閑話――副団長のつまみになるお話――
「いやはや、ようやく殿下の悲願が達成されそうで良かったよ。」
「…まさか殿下が妹に十年以上片思いを拗らせているとは思いませんでした。」
ダンスを終えてテラスへ移動した二人を見て、使節団副団長――イヴァン・ノクスはシャンパンを片手にほくそ笑んだ。
「俺は殿下と長い付き合いでね。子供の頃俺もこの国に殿下の付き添いで来ていたんだ。少し目を離した隙に居なくなってしまってね。…皇太子なんか嫌だってゴネてた頃だったから―――。逃げ出したんだろう。しばらくしてけろっと戻ってきて、何を言うかと思えば急に帝王学を学びなおすとか言うわけ。詳しく聞いたら、エレノア嬢との出会いを語られてねぇ。」
「今思えばかわいそうな事をしました。…この国では女性は家に従うしかない。とはいえ、エレノアも無理をしていたんだろうと思います。シャーロットは変わりに…天真爛漫に育ってしまったし。」
「ルチアーノのせいではないさ。…貴族たちの考え方…果てはエスメラルダ国のあり方に少々問題があるのかもしれないな。」
帝国もかつてはそうだったと聞く。五十年以上前の女王陛下が「女性が活躍する国こそ輝く」と当時の騎士団や文官に優秀な女性を起用した。それまでは女性は貴族の繁栄のために家のために存在していた。今でも古い貴族や年寄りたちの中にはその考えが根付いている者も多い。
「…。帝国に留学できて、自分が信じていた常識は常識ではなかったこどに気づきました。俺が将来ランカスター家を継ぐからには、ちゃんと帝国のあり方を学んで帰りたい。」
「いい心意気だと思うよ。…君が使節団に学生代表とはいえ同行できたのは、君がランカスター家の者だから、ではないよ。殿下は君の学ぶ姿勢をよく褒めていたし、自国とは違う新しい考えを受け入れるのはそう簡単なことではない。君のそういうところがきちんと買われたんだ。」
「…イヴァン様…。」
「褒めても何も出ないからな?」
「いえ、イヴァン様もそんな事が言えるのかと…少しびっくりしました。いつも飄々としてらっしゃるので。」
「……聞こえなかったことにしておこう。ささ、君も飲みたまえよ。今日くらい羽目を外したって大丈夫さ。殿下はどうせ見てもいないし。」
イヴァンはルチアーノのグラスにシャンパンの瓶を傾けた。
「殿下はさあ、今まで婚約者も取らなかったんだ。かたくなにね。多分エレノア嬢が正妃になるのを見届けるつもりだったのかもしれないね。それで彼女が幸せなら、殿下も諦めがつくと思っていたのかもしれない。」
「エレノアが婚約破棄された知らせを受けたとき、カイゼル殿下珍しく動揺してましたね。」
「そうそう。ドレスの贈り物もさあ、あの包装見た?シルバーにグリーンのリボン。あからさますぎて…。エレノア嬢はぜーんぜん気づいてなかったけどね。」
「エレノアは、あまりああいうのに慣れてなくて。…相手の色を纏うことは淑女として知ってはいるけど、自分の色を纏ってもらうことには無頓着なんですよね。」
「カイゼル殿下のカフス見て動揺してたもんね。…あれも熱烈だよなあ…。パッと見そうは見えなくても、エレノア嬢にはしっかりわかる部分に彼女の色を入れてるんだもん。執着すごい。」
「ダンスの練習にはちょっと、びっくりしましたね。」
「やらされてたね~。俺じゃあちょっと身長が高すぎるって、練習台にならされてたね。今までダンスの練習なんてしたことなかったのに。」
王にダンスなんて必要ないって言っていたのに、エレノア嬢とダンスを踊るかもしれない、と、殿下がルチアーノに練習を申し込んでいた事を思い出して笑ってしまう。
「あの本も…。エレノアは喜んでましたが。」
「あれねえ。帝国では子供向けなんだよね。指摘したらさ、『彼女には、こんな風に冒険に憧れる少女時代がなかっただろう』って真面目な顔して言うんだよ。どんだけ拗らせてるんだろうね。」
シャンパンを飲み干す。
もう少し、と思って酒瓶を傾けたが、空になってしまったようだ。
「エレノアは、カイゼル殿下を選ぶでしょうか…。」
「どうだろうね。」
まあ、選ばなかったとしても、選ぶまで求婚するのが殿下のやり方だからなあ。
…これだけ長い間拗らせた「初恋」を、殿下がそう簡単に諦めるとも思えない。
国王陛下にも根回し済み、彼女が殿下の手を取れば明日にでも帝国に連れて帰る手はずはすんでいる。ここまで準備しておいて、おいそれと身を引くわけがないだろう。
言いかけたが、妹の幸せを祈っている、誠実で真面目な兄の顔をしたルチアーノに聞かせるのはいささか酷だろうと、続きをひっこめたイヴァンであった―――。
「まあ何にせよ、しばらくは美味い酒が飲めそうでよかったよ。」
長い間付き添っている主の初恋の行く末を、最後まで見届けてやろう。




