102 掟破りの味方撃ち
お待たせいたしました。
「何だありゃあ!?」
空を見上げて俺はそうつぶやいた。
俺と梓が乗っている零式白兵戦闘機を外から見たら、ロボットの首から上が真上を見上げているように見えているだろう。
このロボットは、俺の動作をトレースするようにできているからだ。
そして、それ以外のロボットの基本的なシステムの制御管制を梓が担っている。
俺たち兄妹のどちらが欠けてもこいつはただの鉄のオブジェだ。
『強襲揚陸型IELFHM、要塞型に分類される。あの中に少なくとも一個小隊分の歩兵型IELFHMと二体から三体の戦車型が乗っている。中央作戦司令部のデータベースにはそう掲載されている。降下中のアンノウン高度500メートル。更に減速中。地表到達時には対地速度0が予想される』
梓のカナリヤのような愛らしい声が、それを台無しにする無機質な口調で俺が発した疑問に答えた。
ゆっくり降ってくるそれは、明らかに異様なものだった。
考えてみてほしい、空からバカでっかい朝顔の花がクルクル回りながら降ってくるんだ、俺でなくても「なんだありゃ」って言いたくなるに決まってる。
『04前席、反省をしながら復習した戦後日本史を憶えているか? 中間試験にも出したが』
「憶えています。よく覚えているのはアメリカによる月面核実験からこちらの地球環境の激変です」
『名答だ。つまり、今降ってくるのがその、南極に巣食っている敵性存在様ってわけだ』
「それが“いえるふぁむ”なんでしょうか?」
『そうだ“Invasive Extraterrestrial Life Forms that are Hostile to Mankind”それが、国連の秘密会議で決定した奴らの呼称だ。人類に敵対的な地球外起源侵略生命体とでも和訳するかな。まあ、奴らは人類に限らずありとあらゆる生物に敵対的だがな。その頭文字をとって“IELFHM”……イェルファムというのが本邦での略称だ』
「いぇるふぁむの概略、了解です」
『よろしい。やつらには交渉という概念は存在ない。そもそも言葉が通じないからな。意思の疎通ができないということだ。奴らと遭遇したら、あるのは殲滅そして捕食だ』
「ほしょく?」
「読んで字のごとく、そのままの意味だ。捕らえられて、喰われる。運良く生きていても、それは無事の生存を意味しない。死がほんの少しの期間延長されただけで、その場で捕食されるよりも悍ましい未来が待ち受けている」
「と、いいますと?」
俺の問に長門教官改め、長門団長は数瞬言いよどむ。
『やつらに捕らえられた生存者に待っているのは、奴らの苗床としての運命だ』
「苗床……って」
『兄様、やつらはありとあらゆる生物のメスと交合が可能。対するメスの生殖器官に合わせて己の生殖器官を変形させると言われている。当然人類とも交合しその子宮を使って繁殖する。その際、確実に着床するように強力な催淫効果をもった体液で、強烈な性的快感を催させると中央作戦司令部のサーバデータに記載されている』
「なッ……」
俺は絶句した。
(どこのエロゲだよ!)
元の世界の太刀浦所有のエロゲにそんな設定のやつがあったが、そんなのが実在する世界なのかこの世界は!
『ん? ありゃ、誰だ? 捕虜をあんなところにおっぽり出したのは?』
長門団長のつぶやきに滑走路の海側の端に視線を移す。
そこには縛り上げられた亜州超大国の襲撃兵の生存者が座らされていた。
二十人はいるだろう。
『いかんなぁ。警務隊の奴ら捕虜を護送中におっぽり出して、逃げちゃったなぁ。ああ、ちょうどあそこは、やつらの着地地点じゃないか。いかんなぁ、全くいかんなあ。まあ、しょうがないか、やつら、台湾や沖縄の上陸作戦で、もっとひどいことしたからなぁ。自業自得だなぁ』
俺は、長門団長閣下のスティックリーディングに吹き出しそうになるのを必死でこらえる。
『ふ、ふ、ふ。今回の亜洲超大国特殊部隊の襲撃における戦闘で、我軍の戦死者は陸海軍合わせて13名。重軽傷者に至っては100名以上。その中には瀕死の重傷を負った陽を始めとする幼年学校生徒も数少なくない』
後席の梓から黒いオーラが漂ってくるのを俺は幻視する。
『あぁれあぁれぇ? 私ぃたぁちが捕らえぇたはぁずの亜洲超大国兵がぁ、かぁっそうろの端っこにいるんだぁがぁあ』
『ルムルーモ司令へ、警務隊が対IELFHM戦宣言を忠実に実行したようだ』
『あぁあ、なぁるほどぉ! 対IELFHM戦要員以外は退避壕へ! ってぇやぁつねぇえ! それなら仕方なぁいねぇ。職務たいまぁんにはぁなぁらぁないねぇえ』
『だろ』
『だぁねぇ』
