52 絵本から抜け出てきたようなかわいいレストランその名はマリーゴールド
「うん、どうやら、あいつらおっかけてこないね」
振り向いた陽が、追跡者がいないことを確認して、真っ白な歯を見せて笑った。
(ニカッ! っていう、漫画によくでてくる擬音が見えそうだ)
裏道から表通りに飛び出した俺たちは、長距離ランナーのようにゆっくりと歩を緩める。
「どうやら、うまくまけたな。ありがとう、陽。お前のあの魔法……眠らせたり、動けなくしたりって、状態異常? ってのを引き起こすやつか? 闇系?」
ゲームをする機械を持っていないので、太刀浦や、待雪からの聞きかじりのRPG知識で聞いてみる。
「うん、そうだよ。ボクの魔法は闇系統と光系統のハイブリッドに分類されている、付与術ってやつ」
「光と闇なら、美洲丸と同じか?」
「うーん、分類的にはそうなるけど、どっちかっていったら美洲丸君は賢者って言った方がいいと思うな」
お、賢者ね。それは理解しやすい。たしか、回復も攻撃もいけるってやつだったな。
「ん? てことは、スタングレネードや、煙幕を張るってのもお前の領分か?」
「さすが、あにき。一聞いて十理解するところは、記憶なくしてても健在だね。そっちも最近習ってるんだ」
じゃあ、美洲丸は自分の魔法のことじゃなくて、陽の魔法のことを教えてくれたってことか。
なんでだ?
「ああ、そうだ、陽。さっきお前が動けなくしたやつら、あいつら、ずっとあのままなのか?」
「ううん、体質にもよるけど、拘束も催眠も大体三分くらいかな? うまくかかっててくれれば。ボク、まだ、レベル低いから、かかってくれないことも多いんだ。でもよかった。あにきのピンチに、大成功で」
再び陽は白い歯を輝かせる。こいつの笑顔ってこんなだったんだ。
(いいなぁ、これ……梓にも見せてやりたい)
もちろんこの場合の梓は、元いた世界の梓だ。
「そうか、本番に強いタイプなんだな、お前。そういうのってイザって時、頼りになるな。……ん? ってか、たった今が、そうだったじゃねえか!」
「ぷはははははッ! あにき、何だよそれ! そんなみごとなノリツッコミ。辰哉あにき史上初の快挙だよ!」
そうか、そんなに笑ってもらえるくらい『竜洞生徒』は四角四面だったのか。
これくらいのレベルのノリツッコミで、そんだけ破顔してもらえるなら、いくらでもやってやる。
俺たちは駅に向かって歩き始める。
陽は少し小走りだ。俺の歩幅に合わせるとそうなっちまうか。
(っと、少しゆっくりと歩こう)
紅黄陽は、本来ならば小学六年生だということを勘案しても小柄な少年だった。俺と比べると頭のてっぺんが、俺の鳩尾の少し上くらいだ。
身長差40センチ弱ってとこだろうか。だから、130センチそこそこってことになる。
そんなガキが、俺と同じ制服を着て、刀をぶら下げてるのをみると、なんかな、コスプレ好きの親が、息子に軍人キャラのコスプレをさせてるって感じだ。
「すまんな、一昨日の事故でちょっと忘れちまってることが多くてな。お前が飛び級で幼年学校に入学して、三組にいることも忘れてたんだ」
いや、元の世界じゃ、今年小六になったばっかりだし、こんなによく笑うやつじゃなかったしな。
元の世界の紅黄陽がこっちにいたとしても、俺と関わり合いになるような環境に存在するとはとても思えなかった。
一昨日、施設の場所に行ったのは、こっちの世界に陽が存在しているか、また、他にも俺が知ってるやつがいるかどうかを確認する目的もあった。
「でもさ、あにき、軍刀抜かなくてよかった」
「え?」
「理由の如何にかかわらず、公務以外での市中における抜刀は、これを禁ず。って、校則にあるからね。抜いてたら、退学だったかも」
「じゃあ、これ、何のためにぶら下げてるんだ?」
「己を律するためだって、美洲丸君はいってるけどね。ボクはわかんないや」
そのわりに、あいつ、初めて(あくまでも『俺』とだが)会ったとき、俺を切って捨てようとしたんだがな。
※※※※※
紅黄陽はいわゆる捨て子だった。
俺と梓が施設に入所して初めてのクリスマスイブの夜中に、施設の前に裸同然で放り出されていた。
俺たちが住んでいるこの街の冬は、恐ろしく寒い。
雪は大して降らないが、何もかもが春まで凍りつく。
例えば濡れタオルを外で振り回したら、ほんの数十秒で鈍器が出来上がる。そんな寒さだ。
