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竜狩りの姫と笑う魔術師  作者: 三條しずか
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竜狩りの姫と笑う魔術師 後編

雨は止んだが空はまだ鈍色の雲が覆っている。カレンデュラは森を抜け、野原をひたすらに東へ歩いていた。

雨でふやけた土の道には所々に水溜りが出来ており、そこに映る自分の顔を見るたびに森で出会った奇妙な魔術師の言葉が彼女の脳内に響いてくる。


『復讐の果てには何も無いのです。そこに行き着いてしまえば貴方はきっと枯れ果ててしまう。カレンデュラ、貴方がそんな結末を辿るのは余りにも悲しすぎる。』


(うるさい……うるさいうるさいうるさい!!)


水溜りを激しく蹴りつけ、自分を消そうとしても再び水が集まり彼女の姿を写してくる。カレンデュラは動揺していた。彼女も心の中では少なからず同じことを考えていた。


ただそれを考え始めると身体が鉛のように重くなるのだ。まるでその場に打ち付けられたかのように足が動かなくなる。


(考える暇があるなら動く……そうしないとアタシは……)


「ヒィィィイイ!!」


静まりかえっていた平野に悲鳴が轟いた。カレンデュラが辺りを見渡すと、目の前から壮年の男性がその顔を見て恐怖に歪めながら走ってきていた。その後ろには体長5メートルほどの黒い魔龍が四方の足で地面を削りながら走り、男性に向かって無数の牙が生えた口を大きく開けている。


「だ、誰か!誰かぁ!!」


「うるさい……」


「頼む!助けてくれぇ!!!」


「うるさいって言ってんのよ!!」


カレンデュラは魔龍との距離を一気に詰め、その大きく開いた口を大槍で貫いた。槍は勢いのまま魔龍の脳天を貫通し、一撃で絶命させた。


追われていた男性は魔龍の血に濡れるカレンデュラを見て狼狽しながらも彼女に礼を言った。


「た、助かったよ。あんた竜狩りだろ?この辺10年くらい前からちょくちょく魔龍が出るんだ。湖で釣りをしてたら急に襲ってきてよ。」


「……」


「お、おいちょっと待てよ!もう行っちまうのか?俺の村が近くにあるんだ、飯でも食っていかねぇか?」


「悪いけど急いでるの。……ねぇあなた、この辺りに住んでるなら地理には詳しいわよね?」


「え?あぁもちろん。何でも聞いてくれ、何かお礼をしなきゃこっちの気が済まねぇ。」


男性はドンと来いと言わんばかりにその厚い胸板を叩いてみせた。


「エルサレム王国ってここからどれくらいかしら?」


「エルサレム?あの正面の山を越えればすぐだが今から歩きで行くと夜になっちまうぜ?それにあそこは……」


「別に構わないわ。魔龍には気をつけなさい。」


「お、おう。達者でな!」


カレンデュラは仕留めた魔龍を気にすることなく男性が指差した山へ向かった。目的の場所が徐々に近づいてきていると思うと全身がチリチリと燃え上がっていくような感覚に苛まれる。


この先にあるエルサレムが彼女にとって旅の終着点となるのか、それとも転換点となるのか。それはカレンデュラ自身にさえ分からなかった。

=====


「ここが……エルサレム?」


山を越え、日が沈む少し前にカレンデュラはエルサレムに到着した。だが最初に彼女が見たのは予想していた『豊かになった国』とはかけ離れた至る所が崩れ落ちた城壁だった。


「何……これ、なんでこんな……」


「うーむ、確かにこれは酷いですねぇ。」


「え?……ちょ!な、なんであんたがいんのよ!!」


城壁の有様に唖然としていたカレンデュラは自分の隣で顎をさすりながら同様に城壁を眺めるジェルミーに気がつかなかった。


「付いてきてんじゃないわよ!」


「あなたに付いてきたわけではありません。ワタクシの前を貴方が歩いていただけです。」


「またしょうもないことを!」


「ほらほら、やっと目的の地へ着いたんです。もう日も沈みます。早く城壁の中に入りましょう。」


「あ!ちょ、ちょっと!」


ジェルミーはカレンデュラの手を取ってから歩き、ボロボロの門をくぐった。カレンデュラはすぐにその手を振りほどいたものの、その足取りは彼女より歩幅の大きなジェルミーを追い抜かすほど早足になっていた。

