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県立防衛幼年学校  作者: 茅野平兵朗
第2章 県立防衛幼年学校
43/108

43 楓が戦死? どういうことだ!?

「はち!」

「はち!」

「きゅう!」

「きゅう!」

「はち!」

「はち!」

「なな!」

「なな!」


 いつの間にか、楓の腕立て伏せは三往復目にはいっていた。

 これはたぶん、十回で一セットなはずだから、現在課された三十回の腕立て伏せを終わるのはいつになるんだろうか?

 人間終わりがわからないと心が折れるって本当だな。

 あまりの悔しさに、目頭が熱くなる。この歳になって泣かされるとは思ってもいなかった。

 何でこんなことになった!

 俺の視線の先にある校舎の窓が、涙ににじんでいた。


 ※※※※※


 なんでこうなった? 俺たちは何をしくじった? 

 俺たちは『気をつけ』から『敬礼』、そして、『休め』までちゃんとやったよな。それの何が悪いんだ?

『気をつけ』にしたって、『休め』にしたって、楓は褒めてくれたぞ。楓はたぶんこれまでこの学校で習ったことを正しく俺に伝えたはずだ。

 何も間違ってないはずだ。楓は俺の不動の姿勢と休めの姿勢を褒めてくれてたぞ。

 じゃあ、どこでしくじった? いや……まさか!

 間違ってないとしたら? なにも俺たちに非はないとしたら?

 俺の腹の底からどす黒い怒りが湧き上がる。

 俺たち兄妹を産んだあの女がヒステリーを起こしてグラスを投げつけ、梓の足に消えない傷を負わせたあのときに感じた怒り。いや、殺意といってもいい。

 それが、ふつふつと胃袋の中で沸騰を始めた。

 これは、どう転んでも楓に腕立て伏せをさせる筋立てだ。

 俺たちが予習して、不動の姿勢をできるようになっていようがいまいが、どうだっていいことなのだ。

 もし、できなかったら、できなかったで、『十分あればそれくらいできる様になっていただろう』って言って、楓に腕立てやらすつもりだったんだ。

 そう、要は言いがかりだ。

 イチャモンつけて腕立てやらせてるってわけだ! これは、意味がない体罰だ!

 理不尽にも程がある。こんな理不尽、人間が人間にしていいことじゃない。

 だから楓は俺にあんな約束をさせたんだ!

 いつの間にか俺は、ものすごい顔で長門をにらみつけていたらしい。

 長門が俺を一瞥して鼻で嗤い、こう言った。


「大和生徒、喜べ、貴様の戦死を怒っている戦友がいるぞ」


 なんだって? 楓が戦死だと?


「大和生徒、発言を許可するぞ、貴様は、今、何だ?」

「はい! 自分はッ、今ッ、ミンチでッ、ありますッ!」


 腕立て伏せをしながら、楓が答える。なんだって? ミンチだ? 挽肉だ?


「自分は、命令を受けずに勝手に行動をしたのであります。敵の砲撃の中をスキップして歩き榴散弾に吹っ飛ばされたのであります!」


 な、何を言ってるんだこいつ。

 命令を受けずに行動したから、大砲で撃たれて死んだ? なんでそうなる? 何の冗談だ?

 言われたことを自分の判断で省略したり、より効率よくこなそうとして、言われた手順をすっ飛ばすなんてこと、当たり前じゃないか?

 太刀浦なんかプラモを説明書通りに作ったことなんかないぞ。だけど、いつだってすげえかっけーの作ったぞ。

 待雪なんか昼飯にグラタンフライをゲットするために、四時間目終了の五分前に教室を抜け出すぞ。

 命令ってそんなにご大層なものなのかよ? 軍隊ってところは帽子が曲がってたり、勝手に予習しただけで死ぬところなのかよ?

 命令ってなんなんだよ? 基本的人権はどこへ行った? 行動がそんなに制限されるなんて基本的人権の尊重を無視しているだろ!

 そんなこと言ってたら、焼きそばパン食えねえだろ!


「先ほどは、伏撃中に竜洞生徒が上官の命令どおりの方向に打たずに、味方に向かって発砲したために撃たれて死んだ射殺体でありました!」


 今度は俺に撃たれて死んだ? 何を口走ってる楓、イミフだぞ? 日本語を話してくれ!

 何を言っているのかさっぱり解らない。理解の範疇を超えている。

 平和なこの国で育って、一昨日まで普通の高校生やってた俺は、そんなこと言われたってわかんねえよ!

 大体てめえだって、死にかけたことすらねえだろ長門教官殿よぅ!


「ふふン…。竜洞生徒、貴様、こう考えてるだろう。『実戦の経験がない教官殿が何を言っても説得力ありませんよ』とな……違うか?」


 そう言うと、長門は左人差し指を左目に突っ込んで……ぐえッ、眼球を抉り出した。


「うぷ……ぐ」


 くそ、不意打ちで、なんてもん見せやがる。

 そして、抉り出した目の玉を楓の目の前に放り投げた。


「ひッ!」


 楓が小さく叫ぶ。


「大和生徒! 食え」

「ひ、ひあ……」


 楓は腕を曲げ、長門の目玉に口を寄せる。……が、そこまでしかできなかった。

 当たり前だ。いくら軍隊みたいな教育を受けてたって、JKが、抉り出したての目玉なんか食えるか!


