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県立防衛幼年学校  作者: 茅野平兵朗
第2章 県立防衛幼年学校
48/108

48 腕立て伏せしながら歴史をべんきょうするのって、ここならではだよな

「小隊長!」

「はい!」


 小桃が返事をする。

 たしか、クラス生徒長は壱位町じゃなかったか?


「号令を代われ」

「はい! 信濃、号令を実施します! よんじゅご!」

「全員、反省を続行で、防衛基礎学の授業に入る。今日は、この二ヶ月で学んだことの総復習とする。中間試験前だし丁度よかろう。まずは、現代史の復習だ。竜洞生徒! 反省を中断せずに答えろ。わが国が、前大戦で連合国に降伏したのは何年だ?」


 これは、困ったぞ。元いた世界じゃ西暦で答えればオッケーだろうが、こっちの世界はなんか別の暦で答えなきゃいけないかもしれないぞ。たしか、皇紀とかいうのがあったはずだが、そっちで何年が何年だかわかんねえ。


「しょ、昭和二〇年です!」


 あったよ、昭和ってのが。あ、しまった。こっちに昭和なんて年号があるとは限らなかった。


「よろしい、西暦では一九四五年。我が国固有の暦皇紀では二六〇五年である。改訂ポツダム宣言を受諾、降伏したのがこの年の八月十五日である。この日……」


 長門教官は姿勢を正す。


「昭和大帝陛下の大東亜戦争終結ノ詔書を音読された玉音がラジオ放送された。この中で大帝陛下は全臣民に戦争中の労苦を労い、降伏後の艱難辛苦に思いを馳せられ、全軍に戦闘の中止をご下命賜れた」


 た、助かった。こっちにも昭和はあった。皇紀二六〇五年か……。あ、たしか、俺の男親の父親が一九四〇年の昭和一五年生まれで、それが皇紀二六〇〇年だったって聞いたことがあったな。

 ん? ちょっと待て。いま、改訂ポツダム宣言つったか?


「つぎ、待雪生徒! 一九四六年十一月三日、大日本国帝国憲法改正日本国憲法が公布され、翌一九四七年五月三日施行されたが、このGHQ憲法の特色は?」

「はい! 『国民主権』『基本的人権の尊重』『平和主義』であります!」


 概ねにおいて、俺が知っている歴史と同じような流れだった。極東軍事裁判、俗に言う東京裁判もしっかりあった。


「極東軍事裁判は、生意気にも白人様に逆らって喧嘩をふっかけたイエローモンキーに対する復讐だ。しかも、平和に対する罪や人道に対する罪などという、戦争が始まった時点では存在しなかった罪での裁判で、法律の不遡及の原則に反する。鳳梨生徒! 法の不遡及とは何だ?」

「はいっ! 法の不遡及とは、行為が行われた時点で適法だったことを、事後に定められた法令で遡って違法として処罰することを禁止する原則であります」


 長門教官は満足そうに頷く。


「よろしい。さらに言えば、行為を行った時点よりも厳罰化された法律でより厳しく処罰することも禁止だ。西ヨーロッパにおける法体系、英国法。なにより、アメリカ合衆国憲法第1条第9節に明文化され規定されている。東京裁判ではこれを堂々と無視してのけたわけだ。自国の憲法よりも報復を優先したわけだな。これがどういうことかというと、やつら白人は、有色人種が自分たちよりも優位に立つことが何よりも許せないということだ。それがルールをきっちりと守っていてもだ。だから、自分らの憲法に明記してあることでも捻じ曲げ、ルールを新設して自分ら優位に世界を変えることを至上としているということだ。裁判などと言うのもおこがましい茶番だったわけだ。やつら白人どもは、法などというものを有色人種がきっちりと守るなんて事は想定していなかったということだ。やつらにとって法とは『人間様』のものだからな。我々日本人は人間には入っていないのだ。それは、現在でもだ!」


 こうもはっきり東京裁判に否定的なことを高校の授業で聞けるとは驚いた。たしかに、そんなことが書かれた本を図書館で読んだことはあったが、小学校でも中学校でも学校というところでは、東京裁判は善で戦前の日本は悪と教えられてきた。

 仮にもここは県立高校なんだろ。他の先生は何やってるんだ?

『生徒の右傾化』を唆していますよ、この先生。『へいとすぴーち』してますよ。にっきょうその皆さん何してるんですかぁ?