=====


城壁の中の状態は更に悲惨なものだった。門から正面奥の王宮にまっすぐ伸びる大通りの周りには家々が立ち並んでいたのだろう。


そのほとんどが半壊又は全壊しており、通りから離れた場所には崩れていないものもあるがどこも灯りはついていなかった。


「人の気配がしない……もしかして本当に誰も住んでないの?」


「前に見たときよりも酷くなっていますね。カレンデュラ、これを見てください。」


「これは、魔龍の爪痕?」


「えぇ、それも比較的新しい。妙ですね、人が居ない場所に魔龍が来るなんて……おや?」


二人の耳にガシャガシャという金属のぶつかり合う音が聞こえてきた。音のする方向を見てみると火の玉が浮いている。


注意深く見てみると暗闇からランタンを持った老人が歩いてきていた。老人は顔以外の全身を年月を感じさせるくたびれた甲冑に包んでいる。


「誰じゃ!生憎だがここには盗んでいけるようなものは残っとらんぞ!」


「はっはっは!!我々は盗賊ではありませんよご老体。お初にお目にかかります。ワタクシの名はジェルミー、人呼んで笑う魔術師。以後お見知りおきを!」


「お、おぉ。お前さん魔術師なのか…で、そちらのお嬢さんは?」


「……カレンデュラ。」


「カレンデュラ…?すまんがお嬢さん、顔をよく見せてくれんかな?」


「申し訳ない、カレンデュラは少々恥ずかしがり屋でして。でも本当は良い子なんですよ?」


「適当言うな!」


カレンデュラは腹立たしげにジェルミーの背を小突いた。小突いたと言ってもカレンデュラの力を基準にした小突きは相当な威力になるのだが。


そんな二人の様子を見て警戒心を解いた老人は安堵したように息を吐いた。


「怪しい者達ではなさそうだの。申し遅れた、儂の名はモーガン。ここまでの道のり疲れたじゃろう?来なさい、今夜は儂の家の客間に泊まるといい。」


「お心遣い感謝しますモーガン殿。お言葉に甘えさせていただきますね。ほらカレンデュラ、行きましょう。」


モーガンを先頭に三人は夜の廃墟の王国を歩いた。カレンデュラはランタンを持って歩くモーガンの背中にどこか懐かしさを覚えた。今まで名前すら知らなかった王国の、見知らぬ老人の背中に。

=====


モーガンの家は王宮近くにある大きな二階建ての屋敷だった。外見は所々劣化が進んでいるもののモーガンが高い地位の人間だったことを想像させるような立派な造りをしていた。


家の中に入ったカレンデュラとジェルミーは二階にある客間に案内された。客間は広く、ベッドが二つ並んでいるのを見てカレンデュラはこの魔術師と同じ部屋で寝るのかと狼狽したが贅沢は言っていられない。


「さて、どうするかね?大したものは出せんが食事を用意しようか?」


「本当ですか!我々のような者になんと寛大な……」


「いらないわ。携帯食を持ってる。それよりお爺さん。聞きたいことがあるの。」


「何かな?儂に答えられることがあることなら答えてやろう。」


「この王国は何故こんなことになってるの?一体何があったの?知ってることを全部教えて欲しい。」


「……おぉ、そうじゃ。夜の巡回がまだ済んでいなかったんじゃった。遠慮はいらんからゆっくり休んでいってくれ。」


「ちょ、ちょっと!質問に答えてよ!こんなボロボロの街、巡回する必要ないでしょ!」


「すまんがこれは儂が負った責務なんじゃ。一夜とて欠かすことは出来んよ。」


モーガンはカレンデュラの言葉を遮るように部屋の扉を閉めた。モーガンがいなくなり二人きりになった部屋に静寂が訪れた。その静寂はジェルミーがすぐに破ってしまうのだが。


「他人には言えないことくらい、誰にでもあるものです。そんなに焦らなくても良いではないですか。」


「焦るに決まってるでしょ!やっとたどり着けたと思ったのに街はボロボロだし、人はお爺さん以外見当たらないし!何なのよ!ねぇあんた!何か知らないの!」


どうしてこうもうまくいかないのか、自分は何かに呪われてるのではないか。カレンデュラは思わず現実逃避してしまうほどの苛立ちを感じ、それをジェルミーにぶつけてしまう。

