37 ルムルーモ
今回、少し短めです。
「で、結局土下座しちゃったんですの?」
海軍北部方面航空群司令部庁舎の士官ロッカールームで、帰隊した陸奥中佐の着替えを、腕を組んで見ていたASWOC司令補の山城里美大尉が肩をすくめた。
「しちゃったわよ。くそッ!」
陸奥中佐は悔しさを隠そうともせず、脱いだスーツをロッカーの中に叩きつける。
「おや、おや、くの一部隊月光の司令は傑物ですわね。ハンモックナンバー一番をこんなにうろたえさせるのですから」
「うろたえてないし! それに、私が土下座したのは絢にじゃないし!」
真っ赤になって頭から湯気を立ち上げ、陸奥中佐は反駁した。
「まあ、まあ、それこそ興味深いことですわね。横須賀のお偉いさんでも道を譲る陸奥中佐様に土下座させる方が鳳翔退役大尉と長門予備大尉以外におられるなんて」
「絢にも延にも土下座なんてしたことないし! これからもしないし! …………竜洞勲爵閣下よ」
拗ねたように口を尖らせ、陸奥中佐が呟く。
「竜洞勲爵って、あの、疾風烈火ですか? 陸軍の……。あの方でしたら納得ですわ。たしか、今は二階級特進されて少将でしたっけ。……って、もう亡くなってる方じゃないですか? たしか三、四年前に……」
「息子の方よ」
「ああ、ご令息……え!?」
山城大尉が携帯端末を取り出し、検索を始める。
「あら珍しい! 世襲勲爵なんて……。普通、勲爵なんて一代限りですのに」
「疾風烈火に、どれだけの貴族が面子を潰されたかってことよね」
「たしかに、これだけの赫々たる武勲で一代貴族止まりなんてありえませんわ。子爵いえ、侯爵に叙せられていてもおかしくはございませんわ。もらった勲章だけで制服が埋め尽くされてしまいますわね」
山城は携帯端末に表示される、故竜洞陸軍少将の叙勲歴を見て溜息をつく。
「でも……ご令息の方は……ぷぷぷッ! まだ生え揃ってもいないような、幼年学校の一年生ではございませんか! ぷぷぷぷっ。そんなガキに?」
涙を切れ長の目に溜め、山城大尉は吹き出しそうになるのを懸命に堪えている。
あごを引いて、三白眼で山城を睨み、歯を食いしばって陸奥は唸った。
「気がついたら跪いてたのよ。立て板に水で口上を述べながらね」
耳まで真っ赤にして陸奥は俯いた。
「で、……で、本題はいかがでしたの?」
山城は慌てふためき、強引に話題を変える。
錆付いたからくり人形のように、首だけを山城に向けて陸奥はニタリと微笑んだ。
「こちらの要求は全て呑んでもらえたわ。ただし……」
「ルムルーモ総員の現役復帰と再編成に指揮権完全独立。それから増強一個班でよろしかったでしょうか? 集団退役に参加しなかったものがちょうど一個班居りましたわ。こういう時のために居残らせていたのでしょうか? 必要な文書は制作しておきましたわ」
山城が書類の束を差し出しウィンクをする。
古めかしくも華美な軍服に袖を通し、陸奥はそれを受け取った。
「流石だこと。これだから、あなたの上司はやめられないのだわ」
「いえいえ、中佐が鳳翔大尉のところへ赴かれるとおっしゃったときに、鳳翔大尉と竜洞少将のことを少しだけ調べた結果と中佐の特別任務を勘案した結果ですわ」
「里美!」
踵を鳴らして陸奥は山城に歩み寄り。頭半分だけ背丈が高い山城の頬にキスをする。
「ありがとう! 群司令はおいでかしら?」
「筆と印を構えて、群司令室で待機しておいでですわ」
勢いよくロッカールームの扉を開ける。
「サインもらったら、市ヶ谷に行って来るから、新幹線、取ってくれる?」
「あと、十分後に厚木へのフライトがございますから便乗なさいまし。市ヶ谷のホテルグランディオナモンティエト取っておきますから、宿泊はそちらに、明朝の厚木からの定期便でお帰りなさいまし」
「了ッ! ありがと、帰ってきたらご褒美あげるわ」
「ええ、期待してますわ」
陸奥は山城に手を振りながら、群司令室に駆けて行った。
「さて、……と、もう少し忙しくなりますかしら。ああ、そうだわ、陸軍に訓練施設を貸してくれるようにお願いしておかなくてはいけませんわねぇ。実弾射撃場と屋外演習場をいつでも使えるようにしておかないとですわ。まさか現役に一個班残して、いざ現役復帰するときにその一個班を教導隊として、再訓練を実施する計画だったなんてねぇ。侮るまじですわ。“くの一戦隊月光”の二つ名、伊達ではありませんね」
海軍中佐陸奥然の腹心、海軍大尉山城里美は腰に手を当て、呆れる様に独りごちる。
「あの子達が現役復帰したら、ここいら一帯の陸軍、陸戦隊の能力が向上すること間違いなしですわね。あの子達の訓練の対抗部隊をさせられるわけですからねぇ……」
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