47 そのチョココロネ、どうして持ってたんですか?
予鈴が鳴り終わる直前に、俺は教室に滑り込んだ。
ぶちまけられた俺のロッカーの内容物は、整頓されて俺の机の上にあった。
「たっ…竜洞…くん、遅い、よ。どこいってたの? ほら、手伝ってあげるから、ね。はやく!」
小桃が俺から体操服を奪い取り、手早く畳んで重ねる。
洋服屋の棚に陳列してあるみたいに、大きさと、四隅がきちんと全部揃えられて、遠目に見ると一つの塊に見える。
「すげえ……」
感嘆しながら、小桃が畳んだ体操服、迷彩服を受け取り、ロッカーにしまう。
「な、なにいってる、の。ロッカーの中、みんな、こうなんだから、ね」
なんだって? 女子はともかくとして、太刀浦や、待雪もこんなふうに洋服屋の店員さんみたいに、きっちりと畳めるってのか?
「し、四月に吹き荒れた台風が、我々を、き、鍛え上げたんだな」
「おまえはぁ、ウチで、おやじさんにぃ仕込まれてたからよぅお、台風被害皆無だったんだぜいぇっHuuuuuuっ!」
そ、そうか、あの中二病丸出しな二つ名の『竜洞生徒』の親父さんって、軍人だったっけか。そんなのが父親だなんて、『竜洞生徒』は赤ん坊のころから軍人として育てられてたんだな、きっと。
ハイハイよりも先に、敬礼とか覚えさせられてたりしてな。
ジャージ、迷彩服、編み上げのブーツ、お風呂セットを隣の待雪のロッカーを見せてもらいながら、同じ位置に並べる。
「こんなもんか?」
小桃とロッカーを見せてくれた待雪に尋ねる。
「うん、たぶん、ね。大丈夫だと、思う」
「そぉんなもんだぜぇい」
安堵の溜息をついて、席に戻ったのと、今日の当番生徒が、起立を号令したのはほぼ同時だった。
ドアを勢いよく、だが乱暴にではなく開けて、豪華な姿態を豪奢な軍服に詰め込んだ長門先生が靴音も高らかに教室に入ってきた。
「つけッ! けぇれッ!」
「「「「「「「「おはようございますッ!」」」」」」」」
できた、できたぞ! みんなと一糸たりともずれていない、おじぎの敬礼が!
俺は、心の中でにんまりとした。楓に後で心から礼を言おう。そしてあいつのいうことで可能なことだったら何でもひとつ聞いてやろう。
「なぁれッ!」
脱帽時の敬礼から不動の姿勢(気をつけ)に戻った俺たちをぐるりと見渡した長門先生の、口角がニヤリと吊り上がる。
そして、サディスティックな金属臭が塗されたアルト声で、こうのたまったのだった。
「これより容儀点検ならびにロッカー点検を行う」
教室は水を打ったような静けさという表現に、ぴったりなくらい静まり返っていた。
が、俺の超感覚(いや、そんなものはないが)が、クラスメイトたちの心の中のざわめきを、聞き逃してはいなかった。
『ようぎてんけん』? 俺は容疑をかけられるほど悪いことをした覚えは無いぞ? クラス全員に対してやる点検みたいだが、そんなに悪さをするヤツばかりなのか? このクラスは。そうはみえなかったぞ。
「だいちぶんたぁい、ぎむけーッ、ぎッ!」
「だいにぶんたぁい、ひだぁりむけーッ、ひだりッ!」
四列に机を並べているクラスメイトが、それぞれの号令で、中央の通路を挟んで二列づつに別れて向かい合う。
俺は、まだ、右向け右も、回れ右も、ここでの正しいやり方を覚えていないので、小学校で習ったやり方で中央を向く。
ちなみに廊下側が第一分隊で、窓際が第二分隊みたいだ。
長門教官が教壇を降りて、通路に向いた生徒を頭のてっぺんからつま先まで、一ミクロンの埃さえ見つけそうな目つきでじっくりと観察する。
「鳳梨生徒! プレス不備! 回れ右ッ! ブラシ不備!」
「鈴木生徒! ハンカチ不備! 回れ右ッ! 回れ右不備! 基本教練からやり直せ!」
なるほどようぎけんさというのは服装検査のことか。
不備というのは、指摘されたところが不合格ってことだな。
長門教官は通路を一歩進んでは生徒を穴が開くほど眺め、服装の乱れを次々と指摘していく。
俺には、何がどう不備なのかさっぱりとわからないが、きっとなにかのボーダーラインがあるのだろう。
だが、ときどき、へんな不備の指摘が混じってくる。
たとえば、
「壱位町生徒! 筆入れの角度不備!」
筆入れの角度? なんだそりゃ?
