『裏』生徒長、信濃小桃のあいさつで、食事会が始まった。
三組の連中の紹介をはじめようとした美洲丸に、陽がなにやら耳打ちして、三組メンバーの紹介は後回しにするということになったらしい。
その陽は、お手伝いがひと段落したのだろう、俺たちのテーブルにイスを持ってきて、俺の隣に着席していた。
ちなみに美洲丸が連れてきてくれた仔猫は、俺の足元で、特別に用意してもらった大きな骨にむしゃぶりついている。
本来はこの骨でスープを取るのだと、骨を持ってきてくれたこの店のマダム(陽の母親)が教えてくれた。
猫に骨って大丈夫だったけか? まあ、こんなに小さな仔猫が、こんなにでかい骨(たぶん牛の足の骨だ)を噛み砕いて食うことなんて無理だろうから、俺の脚を甘噛みする代わりに、ガジガジするにはもってこいだろう。
「…にしても、なんて、贅沢なんだ……」
この、料理の群れの規模、俺の尺度では食事会のレベルを大きく超越している……。
食事会ってのは、もうちょっとこぢんまりとしたものじゃないか? 供される料理だって、俺尺度の食事会のレベルだったら、少し豪勢な定食ぐらいだと思う。
(これは、食事会っていうより、パーティー……宴だな。テーブルマナーをゴーグル先生で勉強しておいてよかった)
と、いっても、各テーブルに置いてある直径五十センチはあろうかというものすごくでかい皿に盛られた、えらく上等そうなハムやらチーズやら何ものかに塗れたエビに、いい匂いのする油に漬けられたキノコ、鳥のから揚げ、その他諸々……こういうのオードブルっていうんだよな……とか、いろんな野菜がこれでもかってくらいに、でっかいボウルに盛り付けられた古代ローマの偉い人の名前を冠したサラダ……だったよな、こういうの……とかを、自分の皿に取る方式みたいなので、今回、いんたーねっとでの学習の成果を試せるのは、ナイフとフォークの使い方くらいだ。
……ってか、元いた世界でも、ファミレスに行ったことあるから。右手にナイフ左手にフォーク、ご飯はフォークの背中に載せる。くらいは知ってたし。
あ、それに、俺は初めて見たが、パセリ? が振りかけられている他には小さな赤い輪っかがチラホラ見えるスパゲッティがこれもまた、四十センチはあろうかという大皿にドーンと盛ってある。
不思議なことにスパゲッティの傍には、やはり大皿のエビチャーハンがある。……ここ、洋食屋って言ってなかったか?
あとは……ケーキみたいに分厚い、いろんな具が入った、うまそうな卵焼きがある。
「こんなたくさん…豪勢な料理があるのみたことねえ……」
いや、たしかにこの二日間、『竜洞生徒』のお屋敷でいただいたご飯は、ものすごく旨かった。
今日の朝食にしたって、夢みたいな豪勢さだった。
中身が半熟のオムレツとか、脂身がついてるハムをカリカリに焼いたヤツとか、甘くて黄色い焼いた食パンに、ホットケーキにかける茶色いシロップかけたのとか、初めて食ったぞ。
「このテーブルは四人だから……」
すかざずおれは、一人頭の可食分量を割り出しにかかる。
こういう豪勢な料理を、分けて食べるシチュエーションでは、体のサイズや年齢にかかわらず平等に配分するのがベストだ。
体の大きさや年齢で食う分量を決めてたら、体が小さいヤツやガキが食える量が相対的に少なくなる。
それは、ガキどもと年長者の間における不平等感の醸成につながり、それは集団における不和をもたらす。
体の大きさや年齢で食べる量を決めていいのは、いくら食べても文句が出ないものに限る。
俺たちだったら、それは、飯だった。
飯だけは、体が大きいやつが二倍三倍食べても、不平等だというやつはいなかった。ただし、おかず量平等が大前提だ。
それには、カレールーの分量の平等やジュース配分量の平等も含まれる。
もちろん、丸い塊のケーキは分度器を使ってきっちりと当分に分けて切る。
「たっ……、もとい、竜洞君、たくさん食べてね」
豪勢な料理群を眺めながら、一人分の分量を算出している俺に、隣の席でサラダを自分の皿に取った小桃が微笑んでいた。
その分量は一口分といってもいいくらいだ。このボウルに入っている分量なら、もっと食べてもいいはずなのだが……。
ってか、俺がたくさん食ったら、お前らが食う分がなくなるぞ。
「あ、ああ…。たくさんって……ほ、ほんとうに、いいのか? お前らの分は?」
思わず聞いた俺に、小桃は「はいぃ?」ってな顔で応える。
(しまった。こいつら金持ちだった。一人頭の分量なんて、人生の中で気にしたことなかったんじゃないか?)