そんな冬に、きちんとした防寒装備せずに、外に何時間も出されるなんて、即、生命の危機だ。
しかも、陽が捨てられたのは記録的寒波が来襲していた日だった。
もう10分、スタッフのお姉さんが陽を見つけるのが遅ければ、間違いなく凍死していたらしい。
あの時の陽の真っ白な顔と紫色の唇は忘れられない。
それに引き換え、こっちの陽は本当に屈託無くよく笑う。笑顔が顔に貼りついているみたいだ。
元いた世界では、俺は陽の笑顔ってヤツをほんの数回しか見たことがなかった。
あいつが俺と梓の少し後に入所してから、一昨日俺がこっちに転移して来るまでの七年間で、だ。
その笑顔ってのも、いつだったかのクリスマス会だったか誕生会で、陽のケーキの上のイチゴを誰かが取りやがって、梓がそいつをぶん殴って、俺のケーキを丸ごと陽にあげたときの申し訳なさそうな愛想笑い。
それから、梓が陽に俺たちのことを本当の兄&姉と思いなさいと命令したとき……。
その時あいつは、初め、目をまん丸にしてから少しずつに口の端を上げていって、儚げに微笑みながら俺たちのことを『兄ちゃん、姉ちゃん』と呼んだっけ。
他にも何回かは笑ったはずだが、思い出せない。
それくらい陽の笑顔のレアリティは高かった。
いつも、陰鬱なオーラをまとって、暗く沈んだ瞳で部屋の隅に佇んでいる……。紅黄陽はそんなやつだった。
※※※※※
「どうしたの。あにき?」
ところが、こっちの世界の陽ときたらどうだ?
なんだ? この笑顔の大バーゲンセ-ルは。
「な、なんでもない」
くそう! 目から大量に心の汗が分泌されやがる。
「な、なあ、陽!」
「なんだい? あにき」
「お前、今、両親と一緒に暮らしてるのか?」
「なに言ってんのさ、あにき。当たり前じゃない。……って、記憶喪失だったっけ。でも、ボクのことは覚えててくれた! よかったぁ!」
陽は、またも白い歯を見せて破顔する。
(こいつ、こんなに笑顔が様になるヤツだったのか)
「あにきが頭打って、記憶がおかしくなったって聞いて、びびったよぉ。小桃姉や、楓姉に美洲丸君のこと忘れちゃったって噂になってたし……。ボクのことも忘れてたらどうしようって。…こわかッたぁ!」
それは、性別が違ってたり、性格が入れ替わったりしてて、俺が混乱してたからな。記憶が無くなったって言ってた方が色々と都合がよかったからな。
「ほら、記憶喪失って、身近な人から忘れていくっていうし……」
「いや、それ、認知症だよな」
「そうともいうよね。あ、そうだ、ねえ、あにき、ボクの母さんもあにきのこと心配してたんだ。暇ならウチに遊びに来てよ。母さん喜ぶな。きっと」
陽の母親か。興味はある。どんなひとが、あの陽を、こんな天真爛漫を絵に描いたような人間に育てることができたのか? 確認してみたい。
だが、今日は、先約がある。小桃におよばれされてるからな。うまいもの食い放題の催しに!
梓のメンテパウダー及び用品は今度にするとしても、そっちは外せない。
時計を見ると始まりの時間まであまり余裕が無い。お屋敷に戻って、私服に着替えて来るのは無理なようだ。
「そうしたいのは山々なんだが、これから、小桃に食事会に誘われててな」
「そうなんだ……どっかのお店で?」
「ああ、ここ『マリーゴールド』ってとここなんだが」
陽に小桃からもらった招待状を見せる。
「さすが小桃姉! そのお店、市内で一番の洋食屋さんだよ」
陽はポンと手を打って、手刀を切った。待雪に見せてもらった探偵モノの映画かなんかで見た気がするな。そのリアクション。
「ボクも一緒に行くよ! いいでしょ、あにき!」
ま、一人ぐらい増えても、追加料金を払えば大丈夫だろう。
「そうだな、一緒に行くか」
「へへっ! じゃ、案内するよこっちこっち」
陽は、ずうっと歩き慣れた道を行くように、胸を張って俺を先導する。俺たちの後ろをコソコソとついて回ってたあいつが……。
(いや、俺が知っている紅黄陽とは全くの別人だってことは理解している。理解しているが……)
陽と歩くこと五分弱。
俺たちは、小桃が食事会を催すという、洋食屋『マリーゴールド』に到着していた。
「な、なんか高そうだな。俺なんか入って怒られないか?」
オレンジ色の丸い瓦で葺いた屋根と、白い漆喰壁の高級感あふれる建物に俺はすっかりビビッてしまった。
こんな南ヨーロッパの町並みにあるっぽい感じのオシャレ建物、テレビや本でしか見たことなかったからな。
