46 一年三組の教室がプチ動物園だった件について
美洲丸たちのクラス一年三組は、特別教室棟二階の南端、階段と管理棟へ続く渡り廊下の傍にあった。
「二階が一年、二、三年がそれぞれ三階と四階だ」
三組に向かう道すがら、俺は、美洲丸から特殊戦術戦技専攻クラスのレクチャーを受けることができた。
「貴様が忘れていることを前提にして、我が、一年三組と、特殊戦術戦技専攻科についてざっと説明しておくか。我々特殊戦術戦技専攻科生徒は……」
美洲丸教官殿曰く。
特殊戦術戦技……いわゆる魔法は、俗に魔力と言われているエネルギーの一種を使用することにより、物理法則や生命活動、精神作用などに干渉する技術のことである。
特戦技とは軍での呼称であり、一般社会では特異技能と呼ばれている。
特異技能には甲乙丙丁の四種類がある。その内、魔法は甲種特異技能と呼称されている。
甲種特異技能は、現在、火、水、風、土、光、闇の六系統が確認されている。
いまだ未確認の特異技能が存在するかもしれない。と、いうのも、この特異技能が初めて公に確認されてから、五十年と少ししかたっていない新しい技術であるからである。
特異技能はその資質に恵まれた者か、何年もの間、よほどの修練を積んだ者だけしか使用できるものではない。
修練で身につけられる特異技能は、その修行の過酷さに比べ、ほんのささやかなものである。従って、宗教的な意味合い以外で、好き好んで特異技能を修めようとするものは、ほとんど存在しない。
資質に恵まれた者は、自我が芽生える前後、概ね三歳くらいに素養が顕現する。その多くは血統、遺伝的に多くの技能者を輩出してきた家門に現れるが、極々まれに、三代遡っても技能者を有していなかった家に生まれることもある。
特異技能の素養が顕現した場合、その人間の進路は著しく制限される。
軍人か、民間でも職種、企業などの選択権は与えられていない。基本的人権が著しく制限される。代わりに、幼少時から、家族ともども優遇される。
ただ、軍人になればある一定の条件を満たせば、退役後の職業選択の自由は与えられるため、よっぽどの変わり者で無い限り、多くの素質保有者は、軍に入隊することになる。
その前段階として、幼年学校における初級特異技能教育が重要な位置を占めている。
義務教育課程では特異技能教育はその資質保有者の人数が極端に少ないこともあって実施されていない。義務教育終了までは、任意で放課後に公営の特異技能塾で、特異技能教育を受けられるが、時間的質的にレベルが低い。
充実した特異能力の開発と教育を受けるために、多くの資質保有者は一年から二年ほど飛び級して防衛幼年学校に入学することが多い。
香取ひとみは三年飛ばし、鹿島あいは二年飛ばしで入学している。
「と、まあ、概要的にはこんなもんだな。後は、自分で調べろ」
俺はこくこくと、壊れた人形のように頷くことしかできない。俺の常識的に突拍子もなさ過ぎだ。
だが、魔法使いになれるやつは、極端に少ないということは解った。
「お前は飛び級しなかったんだな」
ふと思いついた疑問を、投げかけた。
一瞬、美洲丸ははっとしたように目を見開いて俺を見た。
「私は成績が不良だったから、飛び級はできなかったんだ」
と、寂しげに目を伏せて、自嘲気味に言った。
「す、すまん、俺は、また、無礼なことを言ったようだな」
しまった、傷つけちまった。
だが、美洲丸が飛び級できないほどに成績が悪かったなんて、そんなあからさまな嘘、信じられるわけないだろう。
「ついでに言うと、我々特異技能の素養がある生徒は、義務教育終了一年前に、その進路により、上級の教育機関への入学が決定する。まあ、ほとんどの生徒はここに来るがな」
「げ、受験勉強前倒しかよ」
「いや、素養の詳細な検定と面接だけだ。貴様、受験勉強しなくてもいいのかとずいぶんくやしがっていたぞ」
「そうか……そりゃ、うらやましいな。受験勉強しなくていいなんて」
「そう言うな。その代わり、非保有者のような自由な将来は極端に制限されてるんだから」
やんわりと抗議する美洲丸の笑顔は、どこか寂しげだ。
俺、やばいスイッチ押してしまったか?
