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県立防衛幼年学校  作者: 茅野平兵朗
第2章 県立防衛幼年学校
39/108

39 なんなんだよ出会い頭に腕立て伏せって!

「なあ、どこでやるんだ即売会?」


 カマをかけてみる。一昨日の楓と小桃の会話。昨日の小桃の惨状。そして、その手に握られていた宅配便伝票から推測したことを。

 俺が向こうで読んでいたラノベに、ヒロインの一人として、オタク系の女子が設定されていることがよくあった。

 俺の知識が不足していて、そのヒロインがどんなマンガを愛好していたのか、なぜ、ああも興奮状態に陥るのかは理解できなかったが、アイドルのライブとかで失神する人もいるらしいから、きっとそんなふうなことなんだろう。


「ああ、来月の頭に市の商工会館で……辰哉ぁっ!? な、なんで?」


 楓が目を見開いて俺の推理がドンピシャだったことを認めた。

 やっぱりそうか。小桃は噂に聞く同人活動をしていたのか。すげえな、マンガを描けるヤツが身近に居たなんて。


「んで、どんなジャンルのマンガ描いてるんだ?」

「そ、それは……うーんと、れ、そう! 歴史関係! 戦国時代とか!」


 歴史ものか。たしか、歴女っていう、歴史を愛好する女性が増えているって聞いたことがある。

 小桃は歴女なのか。それで、戦国時代とかを主題にマンガを描いていたと。


「すげえな小桃は……で、それを手伝うことができる楓もすげえ」

「そ、そか…な。で、でも、辰哉!」


 ああ、そうか、『竜洞生徒』には知られたくないよな。マンガ描いて同人誌作ってるなんて。


「解ってるって。俺は、何にも知らないから。でも……」

「でも?」

「今度、言っといてくれないか。不可能かもしれないが、あんまり無理すんなって。お前もだ楓。朝練あるのに徹夜なんて、死にたいのか?」


 俺は、施設で年下のガキの悪さを説教した時のように、軽くノックするように楓の頭頂部を小突いた。

 徹夜なんかしたら、丸々一日は体力回復に当てないと二~三日はだるかったり隈が取れなかったりするからな。

 現に今の楓がそうだ。目の下の隈が疲労がたまっていることを訴えている。

 中一の中間テストだったか期末テストのときに、徹夜勉強ってのを試してみたが被るダメージと回復にかかる時間とかを考えてみたら、俺にとってはずいぶん効率が悪いことが判明して、それからは徹夜なんてしたことが無い。

 あれは、追い詰められなきゃするもんじゃないと思っている。

 まあ、マンガを描くようなヤツは慣れてるんだろうが、それにしたって、体にいいことじゃないからな。


「辰哉……」


 少しぽかんとしながら頭をさする楓だったが、


「うん! うんっ! 必ず言っとく!」


 瞬時にその顔に花を咲かせ、小桃への言伝を約束した。

 そんな感じで話をしながら(小桃の同人活動の話題が八割方を占めていた)、俺たちは駅からの二キロ近くもある長い道を退屈することなく歩いた。

 ともすれば、ひっつきそうなくらいぴったりと俺に寄り添う楓には、ほんの少しだけ辟易したが……。

 ……と、校門で仁王立ちしているシルエットが目に入る。


「げ、長門……!」


 楓が小さく叫んで俺との距離をとる。


「おはようございます!」


 早朝の田園風景を揺るがす大音声で、楓が校門で仁王立ちしている長門先生に挨拶をして敬礼をする。俺が元いた世界では、お辞儀と呼ばれていたものだ。


「おはようございますっ!」


 間髪入れずに俺もできる限りの大声で挨拶をする。そして、お辞儀の敬礼。ふふふ、これは練習してきたからな。


「わ、ばっ、たつ……」


 なんか楓が慌てているみたいだな。

 長門先生は、さわやか過ぎる笑顔を俺に向けた。


「おはよう! 竜洞生徒、大和生徒! 大和生徒は…、合気道部の朝練だったな。竜洞生徒は、ずいぶん早かったな。私も今日は早起きしてしまってな、少し早く来てしまった。ちょうど今、車を降りて来たところだ」


 いいや、長門先生、あの屋敷から7時5分前に職員室のあんたのところに到着するためには駅まで自家用車で来るか、屋敷の近くのバス停からバスに乗るか、始発の電車に乗るしかないってわかってて、俺が到着する可能性のある時間で、一番早いこの時間に、ここで俺を待っているように出勤してきたよな。

