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第8話 クリアスライム


 翌朝、台所へ向かうと、母さんが食卓の周りをゆっくり歩いていた。

 足元には、昨日プレゼントした『疲労軽減の靴』がある。

 椅子のところまで歩いたかと思えば、くるりと向きを変え、今度は窓際まで歩いていく。


「おはよう、母さん」

「あら、おはよう、レイン」

「靴、気に入ってくれた?」

「ええ、とっても。昨日もずいぶん楽だったのよ」


 母さんは嬉しそうに笑い、椅子へ腰を下ろした。


「仕事から帰ってきても、いつもほど足が疲れていなかったの。こんなに違うものなのね」

「それならよかった」

「でも、あんまり楽だから、つい歩き回っちゃいそうだわ」

「あははっ。それじゃあ意味がないよ」

「ふふっ、そうね」


 母さんは笑いながら、温めていた芋のスープを器によそった。

 焼き直したパンも食卓に並べられ、香ばしい匂いが台所に広がる。

 ボクは椅子に座り、母さんからスープを受け取った。


「今日は冒険者ギルドへ行くの?」

「うん。何か良さそうな依頼がないか見てくるよ」

「そう。お昼はどうするの?」

「草原で食べようかな」

「それなら、パンを持っていきなさい。今朝、少し多めに用意したの」

「ありがとう、母さん」


 母さんは布に包んだパンを指さした。

 食卓の端には、すでにボクの分が用意されている。

 ありがたく受け取り、アイテムポーチへしまった。


「今日も無理はしないでね」

「うん。暗くなる前には帰るよ」

「約束よ?」

「約束」


 母さんと顔を見合わせ、二人で笑った。


 *


 朝食を終え、母さんを見送ってから、ボクは冒険者ギルドへ向かった。

 王都の通りには、野菜や果物を積んだ荷車が行き交っている。

 焼き菓子を並べ始めた露店の前では、子供たちが足を止めていた。

 甘い匂いに少しだけ惹かれたけれど、帰りに寄ることにして先を急ぐ。

 ギルドの扉を開くと、朝から大勢の冒険者で賑わっていた。

 特に依頼掲示板の前には人が集まっている。

 何か新しい依頼でも出たのかな。

 空いているところから覗き込むと、同じ内容の依頼書が何枚も貼られていた。


「……クリアスライム?」


 聞いたことのない名前だ。

 ボクは一枚の依頼書へ目を通した。


____________________


 【クリアスライムの素材採取依頼】


 依頼内容:クリアスライムの魔石および外殻の採取

 出現場所:王都近郊の草原

 報酬:金貨一枚

 依頼期限:一ヶ月


 王都近郊の草原に稀に出現する、クリアスライムの素材を求めています。

 クリアスライムは無色透明の身体を持ち、その魔石もまた、宝石のように美しく透き通っていると聞きます。

 間もなく誕生日を迎える娘に、この珍しい魔石を贈りたいと考えております。

 発見が非常に難しい魔物であることは承知していますが、どうか採取にご協力ください。


____________________


「……金貨一枚?」


 思わず報酬の欄を見直してしまった。

 スライムの素材を集める依頼なのに、金貨一枚だなんて。

 それだけ見つけるのが難しいんだろうか。

 隣では、依頼書を眺めていた二人組の冒険者が話していた。


「昨日もずいぶん探したんだけどなあ」

「草原が広すぎるんだよ。透明なスライムなんて、どうやって見つけろっていうんだ?」

「でも金貨一枚だぞ。諦めるには惜しいだろ」

「そりゃそうだけどよ」


 二人は依頼書を一枚剥がし、受付へ向かっていった。

 どうやら、すでに探している人もいるらしい。

 ボクも依頼書を一枚手に取り、セシリアさんのいる受付へ向かった。


「おはようございます、セシリアさん」

「あら、レインくん。おはようございます」

「この依頼を受けたいんですけど、ボクでも大丈夫ですか?」


 差し出した依頼書を見て、セシリアさんが頷いた。


「クリアスライムですね。はい、Eランクの冒険者でも受けられますよ」

「よかった。報酬が高いので、もっと強い魔物なのかと思いました」

「強さは普通のスライムとほとんど変わらないんです。ただ、発見するのがとても難しいんですよ」

「透明だからですか?」

「ええ。身体の輪郭や目がうっすら見えることもあるそうですが、草原で見つけるのは大変みたいですね」


 セシリアさんは依頼書を机へ置き、ボクの冒険者カードを受け取った。


「この依頼は複数の方が同時に受けられるんです。昨日から、ずいぶん多くの冒険者が探しに出ていますよ」

「そうなんですね」

「そういえば、以前レインくんが助けたお二人も、この依頼を受けていたんですよ」

