帝国皇太子殿下とデートをするようです 2
「…お待たせしました。」
「行こうか、」
数日ぶりのカイゼル殿下は、シンプルだが形の美しい白のシャツに黒いベスト、黒いスラックスといった、かなりラフな恰好だった。シンプルが故に、殿下の男らしく美しい顔立ちと、鍛えられた体が協調される。
「…今日は軍服ではないのですね」
「デートなんだから当たり前だろう。…君もよく似合っている。贈った髪飾りも使ってくれたんだな。」
「素敵なプレゼントありがとうございました。久しぶりに侍女と町へ出かけて、バレッタに合うお洋服も見繕ったんです。…好きなお洋服を選ぶなんていつぶりか…。」
「…楽しい時間が過ごせたようで良かった。さあ、時間も勿体ないことだから出発しよう。」
「どこへ行かれるのですか?」
「うん、俺もこの国のことはあまり詳しくないからな。視察も兼ねて王立の植物園なんかどうかと思ったんだが。」
「…植物園!幼いころにたまに父が連れて行ってくれて…。久しぶりなので楽しみです。」
「デートに植物園って、まあお二人らしくていいとは思いますけどね。もう少し色気があってもいいんじゃ…あ、いえ。王立でしたら警備もしやすいですしね、素敵だと思います。」
気づけば殿下の横に居たイヴァン様は、殿下にじろりと見つめられて焦ったように早口で話す。
イヴァン様は今日も軍服を着ているが、先日のパーティーの時よりは着崩して見える。
「イヴァン様は軍服なのですか?」
「仕事なのでね。…今日は大人数での護衛は難しいですから、私が殿下の護衛を兼ねてご一緒します。もちろん、エレノア様もお守りしますよ。ご安心ください。」
「何かあれば俺が君を守るから、イヴァンの事は気にしなくていい。」
「…もー、こんなに独占欲が強いだなんて困っちゃいますよね…」
楽しそうに笑うイヴァン様を、殿下は睨みつけている。
「まあいい、さ、乗るといい」
手を出されて気づく。シャツのカフスボタンが先日と形は違うが同じグリーンの石が入っている。
「…ありがとうございます。」
迎えに来た馬車に乗り込むと、殿下は向かい合わせになって座る。
車内は先ほどより少しだけ距離が近く、改めて向かい合わせになると胸が逸った。セレナとイヴァン様は後ろの馬車に乗っているから、ここでは二人きり。カイゼル殿下の薄銀色の瞳に、私が映るのが見える。
「気づいていると思うが、このカフスは君の瞳の色だ。俺は軍服でいることが多いし、宝石を身に着ける習慣がない。それに、ここに身に着けると、君が一番に見つけるだろう」
ここ、と言いながらカフスを指さす。
「とてもきれいな石ですね。…お似合いだと思います。」
「…俺には君の瞳のほうが随分美しく見えるが。」
次々に降り注がれる甘い言葉に、目の前がくらくらする。
「あまり揶揄わないでください…!」
「今日は表情豊かだな。―――エレノア、と呼んでも?」
ドキリとした。先ほどまで柔らかい雰囲気を纏っていたのに、急に真剣な顔をする。
「…お好きになさってください…。」
「では、エレノア。お願いがある。殿下は辞めてくれないか。デート感がないだろう?」
「……カイゼル…様?」
「今はまだそれでいい。殿下よりは随分マシだ。」
クス、と笑って頬をなでる。頬が熱を持つのが分かる。なんだか今日は心臓が持たない気がする…。
「植物園には、家族で行ったのか?幼いころ、行ったことがあると言っていただろう。」
「ああ…そうですね、その時は、父と二人でした。婚約が成立する前にご挨拶で登城した後、兄は馬の練習があったし、妹はせっかく町に出るのだからと母と店を見に行きたいと言って。」
父と私は手持ち無沙汰で二人で植物園に行ったのだ。
「父はあまり喋らない人なので、特に会話はなかったのですけれど…でも、私はいつも家庭教師と勉強ばかりで時間もなかったので、とても楽しかったのを覚えています。」
「…そうか…。」
「その時は何の用意もなかったので、一通り回って帰ったんですが…。芝生のエリアがあって、そこで休憩できるそうですね。今日はそこでピクニックにしますか?」
ピクニックと聞いて張りきったセレナが、料理長に頼んでおいしそうなサンドイッチを作ってくれたのだ。今までのんびりそんなことをしている時間がなかったので、私もこっそり楽しみにしている。