 証拠はないがあんたみたいな人間は、概ねそういうことをする。


「大和生徒!」

「はいっ!」

「竜洞生徒の本日の補習における臨時バディを命じる! 合気道部には話を通してある」

「はいっ! 大和生徒、竜洞生徒の臨時バディに上番しますっ!」


 楓が長門先生の命令を復唱して敬礼をする。俺も練習してきたビシッとしたお辞儀だ。


「大和生徒、腕立て伏せの姿勢をとれ!」

「はいッ!」


 すかさず楓が俺の脇で、腕立て伏せの体勢をとった。

 え? え? え? 何だ? 何が起こった?


「いち!」

「いち!」


 長門の号令で腕立て伏せが始まった。


「楓!」


 俺は楓を見る。


「竜洞生徒! きをつけっ! 私から目を逸らすな!」

「く…」

「く? く? 竜洞生徒! くと言ったか? 私は発言を許可した覚えはないぞ!」


 有無を言わせねえってか。

 なんなんだよ、出会いがしらいきなり腕立て伏せって! 楓が何したって言うんだよ!

 俺は気をつけをして長門先生をにらみつける。肩が震える。


「じゅう!」

「じゅう!」

「なおれ!」


 楓が立ち上がり、気をつけをする。

 何がなんだかわからない。何で楓は腕立て伏せを命じられた?


「大和生徒! 腕立て伏せの姿勢をとれ!」


 な……! なんでもう一回何だ? わけわかんねぇ!


「てン…」

「てん? てん、何だ? 竜洞生徒! 発言を許可する。言ってみろ!」

「てんめぇッ! なんなんだよこれは! 楓が何したってんだよ! いきなり腕立てだぁ? ふざけんな!」


 長門はその口をニタリ歪め、嗤った。


「大和生徒! 発言を許可する。貴様がなぜ腕立て伏せをしているのか教えてやれ!」

「はい! 大和生徒、竜洞生徒に、自分が腕立て伏せを命じられた理由を説明します! 理由は二点であります。ひとつ! 竜洞生徒の略帽が曲がっていました。 ひとつ! 竜洞生徒の敬礼が無帽時の敬礼でありました。以上の理由により、腕立て伏せ二十回であります!」


 なん……だと?


「よろしい。付け加えるなら、教官への口の利き方が論外なことだが、まあ、それについてはオマケしてやろう」


 ちょっと待て、それじゃ何か? 俺が悪いってことか? わかんねえし! 俺の帽子が曲がってた? 敬礼が違ってた? そんなこと知らねえよ! いや、知ってても、俺が悪いわけだから、腕立ては俺がすることじゃないのか? そうだろ?


「きゅう!」

「きゅう!」

「じゅう!」

「じゅう!」

「なおれ!」


 連続で二十回も腕立て伏せさせられて、さぞかし息切れしているだろうと思いきや、俺の横で気をつけの姿勢に戻った楓は涼しい顔をしていた。

 どうやら、こっちの世界の楓は、元の世界の小桃と性格も体力も完全に入れ替わって、すっかり脳筋化しているようだ。


「よし、0700に教練場に集合。服装については着帽体操服。解散!」


 クルリと回れ右して長門は教職員玄関へ向かっていった。


「ふう……よかった。敬礼略で…」


 ため息をついて、楓が俺に笑いかけた。


「す、すまん楓。俺、なんかヘマしたみたいで、そのせいでおまえが……」

「ううん。いいって、バディってそんなもんよ」

「ばでぃ?」

「ああ、さっき長門が言ってたでしょ、臨時バディを命じるって。英語で相棒とかいう意味」

「そういう…」

「ふふっ、辰哉……。ほんとに記憶喪失なんだね。ん…よし、少し時間あるから、予習しよう。大急ぎで着替えて……、教練場って、覚えてる?」


 腕時計を見ながら提案する楓に、首を縦に振る。


「だよね。あそこ、陸上トラックの内側の芝生のとこ」


 楓がグラウンドを手の平で指す。そこでは、ちらほらと運動部の朝連の連中が柔軟とか始めていた。

毎度ご愛読誠にありがとうございます。

並びにブクマご評価ありがとうございます。

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