妹を選んだ王子は私には必要ないようです
「さすが、ダンスも上手いんだな」
「王妃の嗜みだったので…殿下もさすがです」
心地良い。ルイ殿下とのダンスはいつも緊張していて、失敗しないように、恥ずかしくないようにそれだけで、ダンスの楽しさなんて感じたことがなかったような気がする。
不思議と顔がほころぶ。
一曲目が終わったところで、カイゼル殿下に手を引かれ私たちは中央から抜け出す。
「あの、ダンスはもうよろしかったんですか?」
「一曲踊れば充分だ。君がまだ踊りたければ踊るがーー」
「いいえ、私も一曲で充分です。楽しかった…ありがとうございました。」
「いやいや〜ほんとお綺麗でしたよ。殿下との相性バッチリでしたね。殿下も張り切って練習されてましたし、良かったですね、殿下」
「これ以上余計な事を言うなら酒を取り上げるぞ」
「それは困ります。失礼、殿下のことよろしく頼みますね。」
小声で私に向かってそう言ったイヴァン様は、グラスを片手に楽しそうに離れていく。
あまりたくさんの人に見られるのは好きではない、とテラスへ誘われる。
「…イヴァン様はお酒がお好きなのですか?」
「そうだな…奴の夢は世界中の銘酒を飲む事なんだそうだ、」
「ふふ、面白い方ですね。もっと怖い方だと思ってました。」
「イヴァンのことはいい。ーー俺のことは気にならないか?」
パッとカイゼル殿下の顔を見れば、美しい瞳と目が合う。
「あ、いえその…もちろん殿下のことも知りたいと…思っています…。あんな求婚されて気にならない方が不思議といいますか…、」
公衆の面前で改めて求婚されて、意識しないはずがない。ダンスを終えて緊張が解けたのか、顔に火が灯ったように熱くなる。
「顔が赤い、可愛らしいな。」
冷たい指が頬に触れる。
「あ、あの殿下。そ、そういえば!…兄から教えていただいたのですが、本を、お薦めいただいて…」
「ああ、君なら気にいると思ってな。どうだった?」
話している間も、頬に触れた手はそのままだ。
「とても…面白かったです。自分で続きも集めました。…帝国は女性が活躍されていると聞いています。エスメラルダでは女性が主役の物語は、恋愛小説くらいしかなくて。」
「そうだろう。帝国には女性領主もいる。…もちろんエレノア嬢も負けず劣らず聡明だ。君なら帝国でも活躍できるだろう。」
「そんな、勿体無いお言葉です。…でも、私が気にいると思って選んでくださったのですか?」
「もちろん。俺が初めて会った君は、子供心をどこかに置いてきてしまったようだった。俺はあの頃から君が気になっていたんだ。」
カイゼル殿下はやっぱりあの時のーーー。
「子供心、確かに、今日まであの日のことを忘れてしまっていたんです。それだけあの頃、毎日がとても大変で。あの時私に特訓してくださったのは、殿下だったんですね。」
記憶の中の少年は、少し呆れたような、心配したような表情だったのを思い出した。
毎日毎日繰り返し、厳しく行われる王妃教育になんとかついていこうと毎日必死だった。私の役目だったから、こなせば誰かが褒めてくれると思っていた。
「君がしてきた努力は無駄ではない。俺は今まで君ほど美しいカーテシーは見たことがない。王妃教育の厳しさも理解している。…俺もあの頃、なりたくもない王になるために色々やらされていて…逃げ出そうとしていた。…俺より年下の小さい少女が泣きながら『国母になる』って言うもんだから、俺も負けてられないなと思ったわけだ。」
「殿下がそんなことを?」
「俺も人間なんだ。…さ、俺は君を口説き終わったぞ、君はどうしたい?」
カイゼル殿下と話していて気づく。
「殿下はどうして…私の意向を聞いてくださるのですか?婚約なんて、殿下ほどの方なら私の意向など関係なく結ぶことができるでしょう?」
「――君が婚約破棄にあった知らせを聞いた時、正直チャンスだ、と思ってしまったんだ。久しぶりに会えたと思えば、君の横にはあの王子がいた。あの時のことなんて覚えてなかった。そんな君が婚約破棄にあえば、口説きやすくなると…。連れて帰ってしまえばいいとも思った。だがやはり…君が自ら俺を選んでくれる方が、男冥利につくというものだ。俺も君に、選ばれたい。」
熱く熱を孕んだシルバーの瞳に見つめられて、一瞬時が止まってしまったように想えた。会場で拍手の音が聞こえて、ハッとする。
「…カイゼル、殿下。」
「…ん?」
