皆さんの前で求婚されたようです。
「…いやはや、カイゼル殿下は冗談がお好きで…!」
「私はいたって本気だ。…まあ、決めるのはエレノア嬢だが…。いい返事が頂けると期待している。」
再び殿下が手の甲にキスを落とす。
「か、カイゼル殿下…」
「しかしながら、その…エレノア嬢は先日 息子と婚約を破棄したばかりの身ですので、カイゼル殿下のお相手には役不足でしょう。。…王妃教育を受けているので、息子の側室にとの話も出ておりますし…。」
「帝国では、彼女が望めば正妃として迎える準備をしている。」
カイゼル殿下の瞳が、私を見つめる。
「君が、望めばだ。それに私は、君以外娶る気は無い。」
「熱烈ですねえ…。あ、国王陛下、私、カイゼル殿下につかえております、今回の使節団の副団長を拝命しました、イヴァン・ノクスと申します。発言を許していただけます?…先ほどのお話、聞いておりますといささかエレノア嬢に失礼では?」
「きゅ、急に何かね…。」
「いやね、聞いた話、ルイ殿下はエレノア嬢の妹さんと婚約されたんでしょう?元婚約者を側室に据えるなんて、なかなかクレイジーだ。同じ家から王家につかえるなど、なかなか前例もありませんでしょう。少なくとも我が帝国では聞いたことがありませんね。――我が主は意思が強いので、エレノア嬢の返事を聞くまで求婚し続けますよ。」
「は、まあ、それほどまでにエレノア嬢をと仰るのでしたら、まあ…いたしかた、ありませんでしょうな。」
王の少し後ろに控えていた王妃は眉を顰める。私を側室にとの話は、やはり王妃様のお考えなのだろう。エスメラルダでは王妃教育を終え、政治や国の情勢についての話は理解している王妃でさえ、公の場で意見を言えるような風潮ではない。
「ご承諾ありがとうございます。あとはエレノア様次第ですから。」
イヴァン様は細い眼をさらに細めた。
「イヴァン、勝手なことをするな。」
「はいはい、失礼しました。」
ニヤリと微笑んで傍から離れる。
「だが、イヴァンの言ったことは真実だ。君から返事を貰えるまで、何度だって求婚する。」
「――――…っ。」
強い意志を孕んだ瞳に見つめられて、何も言葉が紡げなくなる。
「父上、私はとてもお似合いのお二人だと思いますよ。」
静まり、止まっていた空気を再び戻したのは、耳心地の良いよく通る声―――エスメラルダ王国、第二王子のシリウス・エスメラルダ様だった。
「シ、シリウス…そうだ、殿下。息子たちを紹介しましょう。ほら、ルイもこちらへ。」
国王に呼ばれ、ルイ王子とシャーロットも近くへ寄る。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。第一王子のルイ・・エスメラルダです。こちらは…ご存じかとは思いますが、婚約者のシャーロット・ランカスター嬢です。」
いつものやわらかな微笑みがほんの少し固い。あれほど自信ありげに『君を側室に』と仰っていたのに、帝国の皇太子の前ではその度胸もないように見えた。シャーロットと並ぶとやはり、私と並ぶよりずっとお似合いで、華がある。
シャーロットがカーテシーを披露する。婚約破棄の件から、少しずつだが練習をしていたらしく、以前のシャーロットと比べると、随分と淑女らしいカーテシーになっている。求婚の件を知っていたとはいえ、周囲の雰囲気に吞まれているのか、顔がこわばっている。
「それから、こちらがもう一人の息子で…――」
「シリウス・エスメラルダと申します。…驚きました。まさか、カイゼル殿下の想い人はエレノア嬢だったなんて…。しかしながら、兄上にはもったいないお方だったのも確か。エスメラルダ王国にとってはとんだ損害ですが、帝国に嫁ぐのでしたら問題ないでしょう。」
ルイ王子と二歳程しか変わらない第二王子のシリウス様。兄と交流があり、兄からよく話は聞いていた。ひどく頭の切れる方だと。穏やかな表情の奥に強い意志を感じる。シルバーがかったブロンドヘアに、コバルトブルーの瞳。ルイ様を太陽とするならば、この方はまるで月のような方だ。
「父上、そろそろ乾杯を始められては? 他の方々が困ってらっしゃる。…シャーロット嬢もエレノア嬢も、今日は大変美しくいらっしゃるから、皆もダンスを楽しみにしていることでしょうし。」
「そ、そうだな。失礼を重ねて申し訳ありません。殿下。それでは、ごゆるりとお楽しみください。」
シリウス殿下の言葉に助けられ、この場を去ることができると安堵した表情の国王は、カイゼル殿下に一礼し、パーティーの開始を告げに行くのだった。
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「あの第二王子、なかなか食わせ物だな。」
「シリウス殿下ですか…。とても賢い方と聞いています。」
「あの空気でよくあんなにベラベラと…。第一王子なんか挨拶でいっぱいいっぱいでしたもんねぇ。あ、ほら、これ。エスメラルダの銘酒のシャンパン! どうぞ。」
「イヴァン様…。ありがとうございます。」
「お前も人の事言えん。属国とは言え、国王の御前だ。…身分をわきまえろ。」
そう半ば呆れたように言いながらも、イヴァン様の持ってきたシャンパンを受け取る。
「殿下とイヴァン様は本当に、信頼しあっていらっしゃるのですね…。」
「よく言われます。我が国の令嬢たちの中には、カイゼル殿下が一向に妃を取らないので、私との仲を疑っている方々もいらっしゃるんですよ。」
「ふふ、仲良しなんですね。」
「……――それはそうと、先ほど王の前で言ったことは真実だ。妃にするなら、俺は君しかいない。返事は、考えておいてくれ。」
「あ、か、かしこまりまし、た!」
「エレノア嬢、声が上ずってますよ。まあ、私としても、エレノア嬢なら安心ですけどね。あ、そろそろダンスじゃないですか?出番ですよ!出番!」
楽団が準備を始め、招待客たちはパートナーと連れだって中央へ集まっている。主賓のカイゼル殿下が踊らないわけにはいかない。これまでの王妃教育で、ダンスも王妃として恥ずかしくない程度に練習してきたからきっと大丈夫。
「―――そうだな、踊らないわけにもいかまい。エレノア嬢、行こうか。」
「よろしくお願いします。」
カイゼル殿下の腕をとり、中央へ向かう。どうしても注目は浴びてしまうが、ルイ殿下との婚約中、彼と踊ることは楽しいとは言えなかった。もし足を踏んでしまったら? ステップを間違えてしまったら? そんな心配ばかりしてしまって、ルイ殿下もきっと楽しめなかっただろう。
シャーロットとルイ王子もダンスを踊るのだろう。シャーロットもやはり緊張はしているようだが、ルイ王子が彼女を見る目は優しい。私といると安らげないというのは、本音だったのだろう。
楽団の演奏が始まる。カイゼル殿下に手を取られ、ステップを踏み始める。
「俺と踊るときは、深く考えなくていい。君がステップを間違えたとしても、俺がうまく誤魔化せる。俺は君と踊ってみたかった。楽しんでくれ。」
「…はい。」
固い表情とは裏腹に、殿下の声は優しく、ステップも私に合わせてくれている。不思議と周りの目も気にならず、間近にある殿下の胸板にほんのりと顔が熱を持った。




