100 戦闘開始5分前、俺はなぜだか俺にピッタリとフィットするパイロットスーツに着替えた
格納庫に駆け込んだ俺を待っていたのは、整備員のお姉さん方の爽やかすぎる笑顔だった。
「整備は完璧っス!」
「敵の攻撃以外で動作不良になるなんてありえないから!」
「たのんだぜ!」
「ぶっとばせ!」
俺に気がついた整備員の皆さんが口々に俺を激励してくれているが、なんかテンションがおかしい。
「ああ、こりゃ、高揚剤キメてますねぇ。配布されたんですねぇ。大昔はヒロポンとかでしたけどね、今は、副作用も依存性もないいいやつがあるんですよ」
「高揚剤って……」
一瞬頭に血が上りかけた。高揚剤ってのは、要するに覚せい剤のことだからだ。
「そうですか……、仕方ないですね」
ため息混じりにつぶやく。
「ええ、仕方ありません。戦争ですから」
目の前にある凄惨な事実にまっとうに向き合ってしまったら、心が折れてしまう。折れてしまったらもう、与えられた任務を全うすることができなくなってしまう。
元の世界でも、前の大戦中は連合軍枢軸軍供に航空機搭乗員や潜水艦乗員を中心に配布され士気の維持や疲労回復に大活躍している。日本でも戦時中には疲労がポンと飛ぶ錠剤が一般販売されていた。
現在でも年中戦争している米軍なんかでは公然と使用されているし、昭和に起きた航空機事故で救助活動に携わった陸自隊員に配布されたなんて都市伝説も流布していた。
「兄様……」
落ち込みかけた俺の気持ちを釣り上げてくれたのは、梓の可憐な声だった。その口調がせっかくの愛らしい声を台無しにしているのだが。
梓の声がした方へと視線を向ける。
「……兄様」
俺は思わず目を瞠る。
そこには梓がモジモジと佇んでいた。
その体には全身タイツのようなラバースーツのようなものがピッタリと貼り付いている。
機能性なんてのは実はお題目で、少女特有の丸みを帯びたボディラインを際立たることを主な目的においたようなデザイン及び材質だ。
それはまさに、平成末期に大ヒットした新世紀なアニメのヒロインたちがロボットに乗り込むときのコスチュームみたいだった。
「梓……おま、なんて……」
エロいかっこしてんだ。という言葉を飲み込んで俺は前かがみになる。
仕方ないじゃないか、俺は健康な人類のオスだ。しかも、生命の危機にさらされている。
至って自然な反応だ。たとえそれがいもうとだとしても、だ。
「む、ふ、ふ、ふ……兄様、梓に反応している」
「当たり前だ! 梓みたいな可愛い子にそんなエロいかっこされたら、くたばりかけのジジイだってこうなるわ!」
「む、兄様が梓のことを可愛いと言った! ついに兄様は梓の魅力に陥落した」
フンスと薄い胸を張る梓の背後から陸奥中佐と白衣を着た女性将校が現れる。
「竜洞生徒、また搭乗してもらえますか?」
陸奥中佐がさっきまでの高圧的な態度とは打って変わってしおらしく尋ねてきた。
どうやら、人にものを頼む態度というのを学んだらしい。
「兄様、梓にはもう乗ってくれない?」
梓もまたすがりつくような瞳で俺を見つめる。
いやいや、選択肢が存在しない問いは反則だろう。
この問いに対する答えは是しかないのだから。
俺がロボットに乗らなきゃ、きっと大惨事になるのだろう? だったら俺に選択権はない。
が、俺はここで少しだけ勿体をつけることにした。
「はあ、わかりました。ただし、これからは隠し事なしってことでお願いします」
「了解しました。よろしくお願いします」
と、陸奥中佐が深々と頭を下げる。
『アンノウン落着まで後5分! IELFHM戦要員以外は退避壕へ! IELFHM戦要員以外は退避壕へ!』
「では、竜洞生徒、こちらへ」
白衣を着た将校が俺を手招く。
怪訝な表情を見せた俺にその人はハッとして自己紹介をする。
「あ、も、申し遅れました。私、技術大尉の明石と申します。技研から零式の実用試験のため派遣されてきました」
「はい、よろしくお願いします竜洞辰哉です。……で、どこへ? こいつにのるんじゃないんですか?」
俺の問いに答えたのは陸奥中佐だった。
「敵の落着までまだ少しだけ時間がありますので、竜洞生徒には搭乗員服を着用していただきます」
