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竜狩りの姫と笑う魔術師  作者: 三條しずか
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竜狩りの姫と笑う魔術師 前編

空を覆う仄暗い雲から降る雨が森の草木を濡らしている。そんな森の中で黒いフード付きのマントを羽織った少女が大木の下で雨宿りをしている。その左隣には少女の華奢な身体には似つかわしくない大振りな白い槍が立て掛けられている。


雨宿りといっても完全に雨水を防げているわけではなく少女のマントは少しずつ雨水で濡れてしまっている。だがこの雨の中を歩いて体力を余分に消耗するよりは幾分もマシだろう。そう判断した少女は大木の幹に背を預けた。


(確かあの夜もこうだったっけ……)


少女の脳内に幼かった頃の記憶が蘇る。何年経ってもまるで煙のように少女に纏わりついてくる記憶。


あの夜は震えるしかなかった。しかし今は違う。少女は力を手に入れた。自分を守るための、そして……


(あれ?)


物思いに耽っていた少女は異変に気付く。男がいる。少女と同じような緑色のマントを羽織った白い髪の男が手に持った大きなハスの葉を少女に差し出しているのだ。


「こんなところでどうされたのですかお嬢さん?風邪を引いてしまいますよ?」


「……話しかけないで。」


「ハッハッハ!なかなか辛辣なお言葉ですねぇ。何かあったのですか?私で良ければお話をお聞かせください。」


「話しかけないでって言ってるでしょ……」


少女の前に立つ男はニコニコとしながら少女に話しかけてくる。羽織っているマントの下には眩い装飾品が見え隠れしている。


(胡散臭い奴……奴隷商かなにか?)