「しかし、あれだな、中三になったとたんに高校入学が決まるなんて……な」
「それは、私たち甲種特異技能保持者ならではの事情があって……な、そうせざるを得ないのだ」
美洲丸教官殿の講義を聞いているうちに、俺たちは一年三組の教室の扉の前に立っていた。
「ああ、そうだ、ウチのクラスの男子……のことも忘れてるか」
扉に手をかけ美洲丸が聞いてきた。
その様子だとやっぱり俺の知り合いみたいだな。『竜洞生徒』独自の知り合いや友人だったら、脳みそとしては覚えているだろうが、魂としては覚えていない。
クラスメイトの太刀浦や待雪以外に、俺は友人と呼べるものはいなかった。
ん? ちょっと待てよ。ひょっとして……。
この扉の向こうにいる男子生徒というのは、美洲丸の関係者じゃないのか?
元いた世界で、俺と、あの粗暴な類人猿の美洲丸と共通の顔見知りといったら、ヤツの取り巻きぐらいしか思いつかない。
あのチンピラゴリラはこんなに見目麗しい塚系ハンサムにメタモっていたし、『竜洞生徒』とは中学三年間同じクラスで、良好な関係性を築いていたらしい。
だが、件の生徒は男子だ、男だ。
ぶっちゃけ、俺の高校生活において、男で俺といくばくかの関係を持っていや人物は極々限られている。
友人か、敵か、目を合わせることすら珍しい無関係な人間か、だ。
もしそうだとしたら、断固としてこの扉の向こうへは行きたくない。
「特殊戦術戦技専攻科に男子が入学したのは、我が校に特殊戦術戦技専攻科が設置されて以来、初の快挙だそうだ。そもそもが、男子の特異技能保持者自体が、全国でも数人しかいないからな。ああ、貴様が顔を見せれば、あいつも喜ぶだろう。貴様ともよく見知った仲だしな。一昨日、見舞いに行くといって教室を飛び出そうとするのを制止するのに苦労した」
げ、やっぱりか。美洲丸関係で男子……しかも、俺と顔見知り? よく知っている? 数人しか思い浮かばないぞ。
しかも、全員が全員嫌なヤツばかりだ。
そう、元いた世界のチンピラ類人猿美洲丸勇の取り巻き連中だ。
あのゴリラの尻馬に乗っかって、さんざっぱら俺を殴る蹴るしてくれたやつらの下卑た腐れ面が頭をよぎる。
あいつらの誰かが、こっちでも美洲丸と一緒にいるのか?
なんか、暗澹たる気分になってきた。
「みんな! 竜洞生徒が来たぞ!」
教室の中に声を掛けながら、美洲丸が扉を勢いよく開ける。
「「「わあっ!」」」
っという、ローティーン女子の歓声が俺を出迎えた。
教壇の前に進んだ俺と美洲丸を、頭ひとつ分ほど小さな女子たちが囲む。
「うれしいのです! 本当に来てくれたのですぅ」
「ね、ね、食べた? ひとみのアップルパイ食べた? ねえどうだった?」
「勇さまから離れるのですわ! この死にぞこない!」
なんか、一部不穏当な発言が聞こえてきたが、まあ、気にしないでおこう。
「あらためて、紹介しよう。この子達が、我が特殊戦術戦技専攻科一年三組のメンバーだ。香取ひとみ、鹿島あい、子ノ日朱美だ」
香取さんはぺこりとお辞儀をして、鹿島さんは意味不明なポーズでウィンク、子ノ日さんという子はギロリと俺をにらんだ。
「もう一人の男子は……」
「どこかで拾い食いしたみたいで、朝からトイレの住人ですわ。勇さま」
子ノ日さんと呼ばれた子が間髪を入れずに応え、俺をものすごい形相でにらみつける。
なんか、俺は、この、子ノ日朱美さんという女の子に、ものすごく憎まれているようだ。
なぜ憎まれているのかは、敢えて深く考えないでおこう。
「そうか、トイレの住人か。まあ、いいだろう。あいつとはそのうちいくらでも会えるだろうからな」
いや、あの連中の誰かとなんか会いたくねえし!
