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県立防衛幼年学校  作者: 茅野平兵朗
第2章 県立防衛幼年学校
51/108

51 お前そんな顔で笑うのか!

「けえぇっ!」


 女の口から発せられた音かと疑いたくなるような掛け声と共に、白刃が俺の首目指して迫撃してくる。

 再び体を捻りながら右足が前に出て行く。

 ヒュン! っと、風を切る音が右頬を掠め、微かな衝撃。

 マジだ、マジでこいつら俺を殺すか大怪我させようとしている。


(こ、こえええええっ!)


 金玉が縮み上がり、肛門が引き攣る様な感覚に襲われる。だが、俺の体はちっともビビッていない。

 ビビッてるのは“俺”だ。

“俺”が恐れ慄いている間に、ナイフを持っている女の手首を俺の左手が掴む。


「くくくっ、くはははっ!」


 相変わらず腹筋が痙攣し続けている。なにがおかしいんだ俺?

 左足を軸に体が反時計回りに回転して、膝が曲がり体が少し沈む。右腕が女の股間に入り込み、ひょいっとすくい上げる。


「ひ!」


 短く叫んで女が5~6メートル飛んで背中から落下。鶏が首を刎ねられたときのような声を出して動かなくなった。


(マジか? まるで、カンフーアクション映画の殺陣だな)


 なんてこった、俺がこんな芸当ができるなんて。腹がかっと熱くなる。無敵感が俺を支配する。俺は強い! 理不尽な暴力に対抗できる! 今までみたいにコソコソとゴキブリみたいに隠れなくていい!


(ぱねぇ……俺にこんなことができるなんて……)

「くくくっ……! うくくくくくっ!」


 俺は、笑っている、そう、これは、『俺』が笑っている。今まで俺を地べたに縛り付けていたものから解放されたことに『俺』は歓喜しているのだった。


「んならっ!」


 ナックルダスターを拳にはめた女が、殴りかかってくる。そんなもんがクリーンヒットしたら顔の骨が砕けるだろう。

 だが『俺』は最早そんなものに恐怖を感じてはいない。

 そんなものじゃ、俺を打ち砕くとはできないことがわかる。

 ナックルダスターを振りかぶった女の動作がスローモーションに見える。

 すうっと辺りが暗くなり、スローモーで俺に殴りかかってくる女の手首の内側が、そこだけ丸くスポットを当てたように通常の色彩で見える。

 そうか、そこを打てばいいんだな。

 そういえば、前にもこんなことがあったな……。

 女の手首を打つ用意はすでに体が整えていた。

 俺は腰を沈めながら左足を引いて、左手で刀の鞘、ツバの下を持って反時計方向に少し捻りながら親指を突き出す。

 2~3センチ刀身が鞘から飛び出したところで、右手が柄を取り、殴りかかって来た女の手首を、柄頭で突き上げた。


「ぐああああっ!」


 冷たい音を立てて、女の手からナックルダスターが落ちる。


「ふんっ」


 俺は、軽いため息をついて、三分の一ほど抜き出した刀を鞘に納める。


(そうか、なるほど、そういうことか……) 


 ここまで来て俺は、ようやくにして気がついた。

 今、俺の体を動かしているのが『竜洞生徒』の脳だということに。

『竜洞生徒』が何年もかけて体に染み込ませた鍛錬が、今“俺”の危機を救ってくれているのだということに。

 ハイハイを始める前に、敬礼を叩き込まれるような偏った環境で、軍人になるしか選択肢がない超スパルタ軍人育成教育を受け、十何年も修練を積み上げてきたからこそなのだということに。


(ある意味、憐れなのかも知れんな。だが、己を突き通すため、理不尽に立ち向かうには必要なツールだ)

「ヤロウ!」


 檀寺が金属バットを担いで凄む。

 俺は腰を落とし、刀を抜こうと身構える。

 何かで見たぞこれ、確か、居合いとかいうやつの構えだ。


(……ち、ちょっと待て俺! 刀抜くのか? 檀寺を切るつもりか? いや、まさか、峰打ちだよな)

「てめえ! 抜くのか? 抜いたらどうなるかわかってんだろうな?」


 知らん、わからん。だがこの場合、正当防衛が成り立つのは明白だろ。

 だが俺にはキサマを殺す理由はあるが、殺すことによるメリットの方が少ないことは理解しているぞ。……ってか、人殺しはだめだろ“俺”!


