45 作戦参謀みたいだなおまえ
「居合い部の朝練でな。普段、小用は自分の教室の傍のトイレに行っているのだが……。今日はシャワーから上がったら……。それから私がこの時間に登校しているのは、今日に限ってではないぞ。きさまは、一昨日のことを言っているのだろうが、一昨日が例外だったのだ。あの時間に登校など普段のことではない」
美洲丸の方から、カランを回す音が聞こえる。
「え?」
「一昨日の朝一番に、長門教官に提出するレポートがあってな。その後、生徒会のミーティングだったのだ」
据付のボディソープをポンピングするブキュブキュという半破裂音が響いた。
「レポート?」
「ああ、それも忘れているか……。中間試験の後の校外学習の行動計画だ。私は生徒隊第一学年の生徒長でもあるからな。一年生は陸軍駐屯地と海軍航空基地で体験入隊することになっている。そこで、何を見学して、何を学習するかをレポートにして行動計画を組むのだ。もちろん、各クラスの組生徒長と合議の上だ」
この美洲丸は、俺の世界の美洲丸とは全く違うのだということを改めて実感した。性別はともかくとして、知性、性格、おそらくそのほかの全て、あのチンピラ類人猿とは真逆なんだろう。
「おまえ、すげーな」
素直にこいつのことを褒めたくなった。おだてたくなった。
「そ、そうか? ふふふッ」
グシュグシュという、ボディーソープを泡立てる音が大きくなる。
「ああ、すげえ、俺にはそんな細やかなことはできないな。まるで、作戦参謀みたいだ」
無いに等しい、軍事系の知識の中から、頭がいい感じがする単語を入れてみる。
「さ、さくせんさんぼ……」
ボッ! っと、火がついたような音が聞こえて様な気がして、美洲丸の方を見る。美洲丸は耳まで紅くなっていた。
「そ、そうか。作戦参謀……か。ふ、ふ、ふふふふっ。そんなおだてたって何も出ないぞ」
一昨日、はじめて出会ったときに見た、頭から湯気を噴出しそうに照れながら喜んでいる美洲丸の顔がそこにあった。
鼻の頭に泡を載せてはいたが。
「そうだ、おまえ、三組なら、魔法使えるんだよな。何が得意なんだ?」
体を洗いながら聞いてみる。秘密でなければ教えてくれるだろう。昨日だって、香取ひとみは結構教えてくれたしな。
「私か? 私が得意な特殊戦術戦技は、俗に言う光系と闇系だな」
光魔法と闇魔法ね。向こうの世界で読んでた少年向け小説とかマンガなんかじゃ、けっこうポピュラーなやつだ。
聖なる光でHP回復したり、闇で作った玉が触れた部分を消失させてしまうとか。
まるっきり真逆の属性を一緒に使えるなんて、まるで賢者だな。
まあ、実際のところ、軍事的にリアルに使うことを考えたら、目くらまし関係だろうか? 素人考えだが。
ものすごく強力な光を照射して、相手の目をくらますことができる何万円もする懐中電灯が売ってるって聞いたことがあるし、闇魔法だったら、もっと直接的に、懐中電灯で照らしても自分の手さえ見えない暗闇を作り出せれば、敵を大混乱に陥れることができるな。あくまで素人考えだけど。
「要するに、めくらまし系が得意ってことだな。スタングレネードとスモークグレネードの効果を投擲動作なしに発生させることができるってことだ」
え? 本当にそうなのかよ。
「初歩的な戦術戦技は、全員が全て学んでいるから、私が得意だと言っていることくらいは全員ができることだ」
「ああ、香取さんが火炎系が専門だけど、基本的な治癒系はできるって言ってたっけ」
昨日の朝、登校前にアップルパイを持って、俺を見舞ってくれた香取ひとみが、言っていたことを思い出す。