っていうか、この教室に入ってから、俺は、ツッコミを入れたくてうずうずしていた。
「なあ、ちょっと、いいかな。美洲丸さん」
「な、なんだ竜洞? 私にさん付けなんて」
「この状況を、説明してくれはしないだろうか」
俺たちを囲む女の子たちの傍に、大きな鳥や、大きな爬虫類、猫が侍っている。
「ああ、そうだったか、これも忘れているのか」
美洲丸の腕の中に、優雅という形容詞がぴったりな動作で、きれいな青い目のスマートな猫が、するりと滑り込んだ。
「この子たちは私たちの従畜だ、解りやすい単語で言うと使い魔というやつだな。貴様がこの子に初めて会ったとき、ずいぶんとうらやましがってくれたもんだったが……この子らが、さっき言った、私たち甲種特異技能保持者ならではの事情ってやつなのだ」
ぐるりとみまわすと、香取さんの頭の上には大っきな鷹だか鷲だかの鳥。鹿島さんの肩の上には小型のワニ。そして、子ノ日さんは、左右の目の色が違う青みがかった灰色の長い毛の猫を抱いていた。
「甲種及び乙種特異技能保持者には、アシスタント的な役割をこなす従畜が国から与えられるのだが、生まれてから、使役できるようになるまでに、約一年の期間が必要なのだ。だから、本格的な特異技能教育を開始する一年前から、従畜と寝食を共にして使役できる状態にまで育成してから上級の学校に入学ということになるわけだ」
「じゃあ、もっと、子供のころから魔法の教育を始めればいいんじゃないか?」
「私もそう思うのだが、どういうことかは知らないが、国の方針で思春期前には、本格的な特異技能教育は行わないことになっているんだ」
ふむ、そこに何か問題がありそうだな。失うものが満足に見えていないガキに、魔法を教えると、みさかい無く悪戯に使って大災害を引き起こしちまったり、ロクでもないことになるからとか、そんなもんなんだろうな。たぶん。
……と、どこからか、仔猫の鳴き声が聞こえる。
美洲丸の猫は優雅に美洲丸の腕に抱かれている。子ノ日さんの猫もおとなしく抱かれている。
「あれぇ? なのです」
「え? うそぉ」
「まさか、こんなことありえませんわ」
俺の脚に白と黒のトラ縞の猫がじゃれついていた。
「おかしいな、ケージはしっかりと閉じていたはずなんだが」
美洲丸も困惑している。
「美洲丸くん、そんなことよりなのです。この子、私たちの誰にもこんな態度とったことはないのです」
美洲丸はしゃがみこんで子猫をみつめる。
「この子はな、竜洞。主人と死に別れたんだ」
仔猫は俺の足をガジガジと甘噛みしている。生まれたばかりなのか、ものすごく小さい。まさに手のひらサイズってヤツだ。
俺もしゃがんで、俺の上履きに噛り付いている仔猫の頭を、指先で撫でる。
「うそ……なのです。この子が頭を撫でさせるなんてありえないことなのです」
香取さんが信じられないといった顔で俺を見ている。
「だね、あたし、餌をあげようとして、ケージに近づいただけで、威嚇されたことある」
「使い魔は、一年かけて主と寝食を共にして、心を通わせ、経口摂取の餌もそうだが、主の魔力も糧として使役が可能となるまでに成長するんだ。だから、生まれてすぐに主と死に別れてしまったこの子は未だ仔猫のままだ。しかし、なぜだかは知らないが、貴様になついてしまったようだ。私たちの誰とも、こんなに打ち解けた態度をみせたことはなかったのにな」
俺は魔法の素養は全くないはずだ。『竜洞生徒』もきっとそうだったろう。
「なあ、竜洞」
「ん?」
「貴様のところには、でかい犬がいたな」