「あははははっ! たぁつやぁっ! 周り見てみなよ」
向かいの席で、オードブルやらサラダやらを自分の取り皿に大盛りした楓が笑いかける。
(楓! その量は違反だ! ギルティだぞ!)
「そうだよ、あにき! あと、メインはこれからだからね」
と、陽がウィンクする。
「え?」
楓の言葉に従い他のテーブルを見る。
みんなの皿の上には、オードブルとサラダが少しづつ盛られ、食べるよりも、おしゃべりに余念がないようだった。
小桃も、皿に取った料理を口に運びつつ、向かいに座っている胡蜂さんと、真田のぶしげがどうのこうのと話し始めている。
真田のぶしげ? 真田といったら幸村か広之だろう。きっとマイナーな通好みの武将なんだろうな。後でどんな武将なのか聞こう。
まだまだ成長期に入ったばかりだろう陽でさえ、数種のオードブルを少しづつ取っているだけだ。
「ボクは、給仕のお手伝いがあるからね」
ああ、そうか。本当はいっぱい食べるんだな。
今は、家の手伝いがあるから、すぐに立てるように少しずつ食べてるんだな。
しかし、こんなでかい皿、その体でよく……。
どうしても、俺たち兄妹の後ろをついて回っていた、元いた世界の虚弱で食が細い陽が重なって、こんなでかい皿を、ヒョイヒョイと踊るように配膳していたのが信じられなかった。
「ぐすっ」
……っとぉ、陽のことを見てると心が勝手にサウナに入ってしまう。
「な、みんなちょっとずつしか取ってないでしょ? まぁ、少し例外はあるけどね」
楓がフォークをくわえニカッと笑う。
その皿には、これでもかってくらい料理が盛られていた。まあ、予想してたけどな。
だが、その量は違反だぞ楓。
「お、おう……」
その笑顔が、元の世界で待雪に見せてもらった、ハリウッド製ファンタジー映画のセクシー系女剣士みたいで、思わずドキッとしてしまう。
しかし、フォークをくわえてニカッと笑うお前は絵になるが、いいとこのお嬢様なんだろ? お行儀悪いんじゃねえか? と、ツッコミを入れたくなったが、それはやめた。
楓は、ものすごく上機嫌でハイテンションで、日に焼けて赤みがかったベリーショートヘアと健康的な小麦色の肌にぴったりの笑顔を振りまいていたからだ。
こういう笑顔のやつって、良くも悪くもその場の空気を変えてくれるヤツだから。常に上機嫌にさせていたほうがいい。
それに、今朝、俺の早朝補習に付き合ったばっかりにやらなくていい腕立て伏せさせちまったっていう借りもあるしな。
「陽ぅ、このキノコのマリネの作り方、コックさん教えてもらえないか?」
山盛りの取り皿の料理を胃袋に収めながら、楓は親しげに、陽になにやら相談している。
「うーん、それはむずかしいなぁ。なんつったってウチの自慢の一品だからね。まぁ、ウチの料理は全部自慢だけどね」
陽、そのセリフは、お前のキメなのか?