「そうだな、そうしよう。」
ふわりと笑ったカイゼル様の顔に、再び胸が高鳴った。
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「着いたようだな」
「なんだか、あっという間でしたね。」
「そんな残念そうな顔をするな。今日は一日デートだ。いくらでも話せるだろう?」
「そ、そういう意味ではなくてですね…!」
揶揄われているのはわかっているが、二人きりの空間に名残惜しさを感じたのは事実だった。
私の要望をきちんと聞いてくれるし、何を話していても優しい目で話を聞いてくれる。ルイ王子には感じたことのない胸の逸りは、きっと私が彼に惹かれ始めているということなのだろう。
認めるのは簡単だけれど、彼は帝国の皇太子だ。…エスメラルダの王妃になるよりずっと、求められることは多いだろう。やはり簡単に決められることではない。
「前触れは出しておきましたから、ほぼ貸し切りです。…存分にお二人でいちゃ…ご覧になってください。」
何かを言いかけて辞めたイヴァン様を、カイゼル様がじろりと睨む。
「エレノア様、寒くはないですか?」
「大丈夫よ。ありがとう。」
春らしくなってきたとはいえ、まだ少し肌寒い気温かもしれない。今のところ顔が火照っているのであまり感じない。
「では、早速行こうか。」
カイゼル様の肘がこちらに向けられて、「腕を組め」という意味に気づく。
先日の舞踏会で腕を組んだはずなのに、緊張してしまう。
「ここの温室は、王城の庭師の方も管理に携わっているんです。」
「なるほど。手が行き届いているわけだ。」
温室で咲いている色とりどりの花々。どれもしっかり手入れしてあり、花も葉もピンとしている。
「…温室もバラ園も、美しくて素晴らしいのですが…ここへは貴族しか来られないのは、少し寂しいですね。」
「そうか…。帝国では美術館や博物館、もちろん植物園も貴族・平民に関わらずすべての民に解放しているんだ。」
「そうなのですか?…それは、素晴らしいことです。…この国ではなかなか、そういった話は進んでいないのです。」
そうなればいいと思ったことはあるけれど、私の立場では何も変えることはできなかった。
「そもそも王立、とするからには、民の税金で運営を賄っているわけだ。平民であろうと貴族であろうと、国民が学ぶことを妨げることは許されないからな。」
そう呟くカイゼル様の瞳は、キラリと光っている。
「民を思うそのお気持ちは、十分伝わると思います。」
「――とまあ、これは父の受け売りだ。父も先代から受け継いでいる。ちょっと君の前では格好つけてしまったようだ。」
「ふふ、そんなことありません。」
「それにしても見事だ。随分腕のいい庭師なんだろうな。確かに王城の中庭も美しかった。」
「私も少しだけお話したことがありますが、植物のことを本当によくご存じで、愛情を持って手入れされていました。」
「エレノアが褒めるのだから、相当なのだろうな。」
「わあ、素敵ですね」
「見事だな」
奥へ進んだ先にあるバラ園は、見事なバラのアーケードが並んでいた。
「このバラは、エスメラルダ原産なんです」
深い緑のバラ。美しくはあるが、花としては色味がない等とあまり人気はないのだが、私は好きだった。初めてここへ父と来た時に父から教わった記憶がある。
花の近くに顔を寄せると、さわやかな甘い香りが鼻をくすぐる。
「美しいな」
「え?」
「あ、いや…バラ、そのバラだ。」
「カイゼル様もお好きですか?…ただ、あまり人気がないんです。エスメラルダ原産で美しいのですが…赤やピンク、ブルーのバラと比べると、少し見劣りするって。」
「…そんなことはないさ。華やかさも時には必要かもしれないが、俺には控え目だが美しい花に見える。俺は好きだな」
じっと見つめられて、下ろしていた髪の毛に触れられる。
「…あ、えっと…そ、そうですね。私も、す、好きです…」
バラの話をしていたはずなのに、触れられたのは髪だけなのに、なぜか顔が熱くなった。
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