「私は食えと命じた」

「あ、ああぁ、うッ……うううううッぅひっ」


 芝生に楓の涙がボタボタと滴る。


「誰が泣けと言ったか! 私は私の目玉を食えと命じた!


 長門は残った右目に凄惨な光を宿らせ、俺を射すくめながら言った。


「竜洞生徒、貴様、鏡以外で自分の顔を見たことがあるか? 私はあるぞ。そのときの私の顔ったらな、今のお前と同じ間抜け呆けた顔だったよ。くくくくッ」


 笑う長門の顔は、すでに人間をやめたヤツのそれだった。

 ぶっ飛んでやがる。何かいいもんでもキメてんじゃねえのか?


「くそ!」


 楓の眼前に回り込み、俺は腕立て伏せの姿勢をとった。


「竜洞生徒! 勝手は許さん」

「大和生徒が命令に従わず、鉄砲をぶっぱなさなかったんで、俺も撃たれました!」


 腕を曲げ、楓の口元に転がっている長門の目玉を……周りの芝生ごと口に入れた。


「そうか、貴様も戦死したか。では、当訓練分隊は戦力の六十パーセントを喪失して壊滅した。壊滅の責は本職にある」


 長門が俺たちと角を突き合わせるように、腕立て伏せの姿勢をとった。


「「え?」」

「訓練分隊壊滅を反省する。腕立て伏せ三百回をもって反省とし、これを実施する。合計三百二十一回だ。始め! 竜洞生徒、私のおやつはうまいだろ。いち!」


 長門が腕を曲げ伏せる。同時に俺たちもカウントしながら伏せる。

 おやつ? 口の中にある長門教官の目玉を舌の上で転がす。

 甘ッ!


「元部下に、に! 飴屋の跡取りが、さん! 居てな。し! 普段は高機能な義眼を入れているんだが……ご!」


 アメちゃんかよ! 思いっきり噛み砕く。えも言われぬ香りが口の中を満たす。


「うまいです! はち!」

「そうだろう。きゅう!」

「はあ、びっくりしたぁ! じゅうッ! 本物の目玉かと思いました。 じゅういちッ!」

「年に一回だけ、じゅういち! 使うネタだ。 じゅうに! 今年はもう使えんな。じゅうさん! あと、本物の目玉は、じゅうし! あんなにまん丸じゃないぞ。じゅうご!」


 サラリとグロネタを挟んできたよこの人、まるで、本当に眼球を見てきたみたいな言い方だ。


「くははッ、ひゃくじゅうに! 死んだら将軍も兵卒もない。ひゃくじゅうさん! 敵も味方もない。みんな仲良く、ただ一介の肉塊だ。ひゃくじゅうご! さあ、一塊の肉塊同士仲良く反省だッ!」


 そんな、みもふたもない言葉に、俺は、言いようのない親しみの情が醸されていくような気がした。

 後半は普通に登校してきた生徒たちの好奇の目にもさらされ、たくさんのギャラリーが見守る中、俺は半ばやけくそにカウントしていた。

 そして、俺たちは、三人で大声でカウントしながら長門教官曰く“反省”を三十分ほどで何とか終了することができた。

 といっても、どんどん疲れてペースダウンしていった俺に、二人が合わせてくれた結果だ。二人だけでやってたらもっとずっと早く終わっていただろう。


「さんびゃくにじゅういちッ! ヨシッ、ナオレッ!」


 俺たちは、立ち上がって気をつけの姿勢を取る。


「これで、本日の補習を終了する。敬礼は略する解散!」


 そう告げて、長門教官はお手本のような回れ右をして、頭の中で行進曲でもかかっているかのような足取りで校舎に向かってゆく。


「あははぁ、ちょっと汗かいちゃったね、辰哉ぁ」


 長門教官を見送りながら笑いかけてきた楓に俺は土下座した。


「スマンッ! 楓ッ! 俺のせいであんな……ッ!」

「や、やめてよ辰哉、そんな……頭上げてってば……全部、あたしの計画通りだったんだから」

「いや、それはなんとなく分かっていたが、そもそも俺がこんな状況にならなきゃこんなことには……」

「だから、それ言い始めたら、香取ちゃんのこと助けなきゃよかったってことになっちゃうから……、そんなの嫌でしょ?」

「あ、ああ、そうだな」

「だから、いいの! それにぃ……」


 俺の手を取り立たせながら楓がぺろりといちご色の舌を出す。


「部活の朝練よりもかなーり楽できたからね。辰哉さまさまだよ。てへへッ」


 登校してきたときから合わせたら、350回以上腕立て伏せしたと思うんだが、それよりも辛い部活って……。


「楓……ッてててッ、くそ、なんかあちこち痛くなってきた」

「あはははッ! そりゃぁ筋肉痛だね。辰哉、入学以来こんなに罰直くらったことないからぁ……あははは! あ、長門教官風に言うと“反省”だね。あははははッ!」


 急激に痛みを主張し始めた節々を摩りながら、俺は、あれだけの殺意にも似た怒りがいつの間にやら雲散霧消していたことを不思議に思っていた。


(あれだけの怒りなんて、そうそう消えるもんじゃないんだがなぁ)