「私は、ずっと今まで王妃になるんだ、と思って頑張ってきて…その…なんというか…王子の婚約者であっても、愛情とか恋慕の気持ちはまるでわからなかったのです。共に国を導く者として、信頼しておりました。私にはそういうものは無縁なのだと…。でも今の、今の何でもない私は、殿下の瞳で見つめられると、今までになく胸がはやります。…だからこそ…もう少しお時間をいただけませんか?」
今、殿下についていければどれだけ幸せなことか。けれど私は今、冷静なのだろうか。ルイ王子に婚約破棄されて、傷ついた上にこんな風に求婚されたら、誰でもドキドキしてしまうのではないかしら。私の気持ちは本当なのか…。
「殿下が真剣にお伝えしてくれた事に、応えたい、のです。私も、自分でしっかりと決めたい、と思っています。」
震えながら放った言葉に、カイゼル殿下は少し驚きながら、口元は弧を描いた。
「十分な答えだ。ありがとう。俺は君に求婚し続けていいってことだな。」
「これ以上は、私の心臓が持ちませんので…」
「ふ、俺の本気がこれくらいだと思ってもらっては困るな。近日中に迎えに上がろう。まずはデートだ。」
ニヤリ、と自信満々に微笑んだ姿に、再びドキリとしたのだった。
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「エレノア、」
体が冷える、とテスラスから室内に戻り、カイゼル殿下は私にとホットワインを取りに行くと仰って、一人壁にもたれかかっていた。聞きなじみのある声に振り向くと、気まずそうにこちらを見るルイ王子が目に入る。
「殿下、ごきげんよう。シャーロットに素敵なドレスをありがとうございます。」
「…。いや、エレノア、本当に君はカイゼル殿下の求婚を受ける気か?」
当のシャーロットは友人のご令嬢と歓談しているようだ。
「殿下、婚約者のお傍を離れるのは、あまりほめられたことではありません。」
「エレノア、僕の質問に答えてほしい。本当にカイゼル殿下と婚約を結ぶ気なのか?」
「…殿下、私はもうあなたの婚約者ではありません。あなたから仰ったことです。確かに側室にとのお話も出ましたが、姉妹で正室と側室の立場に着くなど、常識的ではありません。…私の名前を呼び捨てになさるのは、失礼ですわ。」
「…す、すまない。だが、君は僕に思いを寄せてくれていたと…。」
すっと手が伸びてきたと思えば、腰に手が回った。
「失礼、ルイ殿下。私は一途でね。愛しい女性が他の男性と二人きりで話をしていたら嫉妬に駆られて何をするかわからない。」
片手にワインを持ったカイゼル殿下が、腰にあてた手を引き寄せる。
「カイゼル殿下…し、失礼しました。」
「お二人は長い付き合いでしたね。妹のシャーロット嬢と婚約されたという事は義理の兄妹になるのでしょう。…おかしな噂話が流れてはいけない、婚約者殿と一緒に居たほうがよろしいのでは?」
私を見つめていた瞳とは違う、冷たい瞳で殿下はルイ王子を見つめている。
「そ、そうさせていただきます。」
「ルイ殿下。」
「どうした?エレノア…嬢。」
「私は、あなたのことを確かに想っていました。…でもそれは恋慕の情ではありません。…それだけは、はっきりお伝えしておきます。…此度のカイゼル殿下とのお話は、私の中でしっかり考え、私が決めます。…ルイ殿下は私のことなどお気になさらず、心休まるシャーロットとともに、この国の行く末を案じてくださいませ。」
「あ…ああ。…わかった。」
目の前のルイ王子は少したじろぎ、逃げるように背中を向けてシャーロットの元へと去った。
「エレノア嬢…。ふ、君は本当におもしろいな…。」
「…本当はあの話が出たとき、すごく嫌だったんです。でも何も言えなくて。…すっきりしました。私、私の意志で殿下とのことをしっかり考えたいと思ったんです。今の私に、ルイ殿下は、邪魔ですわ。」
今までずっと、言われるままに王妃教育を受け、言われるままにルイ王子の婚約者になった。それが私の役割だったから。けれど、カイゼル殿下は私に選ばせてくれる。それならば、私も精一杯応えたい。
「妹の補佐として側室に」なんて、もっと怒ってもよかったのかもしれない。あの時その場で断ってやればよかった。
「その意気だ。…さあ、飲むといい。少し落ち着くだろ。」
ふっと微笑んで手元のワインを渡される。その笑みは、幼い頃の記憶に閉じ込めた少年の面影があった。




