44 オス○ルなやつらは案の定××××だった
体育館への渡り廊下に差し掛かったところで、俺は急激な尿意に襲われた。このままシャワーを浴びたら、間違いなくその場で放尿してしまう誘惑に抗しきれなくなること請け合いだ。
「すまん楓、先に行ってくれ」
「え? なに? ああ……、わかった! 勝負はまた今度ね!」
楓と別れ、すぐ近くのトイレに駆け込む。
ジャージの腰の紐を緩めて、トランクスと一緒に下げて……以下略。
「ふう……」
腕立て伏せで体温が上がっているから、当然、排出液も熱い。その熱さが微妙に心地よかったりもする。
俺の視線は、小便器の排水口の若干上だ。そこを狙点にぶっ放す。
そこに当てると、浅い角度で便器に当たるから、はね返りと音が小さくて済む。
扉を開ける音が聞こえ、隣に誰かが立つ気配がする。
ファスナーを下ろす音、衣擦れの音に続いて、便器に液体が流れ落ちる音が聞こえる。
「ふ…う、ぅん……」
行きずりの隣人は、俺と同じように、放水したときの心地よさにため息をついた。
「ん?」
そのため息に、俺は違和感を感じて視線を上げる。妙に艶っぽい。
「やあ、竜洞。見てたぞ、大和と長門教官と貴様の腕立て伏せ。これからシャワーにでも行くのか?」
「ああ、そうだ……って、なんでお前がここにいるんだぁッ!?」
びっくりして尿ホースから手を離してしまう。コントロールを失った尿ホースはその筒先を上に向け……。
「わっぷ! ぷあああッ!」
俺の隣で『小用』を足していた美洲丸勇に、盛大にBUKKAKEちまった。
ドサリと何かが落ちた音がする。
「竜洞! 貴様、何か私に遺恨でもあるのか!?」
美洲丸は大慌てで個室に入り、トイレットペーパーで俺由来の液体を拭う。
床には、美洲丸が提げていたであろうスポーツバッグが転がっていた。
「す、すまん! お前が隣にいたもんだからびっくりして……」
「何をいまさら驚くことがある! 貴様と私は、中学のころから、トイレで隣合わせるなど日常茶飯事ではないか!」
なんだと? 日常的に連れションしてたってのか? 美洲丸と? こんな美人と連れションだ?『竜洞生徒』よ貴様ほんっとにリア充だったんだな。
……って、こいつ、今、立って放水してたよな?
「え? お前としょっちゅう連れションしてたのか?」
「つ、つれ……、当たり前だろう! 男子と娚子のトイレは共用だからな。貴様とは三年間同じクラスだったから当然そうなる」
いや、確かに、元いた世界のチンピラ類人猿とは一年と三年は同じクラスだった。
が、さすがに自分をイジメているやつと連れションする気にはなれないから、意識的にヤツとトイレのタイミングをずらしたり、教室近くのトイレじゃないところで用を足していた。
そうか、この美洲丸とは中学三年間ずっと同じクラスだったのか。
……ってか、“なんし”って何だよ? 大体の予想はつくけどな。男子とも女子ともデザインが違う制服を着ているやつらが、結構な数でいるとは思っていた。
俺はそいつらは、成績優秀者とか生徒会役員とかの特別な待遇の女子だと思っていた。
長門先生もそんな中の一人だと思っていた。
だが、俺の常識の斜め上一万メートルがこの世界の常識だ。経験則からいってな。
「すまん! 美洲丸! 俺はきっと、今からお前にものすごく失礼なことを言う。だが、こんなことは、この機会を逃したら誰にも聞けないことだと思う。だから、お前の怒りを買うのを承知で聞きたい」
「なんだ? 言ってみろ。貴様の無礼は、今に始まったことではないからな。中学のころからの腐れ縁に免じて怒らずに聞いてやる」
俺の顔が耳まで真っ赤になっていくのが自分でもわかる。キーゼルバッハ部位が熱くなり始めている。太刀浦文庫では、中級者用に指定されていた創作物によくあった設定だったからな。
美洲丸の答えいかんによっては、大量出血するかも知れない。
小さく深呼吸をする。
「美洲丸、お前、フタナリなのか?」
俺の目の前の塚系美女の顔が、瞬時に真っ青になった。すっと背筋が伸びている。『怒ったときに、顔が青くなるようなヤツとはケンカするなよ。殺されるぞ』と、中学三年の時の担任が言った言葉が頭をよぎる。
あ、俺、ここで死ぬかもしれない……。死に場所が便所か……。相撲取りにケンカ売った男の末路を描いた不条理短編小説を思い出す。
「ぶはああああああああッ!」
っと、美洲丸が盛大に息を吐いた。
美洲丸が瞬時に怒ったことで、大量出血を準備していたキーゼルバッハ部位は沈静していた。
トイレで鼻血などという不名誉な事態からはとりあえずの回避はできたようだった。
「……ったく、貴様はまるで別世界から来たみたいに何も覚えておらんのだな。貴様が言った単語は私たち『めおと』に対する蔑称だ」
俺は、腰を九十度に折って、非礼を詫びる。
「本当に申し訳ない、面目ない! 俺はそんなつもりはなかった。お前を蔑むつもりなんて全くなかった。本当だ。すまないッ!」
美洲丸に謝罪しながら、俺は心臓が早鐘を打つのを止められていない。
だってそうだろう?
