99 閲兵なんていう偉い人がすることを俺がするなんて元の世界の俺からは想像すらできなかった
「ん? あの毛布……」
どこかで見たような濃い緑色の毛布に包まれた梓が、陸奥中佐と白衣を着た将校、そして、陸奥中佐の部下たちに何処かへと連れて行かれ、俺は整備のお姉さん兵士たちに格納庫から追い出された。
ロボットの周りに集まっていた人々はとっくに解散して、それぞれの持場に戻っていった。
長門教官と特殊部隊の朝霧さんたちも、陸軍の駐屯地に戻っていった。
「これから、高圧洗浄するんで」
「こっからは整備員の仕事っス。搭乗員がやれることはないっスからね」
「そうなんだな、竜洞くんは少し、外の空気を吸ってくるんだな」
俺より少しだけ歳上な感じのお姉さんたちに太刀浦まで加わって、俺は格納庫から追い立てられたのだった。
そりゃあそうか、確かに俺がやれることはなにもない。高圧洗浄も確かにだ。あのロボットの足の裏には何人もの潰れた敵兵が貼り付いているんだからな。
「うえええっ!」
「うぶぶっ!」
格納庫から聞こえてきた嘔吐の音を背に、俺はいろんな残骸やら、血痕やらが残る滑走路をトボトボと歩く。
整備兵のお姉さんたちに申し訳ない気持ちで、胸が苦しい。
「だらしないねぇ」
「仕方ないですよ准尉。あの子達はついさっきまで戦闘処女だったんですから」
「だぁねぇ、准尉みたいにぃ半長靴を敵兵のハラワタで磨くなんて肝が座ったことはまだまだ無理だろうねぇ」
「ちょ、少佐! 自分はそんなことしたことありません!」
「おやおやぁ、そうだったかぁねぇ」
「どこぞの鬼将軍と一緒にせんでください」
俺の半歩後に鳳翔さんと常磐さん、暁さんがおっかないことを言いながら付き従っている。
そして、さらに後に伊香鎚さん印南さん掛布さんと続いている。
(『パット○戦車軍団』こっちでも作られてたんだ)
殺した敵兵のハラワタを引きずり出して戦車のキャタピラを洗うのに使えって言ってた第二次大戦中のアメリカの将軍の奮闘を描いた映画を思い出す。もちろんその映画も元の世界の松雪に見せてもらったやつだ。
(鳳翔さんたちあれに乗って飛んできたのか……オスプレイっていったっけ?)
元の世界では何かと物議を醸していたヘリコプターとレシプロ飛行機をミックスしたようなのが4機滑走路の真ん中あたりに着陸していた。
「あれは……オスプレイ……?」
「似てはおりますが、我が国独自開発の18式垂直離着陸大型輸送機です。米軍のオスプレイよりも搭載量、速度、航続距離ともに大幅にマシマシになっております。お忘れでしょうから申し上げておきますと、アレは訓練時以外はウチの地下格納庫にあるんですよ。オスプレイを魔改造したと思っていただいても構いません。我が民族の特性ですね、真似てオリジナルを凌駕するものを作り上げてしまうのは」
「ち、地下格納庫? 魔改造?」
魔改造なんて言葉こっちにもあったったのか!
素直にたまげた。あのお屋敷の地下にそんな秘密基地があったなんて。
「ははは、そういえば、記憶喪失になられてからは地下兵営においでになることはございませんでしたねぇ」
鳳翔さんが笑いながら『竜洞生徒』なら知っていたことを暗に伝えてくれる。
「ってことは、皆さんが持ってる武器やらも、お屋敷の地下兵営にあるってことですか?」
「はい、他に地下兵営には、UH-1多用途ヘリ、高機動車、その他重火器や戦車を除く大概の装備はございますねぇ。前ご当主(お父上)様がご存命の頃から、こういうときのために備えていたのです」」
「そうなんですか……って、法律的にはどうなんですか? 武器の個人所有って認められてるんですか?」
元の世界では、武器の個人所有は認められいなかった。
大砲やマシンガンはおろか、拳銃だって競技用のものしか許可を受けたごく一部の人しか所持できないし、ライフルや散弾銃だって競技用や狩猟用のものしか認められていなかった。
「我が国では、平安の世から、貴族には平時に私兵を養い、有事には国に供出するという伝統があるのです。まあぁ、今や有名無実で、そんなことをやっているのは我が竜洞家以外にはございませんがぁ……」
鳳翔さんがニッコリと破顔する。
おいおい、そんなことしてたら金がいくらあっても足りないぞ。
「坊っちゃん、閲兵してくださいませ」
「えっぺい……ですか?」
「はい」
竜洞家のお金の心配をしていた俺に鳳翔さんがおかしな提案をしてきたので、俺は首を傾げる。
閲兵と言ったら、将軍やら首相やらの雲上人が、兵隊を並ばせて、その前を偉そうに歩くというイメージだ。高校生ごときがやっていいもんじゃないだろう。皇族なら高校生でもアリだとは思うが。
「俺じゃあ役不足じゃないですか? この基地でしたら橘提督とか……」
「いえいえ、坊っちゃんに是非」
「坊っちゃん、ルムルーモは坊っちゃんとお嬢様を助けるためにアレに詰め込まれてきたんですぜ」
常盤さんが手の平で指し示したのは、敵が乗ってきた輸送機の直ぐ側に鎮座していたコンクリートの塊みたいなものだった。