そうこうしているうちに、長門教官は俺たちの列にやってきた。
「鉄砲魚生徒! プレス及び校章及び学年章の輝き不備!」
「倶乃瀬生徒! ……ふん! 表情不備! 口を引き締めろ!」
え? 今度はなんつった? 表情? 俺の前の小桃のそのまた前の席の笑顔がさわやかな塚系ハンサムの倶乃瀬は、表情を不合格にされる。
「信濃生徒! ……ふむ、目の輝き不備!」
おいおい今度は目の輝きだって? そんなのどうやって不備を改善すりゃいいんだ?
「竜洞生徒! ふ……」
俺より頭一つ分背が高い長門教官がほんの少し腰を曲げる。その塚系ウルトラハンサムなかんばせが俺に近づいてくる。
スン、スンスン……。
「竜洞生徒! ニオイ不備」
な、な、なんだよそれ? 俺の体臭が臭いってか? 冗談だろ? 今さっきシャワーあびてきたばっかりだぜ!
「竜洞生徒! 敵の鼻は犬並みだと思え。そんなボディーソープのニオイをプンプンさせていたら『わたしはここよ!』と敵兵に教えてやっているようなものだ!」
シャワーのときに使ったボディソープの残り香がよくなかったのか……。
「キサマらこの二ヶ月間何をやってきた!? この調子では……」
つかつかと俺のロッカーに近寄って扉を勢いよく開けて……。
「全部不備! 竜洞生徒! 全部不備だやり直せッ!」
と、叫びながら、小桃がきっちりと畳んでくれたジャージ、迷彩服、編み上げブーツに帽子、お風呂セットを、ロッカーの中でクロールしているように腕を回しながら、次々に放り投げた。
俺のロッカーはそこだけ局地的に竜巻にでも襲われたみたいになった。
そうか、これが、台風か。ロッカーの中を粗探しして、不備な点を見つけて整理整頓をさせ直す。これが台風だったのか。
「あ、ああ……」
呆然としすぎてこんな声しか出てこない。
しかも、声を出した瞬間、小桃に尻をつねられた。
振り返ると、左目をコンマ二秒閉じて俺になんかの合図をくれる。
たぶん、『声を出すな』だ。
「次!」
続いて隣の待雪のロッカーも叩き開け。
「全部不備!」
と、再び叫んで中身を当たりかまわずぶちまける。
この時点で、教室の中は諦観で満たされつつあった。
ロッカーの中身をぶちまけられるのは、全員なのだと。
「全部不備! 全部不備! 全部不備! 全部不備! 全部不備! 全部不備! 全部不備! 全部不備! 全部不備! 全部不備! 全部不備! 全部不備! 全部不備! 全部不備! いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!」
クラス全員の期待通り、長門台風は全員のロッカーの中身を全部ぶちまけ続けた。
…と、一番廊下側の出席番号一番、壱位町小枝のロッカーをぶちまけていた長門教官の手が止まり、十センチ四方くらいの大きさのビニール袋を摘み上げた。
「なんだこれは! 壱位町生徒! この物体は何だ?」
最後の最後、壱位町小枝のロッカーから長門教官が摘み出したのは、菓子パンの袋が三つだった。もちろん中身入りだ。
「あんドーナツ、クリームパン、メロンパンです!」
「どこで手に入れた?」
「通学途中のコンビニです!」
「なぜ、こんなものがここにある?」
「朝食を摂ってこなかったため、お腹がすくからです」
「こんな高カロりーな菓子パンを、三つも! 貴様が食うのか? 壱位町生徒!」
長門が菓子パンを両手につまみ持ち、壱位町に駆け寄る。
自分より頭ふたつ分小さな壱位町の前で腰を折って、彼女を見上げるように、菓子パンの袋を突きつける。
「そうです」
さらに長門はいやらしく壱位町を見上げ、あんドーナツの袋を開ける。
「あんドーナツ三九九キロカロリー、メロンパン四〇五キロカロリー、クリームパン三三三キロカロリー! 全部で何キロカロリーだ?」
「一一三七キロカロリーです!」
「壱位町生徒! イスの上に起立! 食いしん坊だな壱位町生徒! そうか、朝飯抜きか。さぞかし腹が減ったろう。食え!」
壱位町をイスの上に立たせて、長門はあんドーナツを彼女の口に押し込んだ。
「きょ……」
俺が長門を呼ぼうとした瞬間、待雪美少年が叫んだ。
「教官! あんドーナツとクリームパン、ならびにメロンパンのレシートがここにあります」
壱位町と向かい合わせに立っていた待雪が、コンビニのレシートを捧げ持ち、長門の背後から声をかける。
「ほぅ! あんドーナツとクリームパンにメロンパン、そして、チョココロネのレシートをキサマが持っているというのか待雪ガニメデ!」
ちょっと待て、チョココロネって何だ? 増えてるぞ。
「貴様が買ったものが、なぜ、壱位町生徒のロッカーにあるのか?」
「自分のロッカーの方が、点検の確率が高いからであります!」
「悪質な違反行為隠滅と判断する!」
長門はメロンパンの袋を開けながら、軍靴の音を響かせ待雪にイスの上での気をつけを命じる。
「あんドーナツを横取りされて悔しかろう。食え!」
待雪の口にメロンパンを捻じ込んだ。
「教官殿! よろしいでしょうか!」
俺の横で小桃が声を張り上げる。
「何だ、信濃生徒!」
「加えてジャムパンがここにあります!」
俺の横で小桃がジャムパンを持って叫ぶ。
「おっと、さらに小倉アンパンがここに! あります」
太刀浦がポケットからアンパンを取り出した。
「教官殿! 購買限定のグラタンフライが!」
「ピーナッツクリームコッペパンが!」
クラスの連中が次々にポケットから菓子パンを取り出す。
「キサマら! 定められた時間以外で教室における飲食が許可されているか? 応えろ!」
「「「「「「「「「「「サー! ノー サー!」」」」」」」」」」」
何でそこだけ英語なんだよ! お前ら、ハリウッド映画に毒されすぎだ!