俺はサクランボを背負った、声変わりさえまだ終わりきっていない、生殖活動への欲求が一番盛んなお年頃ってヤツなんだ。
蔑むつもりは全くなくても、どんなに理性が警告を発していても、下半身は別の行動をとることがままあるんだ。
その証拠に、耳の中に心臓ができたように、猛烈に早く、そして、ものすごく強い鼓動が聞こえている。ああ、でもこれって、俺の俺に対する証拠だ。俺が興奮してしまっているっていう証拠だ。
美洲丸は嘆息してこめかみに指先を押し付けた。
「ああ、そんなとこだろうとは思っている。だが、今後は気をつけろ……。私もシャワー浴びなおす……行くぞ」
俺由来の液体に濡れてしまった制服を脱ぎ、美洲丸は汚いものをつまみ上げるように持って(そりゃそうだ)。
床に転がっていたスポーツバッグを拾い上げて肩に掛け、美洲丸勇はトイレのドアを開けて、俺に白い歯を見せたのだった。
「……っく!」
ひときわ大きく心臓が跳ねる。
「どうした竜洞、顔が赤いぞ。ふふふ、私に無礼をはたらいてしまったことを恥じ入っているのなら、もういいぞ赦してやるから」
スパッツのように、ぴったりと下半身を覆っているズボンを吊っている黒いサスペンダーが、なんともセクシーな曲線を描いている。
鍛え上げた女性アスリートのような後姿は、その下半身に俺と同じものを所持してるとは、到底思えないほど男っぽさを感じさせない。
歩を進めるたびに左右に揺れる尻を眺めながら、その後について行く。
「なあ、竜洞よ、私の尻を眺めたところで、貴様の情欲がそそられるとは思わんが?」
早足で歩きながら、美洲丸が肩越しに俺をにらむ。が、その目は、なんとなく笑っているようにも思えた。
「忘れているようだから教えてやるが、私たちはおんなへんにおとこと書いて『めおと』という完全両性具有の第三の性別だ。五十年くらい前にその第一世代が誕生した新しい人類だ。後は自分で調べろ」
「あ、ああ、本当にすまん。きっと、ものすごく恥ずかしいこと言わせたな。申し訳ない」
「まったくだ、セクハラもいいところだ。まあいいさ、今、赦してやると言ったばかりだからな」
あきれる美洲丸の肩越しに、目的の場所が見えてきた。
第一体育館への渡り廊下の中程に、トレーニングセンターへの渡り廊下が接続している。
シャワーを終え、トレーニングセンターから出てくる女子たちと、次々にすれ違う。
「よかった、もう、だいぶ空いているようだ」
トレーニングマシンやら、腹筋ベンチやらの群れの脇を抜け、美洲丸はずんずんと男子シャワー室のほうへ進んで行く。
おいおい、まさか、シャワーも共用とかいうんじゃないだろうな?
「辰哉、遅い! あたし、もう終わったからね。あれ? 美洲丸君も?」
シャワーを終えた濡れ髪の楓が手を振っている。
「ああ、こいつのせいで浴びなおしだ」
美洲丸が俺を指差して、あきらめ顔で笑う。
「なんか臭う。辰哉、あんた美洲丸君に何したの?」
鼻をヒクヒクさせて、楓が問いかけてくる。
「こいつの無礼は、いつものことだ大和。君も知ってるだろ? こいつが中学のとき私にした無礼の数々を」
ああ、と、手を打って、楓はこくこくと頷いた。
「じゃあ、あたし、もう行くね。一時間目、当てられそうだから準備しとかないと」
「ああ、また後で…な」
俺の返事に手を振って応え、楓は駆けて行った。
※※※※※
シャワー室の観音開きの扉には左右それぞれに『男』と『娚』の文字が書かれていた。
「さすがにシャワーまで共用というわけにはいかないだろう」
扉を開けると、そこは真ん中に仕切りが設置された脱衣室だった。
「トイレみたいに用足しの部分だけつまみ出せばいい、と、いうものではないからな」
お前、何気にものすごいことを、あっけらかんと仰いましたけど、あんまりよく考えないで言ったよな?
仕切りがあるといっても、完全な壁ではなく、天井と床に突っ張り棒を設置して、その真ん中に首から下と膝あたりから上が隠れるだけの薄い板をくっつけたような、簡易的なパーテーションみたいな感じのものだ。
「未だにな、こういうところの設計は、遅れている。男子が数を極端に減らし、それを埋め合わせる形で娚子が増えているから、男子の分を削って、その分を娚子に振り分ければいいという基本的な考えが透けて見える。まあ、仕方ないな、新しく設計するより手間も金もかからない」
脱衣室の奥にある扉の向こうのシャワー室もまた、パーテーションで仕切られているだけだった。
しかも、男子の方は一番手前から奥へ三つめのところで、パーテーションが設置されていた。どうやらそこから先は娚子用のようだ。
「たしかシャワー、片列六個ぐらいだったよな?」
ふと、つぶやいてしまった俺に、美洲丸が答える。
「へえ、そんなことは覚えているのか。男子はクラスでせいぜい四人くらいだろ? たったそれくらいの人数のために一列全部使うのはもったいないじゃないか」
確かにその通りだ。
一番奥のシャワ-ブースに入る。ついているカランは俺が元いた世界と同じものだった。使い方は知っている。たしか混合栓ってやつだ。お湯と水の量の調節がけっこう難しい。
「お、さっきと同じようにならんだな」
美洲丸が隣のブースに入って来た。
「お前、今日に限って早く出てきてたのな」
美洲丸の方を見ないようにしながら問いかける。そっちに目を向けて、うっかりすごいものが映ったらやばいことになりそうだ。最悪失血死しかねない。
俺は、元いた世界で太刀浦から中級に認定されていたからな。“フタ”も外角低めギリギリでストライクゾーンを掠めている。
それに、股間さえ見なければ大美人だ。少女歌劇の男役っぽいが、という、注釈つきではあるけど、な。
毎度ご愛読ありがとうございます。
並びにブクマご評価誤字脱字報告誠にありがとうございます。