だがジェルミーは彼女ではなく、ベッドの近くにある窓から外を眺めている。


「ちょっと!聞いてんの?!」


「話をしてる暇は無いようですよ。どうやらお客さんが来たようです。」


「客?一体何が……はぁ?!」


カレンデュラがジェルミーの目線を辿って窓の外を見ると二人が通って来た正門が見えた。そこから昼間カレンデュラが倒したような四足歩行の魔龍と大きな翼で羽ばたく魔龍が大量に押しかけていた。


「なんでこんな場所に!しかもあんな数が!」


「この街に入った時から違和感があったのですが、どこかに魔龍香(まりゅうこう)があるのでしょうね。魔龍を人為的に特定の場所に呼び寄せる魔道具です。」


「なんでそんなものが……クッ!ねぇあんた、その魔龍香探せるでしょ?魔術師なんだから!」


「お任せあれ!すぐにでも探し出してみせましょう!で、カレンデュラは?」


「決まってんでしょ!アイツらを狩る!!」


カレンデュラは壁に立てかけた大槍を手に取り、二人は急いで部屋を飛び出した。

=====


「クソ!今夜も来よったか邪悪な龍め!よくもこの街を!よくも国王様と女王様を、儂から奪ってくれたなぁ!」


モーガンは門から押し寄せる魔龍の大群に錆つき刃こぼれした剣を向けている。余りにも無謀な、自殺としか言いようのない行為だった。普段のモーガンなら影に潜み、魔龍達が去るのを待っていただろう。


だが今は状況が違う。この廃墟の王国に、人が去り、もう何年も自分一人だった王国に久しぶりの客人が来た。そしてカレンデュラというどこか懐かしさを感じる少女の存在がモーガンを魔龍の前に立たせた。


「刺し違えてでも止めてやる!犠牲になるのは儂だけでいい。もうこれ以上貴様らには奪わせん!儂の愛した王国から奪わせてなるものかぁ!!」


一匹の魔龍がモーガンにその大顎を開く。モーガンの剣よりも巨大で鋭い牙がその身体を引き裂こうと迫ってくる。


「うぉぉぉぉぉぉお!!!」


己の死を確信しながらもモーガンは魔龍へ剣を振り下ろそうとした、その時!


「はぁぁぁぁあ!!」


横合いから何かが魔龍に猛スピードで激突し、その巨体を吹き飛ばした。驚いたモーガンがその魔龍の方を見ると少女が魔龍の横腹に得物である白い大槍を深々と突き刺している。


「き、君は…」


「下がりなさいお爺さん。ここにいたら足手まといだわ。」


「そ、そんな!客人である君にやらせるわけには!」


「蛮勇は勇気じゃない!それにアタシは竜狩りよ。大人しく任せればいいの。ただ……」


「この魔龍達を片付けたら、この街のこと全部教えてもらうから!」


そう言ってカレンデュラは魔龍の群れに突っ込んだ。彼女の戦い方は15歳という年齢からは想像できないほど力強く荒々しいものだった。


槍で突いてその身体を引き裂き、槍を薙いでその頭を吹き飛ばし、槍を投げ宙から地へと突き落とす。モーガンは月明かりに照らされながら龍を狩るカレンデュラにただただ驚愕していた。


彼女が槍を投げ、龍に突き刺さると槍はまるで生きているかのようにカレンデュラの元に戻ってくるのだ。その戻ってくる間、彼女は己の拳足の打撃で魔龍を捌いている。


更にモーガンが気になったのは明らかに致命傷ではない槍の刺突を受けた龍がその身を震わせた後、絶命しているのだ。


「な、何なのだ。いかに竜狩りと言えど、あんな少女がこれほどまでに戦えるものなのか?!」


「ハッハッハ!勇ましいですねカレンデュラ!」


「魔龍香は?!」


「えぇ見つけましたとも!魔法で効力は無効にしました。あとはそのトカゲ達を片付けるだけですよ!」


「言われなくても!」


いつのまにかモーガンの横に立っていたジェルミーは緑色の液体が入った円柱型の瓶を手に持っていた。

それを見てカレンデュラのスピードが更に増していく。


「おぉおぉ。これはまた凄まじい狩り姿ですねぇ。『龍滅の白槍(ラティフォリア)』を軽々と操る力にあの紅蓮の瞳、カレンデュラあなたはやはり『救世の御子』だったのですね。」


