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恋せよ文学乙女  作者: ほか
第1話 名作の国にご招待
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㉑ 「きらわれない」よりもたいせつなこと ~もも叶の語り~

児童文学に登場するだれかに心をのっとられ、本を焼くもも叶の友達。

のりうつっているのは、いったい誰?

 「もも叶。それ、返して」

 そう言われて返すもんですかっ。

 『飛ぶ教室』を取り返したあたしはすぐに言い返した。

 この帯に載ってる、あたしの推薦文。

 マーティンへの、気持ち。

 「やだ! 絶対返さない」

 みりは、なにも答えなかった。

 黙って、舞台の隅のグランドピアノに腰掛けると、ゆっくりと指を動かし始める。

 「ねぇみり、みりも本を燃やしたいの? そのためにここに来たの?」

 やっぱり、みりは答えない。

 ピアノだけが曲を奏でてる。

 あたしはすごく変な感じがした。

 なにかおかしい。

 みりはピアノがすごく上手で、特にきれいな曲やかわいい曲が大好きなのに。

 今弾いてるのは半音だらけの不気味な音楽だった。

 真っ赤なピアノはみりが弾く度に、鍵盤から火の粉を飛ばしてる。

 「みり、お願い。答えてよ」

 不安が加速していくように早まる音楽を生み出す手を止めずに、みりは言った。

 「本野さんと二人で本の話して、なにがおもしろいの。

 だいたい本なんて読まなくたって、この先の人生で困るわけじゃないよね」

 あたしはすぐさま反論しようと口を開いた。

 でも声を出す前にまたみりが言う。

 「本野さん、ちょっと変だよ。

 いつも本ばかり読んで。暗いしつまんないじゃん」

 あたしはぐっと拳を握った。

 この言葉だけは聞き流すわけにはいかない。

 「夢の悪口は言わないで! 夢は――」

 ピアノが、和音を響かせた。

 その和音だけは不思議ときれいで、妙に耳に心地いい。

 今度はゆっくりと、みりが口を開いた。

 「あたしはもも叶のこと心配してるんだよ」

 歌うように甘い調べってこういうことを言うのかな。

 すごく、優しい声だった。

 「もも叶、あんな子と一緒にいて、もも叶まで変に思われるのいやでしょ」

 あたしの足が固定されたように動かなくなった。

 「また、いじめられたらどうするの」

 炎の中なのに、冷や汗が出てくる。

 なんで。

 いじめられてたことなんて誰にも話したことないのに、なんでみりが知ってるの。

 気が付いたら口が開いていた。

 「あたし、みんなに変って思われるのやだ」

 せっかく、笑顔作って、嫌われないように、頑張って来たんだもん。

 うっとりするような笑顔でみりは言った。

 「そうでしょう。これからは、あたしたちと一緒に遊ぼうよ。

 みんなとろくに喋れもしないし、目立たないし、あたしたちよりずっと下の本野さんなんて相手にしてないで」

 とどめを刺すように、みりは微笑んだ。

 「さ、もも叶。その本こっちに渡して」

 あたしは一歩足を踏み出した。

 みりの目に映る本焼く炎があたしの目にも映っているんだろう。

 あたしは『飛ぶ教室』を、みりの目の前に差し出し――。

 「そう、それでいいの」

 ピアノのフタを勢いよく閉めた。

 「ざっけんなーっ」

 いきなり絶叫したあたしを、みりは驚いて見てる。

 本を受け取ろうと差し出されていた手が鍵盤から離れていて無事だったのを、ありがたいと思ってもらいたいねっ。

 「そりゃいじめられたり、変って思われるのは怖いよ。

 でもだからって夢から離れるなんて、絶対やだ。

 大好きな友達と、おしゃべりできないくらいなら変って思われたっていい! それであたしを嫌うなら嫌えっ」

 ばんっと、ピアノのフタに手をついて、じっとみりの目を見つめる。

 「どうしちゃったの。みり。あんたはもっといい子じゃん。夢のこと下だなんてどうして言えるの? 夢はすごい子だよ。あたしのために泣いてくれた。それだけじゃない。本読んで、その登場人物のためにだって泣けちゃうんだよ」

 必死に訴えたけど、みりから返ってきたのは熱のない一言。

 「わかんない」

 だった。

 「嫌われないでやってくことよりも大切なことってあるの」

 あたしの胸からすっと、前に聞いた言葉が出てくる。

 心の宝箱にしまってた、マーティンや、夢のくれた言葉たち。

 理不尽なことを言われたら年上でも戦うこと。それから、親友の恋を応援すること。

 そして、自分のほんとうにしたいこと!