「コロス!」


 檀寺が金属バットを振りかぶり、俺に向かって肉薄してくる。

 周囲が暗くなり檀寺の腹に明るく丸いスポットが当たる。

 そこを目指して刀を横なぎにすればいいんだな。

 体は刀を抜くタイミングを計り始めている。


(やめろ来るな檀寺! ってか、やめろ“俺”! 殺すつもりか? 殺すな! 人を殺すな!)


 左手親指が刀のツバを突き飛ばす。同時に右手が刀身を引き出そうと柄を握り込む。


(だめだ! だめだ! だめだ! だめだ! だめだ! だめだ! だめだ!)

「おせえええええええええええええっ!」


 俺が躊躇している内に檀寺の金属バットが振り下ろされ、脳天に向かって降ってくる。

 このままでは頭蓋骨陥没だ。

 丸いスポットが腹から肘、手首へと移動して。右の地面に落ち着いた。

 そっちへ飛べということか。

 そうわかったときには、金属バットのスィートスポットが俺の頭頂部に到達する時間と、避ける時間の引き算はマイナスになっていた。


(躊躇するっていうことは、こういうことか。だが、人殺しにならなくて済んだ)

『俺』はあきらめていた。甘んじて金属バットの打撃を受けようとしていた。


 その時!


「束縛! 眠れ!」


 俺よりも高いボーイソプラノが、後方から短い言葉を投げつけた。


「うぐ……」

「あぐぅ……くそ」


 瞬間、檀寺たちはその場で何かに巻きつかれたように動かなくなった。


「ううう……ふわぁ」

「あふぁ……くそぉ……」


 そして信じられないことに、そのまま眠り込んでしまった。


「え? 何これ?」


 まるでゲームの催眠魔法じゃねえかよこれ。

 刀の柄に手をかけたまま俺は呆然とする。


「あにき! こっち! こっち!」


 ボーイソプラノが俺を呼ぶ。

 俺は、その声に聞き覚えがあった。ってか、一昨日の朝、聞いたばっかりだ。

 声がした方向に振り向くと……、そこには懐かしい顔があった。

 いや、一昨日の朝飯時に会っているんだがな。


「陽! おまえ、陽か!?」

「あにき、ここは、三十六計だよ! とっとと逃げよう!」


 陽は、俺に小さな手を伸ばし微笑む。

 お前、そんな顔で笑うのか、陽!


「ああ、そうだな!」


 俺は、陽の手招きする方へと走り出した。


(こ、こわかったぁ……)


 逃げ出したとたん、恐怖にケツの穴から寒気が全身に走る。

 撲殺されかけたことにじゃない。

 自分が平然と、いや、むしろ歓喜を持って人を殺そうとしていたことにだ。


(俺、かなりやばかったんじゃね?)


 陽が助けてくれなければ、きっと俺は半自動的に反撃をして檀寺に致命傷を負わせていたに違いない。

 それは確信できる。

 それくらいやってのけるチカラと技を身につけている。『竜洞生徒』がな。


(助かった……)


 危うく『竜洞生徒』のチカラに振り回され、とんでもないことをしでかすところだった。


「ありがとな、陽!」

「えへへ、あにきの役にたった? ボク」


 ケラケラとボーイソプラノで笑う少年は、俺と梓の幼馴染みだった。

 もちろん元の世界でのことだがな。

 この様子からすると、こっちでも、かなり仲よくしている友人らしい。


「ああ、とんでもなくな」


 俺と梓が、保護され、養護施設に入所してすぐ、男の子が入ってきた。

 たしか、梓よりひとつ下だったと思う。

 あるとき、学校帰りにそいつが、公園で同級生にいじめられているところに出くわし、助けたことがあった。

 それ以来、そいつ、『紅黄陽』は金魚のフンという例えを地でいくように、俺たちの後ろをついて回るようになった。


「そうかぁ! お前だったのか陽! 一年三組の男子って」


 一年三組唯一の男子にして、幼年学校創立以来、初の男子特殊戦術戦技専攻科生、そして、俺たち兄妹の幼馴染み。

 目頭がじんわりと熱くなってくる。

 元いた世界では、紅黄陽はいつも陰鬱な表情を、その顔に貼り付けているガキだった。

 どんな目に遭ったら、こんなに暗い顔でいられるんだろうと思っていた。

 いつか、絶対に、こいつの顔に笑顔を貼り付けてやろうと思っていた。

 お前の笑顔って、そんなんだったんだな。


「太刀浦君に、あにきがこっちのお店で買い物する用事ができたって聞いて、追いかけて来たら、あにき、不良とケンカしてるんだもん。びっくりしたよ」


 そう言って、笑う紅黄陽の顔は、涙で滲んでよく見えなかった。

毎度ご愛読誠にありがとうございます。

並びにブクマご評価感謝であります。

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