54 “俺”と小桃と楓と勇の関係
「ひゃううん!」
「陽きゅうぅんっ!」
「小悪魔系陽くん、きゅーーーーと!」
「むっはー! 萌えええっ!」
奥のテーブルの女子たちから黄色い声援が飛ぶ。
陽は、ニコニコと愛想をふりまきながら料理を並べ、厨房に取って返す。それも、タップダンスでも踊りだしそうな軽やかな足取りだ。
俺が『覚えていて』名前を呼んだということなら、太刀浦や待雪もそうなわけなんだが、それは黙っていた方がいいんだろうな。
「ふふふっ、辰哉さん。今日は来ていただいてありがとうございます。おかげでマダムも陽くんもとっても上機嫌です。辰哉さんが事故ったって聞いてからこっち、ふたりともすごく落ち込んでましたからね」
目の前にコトリと何も盛り付けられていない皿が置かれた。
「あ……」
ギクリとして声がした方を向くと、ウェイターさんが微笑んでいた。
「こちらは、取り皿になります」
「びっくりしたぁ……、全然気がつきませんでした」
ウェイターさんは、皿を置きながら目を細める。
「ありがとうございます。辰哉さんに気づかれないで背後を取れるなんて、まだまだ私も、現役でいけそうですね」
現役? 何のことだ? この人、何かの選手だったのか?
てか、『竜洞生徒』! キサマ、武道の達人か? 背後から忍び寄る人間を察知できるなんて。
「そ、そうだ、楓! たっちゃ……もとい! 竜洞くんに、みんなのこと紹介しなきゃ!」
「う、うん、そうだね! 他のクラスの女子となんて、辰哉はふだん、話をすることもないだろうし、いい機会だね」
俺の左右で厨房をにらみ付けていた小桃と楓が、取り繕うように、声をそろえて強引に話題を変えようとする。
「あ、ああ、そうか……。うん」
っと、うかつなことは言えないぞ……と。
『俺』が二組の生徒で知っているのは楓だけだが、『竜洞生徒』は誰かと懇意にしていたかもしれない。それこそ、楓や小桃があずかり知らぬ所で。だ。
昨日の小桃や今朝の楓の『俺』に対する挙動を元に考えれば、幼馴染みの『竜洞生徒』に想いを寄せている二人以外に『竜洞生徒』が特別な感情を持った女子がいる可能性がある。
その女子が、この場にいるかいないかの二択で考えたら、確率は二分の一だ。
「じゃあ、辰哉! まずは、二組の子達から」
小桃と楓に促され席を立ち、一番奥のテーブルで陽に熱い視線を送っていた女子たちの方に近寄る。
「いつも、ね、わたし、みんなに、お世話に、なってるの。ね」
小桃が手のひらを四人の少女たちに向ける。
近寄ってみて気がついたことだが、四人が四人とも目の下に隈ができている。
(一昨日、小桃や楓と一緒に徹夜してたのか……)
このひとたち、みんなが小桃の歴史大河マンガを手伝ってくれてるのか?
小桃がメインのキャラクターを描いてるとして、背景や小物……鎧とか刀とかお城とかをこのひとたちが描いてるのか?
元いた世界で、太刀浦がマンガや、アニメがどうやって作られるのかを説明してくれたことがあって、その膨大な労力にびっくりしたことがあった。
そのときに、テレビでやってるアニメを描いているのが漫画家じゃなかったって知って、少なからずショックを受けた覚えがある。
「じゃ、じゃあ、あたしから、自己紹介するね! 二組出席番号16番、野間てぃあらです。漫画研究部です。小桃ちゃんには、こちらこそお世話になっちゃってるってかんじでぇ。サークル……」
「の、のーま! しーっ!」
「あっ! 今のノーカン! 今日は、やさしい教官の竜洞くんと同席できてうれしいです!」
あやうく小桃が俺に秘密にしてる『どうじんかつどう』を暴露しかけて、野間さんはテヘッと舌を出した。小桃はこのひとのことを『のーま』って呼んでるのか。
ん? 竜洞教官って?
「同じく、出席番号6番、須崎洋子です。基本教練ではお世話になりました。私は漫研じゃないけど楓っちと小桃っちにはいろいろお世話になってます」
ああ、そうだった。今朝、小桃たちが言ってたっけ。
『竜洞生徒』が学年全員の基本教練を世話してたって。
「同じく、出席番号5番、塩屋夢です。おかげさまで、長門の教練を乗り越えられました。もともとは楓に無理やり巻き込まれたんだけど、今は楽しいかなって。あと、竜洞教官殿ありがとうございました」
おっとりとした風貌の女子がまるで軍人のようにビシッと脱帽時の敬礼をする。
なるほど『竜洞生徒』が、学年全員の基本教練をしたってのは本当のことだったようだ。
「同じく、出席番号1番、青島綺羅です。竜洞君、今後もよろしくご指導くださいね。あたしは、漫研で逆に小桃にアシ頼んだり……。もとい、楓の紹介で小桃と仲良くなりました」
やっぱりこの人たちは、小桃の『どうじんかつどう』仲間か。
だが、香取さんと鹿島さんはなぜこの場によばれているんだ?
そういや、さっき、小桃が香取さんと鹿島さんは美術部だって言ってたっけ。
じゃあ、風景画とか描けるんじゃないか? ……ってことは、背景の絵を描く係の人ってことか?