「な、なんじゃと!ジェルミー殿、今何と言った!救世の御子じゃと……それに紅蓮の瞳?!」


「えぇ、御覧なさいモーガン殿。あの月夜に咲く美しき竜狩りの姫を。」


「これで!終わりよ!」


カレンデュラは空中にいる魔龍に向かって飛び、その首を貫いた。着地する際にフードが脱げ、彼女の顔が露わになった。降りしきる魔龍の血の雨の中でさえ、彼女は強い存在感を放っていた。


全ての魔龍を狩り終え、カレンデュラは離れた場所で待つジェルミーとモーガンの元へ戻った。


「全く、何でこんな量の魔龍が押し寄せてくるのよ。ねぇお爺さん、ちゃんと話してもらう……お爺さん?」


モーガンは自分の元へ歩み寄ってくるカレンデュラに対して跪いていた。その目には大粒の涙が滲んでいる。


「よくぞ…よくぞ戻って参られましたな『姫』よ。おっと、こんなところでは話せませんな。屋敷へ向かいましょう!」


「姫?!ちょっと何言ってるの?!いきなりどうしたのよ!」


「まあまあ、いいではないですか。疲れたでしょう?ここは屋敷に戻ってゆっくり話を聞くとしましょう。」

=====


「姫……?アタシが、この王国の?」


屋敷の客間に戻ったカレンデュラはいきなり自分の前に跪くモーガンにそう伝えられた。この国に自分の両親がいることは確定した、しかしその両親が国王夫婦と知らされ、呆然としてしまっている。

モーガンは懐かしみながら昔のことを話した。


「国王様と王女様はそれはそれはお優しい方達でした。当時親衛隊の隊長をしていた儂にも気さくに声をかけ、食事に誘ってくださった。姫様が小さい頃よくおんぶをさせていただいたこともあるのですよ?」


「父と母が……優しい?でも二人はアタシを……」


「えぇ、辛い事件でございました。この街の惨状を姫が理解できないのも無理はありません今から14年の前のことですからな。」


「何があったの!両親はアタシを売ったんでしょ!この国の繁栄と引き換えに!そのせいでアタシはあんな場所で……」


「売った?!何を言っているのです!ローグ王とリアーナ王女はそんなことする人間ではない!お二人はあなたの事を心の底から愛しておられた!」


この老人は嘘をついているのかもしれない。カレンデュラはそう思った。だがモーガンのその真剣な眼差しがカレンデュラに疑う余地を与えなかった。

そんな彼女を見てモーガンの言葉を捕捉するようにジェルミーが話し始めた。


「確かにそれくらい前でしたね。エルサレム王国の王とその妻の間に大変優れた素養を持つ女の子が生まれたと聞いたことがあります。そしてその子は龍創魔会(ロベリア)によって連れさらわれた。」


「ロベリア?もしかして、アタシがいた所の大人達……?でも…何でここなの?何故あいつらはアタシを狙ったのよ!」


「あなたは救世の御子と言われるほどに優れた魔力を秘めているのです。格好の実験体なのですよ。ロベリアのような魔術組織からしたらね。」


「奴らは突如として現れました。魔龍の大群を引き連れて。今日の比ではない程の大群です。エルサレムは一瞬で火の海になり、悲鳴と人々の血で溢れました。儂は王宮の中で国王様達を守っていましたが、魔術師にやられ……」