「あれは……トーチカですか?」
「さすがは坊ちゃま、正解でございます。正確には、試製20式強襲降下機材と申します」
「降下機材……って、トーチカに人乗せてパラシュートで落っことしたんですか?」
「おしいっ! あれに人乗せてパラシュートまでは正解だね、坊っちゃん」
「兵員が搭乗した機材を輸送機から低高度落下傘抽出方式で投下したのでございます。今回のような速度重視の作戦にはうってつけの機材です」
「今回は、ティルトローター機から降下しました」
暁さんがトーチカから少し離れたところに着陸しているティルトローター機? 元の世界のオスプレイと呼ばれていた飛行機に似たものを手のひらで差す。さっき、18式垂直離着陸大型輸送機っていってたやつだ。
「なんて、乱暴な……万が一ひっくり返ったら……」
俺は開いた口が塞がらなかった。
「まあ、その時はその時でございます。しかし、これまでの訓練ではひっくり返ったことは一度もございません」
「そうなんですか……」
そうこうしているうちに、鳳翔さんたちが乗ってきたという投下式トーチカに近づいてきた。
その前には、斑模様の迷彩服に身を包み、完全武装した竜洞家のメイドさんたち……一クラス分くらいだろうか……が整列している。彼女たちが体の横で立てているライフル銃には銃剣がついている。
(ほぼ全員じゃないか……屋敷に残ってるのは4~5人ってところか……)
そして、列の横にはスパイナーとアルジェンテがちゃっかりとおすわりをしていた。
「きをつけーッ!」
号令をかけたのは普段は執事服に身を包んでいる人だ。たしか、川内さんっていったはずだ。
「ささぁーげぇー、つつッ!」
俺が、隊列の前に立つと、一糸乱れぬ動作で、竜洞家のメイドさんたちが銃を捧げ持つ。
ぱぁぱっぱっぱらぱぁ~! ぱぁぱっぱっぱらぱぁ~! ぱぁぱっぱっぱらぱぁ~!
同時にラッパの音が鳴り響いた。
(すげえ、ってか、こっちが本業なんだもんな当たり前か)
「坊っちゃん、答礼です、答礼」
「わ、あ、はい!」
メイド隊の捧げ銃に見とれていると後から鳳翔さんに敬礼を催促される。
(そ、そうだった。捧げ銃って、鉄砲を持った敬礼だった)
慌てて俺は敬礼をして上半身を回し、隊列の端から端へと答礼する。
この敬礼のしかたはこっちに転生して来たころに小桃と楓から受けた停止間の動作の特訓で教わっていた。心のなかで密かに小桃と楓に感謝する。
「たぁてぇー、つつッ!」
メイド隊の皆さんがライフル銃を下ろし、体の脇にピタリと付ける。
「先導します」
暁さんが俺の前に立ち背筋を伸ばす。
ええと、こっから先は知らないぞ。
「巡閲です。兵の前を暁の先導について歩いてください。できれば一人ひとりに……」
ああ、そうだな。俺と梓を助けにこんな危険極まりないものに乗り込んで駆けつけてくれたんだからな。
(お礼の一言でも……)
そんなことを思いながら、左を向いて一歩踏み出したその時。
ヴォオオオオオオオオオオオオオォッ!
ついさっき鳴り止んだはずの空襲警報が再び辺りの空気を真っ赤に染め上げる。
『空襲警報ッ! 空襲警報ッ! 衛星軌道上から当基地に向けアンノウンが降下しつつあり! 衛星軌道上から当基地にアンノウンが降下しつつあり!』
(なッ! 衛星軌道から降下って!)
間違いなくクレーターもんだろそれ。1メートルくらいのやつでも10メートルくらいのクレーターができるって、ガキの頃行ったプラネタリウムで聞いたことがあるぞ。
(ん? 落下じゃなくて降下って言ったか?)
「坊っちゃん格納庫へ! 走って!」
鳳翔さんが格納庫へと俺を押しやる。
そして、辺りに轟く大声で叫んだ。
「対IELFHM戦用ぉ~意ッ!」
と。
「「「「「了ッ!」」」」」
メイドさんたちが叫び回れ右して投下式トーチカに駆け込んでゆく。
(たいいえるふぁむせん? なんだそりゃ?)
メイドさんたちに鳳翔さんが戦闘準備を命令したってことは、なんらかの敵の来襲があるってことだ。
(それが“いぇるふぁむ”?)
何がなんだかわからん。
が、鳳翔さんは俺に格納庫へと言った。
「坊っちゃん急いで!」
常磐オバサンが俺の手を引く。
「了解!」
なら、格納庫には、俺の求めている答えがあるはずだ。
『中央統合作戦司令部より入電、弾道ミサイル破壊ミサイルによる迎撃失敗。コードレッドを発令コードレッド発令。これは訓練ではない。繰り返すこれは訓練ではない。アンノウン落着まで8分、対IELFHM戦要員以外は退避壕へ! 繰り返す、IELFHM戦要員以外は退避壕へ! これは訓練ではない! これは訓練ではない!』
風雲急を告げるアナウンスが流れる中、俺は格納庫……零式白兵戦闘機へと駆け出す。
(あ、あの毛布、梓を路地裏で拾ったときに包まれてたやつだ)
そのとき俺は、路地裏でロボ梓と初めて会ったときマッパの彼女を包んでいた毛布が、この桜のスタンプつき濃緑色毛布だったことを思い出したのだった。
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