「えっ、あの二人も?」

「はい。今も探しているそうです」

「そうなんだ。元気になったならよかったです」


 あのときの二人も、クリアスライムを探していたのか。

 もしかしたら、草原で会えるかもしれないな。


「それでは、受注しておきますね」

「ありがとうございます」

「期限までは一ヶ月ありますから、焦らず探してください」

「はい。頑張ってみます!」


 冒険者カードを返してもらい、受付を離れる。

 金貨一枚かあ。

 もし依頼を達成できたら、家で使うものを色々買えるかもしれない。

 そんなことを考えながら、ボクはギルドをあとにした。


 *


 王都の城門を抜けると、目の前には広い草原が広がっていた。

 朝の風が草を揺らし、遠くの木々から鳥の鳴き声が聞こえてくる。

 いつもなら、草の間を動くスライムを探しながら歩くところだけれど、今日は少し勝手が違う。

 相手は透明なスライムだ。

 見落とさないように、足元にも気を配りながら歩き始めた。

 最初に向かったのは、草原に点在する大きな岩の周辺だった。

 岩陰なら、日差しを避けたスライムが隠れているかもしれない。

 そう思って覗き込んでみたけれど、そこにいたのは小さな虫だけだった。


「……いないか」


 反対側へ回り、岩の周囲も確かめる。

 少し離れた場所には、普通のスライムが一匹いた。

 ボクが近づくと、ぽよんと跳ねて向かってくる。


「おっと」


 飛びかかってきたところを避け、剣で倒す。

 残された魔石を拾ってアイテムポーチへしまい、再び探索を始めた。

 次は木の幹の周りだ。

 草原には、ところどころ大きな木が生えている。

 幹の裏側を覗いたり、根元の草をかき分けたりしてみたものの、それらしい姿は見当たらない。

 木の根元にしゃがんでいたら、上から木の実が一つ落ちてきた。

 ころころと転がっていく実を目で追い、思わず苦笑いする。


「クリアスライムも、こんなふうに転がってくれたら見つけやすいんだけどなあ」


 もちろん、そんな都合のいいことは起こらない。

 立ち上がり、次の木へ向かう。

 途中でアルミラージを一匹倒し、さらに草むらを調べてみたけれど、透明なスライムは見つからなかった。

 少し歩いたところで、遠くに冒険者の姿が見えた。

 二人組が草をかき分けながら、何かを探している。

 あちらもクリアスライムを探しているのかな。

 声を掛けようか迷ったけれど、ずいぶん離れていたので、そのまま別の方向へ歩くことにした。

 それにしても、広いなあ。

 普段は魔物を倒しながら歩いているから、あまり気にしたことがなかった。

 でも、たった一種類の魔物を探すとなると、草原の広さが身に染みる。

 岩の周りを調べ、木の根元を覗き、草の揺れにも目を向ける。

 そうしているうちに、太陽は少しずつ高くなっていた。


「……うーん。なかなか見つからないな」


 額の汗を拭い、遠くを見渡す。

 この先には、以前ネリア草を採取した湖がある。

 あそこなら、草原とは少し違う場所も探せそうだ。


「よし。湖まで行ってみよう」


 ボクは水辺を目指して歩き始めた。


 *


 湖へ着いた頃には、太陽が頭の上近くまで昇っていた。

 水面には青い空が映り、風が吹くたびに小さな波が広がっている。

 以前来たときと同じように、岸辺には背の低い草が生えていた。

 水際を歩きながら、石の隙間や草の根元を覗き込む。

 透明な身体なら、水辺ではかえって見つけにくいのかもしれない。

 そんなことを考えながら探してみたけれど、やっぱり見当たらなかった。

 岸辺をしばらく歩いたところで、お腹が小さく鳴った。


「……そろそろお昼かな」


 近くの木陰に腰を下ろし、アイテムポーチから母さんが用意してくれたパンを取り出した。

 布を広げると、ふんわりとパンの香りが漂ってくる。

 いただきます、と小さく呟いてから一口かじった。

 朝からずっと歩いていたせいか、いつもよりおいしく感じる。

 目の前では湖面がきらきらと輝き、ときどき水鳥が水面を滑るように泳いでいた。

 風も気持ちいい。

 ボクはパンを食べながら、木の幹へ背中を預けた。


「……ふう」


 少し休んだら、また探そう。

 それにしても、クリアスライムって本当に見つからないんだなあ。

 朝からずっと探しているのに、まだ一度も姿を見ていない。

 普通のスライムなら、もう何匹も倒せているのに。

 残っていたパンを食べ終え、布を畳んでポーチへしまう。

 まだ少し休んでいたかったので、何となく『公式ストア』を開いてみた。

 目の前に、見慣れた画面が浮かび上がる。


____________________


 ようこそ、公式ストアへ!