「だいじょうぶだよ。あにき。ここ、お値段だけは見掛け倒しだから。お味は一流、お値段は定食屋さん並ってのが、このお店の自慢なんだから」
「へえ、よく知ってるな」
「そりゃぁ、ね」
陽が俺にウィンクをする。
こりゃ、五年後くらいには、立派な女ったらしが出現してるかもしれないな。
「さ、あにき、はいってはいって!」
陽はドアを勢いよく開けて、ベルを大きく鳴らす。
「いらっしゃいませぇ!」
と、いう、ウェイトレスさんの元気な挨拶と一緒に小桃の声が聞こえる。
「あ、来た来た。たっ…もといっ、竜洞君。ここ、ここ!」
すでに小桃たちがテーブルについていた。
「おう、小桃。すまん。おそくなったかな? あと……、一人飛び入りさせても……って、あれ? いない」
さっきまで俺を先導していた陽がいなくなっている。
「陽! 陽!」
俺はきょろきょろと辺りを見回す。
「なに? どうしたのあにき」
店の奥の方から陽の声が聞こえる。
「え?」
「「「「「「きゃああああああああっ!」」」」」」
女子の黄色い声が俺の耳を揺さぶった。まあ、これくらいなら許容範囲内だ。
「いらっしゃいませ。あにき、皆さん。洋食マリーゴールドへようこそ!」
刀を外し、制服を脱いでエプロンをした陽が、恭しく腰を折った。
「え? え? え? え?」
「あにき、ここはボクの家だよ。ってか、家兼店舗? っていうのかな」
「「「「「陽くん、かわいいぃッ!」」」」」
再び女子の黄色い声。
「ああん、陽くんこっち向いて!」
「小桃! GJよ! よくぞここの予約取ったわ」
「陽くんのエプロン姿ッ。もえええええっ!」
「小桃のアシやると、これがあるから、ことわれないのよ!」
「ひゃうううううん! 陽くぅん!」
女子は口々に訳のわからないことを叫んでいる。だが、陽が人気者なのはわかった。
「あははは……。もう、いつもこれなんだなぁ。あ、たっちゃん、ここ座って、ね。もうみんな来てるから、ね」
小桃が引きつった笑顔を浮かべながら、俺をテーブルに招く。
あまり広くない店の中は、小桃が招待したと思われる女子たちで、ほぼ満員だった。
俺たちのクラスからは小桃と胡蜂。
楓と楓のクラスの女子数人。
何人か、知らない女子がいるので、後で紹介して貰おう。
「ね、やっぱりだったでしょ」
「うん、うんっ! 本当だった! 竜洞君が来たよ!」
「あれ?」
三組の香取さんと鹿島さんがいる。
「ああ、香取さんと、ね、鹿島さんは、ね、美術部なの、ね」
だから……と、言いかけて、口ごもる小桃。
「たぁつやぁ、遅かったじゃんかぁ」
レモンみたいないい匂いが、鼻腔をくすぐる。
いつの間にか、楓が俺の席の隣を占拠してぴったりと寄り添っていた。
「時間通りのはずだが……」
「ばか辰哉ぁ。五分前行動だろ!」
楓は俺の腕を抱いて、ぐいぐいと体を押し付けてくる。
絶妙な弾力が俺にあてがわれ、ポヨンポヨンと弾んでいる。
「くぁえぇでぇ~っ!」
反対側の小桃が、俺越しに楓をにらみつけ、狼みたいにグルルルルとうなる。
おいおい、こんなところで手四つはやめてくれよ。
お前ら、いいとこのお嬢さんなんだろ!
「おまえら…」
いい加減にしとけという、発言後半は別の来客を告げるドアベルでかき消された。
「あ、すみません今日は貸切で……」
と、ウェイトレスさんは言おうとして、にっこりと微笑む。
そして、
「いらっしゃいませ」
と言った。
「ん?」
「あ」
「え?」
「ふぇ?」
おそらく、誰もがそいつの来店を予想していなかった。
だから皆が少なからず豆鉄砲を食らったような顔になっていた。
一人を除いては。
「ふう、やっと、追いついた。竜洞、忘れ物だ」
そう言った塚系麗人の胸元から、トラ縞の仔猫が顔を出していた。
よく見ると、麗人の顔や手は小さな引っかき傷がたくさんついている。
「ぅにゃっ!」
仔猫が、麗人の胸元から飛び出して俺に駆け寄ってくる。
「美洲丸くん! 意外と早かったね」
「やあ、紅黄。連絡ありがとう」
そこには、クラスメイトの女の子を従えた美洲丸勇がグラマラスなボディを学校指定のジャージに押し込んで軍人のように立っていた。
しまった、三組に仔猫を貰い受けに行く約束だった。
すっかり、きれいさっぱり忘れていた。
美洲丸の口角は、その怒りを表すように、ぴくぴくと痙攣していたのだった。
毎度ご愛読誠にありがとうございます。
並びにブクマご評価感謝であります。




