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恋せよ文学乙女  作者: ほか
第1話 名作の国にご招待
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㉒ どの登場人物を呼び出す?

物語の悪役にのっとられたお父さんの心をとりもどすため、夢未は名作『クリスマスキャロル』のある登場人物を呼び出し……?

 「お父さん、教えて」

 わたしは、炎を身に纏うお父さんに話しかけた。

 「お父さんが心をあげちゃった本の登場人物は誰なの? わたしその人からお父さんを取り戻すから」

 お父さんがこっちを見る。

 その顔に足がすくんだ。

 凶悪なハイド氏に、ナイフを持って迫ってこられたら、こんな気持ちがするかも。

 お父さんは炎を目に宿してる周りの人たちに命令した。

 「どうした。行け。早く役立たずの本とあの娘を――夢未を燃やすんだ」

 それは、人を平気で殺すアラビアンナイトの盗賊のお頭のようにも見えた。

 どうしよう。

 いろんな悪役の顔が、お父さんにだぶって見える。

 周りの人たちはわたしをいっせいに見た。

 どの怖い人も、お父さんに見える――。

 でも、その人たちはわたしの方には来なかったの。

 向きを変えて、お父さんを取り囲んだ。

 「なにか勘違いしているな。本野社長。オレたちはあんたを燃やしに来たんだよ」

 一人の人が口元をいやな感じに歪めて笑う。続けてもう一人が言う。

 「一番の役立たず」

 口々にみんながお父さんを責めていく。

 「ろくにお金も稼げないなんて」

 「夢ばかり見てる」

 お父さん……!

 わたしは苦しくなって、喉元を押さえた。

 舞台を降りたところで、ケストナーおじさんの声がする。

 「本焼く炎は生み出した人自身も攻撃するんだ」

 「どうして」

 ももちゃんの声にケストナーおじさんは答える。

 「人の心から生まれた炎とは、そうしたものなんだよ」

 わたしには、それがすごくよくわかった。

 お父さんはさっきまでの怖い姿が嘘のようにうずくまって震えてた。

 こんなお父さん、初めて見るのに、なんでだろう。

 ずっと前からこういう姿を知ってるような気がしたの。

 そうだ。

 お父さん、ずっと怖かったんだ。

 お金を稼げなくなって、みんなに役立たずだって傷つけられて。

 誰も、お父さんのいいところを見てくれる人がいない。

 ひとりぼっちになるのが怖かったんだ。

 自分でも自分のことをばかだとか、役立たずって罵り始めて、それがずっと頭の中で鳴っていて。

 その声をかき消そうとするようにお父さんは大声を出すようになったんだ。

 「彼は本当はとても繊細だからね。攻撃してくる世の中がとても怖かったんだよ。ああなってしまうまでに、世間を恐れすぎたんだ」

 ケストナーおじさんの声を聞いたそのとき、頭の中で、声がした。

 『あなたはあんまり世間を恐れすぎるんですわ』

 ある本を読んだとき、頭の中で思い浮べた、女の人の声。

 変わってしまった恋人を嘆く、声。

 お父さんの本質は、これだ!

 「やめて!」

 わたしはお父さんを囲む赤い人たちの中に割って入った。

 「お父さんはばかじゃない。役立たずじゃない。

 幼稚園のとき、仲間外れになっちゃった友達のこと一緒に心配してくれた。

 どんなことでもいいことか悪いことかはあとになってみないとわからないって、言ってくれたんだ」

 わたしはお父さんのまわりに燃えている炎に向かって語りかけた。

 「こんなお父さんは世界中どこをさがしたっていない。わたしの宝物だったのに」

 お父さんが心のブーフシュテルンを渡したのは、周りにばかにされないように、お金を稼ぐことを頑張りすぎてしまった、『クリスマス・キャロル』の中のあの人。

 「スクルージさん、お願い、お父さんを返して!」

 ぼうっと一際大きな炎が燃え上がってお父さんの姿が見えなくなる。

 「危ない!」

 ケストナーおじさんが素早くわたしに駆け寄って抱きしめ、舞台の下に飛び退った――。


 「夢未、大丈夫!?」

 「怪我はないか」

 舞台の下ではモンゴメリさんとマーティン、そしてももちゃんが待っていてわたしたちを受け止めてくれた。

 「スクルージって確か、最後はいい人になって、クリスマスを楽しんで終わるよね。ええとええと、思い出せあたし! それってなんでだったっけ?」

 深刻そうにももちゃんのあとを継いだのはマーティン。

 「スクルージのもとには三人の幽霊が訪れる。一人目は過去の幽霊で、二人目は現在の幽霊。そして最後にやってきた幽霊に、未来を見せられるんだ。スクルージが死んでしまい、それを悲しんでいる人が誰もいない、そういう恐ろしい未来を。

 ……本野社長がこの先もあのままだったら、一人きりの悲しい死を迎えている可能性は十分ある」

 「じゃぁ、夢のお父さんも、恐ろしい未来の結末を見ないと、いい人になってくれないってこと!?」

 嘘。

 そんなことって……!