本当に幸せなんだな。自分の家のこと全部自慢だなんて言えるくらいに。
……っと、心がまた、勝手にサウナに入りそうになっちまった。
俺は視線をカウンター席に移す。
なんと、美洲丸もここに集った者たちの中の例外だった。
俺的にこれは意外だった。美洲丸に関しては俺はたくさん食べるようなヤツだというイメージを持っていなかったのだ。
だが、その疑念はすぐに晴れた。
美洲丸の皿に、次々と料理を給仕している存在がいたのだった。
「勇さま、さあ、どうぞお召し上がりくださいな……。勇さま、こちらもおいしゅうございますわ。ああ、朱美がお取りしますわ。まあ、お飲み物が……」
子ノ日さんが、美洲丸の皿に、次々に料理を載せてゆくので、結果、ゆっくりとフォークを口に運んでいる美洲丸の皿は常に供給過剰となって山盛りとなっていたのだった。
「子ノ日、せっかく名高いマリーゴルードで、食事をする機会に恵まれたのだ。君も楽しみたまえ」
「はあぁ! 勇さま! なんてもったいないお言葉! 朱美はそれだけで、もう……」
そう言って、うっとりと美洲丸を潤んだ瞳で見つめた子ノ日さんが、ハッと気がついたようにこちらを横目で見る。
すかさず、子ノ日さんのノコギリのようにトゲトゲとした痛い視線が、俺を貫いた。
「こちらを煤けた目で、見ないでくださいますかしら。勇さまが穢れますわ」
その迫力に気圧され、俺は慌てて顔を背ける。
そのときに、ちらりと視界の端に映った美洲丸の顔は、穏やかに笑っていた。
(へえ、あいつは、あんなふうな顔で笑うのか)
視線を隣のテーブルに戻す。
「うわ……ぁ」
カウンター席を見ていた数十秒の間に、隣の香取さんと鹿島さんのテーブルはものすごい変容を遂げていた。
四人前ぐらいあったはずのオードブルが、サラダが、スパゲッティにエビチャーハンが、半分以下に減っていたのだった。
「ひとみ、このあと、メインもあるしデザートだって……」
従妹の胃袋のことを心遣う言葉とは裏腹に、鹿島あいさんは、ウェーブがかったツインテールを揺らしながら、楓にも負けない大盛りにしたオードブルとサラダをヒョイヒョイと口に放り込んでゆく。
「ひふぉひひゃん、ひゅるひのへふ。ふぉれ、わふぁひまふぁはふぇへふぁいふぉれふ! あふぅ……、れも、ふぉれも、おいひい……ほれふぅ」
何を言わんとしているのかさえ、わからないくらい、香取さんは料理をほおばっていた。
お行儀悪いことこの上ない。
しかし、アンダーリムの眼鏡の奥の瞳を綻ばせて、香取さんは幸せそうに頬を膨らませている。
ネイティブアメリカンのようにゆるく編んだ三つ編みお下げが、フォークを口に運ぶたびに、取り皿に山盛りの料理にくっつきそうだ。
こういう顔を見せられると、ツッコミを入れづらいんだよな。
年に何回か、片手で数えられるくらいの回数で、お誕生会があって、そん時に出た鶏の腿に銀紙巻いたヤツとかに大喜びでかぶりついていたガキどもの顔を思い出しちまう。
ちなみにお誕生会は、三の倍数月に三か月分まとめて行われた。
十一月十二月一月が誕生月のヤツは、クリスマス会のついでだったからありがたみ半減だったろう。
「はははっ! 火炎爆裂系はカロリー消費が激しいっていうからね。あーあ、ひとみちゃんもあいちゃんもエビピラフあんなにほおばっちゃって……美人が台無し」
陽が笑いながら教えてくれる。
ぴらふ? 初めて聞く名前だ。
(え? 陽、おまえいまなんつった? えびぴら……なんとか?)
なんだって? これはエビチャーハンじゃないのか?
ってか、陽が教えてくれたのは、香取さん鹿島さんがたくさん食べる理由だろ!
「ふふふ、まさに燃やしているからな」
背後からの声に振り向くと、美洲丸が立っていた。
その後ろには、子ノ日さんが拗ねたような顔で立っている。
「紅黄、香取、鹿島、始めるぞ!」
「「「了!」」」
美洲丸勇ら三組の面々が、満を持して俺たちの前に整列した。
「つけっ! れいっ! ぉれっ! すめっ!」
美洲丸が号令をかける。
軍人みたいに一糸乱れぬ、絵に描いたような停止間の動作? だった。
かつっ! ばっ! ざっ! ざざっ! っと、音が聞こえてきそうだった。
まあ、軍人予備校の生徒だから当たり前か。
小桃は呆れ顔だ。
「これより、一年三組特殊戦術戦技専攻科、生徒紹介を実施いたします」
香取さんが大きな声で宣言する。
「招闇!」
美洲丸の声が短い言葉を告げる。
「「「「「「「「わあっ!」」」」」」」」
俺たちが食事をしていた『洋食マリーゴールド』の客席は、暗黒に飲み込まれた。
何にも見えない。
「うそだろ……」
心臓が早鐘を打ち始める。
俺はまだ、コーラを一口飲んだだけだぞ。
なんにも食ってねえ。
高級そうなハムもチーズもから揚げも、パセリと赤い輪っかだけのスパゲッティもエビぴなんとかも、マリネっつたか? いい匂いがする油塗れのキノコも、具だくさんの分厚い卵焼きも食ってねえんだ。
こういうのは、腹が膨れてからにしてくれ!
毎度ご愛読誠にありがとうございます。
並びにブクマご評価感謝であります。