「二人は……お父さんとお母さんはどうなったの?!」


わかりきっている事だった。この国の現状を見れば答えなんて分かりきっている。少女の目に最早復讐の色はない。ただありもしない事実に縋るような無色の目だ。


「儂が目覚めた時には……もうお二人とも。」


「そんな……アタシ、最低だ……」


悲しみと自己嫌悪の情が一気に少女に襲いかかってきた。モーガンは再び涙を流し、ジェルミーは少女の背中をさすりながら優しく語りかけた。


「あなたに非はありません。今までよくぞ一人で耐え抜いてきましたね。本当にあなたは強いですよカレンデュラ。」


「カレンデュラ?そうだ!姫様は何故そのようなお名前を名乗っているのです?」


モーガンの突然の問いかけに少女は頭を抱えた状態から顔をあげて質問に答える。


「この名前はアタシの師匠が付けた名前で……ねぇ、おじい…モーガン。アタシの本当の名前…知ってるの?」


「当然で御座います!このモーガン、一瞬たりともあなたの名前を忘れたことなどありませぬぞ!アイリス姫よ!」


モーガンは力強くそう言った。アイリス、初めて聞いた言葉。だが彼女はその名前に違和感を抱くことはなく、彼女の心へ浸透していくのを感じた。


「アイリス……それがアタシの名前?」


「おぉ!アイリス!春頃に咲く可愛らしい花々だ!あなたにピッタリの名前ですよ!」


ジェルミーがまるで自分のことのように満面の笑みを浮かべて喜んでいる。モーガンの涙をぬぐい、暖かな笑顔をアイリスに向けている。


両親は自分を売ってはいなかった。大人達の嘘だったのだ。それを確信できたアイリスはモーガンに問いかけた。彼女の中でずっと燻っていた疑問を。


「モーガン、アタシは本当に愛されていたの?お父さんとお母さんはアタシを愛してくれていたの?」


「もちろんです。お二人は片時も姫の隣を離れようとしませんでした。そのお名前もお二人が好いておられた花からとった名前なのですよ?」


「二人が好きだった花……」


「アイリス、その花言葉は『希望』『信頼』『友情』、更に語源は虹から来ているのです。あなたの両親はきっとあなたに幸せに満ちた人生を送ってもらいたかったのでしょうねぇ。」


「ぐ、うぅ、うわぁぁぁぁぁぁあん!あぁぁぁああん!!」


涙が溢れ出してきた。止めることが出来ないほどの熱く、大きな涙が。長い月日の中でアイリスを縛り付けていた黒い感情を諸共流していくかのように。

声も憚ることはない。自分を覆う殻を、弱い自分自身を破り捨てるほどの声を上げた。


廃墟と静寂に満ちたエルサレムの夜にアイリスの声が響き渡る。失ったこの国での日々を取り戻そうとしているかのように

=====


翌朝、三人はエルサレムの正門の前に立っていた。アイリスはマントを羽織ってはいるがフードを被っていない。その顔はどこか晴れ晴れとしているように見える。


「行ってしまわれるのですか?もう少し滞在されても良いのでは?」


「何かしてなきゃ落ち着かないの。やるべきことも見つかったしね。そんな悲しいそうな顔しないでよ。たまに帰ってくるようにするから。」


「ご安心を、モーガン殿!アイリスの安全はこのジェルミーが守ってみせます故!」


「おぉ、それなら安心だ!アイリス様をよろしくお願い致します。ジェルミー殿。」


「ちょっと!何でついて来ようとしてんのよ!」


あなたのようなうら若き少女を一人にするなどあり得ない。


この一点張りでジェルミーはアイリスの旅に同行しようとした。モーガンに別れを告げ、手を振りながら門から街の外に出る間もずっとこれだけを言ってきた。


アイリスは半ば諦めた形でジェルミーの言葉に反対するのをやめた。ジェルミーのはそれを肯定と取ったようで歩きながらクルクルと回ってみせた。


「ところでアイリス、新しい旅の目的とはなんですか?もしや……」


「そのもしやよ。ロベリアを潰す。どれくらいかかるか分からない。でもやってみせるわ。両親の仇だし、アタシみたいな目に合う人をすくってあげたいから。」


「素晴らしい!やっと竜狩りらしい顔になってきましたね!ならば尚のことワタクシが必要ですよ!対魔術師に関してワタクシ程頼りになるものはおりません!それにワタクシにも目的が出来ましたから。」


ジェルミーはアイリスの進路に立って笑顔を向けてくる。アイリスもだんだんとこの男の扱い方が分かってきたのだろう。ため息をついてジェルミーが聞いてほしいであろうことを問いかけた。


「はぁ……その目的って何なの?」


「あなたの笑顔を見ることです!言ったでしょう?ワタクシは笑う魔術師、人々の笑顔を集めているのです!アイリス、あなたは美しい。そんなあなたの笑顔がどれほど素敵なものなのか、考えただけでワクワクしますよ!」


笑顔。目の前の魔術師はそう言った。富や名声ではなく、自分の笑顔が見たいのだと。アイリスは改めて自分に微笑んでいる魔術師を変人だと思い、そんな変人と旅をしている自分も変人ではないかと感じ、思わず吹き出してしまった。


「あ!笑った!アイリス、あなた今笑いましたよね?もう一度見せてください!ほら、にこーっと!」


「いやよ、アタシのこと手伝うんでしょ?ここで見せたらあんたの目的終わっちゃうじゃない。」


「そんなケチなこと言わずにぃ!」


こうして二人の旅は始まった。竜狩りの姫と笑う魔術師の救済と笑顔のための旅が。

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