なるほど、この二人はあの亜洲超大国兵の捕虜たちをIELFHMとやらの餌にするつもりのようだ。
『兄様、何をするつもり?』
「ん? 梓、俺は何をしようとしていた?」
『兄様の足が、亜洲超大国兵たちの方へと動き出す信号を脳が発信しているのを察知した。兄様はにっくき敵兵を助けるつもり?』
「そっかぁ。俺はあいつらを助けようとしていたのかぁ」
『兄様? 自分の行動に自覚なし?』
梓の特上のメゾソプラノが俺が無自覚に取ろうとしていた行動を責める。
そうだった。俺はいつでもそうだった。元の世界で紅黄陽が公園で同級生のイジメっ子に虐められていたときも、後先考えずに飛び出していた。
その背後で、いつも俺を虐めていた檀寺偉音たちが囃したてていたのを視認していながら……な。
陽を助け逃した後、当然、俺は檀寺偉音たちにボコボコにされたのだった。
「今回は人喰いインベーダーか……ふん、上等だ!」
俺は、滑走路の海側の端っこ目指して駆け出す。
『兄様ダメ! 前進命令は出ていない!』
梓が叫ぶ。だが俺は止まらない。
『04、聞こえるか04! 待機だ! 命令だ待機しろ!』
「団長閣下! 我が国はハーグ陸戦協定の批准国でありましょうか!」
それが俺の応えだった。
『くッ! 貴様覚えてろ! 銃殺のほうがマシだと思えるような目にあわせてやる』
おっそろしい団長閣下の怨嗟のセリフがヘッドフォンから聞こえてくる。
『おや、おやぁ! ついさっきまで戦闘童貞だったガキがイキがって先駆けしたぞ! ルムルーモ、剥けたてのガキに遅れをとるなッ!』
『『『『『『『おおおおおおおおおおッッッッッ!』』』』』』』
ああ、やっぱり、鳳翔さんはそんなふうに俺(竜洞生徒)を見てたんだな。
そりゃもっともだ。
『兄様、走るよりもローラー走行が速い。軽く跳んで! 着地したらそのまましゃがんで!』
梓の声に軽く跳び上がる。
と、足の裏からジャキンと何かが飛び出した。
着地と同時にしゃがみ込む。
キュイイイイイイイイイイイイイイン!
という、何かが回転する音とともに、俺と梓を乗せたロボットは、滑走路上を疾走していた。
『現在最高速にて走行中。76秒後に目標に到達。その14秒後にアンノウン降着。捕虜の拘束を解いて退避させる時間はほぼ皆無。後続するルムルーモ及び特異作戦群の車両に収容させる。その際、ルムルーモ及び特異作戦群の兵士に10%程度の損失が予想される。それは、この行動を始めた兄様の責任。それを理解しておいて。兄様が敵兵に情けをかけた結果、竜洞家のメイドの誰かがこの世から消えるかもしれない』
しまった! そこまで考えてなかった。
「な、なんて……」
なんてことを俺はしてしまった!
俺の安っぽいヒューマニズムのせいで鳳翔さんや暁さん、印南さん伊香鎚さん、掛布さん、朝霧さん野分さん、そして長門教官の命が危険にさらされるってのか! しかも、さっき長門教官に聞かされたばっかりの悍ましい死に方をするっていうのか!
「っそ! 梓! 何か回避する方法は!」
『ここで前進を止めることしか無い』
「わかった梓、停止!」
ガキイイイン!
踵からなにか杭のようなものが発射されたのか、俺のロボは急停止してその勢いでくるりと後ろを向いた。
ものすごい勢いで、長門教官や鳳翔さんたちが乗る軍用車両が迫ってくる。
「梓、あの車両のエンジンを撃ったら乗ってる人に怪我させるか?」
『否定。あの車両のエンジンブロックはとても頑丈。零式装甲歩兵小銃の30ミリ徹甲弾でも貫通して運転席に損害を与えることは不可能。エンジンの機能を停止させるのが関の山』
「わかった」
俺はライフルを構え、長門教官の車に銃口を向ける。
『04! 何をする! 故意のフレンドリーファイアは銃殺だぞ』
緑の照準環がヘルメットのバイザーに現れる。照準環の中央の十字を車のフロントグリルに合わせるように狙いを定める。
「撃て!」
自分に命令を下し、人差し指を引き絞る。
ドムッ!
くぐもった発射音と反動がロボを揺らす。
『04! クッ! 貴様ッ! 総員下車! 下車しろ! 04は抗命どころではない発狂した!』
長門団長閣下が乗った車からバラバラと兵士が飛び降りてコロコロと転がり回りながら着地してゆく。
『フム、流石は特異作戦群。特殊部隊の中の特殊部隊。完璧な五接地転回法』
「梓、鳳翔さんたちもあれができるのか?」
『肯定、長門たちよりも鮮やかで美しくキメる』
「ならば更にヨシ、だ」
俺は零式装甲歩兵小銃の口径三〇ミリの照準を鳳翔さんたちの乗る車両のフロントグリルに合わせるのだった。
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