 誰かにそんなことないって言ってほしかったけど、モンゴメリさんはそれを認めた。

 「辛いけれど、そういうことね」

 「さぁ、あまり時間がない」

 ケストナーおじさんの手には、緑の分厚い本――『クリスマス・キャロル』とディナーベルがあった。

 苦しい顔でマーティンは言った。

 「……未来の幽霊を、呼び出そう。ほんとはこんな手は使いたくないけど。本野社長が、孤独な最期を迎えていることを祈るんだ」

 そんな……っ。

 隣を見ると、ももちゃんも同じ顔をしてる。

 「残酷な手だけど……しょうがないね」

 わたしは頭を抱えた。

 お父さんが、自分が死んでしまったところを見る?

 それも一人ぼっちで?

 誰にも悲しんでもらえずに?

 「やめて!」

 今まで出したことないくらい大きな声で、わたしは叫んでいた。

 「マーティン、ありがとう。その気持ちすごく嬉しい。でもわたし、もうお父さんにこれ以上傷ついてほしくない」

 「夢未……」

 「辛いのは分かる。でもこうするしか」

 モンゴメリさんとマーティンに、そして、

 「夢。炎を消すとかそういうこと以前に、あたしもう、夢にいやな思いしてほしくない」

 心配そうにわたしを見てくれるももちゃんに、わたしは顔いっぱいで微笑んだ。

 「もっといい方法、思いついたの」

 後ろに優しく寄り添う気配がする。

 ケストナーおじさんだ。

 「どうしたいんだい。言ってごらん、夢ちゃん」

 わたしは振り返った。

 もう、心は決まってた。

 お父さんに見てもらうんだ。

 優しかったときのお父さん。

 子どものころ、夢を見ていたお父さんを。

 「ケストナーおじさん。過去の幽霊さんを、呼んでください」


  『クリスマス・キャロル』の本の中から白い光が溢れてきて、会場中を覆う。

  徐々に周りが見えるようになったとき、

  ――リン。

  赤いリボンが揺れて、ベルの鳴る音が一度、小気味よく響いた。

  舞台の袖から、人影がゆらりゆれて、こっちまで歩いてくる。

  背中までの白い髪。白い服の腰のまわりにきらきら光る帯。そして、手には緑のひいらぎ。

 本で読んだのと同じだ……!

 「僕を呼んだかい、『本を守れ』チームのみんな」

 これが、過去の幽霊さん!

 「いやーあっはっは。今年のクリスマスは僕も休暇中でね。暖炉の前でのんびりソーセージでビールをひっかけていたら急に呼ばれてびっくりしたよ」

 あれ。

 外見はそのままだけど、喋り方とかがなんか、『クリスマス・キャロル』に出てくる怖い幽霊さんのイメージとちょっと違う……。

 「それで、なんのご用かな」

 わたしははっとして舞台の上のお父さんを指さした。

 「あそこ、あそこでうずくまってる人の過去に連れて行って欲しいんです」

 幽霊さんはしばらく黙って、ぽりぽり白い頭をかいた。

 「あー。過去。あの人の過去ね」

 なぜか目を泳がせる幽霊さん。

 大丈夫なのかな。

 心配になってわたしはもう一度、言った。

 「お父さんが、まだ優しかったときに時間を戻してください」

 「なんだって?」

 幽霊さんは両手を大きく広げて後ずさりする。

 「君、それって何年も前じゃないか」

 わたしだけじゃない、みんなが固まった。

 え。

 なに、この反応?

 気まずい沈黙を破るっていう、勇気ある行動をとったのは、やっぱりももちゃんだった。

 「当たり前でしょ! 早くしてよ、ぐずぐずしてたら本が燃えちゃうでしょ、こののろま幽霊!」

 う、うん。みんな、そう思ってるけど。

 ももちゃん、怖い……。幽霊さんよりずっと怖い。

 すっごく言いにくそうに、幽霊さんは言った。

 「実は、ぼかぁ、代理でね。スクルージを過去に連れて行った幽霊様の弟子なんだ。同じ過去の幽霊には違いないんだが、まだ修行中の身なんだよ」

 ……。

 どっと、力が抜ける。

 「はぁ? なんでまだ見習いのあんたが出てくんのよ!」

 も、ももちゃん落ち着いて。

 「モンゴメリ嬢。こうなってくるといささかディナーベルの性能を疑わざるを得ないんだが」

 「だから開発中と言ったでしょう」

 ケストナーおじさんとモンゴメリさんもひそひそ話してる。

 それにも構わずに幽霊さんは言った。

 「師匠は忙しいんだ。クリスマスの時期には、スクルージ以外にもいろいろな人を改心させるために、世界中をさまよっていてね」

 そんな。

 今ここにいるわたしたちにだってその力がものすごく必要なのに!

