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第6話 レッドアルミラージ


 朝食を終えたボクは、台所で食器を洗っていた。

 窓から差し込む朝日が、流し台の上を明るく照らしている。


「レイン、そろそろ出掛けるの?」

「うん。今日は草原で、たくさん魔物を倒してこようと思ってるんだ」

「そう。お昼のパンは用意してあるから、忘れずに持っていってね」

「ありがとう、母さん!」


 洗い終えたお皿を布巾で拭き、棚へ戻す。

 母さんが包んでくれたパンを受け取り、アイテムポーチへしまった。


「今日も遅くならないようにね」

「うん! 夕方には帰ってくるよ」

「それと、危ない魔物には近づかないこと」

「分かってるってば」


 母さんは毎朝、同じようなことを言う。

 でも、ボクが出掛けるときには、いつも笑顔で見送ってくれる。


「それじゃあ、行ってきます!」

「いってらっしゃい、レイン」


 玄関を出ると、少し冷たい朝の風が頬を撫でた。

 空は綺麗に晴れている。

 今日は気持ちよく魔物狩りができそうだ。


 *


 王都の門を抜け、いつもの草原へ向かう。

 道沿いには朝露に濡れた草が広がり、遠くでは小鳥が鳴いていた。

 この時間はまだ冒険者の姿も少ない。


「よし。今日も頑張ろう!」


 ボクは腰に下げた『疾風の鉄剣』を確認し、草原へ足を踏み入れた。

 しばらく歩くと、前方の草むらが小さく揺れた。


「おっ、いたいた」


 姿を現したのは、薄い緑色をしたスライムだった。

 ぷるぷると身体を震わせながら、こちらへ近づいてくる。


「ごめんね。今日も素材を集めさせてもらうよ!」


 剣を抜き、近づいてきたスライムを一振りで倒す。

 草の上に残った小さな魔石を拾い上げ、アイテムポーチへしまった。


「まずは一体!」


 幸先の良い始まりだ。

 もう少し先へ進むと、今度は二体のスライムが並んでいた。


「二体なら、ちょうどいいね」


 片方が跳ね上がったところへ剣を振り、続けてもう片方も倒す。

 落ちていた魔石を拾おうとすると、その隣に半透明の塊が転がっていた。


「あっ、スライムの粘液だ!」


 魔石だけでなく、粘液も手に入った。

 スライムの粘液は防水や防腐剤に使われるため、魔石より高く買い取ってもらえる。


「ふふっ。今日は調子がいいかも」


 素材をしまい、さらに草原を歩いていく。

 少し背の高い草が生えた場所では、アルミラージを見つけた。

 白い毛並みと額から伸びた一本の角。

 こちらに気づいたアルミラージが、勢いよく飛び掛かってくる。


「よっと!」


 横へかわして剣を振る。

 アルミラージは草の上へ倒れ、動かなくなった。


「角は……あった!」


 魔石のほかに、一本の角が残っている。

 アルミラージの角は銅貨五枚で売れるから、見つけると嬉しくなる。


「これでスライム二十五体分の魔石と同じなんだよね」


 そう考えると、なかなかの収入だ。

 それからも、ボクは草原を歩き回った。

 スライムを見つければ剣を振り、アルミラージが飛び出してくれば避けて倒す。

 魔石を拾い、ときどき見つかる粘液や角、皮をポーチへしまっていった。

 途中、三体のスライムが固まっている場所を見つけた。


「おっ、三体もいる!」


 一体目を倒すと、残りの二体が同時に跳ね上がった。

 ボクは一歩横へ移動し、続けて剣を振る。


「はいっ、これでおしまい!」


 地面に転がった素材を拾っていると、近くの草むらからアルミラージが顔を出した。


「あれ? 今度はそっち?」


 アルミラージはボクを見た途端、勢いよく走り出す。

 慌てずに剣を構え、飛び掛かってきたところを倒した。


「今日は次から次へと出てくるなあ」


 嬉しいけれど、素材を拾っている間くらいは待ってほしい。

 そんなことを考えながら、ポーチへ魔石をしまった。

 気がつけば、太陽は随分と高く昇っていた。


「そろそろお昼にしようかな」


 ボクは草原を見渡し、少し離れた場所にある木陰へ向かった。


 *


