帝国皇太子殿下とデートをするようです 1
翌朝、ほどよい疲れを感じながらも、食後のお茶の時間に兄が部屋を訪ねてきた。
「お兄様は、しばらくいらっしゃるの?」
「ああ、予定では二か月ほど滞在する事になってる。カイゼル殿下もそれくらいは滞在するそうだから、その間にゆっくり考えるといいさ。」
たったの二か月。全然ゆっくり考える時間などない。
紅茶のカップに、ぷかぷかと浮いたレモンのスライスを眺める。
昨夜の舞踏会の後、殿下が家まで馬車で送ってくれて、それから…。
「それではまた、改めてデートに誘おう。」
殿下の唇が触れた手の甲は、一夜が明けてもまだ熱を帯びているような気がする。
「まるで夢を見ていたみたいだったわ。」
「夢で終わるもんか。…その内すぐに誘いの手紙も来るだろう。」
面白がっているのか、兄は楽しそうに笑っている。
「お兄様は、まだ婚約なさらないの?」
「…まだいい。俺は学ばなければならないことが多いからな。思いつく相手もいない。」
「そう。…素敵な方が、お兄様と結ばれるといいわね…。」
今までこんなことを思ってもみなかった。私たにとっての結婚は、政略が当たり前だったから。
「俺も安らぎとやら?求めてみるか?」
「…ふふ、安らぐのはいいけれど、お兄様の面倒を見ていただけるしっかりした女性でなくてはね。」
揶揄うように言うと、兄は肩をすくめた。
兄の言った通り、午後にはカイゼル殿下からの手紙が届いた。光沢が華やかなリボンのバレッタとともに。
「また素敵な銀糸ですね…。先日のドレスと同じ素材かしら?エレノア様の御髪によくお似合いだと思います…!これ、デートにつけて来てほしいってことですよね!」
セレナはひどく興奮しているようだった。
「…明後日にピクニックでもどうか、とあるわ。少し動きやすい服がいいと思うのだけれど…持っていたかしら?」
「そうですね…新しく仕立てるには時間がありませんし…。既製品でもよろしければ町に出ても良いですね!最近ドレスも作ってませんし、久しぶりにお買い物に出かけられるのはどうでしょう?」
うきうきした様子のセレナに提案され、そういえば長らく自分の服を新調していない事に気づいた。
友人もいないので、お茶会に出かけることもないし、ルイ王子とのお茶会の頻度も多くはなかった。そもそも新しい服を仕立てる必要がなかったのだ。
舞踏会があれば、ルイ殿下からドレスが贈られていたし、それを着る以外の選択肢もなかった。
「…そうね、あまり似合わない服も多いから、思い切って新調しようかしら。取り急ぎ数着、既製品でいいわ。王城に行くことも減っているし、カイゼル殿下から頂いたドレスもあるわ。畏まったドレスはまたの機会に作りましょう。」
承知しました!と元気な声で返事をしたセレナは、すぐに出かける準備を始めますといったん部屋を出てしまった。
「…。せっかくだから、このバレッタに相応しいものを選びたいわね…。」
********
「さー、まずはどの店にしましょうか!王道でマダム・レピアにしますか?若いご令嬢に今人気のプレオールもおススメです!」
「…あまり詳しくないからセレナに任せるわ。…でも、服を買うのにこんなにちゃんとお化粧やら髪やらしなくてもよかったのに。」
町について馬車を降りれば、やる気に満ちたセレナに圧倒される。せっかく町に出るのだから、と気合を入れて準備してもらい、何やら気恥ずかしい。
「何をおっしゃいます!せっかくお洋服を買うのに、おしゃれもしませんと! 気分転換にもなりますからね。それではせっかくですし、流行の型でも見に行きましょうか。」
自分のことではないのに生き生きしているセレナを見ると、ほほえましい。昔から私を着飾りたいと言っていたけれど、本当だったのだと思う。
「今日は何をお探しですか?」
きらきらとした華やかな店内のまぶしさに目が細まってしまう。