「ああ、アニメに出てくるみたいにでかいのがいるな。当然、屋内で飼ってるわけじゃないぞ」
美洲丸が何を言いたいのかわかった。この目の色は、施設の子供を、うまくいきそうな養い親と巡り合わせてやることができたときの施設のスタッフの目の色だ。
「猫ならでかくなっても俺の部屋で飼える」
仕方ない、俺は、請合った。
猫の一匹くらいなんとかお願いしてみよう。もちろん餌代はなんとかバイトして稼ぐ。
中学のころ、レストランの厨房の皿洗いに、歳をごまかして雇ってもらったこともあるからな。こっちの世界はどこでも人手不足みたいだから、どうにか雇ってもらえるだろう。
「そうか! そうか! ありがとう竜洞! よかったなぁ、おまえ!」
少女歌劇の男役のように凛々しい目に涙を浮かべ、主を失った使い魔の仔猫を寿ぐ美洲丸。よしてくれ、その表情は。
養子に行って幸せになったヤツからの手紙を、何度も読み返していたスタッフのお姉さんの顔を思い出す。
「ひ……、あひゃひゃ! おい、くすぐったいぞ」
仔猫は頭を撫でていた俺の指を前足で挟み、甘噛みを始めた。
「ん? なんか、牙が普通の猫よりもでかくないか?」
俺の指を甘噛む口から覗く牙が普通の仔猫より大きい気がする。
「そうなのか? 今までそんなにじっくりと見たことがなかったからな」
美洲丸が応えるが、今までこんな風に人と接することなどしてこなかった仔猫の牙の大きさなんか知る由もないだろう。
「ふむ、私の猫と比べてみると、手のひらサイズの仔猫のくせに、牙の大きさは成猫並だな」
まあ、そういう種類の猫なんだろう。
「お、っと、いかん、そろそろ、俺は教室に戻るわ。あ、そうだ、香取さんアップルパイうまかったよ。ありがとう。あの、リンゴの下のクリームパンに入ってるのと同じ味がするアレが特によかった。またこんど、作ってくれたら嬉しいな」
「は、はいです! 今日は、わざわざ足を運んでいただき、誠にありがとうございましたのです」
「じゃ、またねぇ。辰哉さん! あたし、クッキー得意なんだけど」
「いいね。是非」
「はやくどっかに行くのですわ! 下剤盛って差し上げますわ」
一部不適当な音声が聞こえたが、聞こえない。
「じゃ、な美洲丸。こいつはどうしようか?」
「そ、そうだな、できるだけ早い方がいいだろう」
「放課後にでも引取りに来ようか」
「ああ、頼む」
「おーけー! じゃ、また、な!」
扉を開けて教室から出る。
「うわ、のんびりしすぎたな」
まもなく予鈴が鳴る。予鈴が鳴り終わるまでに、散らばった制服を集めてロッカーに入れておかなきゃ。
それから……。
……ッ!?
「ん……? 何か言ったか美洲丸? 誰かが俺を呼んだ気がしたんだが」
「いや、私には何も聞こえなかったぞ。それより急げ、貴様のクラスの担任は長門大尉だろ。予鈴が鳴り終わるまでに着席して無いと、反省だぞ」
反省……って、いや、あの長門ならやるよな。腕立て伏せ百回なんて普通に言いそうだ。
「ああ、ちょっとダッシュだな。じゃあ、また、放課後! みんな、またな!」
俺は自分の教室に向かって駆け出しながら、左手を挙手の敬礼のように振る。
「ばかッ! そんな敬礼があるかッ!」
「はははっ、じゃーな!」
教室に向かって走る俺を追いかけるように予鈴が鳴り始めた。
『ウェストミンスターの鐘』のメロディに混じって、聞いたことのある誰かの声が聞こえた気がした。
毎度ご愛読誠にありがとうございます。
並びにブクマご評価していただき感謝であります。