げ、搭乗員服って、俺も梓みたいなの着るのかよ。あんなの着るくらいならロボに乗るのは断固拒否るぞ! ああいうのは美少女が着るからいいんだ。野郎の全身タイツなんてギャグにしかならねえ。
そんなオレの心の動揺を読んだのか、陸奥中佐が微笑む。
「竜洞生徒の搭乗員服は、飛行服に準拠した作りですから」
飛行服って言うとあれか、パイロットスーツか。あれなら、かっこいいの範疇だからいいだろう。
「兄様、梓はコックピットで待っている。早く来て」
梓が弾むようにラッタルを駆け上がってゆく。
(まるでリスだな)
俺は、感心しながらコックピットに飛び込む梓を横目に、陸奥中佐と明石大尉に連れられて、ドアをくぐる。
「就く任務に寄って最適な服装があり、操縦職種の服装は狭いスペースで機体の能力を完全に発揮するために引っかかりが少ないデザインになっているのです」
陸奥中佐の講義を拝聴しながら俺が案内されたのはロッカールームだった。
「こちらに搭乗員服が一式あります。サイズはピッタリのはずですよ」
中佐が、部屋の一番奥のロッカーを開け放つ。
そこには、濃緑色のツナギ状の服と、ブーツ、手袋が鎮座していた。
「では、着替えが終わったら零式のところへお願いします。後のことは太刀浦生徒が把握しています。私たちはオペレーションルームに参ります」
オペレーションルーム……ああ、あの移動式管制塔とかいうやつのことか。
「了解です。着替えたらロボットのところですね」
俺は、ツナギを手に取りながら、ロッカールームから出てゆく陸奥中佐と明石大尉を見送った。
「へえ……、いつの間に俺のサイズを調べてこんなの用意したんだ?」
濃緑色のツナギのファスナーをきっちりと上まで上げ、体を捻じって違和感を確かめるが、全くひっかかりがない。
陸奥中佐が言ったとおり、搭乗員服はまるで誂えたように俺の体にフィットしていたのだった。
いや、誂えてあったのかもしれない。
あのロボットは『竜洞生徒』がパイロットとして乗ることが大前提だったに違いないからだ。
それは、梓が「兄様以外をあの場所に容れたくないのッ!」と、公衆の面前で叫んだことからも明らかだ。
零式白兵戦闘機が『竜洞生徒』の専用機だと言うなら、その搭乗員服も『竜洞生徒』専用のものを用意するだろう。それが自然だ。
ロッカーにあったツナギ服とブーツを身に着けて、ロッカールームを後にする。
手袋ははめていない。なぜなら、このあとコックピットで、ヘルメットを被るに違いないからだ。留め金を留めるときに手袋をしたままじゃうまくできないからな。
『アンノウン落着まで3分、対IELFHM戦用意! 白戦機搭乗員は速やかに所定の位置へ! 繰り返す対IELFHM戦用意!』
おいおい白戦機搭乗員て俺のことだよな。所定の位置なんて聞いてないぞ。
ああ、なるほど。このアナウンス、きっと予め用意された台本をそのまま読んでるだけなんだ。
こちらの準備が万端に整った体で作成された台本がいくつかあって、それをそのまま読んでいるだけなんだろう。もしかしたら、録音かもしれない。
「やあ、竜洞くん操縦服が似合ってるんだな。ベテラン搭乗員の風格がただよってるんだなぁ」
ロボットの足元に着いた俺を太刀浦の耳障りな声が出迎える。
ベテラン搭乗員だなんて持ち上げ過ぎだ。
ついさっき初めて乗ったばかりだ。
まあ、元の世界の松雪曰く一日の実戦は訓練の3ヶ月に相当するそうだ。
さっきの戦闘で5分乗ったとして単純に30倍すると150分訓練を受けたことになる。
それにしても、ベテラン搭乗員といわれるには全く足りていない。
「持ち上げ過ぎだ太刀浦」
「かかかッ! 搭乗員をリラックスさせるのも機付きの務めなんだな」
「ああ、ありがとうな太刀浦」
「どういたしましてなんだな、竜洞くん」
太刀浦に礼を言いながら、ラッタルの手すりに手をかける。
「竜洞!」
と、俺を呼ぶ声に振り向く。
(おおッ! かっけええええッ!)
そこには、これぞまさに装甲強化服といったSFチックな鎧を纏った長門教官殿と、朝霧中尉に野分軍曹ら特殊部隊の方々がさっきのグレネードマシンガンなんかよりもカッコよくて強そうな銃を携えて現れたのだった。
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