 「と、いうわけで。僕が連れて行けるのは、ごく近い過去。せいぜ半日前なんだ」

 ……嘘、だよね。

 わたしたち、全員沈黙。

 「しょぼっ。この緊迫した空気の中でなんでそういうこと言えるかな」

 「仕方ないだろ。事実なんだから」

 ももちゃんと幽霊さんのやりとりを遮ったのはマーティンだった。

 「では、なんとか式典が始まる時間まで戻ることはできませんか。本野社長のあいさつのところまで」

 幽霊さんは腕組みした。

 「うーん。そこまでならぎりなんとか」

 「マーティン、式の最初なんて、直近の過去に戻ってどうするの?」

 ももちゃんのもっともな質問にマーティンは落ち着いて答える。

 「炎がここまで広がる前に戻って、僕らで、過去の世界を作り出すんだ」

 ???

 どういうこと?

 一人合点がいったようなのはケストナーおじさんだった。

 「名案だ。さすがは僕のわんぱく坊や」

 「詳しくは過去に戻ってから話す。僕の仲間にも協力を頼もう」

 マーティンは腕時計をかかげた。

 「本の中と通信できる機械なんだ」

 すごい。

 時計の文字盤が消えて、画面のようなものに変わった。

 「マッツ。ウリー。聞こえるか。こちらマーティン」

 「おう、ばっちり聞こえるぜ、マーティン。すっげぇなこの腕時計。ほんとに会話できる」

 たくましい男の子が映ってる。彼が力持ちのマッツだね。

 「で、どうだ。そっちの世界の悪い大人を懲らしめるって計画、上手くいってるか?」

 「それが今ピンチなんだ。応援を頼みたい」

 「もちろんだよ、僕らが役に立てるなら!」

 次に画面に映ってぴょんぴょん飛び跳ねてるのは金髪で小柄のかわいい男の子。ウリーだ。

 「では、二千十九年の十二月二十五日、栞町駅ビルで待ち合わせだ。合言葉!」

 「「「鋼の誓い!」」」

 三人の男の子が声が重なる。

 「かっこいい~」

 「本物だ!」

 ももちゃんとわたし、おおはしゃぎ。

 そうしているうちに、周りが真っ白い霧に包まれて。

 「きゃっ」

 わたしとももちゃんのはお互いの腕にしがみ付いた。

 「あ、僕、一応イギリス出身の幽霊だから、魔法を使うとき、いちいちロンドンぽい霧が出てきちゃうんだよね。ごめんね。じゃ、そういうことで、まだソーセージ半分しか食べてないから戻るね」

 そこに幽霊さんはその言葉を最後に霧の中に消えて行った。

 霧が晴れるのに、そんなに時間はかからなかった。

 わたしたちは栞町駅ビルの五階の会場の座席に横に並んで座ってた。

 わたしの左隣にももちゃん、そのまた左にマーティン。右にはモンゴメリさんとケストナーおじさん。

 並んでる順番まで一緒だ。

 「ほんとに、数時間前なんだ」

 舞台の右に大きく表示されてるデジタル時計を見たももちゃんが呟く。

 よかった。

 魔法はうまくいったみたい。

 まだ会が始まる前で、炎の赤はどこにも見えない。

 「会が始まるまでまだ時間がある。もも叶、夢未。一緒に本野社長の控え室まできてくれないか」

 ぴしっと立ち上がるマーティン。

 もちろんだよ。

 わたしとももちゃんも続いて立ち上がる。

 「危ないまねはやめてちょうだい」

 「まぁまぁモンゴメリ嬢。ここは子どもたちに任せようじゃないか」

 そこへ、ケストナーおじさんの言葉をバックアップするように、元気な声がした。

 「待たせたな、マーティン」

 「指示通りきたよ」

 大きなマッツと、小さなウリーだ。

 マッツは何故か手に、ポテトチップスの袋を持ってる。

 「来る途中で買ったんだけどこれ、絶品なんだぜ。マーティンも食うか?」

 あはは。さすが食いしん坊。

 「あ、それ食べよう屋のやつ! めっちゃおいしいよね。一口食べるとやめらんないから注意だけど」

 「おっ、そうそう、少しずつエンジン源にするはずがついつい」

 ももちゃんまでのっちゃだめだってば。

 ウリーがポテトチップスを奪って後ろに隠す。

 「マッツ。エンジン補給は後で」

 「ちぇっ」

 みんなから笑いが起きた。

 不思議だな。

 こんなときなのに、楽しく感じる。

 ふと座席に座っているケストナーおじさんと目が合った。

 目がなくなるくらい細めて、すごく優しい顏をしてた。

 「よし」

 マーティンの一声で、わたしたちは丸くなった。大人禁制の秘密の相談をするときのお決まりって感じだよね。

 「みんな聴いてくれ。僕の計画はこうだ。今から本野社長に、ちょっとしたいたずらを仕掛ける」

 思わずえっと叫んだわたしに、ウリーとマッツが安心させるように笑いかけてくれる。

 「作戦はマーティンに任せておけば間違いないよ」

 「オレたちの参謀はなかなか優秀だからな」

 続いて、ももちゃんが微笑む。

 「大丈夫。酷いことするんじゃないよ。あくまで夢とお父さんのため。そうでしょ、マーティン」

 マーティンが力強く頷いてくれる。

 わたしは目を閉じて深呼吸した。

 大丈夫。

 みんな、わたしのことを想ってくれてる。

 絶対、うまくいく。

 そして、わたしたちはこれからの計画を話し合った――。


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