18 欠陥兵器
『傾注! 傾注! 一五三〇より起動試験を開始する、整備各班は所定の位置に退避。搭乗員はコックピットへ。繰り返す……』
業務連絡の涼やかな女性の声が、エコーする。
普段は対潜哨戒機が翼を休めているだだっ広い格納庫内を、青を基調とした海軍迷彩服の作業員が忙しなく行き来していた。
そのいずれもが、柔らかな曲線で構成されたシルエットの持ち主で、油の匂いが充満するこの場においても、やはり男は存在していなかった。
「ここにいるみんな、ほんとうによくやってくれているのだけれど……」
トレーラーに巨大なジャッキを据え付け、その上にプレハブ小屋を載せたような、移動式航空管制塔の大きな嵌め殺しの窓から、格納庫内を走り回る隊員達を見守る陸奥中佐の顔色は冴えなかった。
「よくこんなオペレーションルームにもってこいの装備、持って来れましたね」
陸奥の背後から濃緑の制服に白衣と言う姿の技術屋然とした女性将校が、陸奥に缶コーヒーを差し出しながら尋ねた。
「空軍の方面野戦航空管制群から借りてきたの。あそこの司令には防大時代に十個以上の貸しがあるから……。試製機の実用試験が終わるまで使っていいことになってるわ」
缶コーヒーを受け取りながら、陸奥中佐は端末のモニターに向かっている部下達に視線を走らせる。
部下達にも缶コーヒーは行き渡っているようだった。
「心配しなくたって、格納庫内の全員に配ってありますよ。私の奢りです」
技術将校は口の端を綻ばせる。
「まあ、これくらいは……ねぇ。心配はそれだけではないのだけれど」
陸奥中佐は缶コーヒーを一口含み、現在における最大の問題に思いを馳せる。
「早くこっちの臨時業務終わらせたいですね」
「あたし、あと、一時間以内に主計係に転属しないと、主計士官に八つ当たりされちゃいますよう。給料計算が締めまでに上がんないって……」
「自分はこっちが終わったらASWOC復帰です。今日は当直なので司令補に糧食の調達を頼まれてるんですけど、あと三〇で酒保、昼の部閉店です」
航空対潜作戦室で作戦管制オペレーターを務めていた、早蕨三曹たちがヘッドセットのマイクを押さえ、相槌を打つ。
現在、陸奥中佐が思い煩っているのは、圧倒的な人手不足だった。
「呉竹、早蕨、刈萱、対潜から引き続きで申し訳ない。わたしが各上司と調整するから大丈夫よ安心して。大尉の糧食に関しても私の秘蔵の逸品をもって代用するわ。もっとも、今回の候補者が適合者なら、一切問題ないのだけれど……。こればっかりは祈るしかないわね」
現状根本的解決策がない以上、ごまかしごまかしいくしかないと眉を顰めながら、中佐は目下の頭痛の種を臨時オペレーションルームの大きな窓から睨みつけた。
陸奥中佐の視線の先、格納庫の真ん中に、ロケットの発射台のような構造物が設置され、それに人型の人工物が直立状態で固定されていた。
二階建て家屋ほどの高さのそれは、海軍の基地には似つかわしくない陸戦仕様の濃い緑色に塗られ、手足、胴体からメンテナンスケーブルが延びている。
決してスマートとはいえないシルエットは、いかにも無骨で頑丈そうであり、まさに鉄人もしくは二足歩行戦車と呼称するにふさわしい印象を撒き散らしていた。
「縛帯ヨシ! 緊急射出装置安全ピン抜去ヨシ!」
胸の部分が大きく開き露になっているコックピットに、数人の青迷彩服の作業員が取り付いて、パイロットを操縦装置に固縛していく。
「搭乗員固縛ヨシ! コックピット閉鎖! 機付き総員退避!」
コックピットが完全に閉鎖されたのを確認して、機付きと呼ばれる専属整備員たちが、立て掛けられたラッタルを滑り降りる。
「コックピット閉鎖ヨシ! 機付き総員退避ヨシ! 全部ヨシ! 管制室、いつでもどうぞ」
青迷彩服の機付整備員のリーダーが管制室の窓からこちらを見ている陸奥中佐に向かって親指を上げ、準備完了を伝える。
「中佐、チェックリスト全部ヨシ! いつでもいけます」
モニターをにらんでいたオペレーター刈萱も準備の完了を告げた。
「了! 早蕨三曹、起動試験開始を伝達」
『傾注! 傾注! ただ今一五三〇。これより試製歩兵装甲の起動試験を開始する。繰り返す。これより……』
「今度こそ起動してちょおだいよおおおッ!」
技術将校が胸の前で手を組んで、何かに祈る。
「起動シークエンス開始。五、四、三、二、一、予備電源投入!」
「予備電源投入ヨシ! 補助動力点火」
「搭乗員、血圧及び心拍数上昇。操縦に支障なし」
「メンテナンスケーブル切り離せ!」
「メンテケーブルパージ!」
「補助動力臨界、起動用意」
「起動!」
プシュウウウウウウン!