____________________


 今日は武器や防具ではなく、生活用品を見てみよう。

 母さんに靴をプレゼントしてから、家で使えるものが気になっていた。

 商品を眺めていると、寝具や調理道具のほかに、家具も並んでいる。

 その中で、一つの商品に目が留まった。


____________________


 『安らぎのソファー』


 価格:大銀貨五枚

 効果:疲労回復・安らぎ


 二人掛けの柔らかなソファー。

 座って休むことで身体の疲れが和らぎ、心も落ち着く。


____________________


「……わあ」


 思わず声が漏れた。

 画面には、柔らかそうな座面と背もたれのついた、二人掛けのソファーが映っている。

 座ったら、きっと気持ちいいんだろうな。

 母さんと並んで座って、お茶を飲んだり、のんびり話をしたり。

 そんな時間があったら楽しそうだ。


「これ、欲しいな……」


 価格は大銀貨五枚。

 安い買い物ではないけれど、クリアスライムの依頼を達成できれば買える金額だ。

 もちろん、見つかればの話だけど。


「よし。午後も頑張ろう」


 ボクは画面を閉じ、立ち上がった。

 座っていた場所の草を軽く払い、湖の周囲をもう一度見渡す。

 せっかくここまで来たんだから、もう少し探してみよう。


 *


 午後になっても、クリアスライムはなかなか見つからなかった。

 湖から少し離れた草むらを調べていると、アルミラージが飛び出してきた。

 こちらへ向かって跳ねてきたところを剣で倒し、素材を回収する。

 続いて見つけたのは、普通のスライムよりずっと大きなヒュージスライムだった。

 丸い身体を揺らしながら近づいてきたので、横へ回り込んで剣を振る。

 倒したあとに残された素材をポーチへしまい、周囲を見回した。


「……クリアスライムじゃなかったか」


 大きなスライムなら見つけやすいけれど、今日探しているのは透明なスライムだ。

 草の間に紛れていたら、すぐ近くを通っても気づかないかもしれない。

 そう思うと、歩く速度も自然と遅くなる。

 少し先では、グラスディアが草を食べていた。

 こちらに気づいたグラスディアが顔を上げる。

 ボクは剣を構え、逃げ出す前に距離を詰めた。

 倒したあとは素材を回収し、再び探索へ戻る。

 魔物を倒すこと自体は、以前よりずっと楽になった。

 でも、見つからないものを探すのは、装備が良くなっても簡単にはならないらしい。


「……今日は無理かなあ」


 空を見上げる。

 まだ帰るには少し早いけれど、あまり遅くなると母さんが心配する。

 あと少し探して、見つからなかったら今日は帰ろう。

 そう決めて、湖の方へ足を向けた。

 以前ネリア草を採取した場所が近くにある。

 午前中にも通ったけれど、今度は草の根元まで確かめてみよう。

 水辺に近づくと、見覚えのある草が風に揺れていた。

 しゃがみ込んで辺りを見回す。

 石の脇にも、草の間にも、それらしい姿はない。

 やっぱり駄目かな。

 そう思って立ち上がろうとしたときだった。


「……ん?」


 少し先の草が、不自然に揺れた。

 風は湖の方から吹いている。

 けれど、その場所の草だけ、違う方向へ押し倒されたように動いていた。

 ボクは立ち上がるのをやめ、じっと目を凝らした。

 最初は何も見えなかった。

 ただ、緑色の草が揺れているだけだ。

 ところが、よく見ると、草の上にうっすらと灰色の線が浮かんでいる。

 丸みを帯びた輪郭。

 その内側には、小さな点が二つ並んでいた。


「……もしかして」


 息を潜め、少しだけ顔を近づける。

 すると、灰色の輪郭がぷるんと揺れた。

 向こう側の草が透けて見える。

 それなのに、確かに何かがそこにいる。


「……クリアスライム!」


 ようやく見つけた。

 思わず声が大きくなりそうになって、慌てて口を閉じる。