 「ねぇみり。今度みりも一緒に本読もうよ。そういうの、ぜんぶ教えてくれるよ!」

 『賢者の贈り物』に出てきた、結局は役に立たないことになっちゃったけど、それでもすごくすてきな夫婦のクリスマスプレゼントみたいに、損得だけで計算してたらわからない、とってもすてきなものが、本にはいっぱい詰まってる。

 ふいにみりが苦しそうに喉元を押さえた。

 「どうしたの、みり。大丈夫!?」

 みりの身体から炎が浮かび上がる。それはしばらくして、金髪の男の子の形になった。きれいな顔してるけど、その表情は皮肉に歪んでる。

 「やれやれ、あと少しだったのに。君も物好きだね。自分より下のくだらない本の虫とつきあうなんてさ」

 なにこいつ。

 キレ気味であたしは叫んだ。

「もういっぺん言ってみなさいよ。今度こそピアノのフタ、その手の上に落とすから」

「もも叶、離れろ!」

 あたしはさっとその場をとびすさった。

 叫んだのは、段ボールでできた翼を持って走ってきたマーティンだった。マーティンはそれを広げた。

 金髪の男の子はばかにしたようにせせら笑う。

 「そんなものでなにができる? 炎の燃料でもプレゼントしてくれるのかい、マーティンくん」

 男の子に向かって、マーティンは叫ぶ。

 「先輩。僕の友達に、すてきな振る舞いをしてくれたようですね」

 あたしはやっと気が付いた。

 みりの心は、『飛ぶ教室』に出てくるマーティン達の先輩、テオドアに支配されてたんだ。

 上級生なのを利用して、下級生に不公平なふるまいをして、その手の上にマーティンにピアノのフタを落とされた、美少年のテオドア。

 「これが、お礼の印です!」

 マーティンが勢いよく段ボールの翼を宙に投げる。

 そしたらなんと。

 それは高速回転しはじめたの!

 「なに!? まさか、こんなことが」

 強い風が起こって、炎を身に纏った男の子を消していく。

 横からケストナーおじさんが言う。

 「僕の坊やも考えたね。あれは『飛ぶ教室』の中でマーティンがつくった舞台装置。クリスマス劇の中でみんなが旅をする飛行機だ。文学に出てくるものだからこれも微力ながら、本焼く炎を消す力がある」

 一転して弱々しく、テオドアが叫ぶ。

 「やめろ、悪かった。見逃してくれ、マーティン」

 「あなたは、自分が下に見ていた本の力に負けたんです」

 「くそっ」

 「安心してください。しばらく物語の中に帰っていてもらうだけです」

 翼が次第にゆっくりになって地に落ちる頃には、テオドアとその周りの炎は消えていた。

 あたしははっとしてみりを見た。

 みりは倒れかかってる。

 本焼く炎は支配した人の体力も消耗させるのか、すごく疲れてるみたいだった。

 「もも叶。……ごめん。あたし、寂しくて。ほんとはもも叶と本野さんみたく、本について一緒におしゃべりしたかったんだ」

 あたしはみりの肩を抱いて、何回も頷いたんだ。

 「うん。わかってるよ。みりはほんとは人の悪口言う子じゃないもんね」

 「……言わなかったけどね。あたし、漫画が大好きなの。特に、音楽のことが書いてあるお話とか、たくさん読んでるの」

 なぁんだ!

 「漫画、あたしも好きだよ! 今度貸し合いっこしよう」

 「……もも叶がいつも、本野さんと話してる本のことも、教えてくれる?」

 「もち!」

 あたしが親指を突き立てるとみりが弱々しく笑って、腕の中に倒れ込んだ。その顔はごめんねってもう一度言ってるみたいだったんだ。

 抱きしめて、背中をさすっていると、夢の声がした。

 「ももちゃん。白石さんを連れて、舞台を降りて」

 そうだった。和んでる場合じゃなかった。

 夢たちがなんとか座席から舞台までの火だけは消してくれたみたいだけど、炎は未だに会場中にすごい勢いでまわってる。

 「でも、夢は?」

 煤のついた足で夢はとぎれとぎれに走って、舞台に上がって来た。

 「本焼く炎を止めないと」

 夢の視線の先には――さっき開会宣言をしたお父さんがいる。

 その視線は確かに強い。

 でも、足が震えてるよ。

 一人になんてとてもできない。

 とは言え早くここを離れないと、またみりが本焼く炎にとりつかれたら大変だ。

 あたしは、夢と弱っているみりを交互に見た。

 「わたしは大丈夫だから」

 夢が笑った。

 「ももちゃん、わたしの悪口に怒ってくれたの、嬉しかったから。今度はわたしが頑張る番だよ」

 考えてる時間はない。

 あたしは頷いた。

 「無理そうだったらすぐ逃げて。鋼の誓い、ね?」

 「うん。鋼の誓い!」

 あたしはみりをおんぶすると、舞台を降りた――。


次回は、「本焼く炎」にとりつかれたお父さんと夢未が……?

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