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竜狩りの姫と笑う魔術師  作者: 三條しずか
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プロローグ

『お前は竜の供物になるのだ』


少女が自分を認識出来るようになってから周りの大人たちは冷たい声でそう言った。


少女はそれに従った。一点の疑いもなく、何を望むこともなくただひたすらにその言葉を己の中で反芻した。

大人たちの言葉に逆らったことはない。否、逆らう気力がなかった。暗い部屋、味のない食事、話し相手もいない乾いた日々。自分の名前も知らない少女の心はいつしか空になってしまっていた。


自分は竜の供物になるうために生まれてきたのだと少女は信じ込んでいた。


朝に起き、昼を過ごし、夜になったら眠る。まるで機械のように毎日同じことを繰り返す。少女は疑問を抱かない。それ以外のことを知らぬが故に。


8歳になった頃、少女は一つの疑問を持った。色の無い日常に対してではない。親は一体誰なのか、自分は一体何という名前なのかという己の存在に関する疑問。年頃の子供であれば誰しもが抱くこの疑問が彼女にはとても恐ろしく思えた。自分は今、触れてはいけないものの前に立っているのではないかと。


聞かないようにした。口を閉じ、ただ黙々と日常を過ごそうとした。だが一度心の中に生まれたこの疑問はドンドンと膨れ上がり、全く抑えることが出来ずやがてそれは内側から少女の口を無理矢理に開いた。


『私のお父さんとお母さんは誰?』


大人達は黙った。少女が再び話しかけようとも黙った。すると一人の大人が少女の元へ歩み寄り、こう言った。


『お前は売られた、国の繁栄と引き換えに』


10歳の少女がその言葉を飲み込むには時間がかかった。しかし徐々に、徐々に少女は理解する。そして恐怖に震えた。少女にとって初めての感情だった。何故両親は私を売ったのか、親は自分を見捨てたのか、自分はただ利用されたのか……


まるで洪水のように様々な思いが少女の脳内に流れ込み、埋め尽くして行く。溺れかけた少女はまた一つ新たな感情を抱く。


『憎い』


少女は親を憎んだ。今まで味わったことのない思考の濁流の中で溺れまいともがき、助かりたい一心で、この感情に行き着いた。

本心かはわからない。だが今はこの感情にしがみついていなければ溺れ死んでしまいそうな不安感が少女の憎悪を掻き立てた。


竜の供物になることが自分の存在意義だと今まで思っていた。だが少女は初めてその事に激しい嫌悪感を覚えた。


なってたまるものか……どうせなるのなら自分と引き換えに富を得た両親への復讐を果たしてからだ。少女の目に憎しみの火が灯った。


少女は逃げた。自分の向かうべき場所が何処なのかも分からないまま雨が降る夜の森を裸足で走った。大人達が追ってくる。今まで聞いたことがない程に声を張り上げながら。


『痛い……暗い……寒い……』


森は容赦なく少女の体力を奪い、やがて少女は大木の下でうずくまった。声が近づいてくる。無謀だったのか。このまま連れて帰られたら自分はどうなってしまうのか。そんなことを考える余地もなく、少女は気を失った。


少女は目覚めた。見知らぬ天井、見知らぬベッド、見知らぬ部屋。そして暖炉に薪をくべる銀色の鎧を着た人物。


『目覚めたか。さぁこれを。』


兜の隙間から女の声が聞こえてきた。少女は少し面食らったが鎧の女が差し出してきた皿を受け取った。皿に盛られたスープは湯気を立て、その芳しい香りに少女は夢中でスプーンを動かした。


今まで食べてきたどんなものよりも暖かく、優しい味のスープは凍えた身体と心の両方を温め、少女は自分は助かったという安心感から大粒の涙を流した。


鎧の女はベッドの近くにあった椅子に腰掛けその背中を撫でた。大きく柔らかな手の平の心地よさに少女は再び眠りについた。


翌朝、少女は鎧の女に自分に起こったことを全て話した。どこにいたのか、何をしていたのか、そして何を思ったか……

その話を聞いて鎧の女は自分が竜狩りという文字通り竜を相手に戦うことをが生業であること、少女が望むのであれば一人で生きていくための(すべ)を教えてやろうと言った。その末に手に入れる力はお前自身が考えて使えと。


もしその力を自分が悪用したらどうすると少女は言った。鎧の女には自分が親を憎んでいることを話している。そのことを知っていてなお、鎧の女は笑い飛ばしてこう言った。


『やれるものならやってみろ。』


こうして少女の修行の日々が始まった。そして7年の月日が経ち、少女は槍を携えて新たな一歩を踏み出した。竜狩の力を復讐の道具とするか、護る力とするか、分からないまま。

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