「主動力に点火を確認できず。起動試験失敗。起動試験失敗」
格納庫を失望のため息が満たした。
「ふう、今回も起動すらさせてもらえずか……」
ヘッドセットを外しうなだれる陸奥中佐。
「ああっ! これで、十七回目の失敗です。何が悪いというのですか? 仕様書通りにやってるんですよこっちは。なのに、気がつけば、起動試験失敗の山です。わたしは、ここに運用試験に来てるんですよ。運用試験! 運用ってのは、部隊で実際に使うことを言うんです。なのに、なのにぃっ!」
技術将校が、頭を抱え、ヒステリックに喚き散らす。
「まあまあ明石大尉落ち着いて。目黒ではちゃんと起動したのでしょう?」
「ええ、搭乗員を乗せないAI操縦では、起動はおろか、歩行、走行、斜面登坂、射撃すらこなしました。ですから、こんな問題が起こる筈がないのです」
「搭乗員の適正は?」
「それはそれは厳正に、遺伝子レベルで、適格者候補を絞り込みましたとも。あの子に適合する可能性がある人間を!」
試製歩兵装甲を指差した腕を、ぶんぶんと振り回す明石大尉。
「搭乗員の降機を確認。異常なし」
『試験を終了する。整備員は所定の作業を開始せよ。搭乗員はメディカルチェックへ』
「もういやですよ、このアナウンスぅ。飽きました」
ヘッドセットをはずしながら、早蕨三曹が口を尖らせる。
「ぼやかないの、もうじき起動から先のアナウンスさせてあげるから」
バインダーに挟んだ書類をめくりながら、陸奥中佐が応える。
「え、それって、完全適格者が見つかってってことですか? …ってことは、もうすぐ、この臨時任務、終了ですね!」
ずり落ちた大きな眼鏡を上げ、きらきらと目を輝かせ呉竹が食いついた。
「なら、久しぶりにベッドで寝れますかねぇ」
刈萱は手足を投げ出し、ぐったりとイスの背もたれに寄りかかった。
軍人らしからぬだらしない態度を陸奥は咎めない。
彼女達に無理をさせている側としては、多少のガス抜きはさせなければ、兵士としての本分の発揮のときに十分にそのチカラを発揮できないと考えているからだった。
「中佐! 私はそれには反対だと申し上げましたよ。いくら人手不足だからって許されることと許されないことがあります!」
明石大尉が、陸奥中佐を眉をひそめ見つめる。
「搭乗員の選定は、私にも権限があるのだけれど? 技研の方で選定した要員がタネ切れになったのなら、こちらで選んだ候補者を使うのは当たり前だと思うのだけれど。これでだめなら、たぶん、この開発計画自体がご破算ね。もともと、この計画自体がおかしいのだし。搭乗者を選ぶ兵器なんて間違っているわ」
「それは、否めませんが、あの子の運用試験がうまくいけば、少なくとも二百機は即時に作れます。そしたら、アメリカとだって互角以上に殴り合えるんです」
「明石大尉! それってマジですか?」
横から呉竹が口を挟む。
「で、無くては困ります。この子には二十年の歳月と膨大な開発費用がかかっているんですから」
頭から湯気を出し、技術大尉明石は管制室のドアを開け、ラッタルを降りて試製歩兵装甲へ向かう。
「そうですよね。アメリカと互角以上ですか。これはもう革命的な兵器ですね。期待されちゃいますね」
呉竹オペレーターは握りこんだ拳をじっと見つめる。
「そうね。いろんなところから期待されちゃってるのよね」
陸奥中佐のスマホ状の個人通信機が着信を告げる。
「HQ陸奥、オクレ。了。現時点をもって状況を開始。オワリ」
「なにかあったんですか?」
刈萱が尋ねる。
「地連からよ。新しい徴募キャンペーンの準備完了の報告。ノベルティができてきたから、設置しましたって…ね」
陸奥は、オペレーターたちにウィンクを飛ばして応える。
「ふえーっ! 中佐ってば忙しすぎでしょ。群司令部幕僚に防空とASWOC司令。この上リクルーターもですか?」
と、早蕨が呆れ顔で陸奥に問いかける。
「ちなみに警衛中隊及び基地業務隊の司令も私。おまけに、臨編試製歩兵装甲運用試験班の班長様。尊敬していいわ。まあ、どこの士官将校も大半は三つ四つ兼務もしくは事務取扱してるからたいした自慢にはならないのだけれど。下士官だって、なにがしか兼務してるでしょ」
「確かにそうですねぇ。自分にしたって、ASWOCオペレーターと主計係兼務ですから。オマケに中佐と同じく、臨編試製歩兵装甲運用試験班オペルーム勤務です」
コキコキと首を鳴らしながら、早蕨がうんざりといった口調で上司に応える。
肩をすくめ、うなだれて、陸奥中佐が言う。
「はあぁ、まったくもって、我が軍の人手不足はかくも深刻なのだわ」
もう、ナリフリなんてかまってはいられないでしょ。
その言葉を胃の腑で煮え立たせながら、陸奥は試製歩兵装甲……人型兵器を睨み、歯を食いしばるのだった。
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