 朝から探し回って、やっと見つけた一匹だ。

 ここで逃がすわけにはいかない。

 ボクはゆっくり立ち上がり、剣を抜いた。

 クリアスライムはその動きに気づいたのか、身体を小さく縮める。

 次の瞬間、透明な身体がこちらへ跳ねてきた。


「っと!」


 横へ避け、剣を振る。

 刃が透明な身体を捉えると、クリアスライムは小さく震え、光の粒になって消えていった。

 あとには、小さな魔石と薄い外殻が残されている。


「……やった!」


 ボクはしゃがみ込み、魔石を拾い上げた。

 指先に乗せると、向こう側の景色が透けて見える。

 日の光にかざしてみると、きらきらと美しく輝いた。

 まるで、本物の宝石みたいだ。

 依頼書に書かれていた貴族の女の子も、きっと喜んでくれるだろう。

 外殻も拾い上げ、傷つけないように気をつけながら、魔石と一緒にアイテムポーチへしまった。


「ふう……。やっと見つかった」


 朝から歩き回った甲斐があった。

 これで依頼を達成できる。

 帰ったら、母さんにソファーのことを相談してみようかな。

 そんなことを考えながら立ち上がった、そのときだった。


「……おい」


 背後から、聞き覚えのある声がした。

 振り返ると、少し離れた場所にダンが立っていた。


「……ダン?」

「お前、今の……クリアスライムだろ?」


 ダンの視線が、ボクのアイテムポーチへ向けられている。

 どうやら、素材をしまうところを見られていたらしい。


「うん。そうだけど」

「……マジかよ」


 ダンはしばらく呆然としていたけれど、すぐに口元を歪めた。


「おい、レイン。それを寄越せ」

「……え?」

「聞こえなかったのか? 今手に入れた素材だよ」

「どうして?」

「俺もその依頼を受けてるんだよ。金貨一枚だぞ? お前みたいな奴が持ってても仕方ねえだろ」


 ダンが当然のように手を差し出してきた。

 ボクは思わず眉を寄せる。


「いや、これはボクが見つけたものだよ」

「だから何だよ。いいから寄越せって言ってんだろ」

「嫌だよ」


 そう答えると、ダンの顔がみるみる赤くなった。


「……ああ?」

「ボクだって依頼を受けてるんだから、渡す理由がないよ」

「てめえ……! 俺に逆らう気か!?」


 ダンが一歩近づいてきた。

 ボクはその分だけ後ろへ下がる。

 ここで言い争っても仕方ない。

 それに、せっかく素材を手に入れたんだから、早くギルドへ届けたい。


「じゃあ、ボクは帰るね」

「待てよ!」


 ダンが腕を伸ばしてきたので、ひょいと避けた。

 そのまま踵を返し、王都へ向かって走り出す。


「おい! 待ちやがれ、レイン!」


 背後から怒鳴り声が響いた。

 振り返ると、ダンが必死に追いかけてきている。

 ……本当に追いかけてくるんだ。

 ボクは少しだけ速度を上げた。


 *


 王都へ続く道を走りながら、何度か後ろを振り返った。

 ダンはかなり離れているけれど、まだ追いかけてきている。

 もう諦めてくれればいいのに。

 とはいえ、草原を抜ける道はほとんど一本道だ。

 いくら距離を離しても、姿が見えているうちは追いかけてくるらしい。


「……しつこいなあ」


 ボクはため息をつき、王都の城門へ向かった。

 城門を抜け、賑やかな通りへ入る。

 ここまで来れば、道はいくつも分かれている。

 ボクは人の邪魔にならないように速度を落とし、細い路地へ入った。

 けれど、しばらくすると背後から聞き覚えのある声が響いた。


「見つけたぞ、レイン!」

「……ええっ?」


 振り返ると、ダンが路地の入口に立っていた。

 肩で息をしながら、こちらを睨みつけている。


「はあっ……はあっ……。てめえ、よくも逃げやがったな……!」

「まだ追いかけてたの?」

「当たり前だろ! さっさと素材を寄越せ!」


 ダンがこちらへ駆け寄ってくる。

 ボクは周囲を見回した。

 左右には建物が並び、少し先には二階建ての家がある。