 こんなところが、俺のいた世界とは別の流れの存在なのか。


「さて、そうして、我が国はアメリカ様主導の下、立憲君主制民主主義国家、軍備不保持の平和国家として歩み始めることとなったわけだ」


 軍備不保持? あるだろ今。ここ、軍隊の予備校みたいな感じの防衛科の高校だよな。


「胡蜂生徒! 我が国が再軍備をすることになった原因は何だ?」

「はい! 一九五〇年、朝鮮戦争の勃発であります!」

「そうだ。朝鮮戦争の勃発により、当時、我が国を占領していた連合軍総司令部すなわちGHQが、日本駐留の米軍兵力のほとんどを半島へ派兵することにした。それによって日本の防備が手薄になり、ソ連および中共シンパの反乱暴動への対処をさせるため、憲法第9条の改正もふまえた再軍備を日本政府に打診した。当時の首相が改憲は断固拒否したが、再軍備はせざるをえなかった。これがのちに保安隊そして自衛隊、すなわち我が陸海空軍の元祖であるところの警察予備隊だ」


 自衛隊の成り立ちは俺の記憶と同じだ。だが、なぜ、今、軍になっているのかがわからない。

 日本が軍隊を持つことは憲法上できないはずなんだが。

 まあ、この授業中にはわかるに違いない。

 長門教官は次々に腕立て伏せをしている生徒に質問を投げかけ、戦後日本史の復習が続いた。


「ひゃく!」


 小桃がひゃくを数え、腕立て伏せの姿勢に全員が戻った。

 誰一人脱落もしていなければ、息があがっているやつもいない。

 汗まみれなのは俺ぐらいのもんだった。

 なんてやつらだ。


「なおれ! 着席!」


 長門教官が着席を許す。


「壱位町生徒! あんドーナツはうまかったか?」

「はい! おいしかったです!」

「よし、では、起立!」

「1958年、この年にアメリカであることが決定された。これは、現在に至るまで影響を及ぼしていると疑いがもたれていることである。それは何か?」

「はい! アメリカ合衆国空軍による月面核実験A119計画です!」

「そうだ! これによって何が引き起こされた? 太刀浦生徒!」

「はい! 本計画は一九五六年米空軍により立案され、一九五八年アイゼンハワー大統領によって承認されました。アメリカ陸軍弾道ミサイル局が設計したジュピターCロケットの改良型ジュノーⅠロケットにより、特殊設計され小型軽量化に成功した11キロトンの水素爆弾を月面上で爆発させるというものでありました。一九五九年に水素爆弾搭載のジュノーⅠは密かにビキニ環礁から打ち上げられ、およそ4日後、月を周回する軌道に到達。3周半後に豊穣の海に着弾、水素爆弾の撃発に成功しました。月面で大きく輝く様が地球上からも観察され、日本の多数の天文ファンがカラーを含む写真撮影に成功しております。このとき、月面上では想定を上回る高出力核爆発が起こり、チコクレーターに相当する大きさのクレーターが形成され、宇宙空間に多数の瓦礫が飛散しました。その一部が地球軌道に到達して隕石として降り注ぎましたが、大多数は断熱圧縮及び大気摩擦で蒸発しました。しかし、地表に到達した一団もあり、それらは日本の南極観測基地、昭和基地北方154キロに落着。インド洋・南大西洋を中心にアフリカ・南アジア・東南アジアなど南半球に甚大な津波災害を引き起こしました。この隕石津波災害で、当時約30億人だった人口の半分が100メートル級の超巨大津波に飲み込まれました。その後、数年にわたって死体から発生した病原菌によつ伝染病が猛威をふるい、世界人口は10億人まで激減したと言われています」

「よし、そこまででいい。この件に関して、当時、米ソは口裏を合わせた。巨大隕石が月面に衝突したことによって月面に新しい巨大クレーターが形成された。そのことによる災害だったと公式に発表している。それは現在において同じ見解だ」


 ん? 俺の中で何かがピタリとはまった気がした。


「男子出生数の激減の原因……?」

「幸いにして我が国においては隕石津波による被害は、他国よりも軽微であった。が、出生数の激減および娚子の出生は我が国では1960年から観測され始めている」


 そうか、アメリカの月面核実験が原因か。現在の人類の状況は……。

 人類人口調整計画なんて、元いた世界じゃトンデモ巷説を載せた厚さ1センチくらいの古代大陸の呼称を誌名にした月刊誌の陰謀説記事のレベルだ。

 元の世界の待雪がそういったオカルティックなものが好きで、学校に持ってきては俺に見せてくれた。

 しかし、そんなことを超大国が実際にやってたなんて。こっちのアメリカはかなりDQN国家だな。

 いや、津波起こして人を減らすまで考えて実行して、その副産物までは想定外だったんだろう。

 降り注いだ月の破片と一緒に何かが地球にやってきたのか? それこそ、生殖に関係することを著しく制限するウィルスか何か……。


「月の核爆発から数ヶ月で各国の南極基地が音信不通となり、各国は独自に救出隊を編成、救出に向かわせるが、救出隊も音信不通となる事態が相次いだ。これはどんなことが考えられるか信濃生徒!」