「畏まった場所ではなくて、もう少し軽めの、動きやすく上質なドレスを探しています。お嬢様によくお似合いの色をいくつか見せていただきたいのと、流行を取り入れたものも見たいですね。…すぐに何着か必要なので、既製品を見たいのですが…。」
セレナはてきぱきと受けt応えする。
「承知いたしましたわ。こちらなんかいかがかしら。」
私を置いて店員とセレナは盛り上がってしまっている。お嬢様には何々色が…とか、骨格的にこちらの形も…とか、正直私にはわからない。
「…これ…」
そんなときにふと目に入ったドレス。流行かどうかはわからないが、畏まった形でもないし、明るいグリーンのレース生地に、黒いサテン生地がアクセントとなっている。腰にもリボンを巻きつける形になっていて、前でも後ろでも結べるようだ。上品で、あのバレッタにもよく似合うかもしれない。
「いいですね!お嬢様、着てみませんか!」
いつの間に後ろで見ていたのか、セレナが満面の笑みで試着を勧めた。
「え、ええ…。」
「…っ!とてもよくお似合いです!お嬢様!…これ、すごく仕立てが良いですね、着心地はどうですか?」
「とても良いわ。…外で着ても動きやすそう。」
「それなら、丈なんかもお直ししなくても着こなしていただけそうですわ。…その感じがお好みなら…」
先ほどまで置いてあったドレスの候補の上にどんどん新しいものが積まれていく。
「セレナ、あまり無駄遣いにならないように、これともう2着くらいでいいから…。」
「かしこまりました!」
気が付けば、あれも、これも、と店員とセレナの言われるがままに何着も着ることとなり、少し疲れが出てしまった。
「…すみません、お嬢様のことを考えずに…。」
馬車の向かいに座ったセレナは、見てわかるほどしょんぼりしている。
「…気にしないで。楽しく選んでくれてうれしい。私も好みものが見つかったし、良かったわ。」
「…!ありがとうございます…。今日は料理長に甘めのデザートを用意してもらいますね!疲れた時は甘いものです!」
「ありがとう。」
私が選んだ一着と、セレナが選んでくれて合計三着を買って帰ることにした。しばらくはこれで過ごせる。カイゼル殿下は、何か言ってくれるかしら。
********
「セレナ、変じゃない?」
「どこも変じゃありませんよ。とってもよくお似合いです。」
殿下と約束の日、セレナに髪を結ってもらい、贈られたバレッタを漬けた。
「エレノア様のお見立て通り、ドレスがバレッタにもよく合いますね。カイゼル殿下とエレノア様のお色で。」
「えっ」
「…え?」
「まさか、ご自覚がなかったのですか?」
「…恥ずかしいわ、そんなつもりなかったのに。…素敵だなと、思って…。」
「そんな!恥ずかしいなんて!…すごくよくお似合いですよ。エレノア様が素敵だと思うお色が、たまたまカイゼル殿下とエレノア様のお色だったなんて、素敵じゃないですか。」
にこにこ微笑みながら、私の腰のリボンを結ぶ。
「…殿下はお気づきになると思う?」
「…それはもう!あんなに熱烈なドレスを贈ってこられた方です!きっとお喜びになりますよ。」
一気に顔に熱が集まる。
「おねえさま、でかけるの?」
廊下ですれ違ったシャーロットに尋ねられた。
「え、ええ。カイゼル殿下と…」
「そう。私もルイ様とお茶会なの。…そのドレス…、いいと、思うわ。おねえさまによく似合ってらっしゃる。おねえさまももっと、お洒落したら良いのよ。…その黒い髪も、落ち着いていて私は嫌いじゃないわ。…もちろん、私のほうが、美しいけれどね!」
妹なりの気遣いなのだろう。少しは大人になってくれたらしい。
「…ありがとう。シャーロットはそのブルーが本当によく似合っているわ。やっぱり、あなたはきれいよ。」
「…そろそろルイ様も来られるし、私は失礼するわ。」
少し照れたように赤くなった頬をふくらました。
王妃になるというのに、あれで大丈夫なのか、と思いながらも、それでもあの天真爛漫さがルイ王子の支えになっているのだろうと思うことにした。