 その屋根を見上げたところで、ふと思いついた。


「……あ、そうだ」


 ボクは軽く膝を曲げ、地面を蹴った。

 身体がふわりと浮き上がる。

 次の瞬間には、二階建ての家の屋根へ着地していた。


「……は?」


 下から、間の抜けた声が聞こえた。

 見下ろすと、ダンが口を半開きにして固まっている。

 さっきまでの勢いはどこへ行ったんだろう。

 ボクは屋根の端から顔を出した。


「それじゃあ、ダン。またね!」

「…………」


 ダンは何も言わない。

 ただ、ぽかんとした顔でボクを見上げていた。

 ボクは小さく手を振り、隣の建物の屋根へ跳び移った。

 そのまま路地の向こう側へ降りる。

 着地したところで、遠くから怒鳴り声が聞こえてきた。


「ま、待ちやがれえええっ!」

「……あははっ」


 思わず笑ってしまった。

 でも、もう追いかけてくることはできないだろう。

 ボクは服についた埃を払い、冒険者ギルドへ向かって歩き出した。


 *


 ギルドへ戻ると、受付にはセシリアさんがいた。

 ボクの姿に気づくと、いつものように微笑んでくれる。


「おかえりなさい、レインくん。今日はどうでしたか?」

「ただいまです。あの、依頼の素材を持ってきました」

「はい。何の素材でしょうか?」


 ボクはアイテムポーチから、透明な魔石と外殻を取り出した。

 それを受付のカウンターへと並べる。


「クリアスライムです」

「……え?」


 セシリアさんの手が止まった。

 目の前の素材をじっと見つめ、それからボクの顔を見る。


「……レインくん?」

「はい?」

「これ、本当にクリアスライムの素材ですか?」

「はい。湖の近くで見つけました」

「…………」


 セシリアさんは何も言わず、もう一度魔石を見つめた。

 それから、そっと手に取って光にかざす。

 透明な魔石が窓から差し込む光を受け、きらきらと輝いた。


「……本当に、透明ですね」


 セシリアさんが小さく呟く。

 そして、ようやくボクの方へ顔を向けた。


「レインくん。少しだけ、確認させていただいてもいいですか?」

「もちろんです」


 セシリアさんは魔石と外殻を丁寧に並べ直し、もう一度依頼書を確かめた。

 しばらくして、顔を上げる。


「……間違いありません。クリアスライムの素材です」

「よかった!」


 思わず笑顔になる。

 これで依頼達成だ。

 セシリアさんはまだ少し驚いた様子だったけれど、やがて小さく笑った。


「本当に、レインくんには驚かされてばかりですね」

「あはは……」


 セシリアさんは受付の奥から報酬を用意し、ボクの前へ置いた。

 金色の硬貨が一枚。

 今まで手にしたことのない、大きな報酬だ。


「こちらが依頼報酬の金貨一枚です。お疲れさまでした」

「ありがとうございます!」


 ボクは金貨を手に取り、しばらく眺めた。

 朝からずっと探し回って、ようやく手に入れた報酬だ。

 昼休憩に見つけたソファーのことが頭に浮かぶ。

 あれなら、母さんと二人でゆっくり座れそうだ。


「レインくん?」

「あ、はい」

「何だか嬉しそうですね」

「えへへ。ちょっと欲しいものがあるんです」

「そうなんですね。素敵なものが買えるといいですね」

「はい!」


 金貨をアイテムポーチへしまい、受付を離れる。

 外へ出ると、夕方の風が頬を撫でた。

 王都の通りには、仕事帰りの人たちが行き交っている。

 今日は朝からずっと歩き回ったし、ダンにも追いかけられてしまった。

 でも、頑張った甲斐はあったと思う。

 家へ帰ったら、母さんにソファーを見せてみよう。

 二人で並んで座れるくらいの大きさだし、きっと気に入ってくれるはずだ。

 そんなことを考えながら、ボクは家へ向かって歩き出した。


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