ジェルミーの授業
「アイリス、あなたの師匠はフィアンナでしょう?」
「え?あんた師匠のこと知ってるの?」
「勿論ですとも!『首切り竜のフィアンナ』星屑のように輝く金髪と透き通る碧い瞳が美しい女性です!」
アイリスとジェルミーはエルサレムから出て更に東に歩いていた。この先にあるエルサレムから徒歩で3日ほどかかる貿易都市アノールが二人の目的地だ。
旅を進めるためには色々と入り用になるだろうということでジェルミーがアイリスに提案した形だ。その道中でもジェルミーは休むことなくアイリスに話しかけてくる。
「それにしても龍創魔会には困ったものですねぇ。あれだけの魔龍をどんどん製造していっているのですから」
「え?魔龍を製造ってどういう意味よ?」
「はい?」
二人は数秒間見つめあいアイリスは疑問の表情を、ジェルミーは少しばかり引きつった表情をお互いに向けていた。
「アイリス、あなたもしかしてフィアンナから何も教わってないのですか?龍と魔龍の違いとか。」
「な、何よ。しょうがないでしょ竜狩りの修行に必死でそれ以外のこと考えてる暇なかったんだから!それに師匠もそういうこと教えるのめんどくさそうだったし。」
「なんという……まぁ確かにフィアンナらしいといえばそうですがこれは看過できない問題ですよ!さぁアイリスこっちに!」
「いきなり何よ!あと手引っ張らないでよ!」
アイリスの言葉を無視しながらジェルミーは辺りを見渡し、近くにあった岩の元へアイリスを引っ張っていった。
「アイリス、いいですか。あなたは優れた竜狩りの力を秘めているにも関わらず、余りにも無知だ。これは由々しき事態ですよ。ということでこれから授業をします!お座りなさい。」
「嫌よ授業なんて。それに今じゃなくてもいいでしょ?アノールに着いてからでも……」
「お座りなさい?」
「はぁ……分かったわよ。座ればいいんでしょ。」
言われた通り岩の前で片膝を立てるようにして座った。ジェルミーはそれを確認すると指で軽く岩をつついた。
すると岩が半分がまるで砂のように細かく崩れ、もう半分の断面は磨かれたように平坦になっている。どうやらジェルミーは簡易的な黒板を作ったようだ。
「まずは何からがいいでしょう……アイリス、あなたはこの大陸の名前をご存知ですか?」
「ソルドレッド大陸でしょ?流石にそれくらいは知ってるわよ。」
「よろしい、我々の暮らすここ、ソルドレッド大陸は更に四つの地域に分かれて、その地域はそれぞれ竜狩り協会から任命された龍聖の名を冠する四人の竜狩りによって魔龍討伐が進められているのです。」
ジェルミーは小物入れから取り出したチョークで岩の断面にカツカツと音を立てながら図や文字を書いていく。アイリスは既に眠たげな様子だ。
「そもそも龍は人を襲うことはしません。彼らは自身の縄張りや仲間を守る時以外にその強大な力を使わないのです。」
「じゃあ魔龍は?あいつらはどういう何で人を襲うの?」
「先程も言いましたが魔龍は作られた存在です。ロベリアは龍の死骸から取り出した鱗や肉片を媒介に錬成を行い、自分達の命令に従う凶暴な龍、まぁ簡単に言えば使い魔を作っているわけです。」
これはアイリスが知らなかった知識だ。この世にいる龍は全て魔龍のようなものだと思っていた。それがまさか魔術組織が作り出したものだったとは。
アイリスは今まで狩ってきた魔龍の数を思い出し、ロベリアという組織の規模が計り知れないものであることを悟った。
「彼らの目的は四原龍という各地に祀られた原始の龍達を討伐し『塔』に至ることなのです。」
「塔?」
「どういったものかは分かりませんがその塔には『世界の真理』が眠っていると言います。真理への到達は魔術師の本懐なのでしょうねぇ。その塔を出現させるための条件が四原龍を討伐することなのだとか。まぁ誰が言ったのかは知りませんけど。」
「あんた教える気あんの?」
「勿論ですとも!四原龍は『大地の楔』とも言われ、その龍達を殺すと厄災が訪れると言い伝えられています。無差別に龍や人を殺し、四原龍の討伐を目的の一つにしたロベリアは明らかに人類の脅威です。そのために設立されたのが竜狩り協会なのですよ!」
「ねぇ、今までの話から考えたらもしかして竜狩りって龍を守ることが目的なの?」
アイリスの質問を聞いてジェルミーの目が光り輝き、いつも笑っている口元の口角が更に上がっていく。その様子を見てアイリスはやってしまったと頭を抱えた。
「よく分かりましたねぇ!いい調子ですよアイリス!その通り。言葉から判断すればどう考えても龍を殺す者のように思われがちですが、竜狩りが狩るのはロベリアの魔龍のみ。自然にいる龍は保護対象なのですよ。」
ジェルミーはお手製の黒板に高速で文字を書いていく。余程楽しいのかその勢いが衰えることはない。アイリスは空を見上げた。空が明るいうちにこの授業が終わってくれと祈りながら。
「竜狩り協会から派遣された四人の龍聖達はその地に眠る原龍達の守護者として龍の名前と共に人々に親しまれています。一通り書いてみましょうか。」
黒板にジェルミーが四人の龍聖達の名前を綴っていった。
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『双子龍のリンゼイ』
『首切り龍のフィアンナ』
『大牙龍のダンテ』
『激龍のモーゼス』
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「彼らはいずれも人間の臨界を超えた力を持っています。そして各々が数十から多い場合では数百の部下を従えて今もロベリアの魔龍群と戦っているのです。」
「師匠ってそんなすごい人だったんだ……でも部下?師匠の所にそんな人達いなかったけど?」
「ワタクシが驚いたのはそこですよ。彼女は龍聖の中では相当な変人でしてね、部下はいらないと言って一人で守護をしているのですよ。アイリス、一体どうやって彼女を説得したのですか?」
「説得なんてアタシは……ただ一人で生きる術を教えてやるって。」
「そうですか。他の龍聖と比べ、彼女が格段に強いというのも一人での守護が許されている理由なのですがね。」
それについてはアイリスも憶えがある。竜狩りの修行中、彼女は何度もフィアンナが素手で魔龍を殴り殺す所を見てきた。
『いい?最後に頼れんのは自分の身体よ。武器なんて結局どっかで壊れんだから!』
そう言われアイリスはフィアンナにみっちりと徒手格闘の稽古をされたことを思い出し、少しばかり身震いした。
「さて、授業はこのくらいでいいでしょう。何か質問はありますか?」
「いえ、特にないわ。もう終わったのね?それじゃあ……」
アイリスは急いで立ち上がり、側においていたラティフォリアを持ち上げた。すると、
「おぉ、そうだ!その『滅龍の白槍』のことについても話した方がいいでしょうね!いいですか?その槍の……」
ジェルミーは黒板に簡易的な槍の図面を描き、再び解説を始めた。その様子を見てアイリスは溜息をつき、踵を返して貿易都市アノールへ向かって歩き出した。
「目的地は分かってるんだし、気づいたら追ってくるでしょ。」
「良いですか?その槍はとある秘境の花畑で見つけられた業物でしてね、それを見つけたのが何を隠そう……」
この後ジェルミーがアイリスがいないことに気づくのは3時間後のことであり、二人が合流するのは翌日になったのはまた別の話。
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