 ターニングポイントは長門教官が腕立て伏せに加わったときだったのは確かだと思う。あの時点で教官への怒りのエネルギーがなぜだか腕立て伏せを続けるベクトルに変化したのだった。


(不思議だ……が……)


 それ以上に俺が不思議に思ったのは、楓と長門先生の体力持久力だった。三百回もの腕立て伏せをやっていながら、息を少し弾ませている程度だったのだ。

 俺はといえば、息が完全にあがってヒーヒーだし汗だくだくになっていたのにだ。

 まあ、元の世界の俺なら三十回もできないけどな。竜洞生徒の体力すげえ。

 

(この世界の女子の体力すげえ!)


 ……と、この汗、どうにかしないとだな。体操服が絞れるくらいに汗をかいたからな。ホームルームが始まる前に一風呂浴びたいくらいだ。


「辰哉、まだ十分に時間があるから、教室に行って着替えを持ってトレセンのシャワーを使おう」

「おお、その手があったか!」


 楓の提案に一も二もなく乗っかる。

 トレセンってのは、元の世界の学校にもあったトレーニングマシンがある施設で二つある体育館の間にある施設のことだ。

 体育の授業でえらく汗をかいたときに、何回か使ったことがある。

 『竜洞生徒』のロッカーの奥に、タオルと着替えが入った袋が鎮座していたのは確認済みだ。


「それは、グッドな提案だぞ楓。今度ゴリゴリくんおごってやる」

「んじゃ、後で!」


 そうして、タオルと着替えを取りに俺たちはそれぞれの教室に戻ったのだった。

 が、俺は教室に帰った俺は唖然とすることになった。


「な、なんだこれは……?」


 俺のロッカーの内容物が全部、ありとあらゆる内容物がそこいらじゅうににぶちまけられていたからだった。


「は、はははは、やられたんだなぁ。台風一過いい天気なんだな」


 台風だと? まだ五月じゃねえか。確かに今日は、いい天気だけどな。


「はっははぁ、台風、ひぃッさしぶりぃだぁねぇッ、Huuuuuuッ」


 太刀浦と待雪がゲラゲラと笑っていた。


「ああんもうッ! さっさと、ね、シャワー、行って来なよ、ね! たっちゃん。帰ってきたら、ね、台風の後始末、手伝ってあげるから、ね!」


 だからなんなんだよ台風って! その季節外れも甚だしい単語は? ってか、小桃までいるし。お前ら早くないか学校来るの。


「まあねぇ、こぉういうこぉとも、あろうかとぉ、一本早い電車で来たのさぁ」


 待雪がバラを回しながら答える。


「いやあ、竜洞くんが早朝補習って聞いたんだな、だから、何か手伝えるかなと思ったんだな。で、待雪君と示し合わせて早く来たんだな。まさか、信濃さんまで来てるとは思わなかったんだなぁ。早くシャワーに行って来るといいんだな」


 太刀浦が太鼓腹をポコンと叩く。


「ほら、ね。早く、早く、ね!」


 小桃がお風呂セットが入った袋を押し付ける。寝不足は解消して、顔色は戻っているみたいだ。むしろ、なんか、つやつやしている。


「十三時間ぐらい爆睡してきたみたいだな小桃」


 小桃は瞬時に真っ赤になって俺に手を挙げる。


「もおおぉ! たっちゃんてばぁ!」

「すまん、みんな! ありがとう! ちょっと行って来る!」


 取りあえず台風については後回しだ。帰ってきたら、小桃にでも聞いてみよう。

 俺は、教室の後部扉からシャワー室に向かって飛び出す。同時に楓も隣の教室から飛び出してきた。


「辰哉ぁッ、トレセンまで競争だよ!」

「おう。何を賭ける?」

「風呂あがりのこーひーぎゅーにゅー」

「了ッ!」


 右手が眉の辺りに自然に挙がる。しかもビシッとな。

 しかも、“りょうッ!”ってなんだよ!

 あ、これって、『竜洞生徒』のルーティーンで体が覚えてたってやつか?


「あはははッ、懐かしい! 中学ん時、それよくやってたね。お父さんの真似して!」


 そ、そうなのか? これって、中二『竜洞生徒』のクセなのか。

 そういえば、俺のこの世界での存在って、魂だけなんだよな。

 記憶とか、能力とかってきっと『竜洞生徒』の遺産めいたものがこの体と脳に詰まってるんだろうな。腕立て伏せ三百回もやりとげたしな。

 神様もそんなこと言ってたっけ。

 今のは、その一端ってことか。

 はやく、もっとたくさんの『竜洞生徒』のこと思い出せたらいいな。

 俺は体育館へと続く廊下を、楓と競争しながら、これから思い出すかもしれない『竜洞生徒』の記憶に期待と不安を募らせていたのだった。

毎度ご愛読ありがとうございます。

ならびにブクマご評価誠にありがとうございます。

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