「なんだ、香取はやっぱり貴様のところに行ったのか。一昨日、二組の鈴縫が早退したって聞いてピンと来たんだろうな。鈴縫にしろ香取にしろ拙速がすぎる。兵は拙速を好むというが、時と場合による。もっと情報を集めて機会をうかがうこともしなければ……。思いついたらすぐ行動では失策することも多いと、日ごろ注意しているんだが…な」
「いやあ、考えすぎもよくないだろ。機会を逃すこともある。あの二人…、いや、三人か……、あのタイミングでよかったと思うぜ。学校を休んだのは昨日だけだからな。現に今日は始発で出てきて、朝も早よから鬼軍曹にしごかれまくりだ」
せっかく俺を見舞いに来てくれて、この世界の情報を与えてくれたあの子達をかばっておいて損はないだろう。
いかにも正論そうなことを言っておこう。
「ふふふっ、相変わらず貴様とはこういうときの意見が合ったことが無い。うん、やはり貴様は疾風烈火の息子だ。機を見るに敏。機に臨んで変に応ずを地でいっている。どうも私は遅きにして鈍く、杓子を定規にするが如しに過ぎるきらいがあっていかんな」
何を言っているか解らないが、おそらく、美洲丸はものすごくいいことを言ったような気がする。
それになんか『竜洞生徒』の父親のことを褒めているっぽい。けど、疾風烈火って………。すげえ二つ名だな。
取りあえずは、差し障りの無いことを言っておこう。
「ああ、ありがとう。だが、じっくり考えるタイプの人間もいないと、だめだと思う。お前さんが自分で言ってるように拙速過ぎるのは、杜撰に繋がる気がする。作戦参謀はじっくり考えるヤツじゃないとな」
美洲丸はふふふと笑い、こちらを向いて真顔になる。
「ああ、それからな、竜洞。さっき、貴様は長門教官のことを軍曹と言ったな。忘れているのなら教えておいてやるが、あの方は、陸軍予備大尉殿だ。階級を間違えるのは修正に値するぞ」
修正って……。なんか、この美洲丸の口から出るとおっかなそうな響きの単語に聞こえる。
「いやぁ、しごくことを生業にしている人の代名詞的表現ってことで、許してもらえないかな?」
「対価によるな」
え? お前、何気に今、口止め料要求した?
「こーひーぎゅーにゅーを希望する」
お前もか? お前もなのか美洲丸。どんだけこーひーぎゅーにゅー流行ってんだ、この学校?
「冗談だ」
美洲丸は片目を閉じて、舌を出す。意外とお茶目なヤツなのか?
「いや、そうは聞こえなかった」
俺たちはどちらからともなく吹き出す。
頭上から降りしきる暖かい雨粒の音と、俺たちの笑い声が、シャワールームに響いた。
※※※※※
「あ、そうそう、香取さんのことだけど、あの子が自分で作ったっていうアップルパイを貰ったんだ。生まれて初めて食ったよ、あんなにうまいケーキ。お前が教えてくれたんだってな。俺の好物だって」
ひとしきり笑った後、俺はうまいケーキを香取ひとみが作ってくれることになった情報を彼女に提供してくれたことを美洲丸に感謝した。
「ケーキ? ああ、貴様にとってはパイもケーキか。ずいぶんと大雑把な。以前からは考えられんな。うむ、……香取め。貴様の好物を私が教えたなどと……なんという口の軽さだ……。情報源の秘匿は基本中の基本だろうに。はあ…、まあ仕方ないか。年齢的にはまだ、中一だからな……」
ボディソープの泡を流しながら、美洲丸が嘆息した。
「え? 中一?」
そういえば、昨日、香取さんは『二組の鈴縫さんが……』と言ってたな。俺はあの時、中等部の二組だと勝手に思い込んでいたが、俺と同じ学年の二組ってことだったのか。
「あの…なぁ、美洲丸。この学校には中等部は無かったよな」
そういえば、楓も『三組の香取ちゃん』って、同学年の女の子のように言ってたっけ。
ってことはだ、梓と同級生で親友だった鈴縫響が俺と同学年?
