素直になってもいいようです 1
あれからすぐ、カイゼル様からの手紙が届いて、街にお忍びで行く日が決まり、なんだかソワソワしながら過ごしている。
カイゼル様の少し熱っぽい眼差しを思い出しては、ハッとする日々が続く。
「刺繍は進みましたか?」
「もう少しよ。でもなんだかぼーっとしてしまって、思うように進まないの」
馬車の中で寝てしまった一件を気にしている私に、セレナが、カイゼル様へ刺繍の入ったハンカチをお詫びに渡しては?と提案してくれたのだ。
集中している間は色々と考えずに済むし、とても良い提案だと刺繍を始めたのはいいけれど、前回のデートを思い出しては顔が赤くなったり暑くなったりと感情が忙しい。
「ふふ、でも素敵な刺繍になりそうですね。先日見たバラですね」
「カイゼル様もお好きだと仰っていたから…。」
「……そうですね、きっと喜んでくださいますよ!」
何かいいたげだったが、セレナはお茶のお代わりを用意してきますと言って部屋を出た。
1人になってまた思い出す。あの時、私を見つめながらこのバラを好きだと言ってくれたけれど、あれは本当にバラのことだったのかしらーー。
「私に言ってくださったみたいだったな…」
思わず口に出た言葉に、顔がカッと熱くなった。
「…もう、何を考えてるのかしら、次にお会いする時に渡すんだから、集中しなきゃ」
深い緑のバラを銀糸で縁取り始めるが、艶のある銀色を見て、カイゼル様の瞳を思い出してまた手が止まる。
「あら、休憩ですか?」
「…今日は進みそうにないから、本を読むわ…」
おかわりのポットを持ってきたセレナは、少し困ったように微笑んでティーカップにお茶を注いだ。
本を読んでも、またあの瞳を思い出してしまい、内容が頭に入ってこない。
「エレノア様、本が反対ですよ」
「………気分転換に庭で少し散歩してくるわね」
いつもなら絶対にしない間違いに、気恥ずかしくなって外へ出ることにした。
「今日は本当に調子が出ないわ…。」
庭の花の香りがふわりと花をくすぐって、深く息を吸って吐く。庭師が水をやったのだろう、春らしい日差しに花々の水滴がきらりと光っていた。
「こうやってゆっくり庭で花を見るなんて、今まで無かったかもしれないわね。」
植物園でのバラも美しかったが、我が家の庭もなかなかに美しい。こんなに美しかったのに、今までゆっくり見る機会も無かったのかと思うと、庭師に少し申し訳なさを感じた。
「おねえさま…」
声かけられた方を向くと、シャーロットがこちらを不思議そうに見ていた。
「何なさってるの?ぼーっとして…」
「少し散歩してただけよ、シャーロットは?勉強?」
手元にある本をチラリと見る。おそらく王妃教育で課題で渡された本だろう。まだ幼い頃に読んだ覚えのある背表紙に、王妃教育は何も変わっていないのだと感じる。
「…少しだけね。ルイ様は王妃教育なんてなくてもいいんじゃないかっておっしゃってたけど。さすがに何も知らないのも良くないと思って…」
「良い心がけだと思うわ。」
「あの、、、おねえさま。……ごめんなさい。」
「え?」
「ルイ王子とのこと…。あれから、いろんな人がおねえさまと私を比べてきて、悔しいけどおねえさまって凄かったんだなって思ったの。」
ぽつりぽつりと呟くようなシャーロットに、近くのベンチに腰掛けるように促す。
「ずっとおねえさまのこと羨ましいと思ってた。ルイ様と婚約して、お父様も期待してて、お兄様とも難しい話をしてるし。でもおねえさまはいつも大変そうで、ルイ様と一緒に居ても楽しそうじゃないんだもの。…だからずるいと思ってた。でもそうじゃ無かったのね。まだ結婚もしてないのに、いろんな役目を振られるしこの問題についてどう思うかとか聞かれるの。わかるわけないじゃない。…おねえさまはずっと努力をしてきたんだって、わかったの」
そう言いながらぎゅっと本を持つ手に力が入っているのが見てわかった。彼女なりに、いろいろと考えたのだろう。
「…そうね、大変だったわ。でも誰もほめてくれなかったし、今でも私にはお茶をする友達もいないのよ。」
「……私には、そんなこと耐えられないわ。できない。」
「そうね…でもできなくていいんじゃない?シャーロットは私じゃないのよ。私じゃないから、ルイ王子はシャーロットを選んだんだわ。」
「…おねえさま」
「ふふ、シャーロットが少し大人になったようで嬉しい。」
「っもう、子供扱いしないで!」
少し頬を赤らめるシャーロットと、ほんの少しだけれど距離が縮まった気がした。
「よく考えたら、おねえさまはいつも授業を受けていたから、私たちってお茶をしたり話をしたりする機会、無かったのよね」
「そうね、きっとお互い、いろんなところですれ違っていたのだと思うわ。」
シャーロットは私を羨んでいたし、私はきっと心の中でシャーロットの自由さを羨んでいたのかもしれない。
「ルイ殿下のことは、もう気にしなくていいのよ。元々私たちは親の決めた婚約者だったし、お互いに恋愛感情なんてなかったのだし…。シャーロットが好きな方と結ばれるのなら、その方が良いと思うわ。」
「…ありがとう。……あの時、失礼な態度をとってごめんなさい。」
しょんぼり、という言葉が似合う程、眉をハの字に下げて、シャーロットは再び謝った。
「…いいのよ。私も口うるさかったのだと思うわ。ごめんなさいね。」
「まあまあ!そこまでにして、久しぶりに兄妹水入らずでお茶でもしないか、二人とも」
「お兄様」
急に後ろから現れた兄に、私もシャーロットも驚く。いつから話を聞いていたのだろうか。
「エレノア、お前からはカイゼル殿下とのデートの話も聞きたいし、シャーロットからも色々と聞きたいこともある。街で流行りのお菓子を買ってきたんだ。3人で食べないか?」
「もう、おにいさまってば。でも私も気になるわ、カイゼル殿下とのデートのお話。最近ぼーっとしているのもそのせいなのよね?」
「ぼーっとって、そんなことはないけれど…。別に、何かあったわけでもないし…!でも美味しそうね、せっかくだからお茶に賛成だわ。」
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