「地球起源外の敵性存在が予測されます」

「そうだ! 自然現象としては余りにも度重なりすぎる事態に、各国は何らかの敵性勢力の存在の可能性を勘案した。低高度偵察衛星による幾度もの偵察と、高高度超音速偵察機による偵察を敢行したが、いずれも失敗に終わっている。衛星は通信途絶。高高度偵察機は未帰還。アメリカ、ソ連、中共などは、それぞれ独自に部隊を派遣、調査を試みたが、いずれも派遣部隊の未帰還という結果に終っている。現在、我が国を含め、南極の調査は高高度衛星による偵察が行われるのみとなっている。列国及び国連は南極を1000キロ以上離れた場所から遠巻きに監視することしかしていない。一九六〇年代以降、南極大陸は暗黒大陸となっている」


 ウェストミンスターの鐘が流れ、一時間目の終了を告げる。


「これで、現代日本史の先週までの授業の復習を終了する。では、本日の防衛基礎学2校時目からは、基本教練とする。服装は作業着半長靴弾帯着用」

「起立! つけっ! れいっ!」


 颯爽と長門教官は出て行った。


「ふぃー……」


 俺は背もたれにぐったりと寄りかかる。


「り、竜洞君、い、急ぐんだな作業着を持って更衣室に行くんだな」


 ああ、そうか、次は基本教練だったか。みんなに迷惑をかけそうだな。

 俺は、短剣を刺された樽から飛び出したヒゲの海賊のように立ち上がり、腰を90度に折り曲げた。


「みんな! 申し訳ない! 次の時間の基本教練、俺はきっとヘマばかりやらかすに違いない。そのせいで、また腕立て伏せ地獄になるに違いないからあらかじめ謝っておく。ほんとうに、すまない! 今日だけ、今日だけ俺のたくさんのヘマに付き合ってください! 次は完璧に覚える。そして、埋め合わせは何かの形でできることなら何でもさせてもらうから……」


 そこまで言って、俺は、誰かに後頭部をひっぱたかれた。


「そんなくだらないこと言ってるヒマあるんだったら、とっとと更衣室に行ってくれる?」


 壱位町小枝が頬を赤くして、腰に手を当てていた。


「ガニメデ君、早くこのゴタクならべを連れてってよ!」


 頭を上げると女子たちがゲラゲラと笑っている。


「たっちゃ……もとい、竜洞くん! みんな、ね、今まで、ね、基本教練は、ね……、た、もとい。竜洞君に、ね、おんぶにだっこだったんだよ。みんな、ね、できなくて、ね、2組の子も3組の子も、4組の子も5組の子もみーんなだよ。みーんな、できるようになるまで、ね、たっちゃんが、放課後や朝早く出てきて、みてあげてたの。だから、ね、たっっちゃんが、ね、記憶喪失で、ね、できなくなってても、ね、大丈夫、みんなが、ね、たっちゃんに教わったこと返すから、ね」


 目頭がかっと熱くなる。視界がぼやける。


「っとおぉぅ…いくぜぇ! たっつぅ! Huuuuuっ!」


 待雪に手を引かれ、教室を出る。

 教室から女子たちの鬨の声が聞こえる。


「ふ、ふ、ふふ。これまでのき、キミの人徳なんだな」

「ほぉんとぉ、俺も太刀浦もぉ、お前にゃぁ世話になってるHuuuuuuuuっ!」

 おまえ、ほんとうはすげえヤツだったんだな『竜洞生徒』、初めてお前のこと尊敬してるぜ。

 待雪と太刀浦に手を引かれ、俺は涙でぼやけた視界に、鼻歌を歌いながらスキップしている俺じゃない俺を見ていた。

 その顔は、確かに俺の顔だったが、やっぱり俺の顔じゃなかった。

 俺もキサマみたいないい環境で育ってたらそんな顔できたのかな。そんなことを考えているうちに体育館の更衣室の入り口が見えてくる。


「ここで、作業着に着替えて体育館の脇の扉から出ちゃいましょう」


 うしろから、俺よりも高い少年の声が聞こえる。


「ああ、そうなんだな鳳梨くん」

「おぅみずほっちぃ! なぁいすかんがえだぜっつぅ!」


 俺のクラスのもう一人の男子、鳳梨瑞穂がにっこりと微笑んで佇んでいた

毎度ご愛読誠にありがとうございます。

並びにブクマご評価感謝であります。

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