「はぁ……、どこからどこまで覚えていて、何を忘れているのか全く支離滅裂だ。うん、我が校に中等部は無い。香取たちは飛び級で我が校に入学している」
飛び級だって? そんなの、アメリカじゃ普通にあるって噂だが、日本じゃ創作上でしかお目にかかることの無い制度だぞ。
「ウチのクラスは私以外は全員飛び級だ。貴様のクラスにも何人かいるし、鈴縫響もそうだ。貴様の妹も……。あ! ああっ! す、すまん! 私としたことが……」
口を押さえ、肩を落とし俯いて、美洲丸が恥じ入った。そして、青ざめた顔で横目で俺の顔色を伺っている。
「いや、気にすんなって。大丈夫だから。もうまんたいだ」
「もうまん……?」
「たしか、広東語で問題なしって意味だったかな? 無問題って書いて」
美洲丸が目を見開き、俺の方を向いて吹き出した。
塚系ハンサムの唾液の飛沫が、俺の顔面を直撃する。
「す、すまん! だが、この情勢下で広東語だと? 貴様バカなのか肝が異常に太いのか……。頭を打って、かなり性格が変わったようだな。それとも、記憶喪失というものは、別人格になってしまうものなのか? ん? 待て……。敵国の言葉に無知ということは、敵を知らないということになる。つまりは、敵を侮ることにつながるわけだ。それでは、前大戦の徹を踏むことになる……か」
人差し指を額に当て、美洲丸は何事かをぶつぶつ言っている。
「くふふふふっ! すごい、すごいな貴様は! 頭を打って思考が柔軟になったな。以前からは考えられないぞ」
何がすごいのかはわからんが、前の戦争で英語が適性語とかいって、禁止されてたことは知っている。野球の『ストライク!』が『よし!』だったりとかな。
現代の感覚からしたら噴飯ものだが、七十年前には大真面目でそれをやっていたわけだ。
うっかり適性語を喋っちまったら、特高? だっけか? ……に引っ張って行かれたって、小学校のときの担任の先生が言ってたぞ。
国を挙げて命がけの大和魂ゲームをやってたわけだな。
で、今、俺は美洲丸に広東語を咎められた。ってことは、こっちの世界の日本は、今、中国と戦争してるってことか?
※※※※※
俺の顔面を濡らした美洲丸由来の体液と、ボディソープを流し、シャワーブースを出る。体を拭いて、服を身に着けながら、こっちの世界の国際情勢について、まだ、何も知らないことにあらためて気がついた。
今までは、自分の身の回りのことだけで手一杯……いや、今だってそうなんだが……だったからな。
なかなかに緊迫している世界情勢のところに連れて来られたもんだ。
俺と美洲丸は、ほぼ同時にシャワー室の扉を開けて、並び立った。
美洲丸は、まだ何かを考えているように、濡れ髪を額に張り付かせ、ぶつぶつと何かをつぶやいている。
お前、それ、その御面相だから許されてるって自覚あるか? 俺レベルの容貌でそれやったら通報されるぞ。
花の香りのようなボディソープの残り香が、美洲丸の方から漂って来て、鼻腔をくすぐる。
ハイウェストのスパッツみたいなズボンを吊っているサスペンダーが、楓と同じくらい……いや、こっちの方が若干でかい……胸を寄せて上げて縁取っている。
そーっと、視線を下に落とす。
やっぱり、そこに俺と同じものが装備されているとは到底考えられない。装備されていたらもっと、存在を主張しているはずだ。
女子がスパッツはいてるようにしか見えない。
「ん? どうした竜洞。ソープの泡でも残っているか?」
俺の視線に気がついた美洲丸が、柳眉を寄せる。
「ああ、いやすまん……。その、制服…どうしたのかと思って……だな。うん。」
とっさに、美洲丸の股間を凝視していた視線の先にあったスポーツバッグで閃いた言い訳を口先に乗っけた。
「ちょうど、大きなレジ袋が、ゴミ箱に捨てられていて助かった。後でランドリーに出して、今日は一日、ジャージか戦闘服で過ごすとしよう。服装違反の届けも出さないとな」
どうやら俺由来の排出液で濡れた制服は、ゴミ箱から拾ってきたレジ袋に入れたらしい。
「すまん、クリーニング代は出させてくれ」
「気にするな。それこそ、もうまんたいだ。まだ、少し時間があるから、ウチのクラスにちょっと寄ってかないか? 皆、貴様のことを心配していたからな。元気な顔を見せてやってくれ」
ああ。と、返事をしつつ俺の頭の上にクエスチョンマークが点灯する。
香取さんと鹿島さんは、当事者とその縁者ってことで理解できるが、お前の言う皆の中に残りの二人も含まれているんだよな。そいつらも俺のこと知ってるってことか?
毎度ご愛読ありがとうございます。
並びにブクマご評価誠にありがとうございます。