って、俺だけかよ菓子パン持ってなかったの!
お前ら女子ばっかのくせに、何だよ、この菓子パン所持率!
「ようし、わかった。この小隊は勝手ばかりする阿呆の集まりなんだな。私のこれまでの教育はすべて無駄だったわけだな。菓子パンを持っている者はイスの上に立ち咥えろ! きをつけぇッ!」
全員が一糸乱れることなく、音ひとつで不動の姿勢をとった。
「我が小隊はバカの集まりであることが判明した。これが戦場ならば、敵正面で煮炊きして陣地の位置を敵着弾観測員に知らしめ、敵榴弾砲にて殲滅させられているところである。本件は本職の指導力不足が原因である。よって、本職はこれを反省する。指揮官及び指導教官の反省は学生生徒の百倍が相当と教えられた。しかるに、腕立て伏せ千回をもって反省とする」
おもむろに長門先生がポケットから巻貝のようなパンを取り出して咥え、腕立て伏せの姿勢をとったのだった
ひょっとしてその巻貝のようなパンがチョココロネなのか?
「竜洞生徒! 休めッ!」
休めの姿勢をとる。
「数えろ!」
「竜洞生徒数えます! いち!」
まじかよ! あんた、さっき腕立て伏せ三百回したばっかりだったろ
長門先生が正面を見据えたまま巻貝のようなパンを咥えたまま腕を曲げ、あごを床につけ腕を伸ばす。
「に!」
同じ動作を繰り返す。巻貝のようなパンに口から涎が伝い、床に滴り落ちる。
そんな長門先生のあられもない姿に、涙があふれ、三が数えられない。
左向け左をして、小桃に声をかける。
「信濃生徒に指揮を委譲します!」
朝、楓にこの手順は教わったからな。
「了! これより自分が反省分隊の指揮を執る!」
すかさず腕立て伏せの姿勢をとる。
「ふむむ、むむむむむふぉ、ふむむむむふぇひむむ!」
「何をおっしゃっているのかわかりません。五百回請け負います!」
「さん!」
小桃の声が教室に響く。
きゅっ、きゅ!
小桃の上履きの音が聞こえる。ひょっとして左を向いた?
「倶乃瀬生徒に指揮を委譲します!」
「了! これより自分が指揮を執る!」
「二百五十回引き受けます」
「よん!」
小桃の前席の倶乃瀬の号令。
再び靴音……。
そうして、二十五を数えるころには、クラス全員が腕立て伏せの姿勢になっていた。
「よんじゅうっ!」
計算上ではこれで延べ千回ということになったはずだが……。
いつの間にか、巻貝のようなパンを胃袋に落とし込んだ長門先生が息を吸い込んだ。
「なおれっ!」
全員が立ち上がり、気をつけに戻る。
「やすめ!」
続く長門先生の号令で休めの姿勢をとる。
「以上をもって菓子パン所持の件の反省を終了とする。だが、ここで、見逃せない事案が発生した。竜洞生徒が抗命した。これは、軍に入隊した後ならば、軍法にて厳正に処罰されるところである。が、本校は県立高校で本クラスは防衛科専攻クラスである。従って軍法は適用されない。であるから、本件は校内処分とする。腕立て伏せ百回をもって校内処分とする。全員腕立て伏せの姿勢をとれ!」
クラスメイトたちは、苦笑しながら素早く腕立て伏せの姿勢に戻る。長門教官殿は休めの姿勢のままだ。
もちろん俺もみんなに遅れず腕立て伏せの姿勢に戻った。
「いち!」
教室にサドッ気をたっぷりと塗した長門教官殿の号令が響いたのだった。
毎度ご愛読誠にありがとうございます。
並びにブクマご評価感謝であります。