少女は男の仲間がいるのではないかと思い、辺りを見回してみたが気配は感じなかった。そのあいだも男は少女の前から離れる事はなく、再び話しかけてくる。


「お名前は?」


「え?」


「ですから、あなたのお名前です!さぞ、可憐なお名前なのでしょうねぇ!」


「なんであんたに教えなきゃいけないのよ。それにこういう時は自分から名乗るものじゃないの?」


「おや、では私が名乗ればあなたはお名前を教えてくださるのですか?」


「あんたねぇ……聞きたいのか聞きたくないのかどっちなのよ!」


「ハッハッハ!冗談ですよ!では自己紹介を。私の名はジェルミー、人呼んで『笑う魔術師』!以後お見知りおきを。」


そう言ってジェルミーは胸に軽く手を当て少女に軽い会釈をした。魔術師を名乗るジェルミーに少女は未だに疑いの眼差しを向けている。


だがジェルミーは全く気にすることなく、さぁ次は貴方だといわんばかりの期待の眼差しを少女に向けてくる。


少女は完全に根負けし、大きなため息を一つついてジェルミーと目を合わせないようにしながら自分の名を名乗った。


「……カレンデュラ。」


「カレンデュラ!なるほどそうですか。で、本当のお名前は?」


「はぁ?!どういう意味よ。」


「いえね、ワタクシがもし子供に名をつけるとしたらカレンデュラなんて名前は決してつけないと思いまして。誰がその名前をつけてくれたのですか?」


「アタシの師匠よ。ていうかそんなのあんたの好みでしょ……ねぇ、いつまでいる気なのよ!早くアタシの前から消えて!!」


カレンデュラは刺すような目線をジェルミーに向ける。だがジェルミーはどこ吹く風といった様子でカレンデュラに近寄り、彼女の右横で同じように幹に寄りかかった。


「ちょっと!」


「貴方の'前'からは消えましたよ?フフフ、少々意地悪でしたか?」


「うるさい……ほんとうるさい!」


「まあまあそう邪険にしないでください。ワタクシも雨の降る森の中を歩きたくはない、それに貴方のようなお嬢さんを一人にしてはおけませんからね。」


そう言ってジェルミーは完全に居座り、休むことなくカレンデュラに話しかけてきた。

魔術で人々を笑顔にするために何年も旅をしているということ、珍しい植物や宝石を持っていること、今までの冒険の話など。その話題が尽きることはなかった。


カレンデュラは一切目を合わせたり相槌を打つことをせず、ジェルミーの話を聞き流していた。止めることをしなかったのは彼女自身この手の話に興味があったからだ。

彼女に竜狩りの力を与えた師匠も寝る前によくこの手の話をしてくれた。


そんなカレンデュラの内心に気づいたジェルミーは優しく微笑み、再び彼女に問いかけた。


「カレンデュラ、聞かせてくれませんか?こんな森の中で何故一人なのか、それに何故そんな物騒なものを持ち歩いているのか。」


「あんた魔術師なんでしょ?なら聞かなくても見ただけで分かってるくせに……」


「……では、質問を変えましょう。竜狩りである貴方は一体何のために旅をしているのですか?」


「初めて会ったあんたに話すようなことじゃないわ。それに話せるようなことじゃない。」


「いいではありませんか。そうだ!もし貴方が旅をしている理由を聞かせてくれたらお礼にワタクシも貴方が気になることをお教えする、というのはどうです?」


普段のカレンデュラなら決してこの質問に答えなかっただろう。話したからといって何か状況が変わるとは思えなかったからだ。


だがこの男はもしかすると自分の目指す場所の手がかりを何か持っているのではないかと、直感的に感じたカレンデュラは躊躇いながらもその重い口を開き、師匠以外の人間に初めて自分の目的を話した。


「復讐よ。昔、アタシを金のために売った両親への復讐の旅よ!」


「復讐……あなたの両親はどこに暮らしているのですか?」


「さぁね、物心ついた時には暗い部屋に閉じ込められてた。顔も知らない。唯一の手がかりはアタシを売ったことで金を手に入れたんだから『突然豊かになった国』を探してるの……」


「突然豊かに、ですか。ならばあなたの両親は金銭を直接国益に還元できる地位の方と推測出来ますねぇ……カレンデュラ、あなた今いくつですか?」


「え?15…くらいだと思うけど。」


「15……まさかあなたあの王国の?」


そう言いかけたジェルミーの胸ぐらをカレンデュラが掴み、15歳の少女とは思えない力で自分の方へ引き寄せた。

その時ジェルミーはフードの中に烏の濡れ羽色とも言うべき短く切られた美しい黒髪と煌々と燃える炎のように赤い瞳を見た。


「美しい……カレンデュラ、そんなに美しいのに何故顔を隠しているのです?」


「そんなことどうでもいいのよ!あんた知ってるの?!アタシの生まれた場所!あいつらがいる場所を!」


「えぇ、恐らく知っていると思います。ですが教えることは出来ませんねぇ。」


「はぁ?!何でよ!」


カレンデュラの拳に力が入る。その瞳は鋭さを増し、射殺すようにジェルミーを睨みつける。だがジェルミーは顔色を変えることなくまだニコニコと笑みを浮かべている。


「復讐と言いましたね?ワタクシはそんな無意味な行為の手助けはしたくないのですよ。あなたのような少女に修羅の道を歩かせたくない。」


「偉そうなこと言ってんじゃないわよ!あんたに何の関係があるの?!アタシがどんな道を歩もうがあんたが損することは何もないでしょ!」


「カレンデュラ、あなたの名前は花が由来になっているのでしょう。その花の花言葉、ご存知ですか?」


「いきなり何?関係ないこと……」


「『悲嘆』と『絶望』、ですよ。あなたのような可憐な少女には似合わない。ですがまるであなたの未来を暗示しているようではありませんか?」


「悲嘆と…絶望?」


「ワタクシは耐えられません。復讐の果てには何も無いのです。そこに行き着いてしまえば貴方はきっと枯れ果ててしまう。カレンデュラ、貴方がそんな結末を辿るのは余りにも悲しすぎる。」


「この……!もういい!期待したアタシがバカだったわ!」


ジェルミーに向かって拳を構えていたカレンデュラだったが苦々しく歯を食いしばり、拳を下ろしてジェルミーのマントからも手を離した。例え暴力を振るったとしてジェルミーは話さないだろう。


カレンデュラは腹立たしげにジェルミーに背を向け、槍を持って雨の中を歩き始めた。そんな彼女をジェルミーは背中越しに声をかけて呼び止めた。


「カレンデュラ……あなたは未来を見ていますか?復讐を終えた後、あなたはやるべきことがありますか?もしあなたがその先でなにかを成そうと言うのならお教えしましょう。」


「そんなの……今は分からない。アタシの心はずっと暗いままよ。先なんて何も見えてこないほどに……」


「そうですか……ならばここから東にあるエルサレムという王国を目指しなさい。そこにあなたの答えがあるはずです。」


「エルサレム……」


カレンデュラはジェルミーの言葉を小さく繰り返し、記憶に刻みつけた。そのままジェルミーの方を振り返ることなく、東へと歩を進めた。


ジェルミーは去っていくカレンデュラのマントに刻まれた首が切られた龍の紋章を見て少しばかり驚いて目を見開いたが、すぐに納得したような笑みを浮かべる。


「成る程、彼女の言う師匠とはあなたでしたか。ならばカレンデュラという名前をつけたのも頷ける。復讐することも止めはしなかったのでしょう。『やれるものならやってみろ』とか笑いながら言ってそうですねぇ。」

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