漫画制作の作業の中でも背景画は、ものすごく専門的な技術が要求されるとか、太刀浦が言ってたな。
あと、漫画を制作する手法に、背景とキャラクターを別々に描いて、コンピューターでどうのこうのするってのもあった気がするぞ。
ふむ、それなら、香取さんと鹿島さんの目の下に隈が無いのも納得だ。
小桃から背景を頼まれて自宅で描いて渡し、徹夜の作業には参加していないということなのだろう。
元の世界の太刀浦の話を思い出しながら、小桃たちの大河歴史漫画制作の現場を妄想していた俺の視界が、ふいに薄暗くなった。
「ん?」
俺の顔の前に、小桃の手がかざされていたのだった。
「……たっ……ちゃん? だい…じょうぶ?」
あ、しまった。自己紹介をした二組の女子たちと、香取さん鹿島さんと小桃や楓との関係を推理して、考え込んでいて周りが見えなくなっていたようだ。
「なにをしている竜洞! みんなに失礼じゃないか!」
背後から美洲丸が叱りつけてくる。
(へえ、へえ、ごもっともでごぜーます)
「あ、ああ……ども、竜洞辰哉です。今日は、こも……もとい、信濃さんに誘われて参加させていただいてます。ご存知かとは思いますが、ちょっと、色々忘れちゃってます。今後は俺のほうが皆さんに教わることが多いと思いますんで、よろしくです」
そう言って、俺は俺にしては礼儀正しくお辞儀をしたつもりだったが、思いもかけないところから……ってか、案の定なところからツッコミが入った。
「竜洞! なんだその気が抜けた敬礼は!」
ああそうだった、今の俺は県立防衛幼年学校の生徒だった。
防衛幼年学校の生徒にとって、お辞儀は単なるお辞儀じゃない。
それは『脱帽時の敬礼』なのだった。
「私が無帽時の敬礼の見本を見せてやる!」
凛としたアルトに振り向く。
そこには、グラマラスボディをジャージに詰め込んでるくせに、ひと目で軍人とわかる立ち姿の美洲丸勇がいた。
「きゃあぁっ! とーってもやさしい教官美洲丸くぅん」
「お手本、みせて、みせてぇっ!」
「じ、ジャージ姿もご飯三杯っ!」
「なに、今日! 萌えだらけ……あたし今日死ぬのかな」
二組の女子たちが、口々にアイドルを目の前にした女の子みたいなことを口走っている。
君らついさっき、紅黄陽にも同じようなことしてたんじゃないのかな?
しかも、とーってもやさしい教官って……。
とーってもが付いている分だけ、美洲丸の方が『竜洞生徒』より優しかったってことか?
「つけっ! れいっ!」
運動靴なのにカツンって音がするし、お辞儀なのにザッて音が聞こえるみたいだし。
美洲丸よ、本当にお手本だな、キサマの敬礼は。
「はあああああ~んッ!」
野間さんたちが切なそうに盛大にため息をついた。
ああ、そうなるよな。塚系の麗人がビシッと決めたらそうなるよな。ジャージ姿でも。
逆にそれがギャップ萌え? ってヤツだったりするんだろうしな。
「もうッ! 勇くん! ここ、学校じゃないかなッ! 中学のときからそうだよね。たっちゃんがちょっとユルいことすると、すーぐツッコミいれるかなッ!」
え? ちょ…小桃さん?
俺は、自分が豆鉄砲を食らった鳩みたいな顔をしているのが自覚できた。
「大体、勇くんはオンオフなさすぎかなッ! 勇くんはそれでいいかもしれないけど、ほかの子は学校では、学校の顔。お家ではお家の顔って分けてるんじゃないかなッ! みんながみんな勇くんみたいになれないかなッ!」
一昨日の朝、俺と美洲丸がひと悶着したときの、あのつっかえつっかえ喋っていた口調はどうしたんだ?
小桃が会話する相手や状況で、話し方を大げさに変化させる癖があるのは把握していたが、美洲丸相手のときは、自信なさげにつっかえながら喋るんじゃなかったのか?
「い、いや、信濃……私はそういうつもりじゃ……」
「じゃあ、どういうつもりかな! それに、わたしのこと名前で呼んでって言い始めて四年目じゃないかな?」
うわぁ、これ、小桃の威勢ってば、ケンカになりそうな感じなんだけど……って、俺以外みんなクスクスしてるぞ。
「ッははは、その顔じゃ、これも忘れてたなぁ」
楓が必要以上に密着して耳元でささやく。
「むかしっからこうなんだよ、勇と小桃は。あたしら同じ中学だったじゃん、人数少ないから、もう、ほとんど幼馴染みみたいなもんなんだよ。お前が勇にツッコマれて、小桃が怒って、お前がおろおろして……」
背中で弾んでいたものがふっと離れる。
「なあ、勇。期せずして三組のメンバーが勢ぞろいしてるんだ。ここにいるみんなに、改めて紹介してよ」
「お、おお、そうだな。ほかのクラスのみんなとは、教場も離れてるし、言葉を交わす機会が無いからな。我がクラスは」
小桃の迫力に気圧され、うろたえる美洲丸を慰めながら、楓が愛らしい微笑を浮かべる。
「…で、あたしが間にはいるってのが基本」
そうかそういう関係性があったのか。
だから一昨日、俺が美洲丸を女だと勘違い(ってか、美洲丸が娚だって知らなかったし、それ以前に、男女両方を持った第三の性別があるなんて知らなかったからな)してやつが怒ったときに、小桃の言い訳を美洲丸がすんなりと受け入れたのは、そういう力学があったからなのか。
「小桃ちゃんって、裏生徒長って言われてるんだよ」
俺の後ろで、小桃と美洲丸のやり取りを笑っていた小桃の同人仲間、野間さんが涙を拭きながら教えてくれた。
俺は、素直に納得して、頷いたのだった。
毎度ご愛読誠にありがとうございます。
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