殿下とお忍びデートのようです 4
この周辺で最も大きな書店に着き、帝国の書物を集めた売り場を探す。
「このあたりだと思うんですがね~…。あ、ありましたよ。」
「ありがとうございます。」
イヴァン様が見つけてくれた売り場には、求めていた本のシリーズが並んでいる。
「こんなにシリーズがあるんですね。まだまだたくさん読めそうで嬉しい。」
「帝国は少し前からこういう、女性が主役の冒険小説が流行り始めたんですよ。小さな子供も読みます。」
「素敵ですね。王国ではあまりこういう小説はなくて。詩が多いのです。」
王国は昔ながらの定型詩を嗜むのが貴族の主流だ。こういった冒険小説はあまり普及していない。
「王国の詩や音楽の文化は、帝国でも好まれている。学園で授業の題材にもなっていた。」
カイゼル様が私の後ろから本をのぞき込む。距離が近い気がして、ドキドキしてしまった。
「…そうなのですか?」
「限られた言葉で情景や感情を表現する技法は、帝国にはあまりない文化だからな。」
「ああ…俺の時もそんな授業ありました。俺は正直ああいったのが苦手で…。歴史ある文化なのは素晴らしいんですがねえ。」
「それはお前だけだ。俺は興味深く学ばせてもらった。」
やれやれ、といったようにイヴァン様がため息をつく様子に、その光景が想像できてしまった。
「ふふ、光栄です。…学園では他にどのような授業があるのですか?」
「俺は王族だから他の貴族とはカリキュラムが違うが、教科ごとに担当が変わって一般教養や他国の文化に触れたり…領地経営を学ぶ者もいる。女性も多いな。」
「まあ、そうなのですね。私は家で家庭教師から教わることしかしたことがないので…そうやって様々な先生からいろんな文化や学問を教わることができるのは羨ましいです。やはり一人の先生から教わると、偏りができてしまうので…。貴族が皆同じ家庭教師を雇用する事もできませんし…。」
私が王妃教育ばかりを受けてきた一方で、シャーロットの家庭教師は貴族としての社交のマナーに重点を置いて教えていたように思う。家によって雇用できる家庭教師に違いがあるため、家ごとに教育が平等でないと感じていた。
「なるほど、確かにそういう考えもあるな。君はそこまで掘り下げて考えることができるのか。」
「男性は、お兄様のように帝国へ留学したりもできますが…王国はまだ少し女性教育には閉鎖的なので…。」
「エレノア嬢はそんな事を感じさせないくらいに教養がおありですね。」
「私はまだまだです…。この書店でも帝国の書物はこれだけあるんですね、専門の先生から教わるのはとても有意義だと思います。」
「いや、エレノアは十分教養のある素晴らしい女性だ。知識だけではない。周囲への気配りも、物事を深く考えるところも、君の長所だ。」
目が合うと、カイゼル様は少し照れたように咳ばらいをした。
「…さ、本が決まったなら買おうか。」
「…はい。」
*********
「エレノア、少しいいか?」
本屋を出たところで、カイゼル様が耳元でささやいた。
外はいつの間にか夕方が近づいていている。
「どう、されたんですか?」
「2人になりたい、あいつを巻いてしまおう。」
「え!」
「イヴァン、悪いが本屋に忘れ物をしたようだ。ちょっと見てきてくれ。カフスを落としたみたいだ。…書店に入るまではあったから、中に落としてきたんだと思う。」
「え~…あ~…うん、わかりましたよ…探してきます…」
イヴァン様が書店に戻っていくのを見て、カイゼル様がいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「今のうちだ」
「カイゼル様、カフスは――。」
いつの間にか袖元のカフスは姿を消しており、本当に落としたのかと驚いていると、カイゼル様は手を開き、その中に深緑の宝石が乗せられていた。
「ここにある。さ、行くぞ。」
どこか楽しそうなカイゼル様に手を引かれ、少し早歩きでその場を離れた。
「カイゼル、様!良かったんですか?イヴァン様を置いてきて、しまって!」
「すまない、早く歩きすぎたか。…大丈夫だ、どうせあいつのことだからしばらくしたら追いつくさ」
街から少し外れた小高い広場につくと、少し息が荒くなった私の様子に気づいてカイゼル様は歩くスピードを緩めた。
「もう夕方だろう。ほら。」
「…わあ…」
カイゼル様に導かれると、綺麗な夕陽が街を照らしていた。
「良い眺めだろう。ちょっと前に街に来た時に見つけたんだ。エレノアに見せたいと思って…今日が晴れていてよかった。」
「綺麗です。こんなにゆっくり街で過ごすことがなくて…こんな夕陽が見られる場所があるなんて知りませんでした。」
「…綺麗だな。」
「はい。」
カイゼル様がじっと私を見つめていた事に気づき、ドキリと胸が高鳴った。と同時に、胸が温かくなる。――そうだ、植物園の薔薇の時も、この言葉も、私に言ってくれていたんだ。
ふっと微笑んだカイゼル様を見て、自分の気持ちが固まっていることに気づく。
「あの、カイゼル様。」
「…?どうした。」
「……私、お礼を言いたくて。舞踏会の時から、ずっと私を尊重していただいて。植物園も、今日のデートも、ずっとすごく楽しくて。カイゼル様は、私がいいと仰ってくださいました。」
「―――ああ」
「正直、自信はないのです。帝国へ行くことも、王妃になることも。まだまだ私は学ばなければいけないことがたくさんある。けれど、――カイゼル様の横で、歩んでいきたい。」
「っ、エレノア、それは――」
「私を、帝国へ連れて行ってくださいますか…?」
カイゼル様はゆっくりと跪き、私の瞳を見た。
「―――本当か?エレノア、本当に俺を選んでくれるか?」
「…はい、私も、カイゼル様がいい。」
「…エレノア、ありがとう――。」
カイゼル様は、私の手を取り口づけた。胸の中が温かさで包まれる。
きっとこの方となら――。
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