 木の根元に腰を下ろし、アイテムポーチから母さんが用意してくれたパンを取り出す。


「いただきます!」


 ひと口かじると、ふんわりとしたパンの香りが口いっぱいに広がった。


「んー、美味しい!」


 朝から歩き回っていたから、お腹がぺこぺこだった。

 草原を吹き抜ける風も気持ちがいい。

 遠くで揺れる草を眺めながら、ゆっくりとパンを食べる。


「そういえば、今日の素材はどのくらい集まったかな?」


 アイテムポーチの中身を確認してみる。

 朝から集めた魔石や素材が、少しずつ増えていた。


「うんうん。これなら今日も結構稼げそう!」


 ギルドで買い取ってもらうのが楽しみだ。

 パンを食べ終えたボクは、木の幹に背中を預けた。


「……あっ、そうだ」


 ふと『公式ストア』のことを思い出した。

 以前、母さんに買ってあげたい靴を見つけたとき、ほかにも色々な商品が並んでいた。


「今日はもう少し見てみようかな」


 ボクはスキルを発動させる。

 目の前に、いつもの画面が浮かび上がった。


 __________________


 ようこそ、公式ストアへ!


 __________________


「今日は何か面白いものがあるかな?」


 商品を順番に眺めていく。

 武器や防具、道具など、見ているだけでも楽しい。

 どれも欲しくなるけれど、今は母さんの靴を買うためにお金を貯めているところだ。


「ん?」


 画面を眺めていると、見慣れない商品名が目に留まった。


「……体力の飴?」


 飴ということは、食べるものだろうか。

 気になって、その商品を選んでみた。


 __________________


『体力の飴』:S

 効果:体力+1(永続)

 価格:金貨1枚


 __________________


「えっ、体力が上がるの!?」


 ボクは思わず画面へ顔を近づけた。

 しかも、効果のところには『永続』と書かれている。


「ずっと体力が上がったままってことかな?」


 それなら、すごい飴だ。

 ほかにもあるのかと思って画面を動かすと、似たような商品がいくつも並んでいた。


 __________________


『体力の飴』:S

 効果:体力+1(永続)

 価格:金貨1枚


『魔力の飴』:S

 効果:魔力+1(永続)

 価格:金貨1枚


『力の飴』:S

 効果:力+1(永続)

 価格:金貨1枚


『守りの飴』:S

 効果:守り+1(永続)

 価格:金貨1枚


『素早さの飴』:S

 効果:素早さ+1(永続)

 価格:金貨1枚


『賢さの飴』:S

 効果:賢さ+1(永続)

 価格:金貨1枚


 __________________


「わあ! こんなのも売ってるんだ!」


 体力に魔力、力、守り、素早さ、それに賢さまで。

 全部で六種類もある。


「これを食べれば、ボク自身の力が上がるってことかな?」


 今使っている剣や靴とは違って、飴を食べるだけで強くなれるのかもしれない。


「へえ……面白いなあ!」


 でも、値段を見て思わず笑ってしまった。


「一個で金貨一枚かあ。さすがに高いなあ……」


 金貨一枚なんて、今のボクには大金だ。

 六種類全部買おうと思ったら、金貨が六枚も必要になる。


「いつか一個くらい買ってみたいな」


 どんな味がするのかも気になる。

 力の飴なら、食べると急に力持ちになったりするのだろうか。


「……一つだけだから、そんなに変わらないのかな?」


 それでも、食べるだけで強くなれるなんて不思議だ。

 ボクはもう一度商品を眺めてから、画面を閉じた。


「よし! 午後も頑張ろう!」


 立ち上がって服についた草を払い、剣を腰に戻す。

 母さんへの靴も、いつか買ってみたい飴も、まずはお金を貯めないと始まらない。

 ボクは木陰を離れ、再び草原へ歩き出した。


 *


 午後になっても、魔物は順調に見つかった。

 草むらから飛び出してきたアルミラージを倒し、少し離れた場所でスライムを二体見つける。


「よし、これでまた魔石が増えた!」


 アイテムポーチへ素材をしまい、周囲を見渡した。


「もう少し奥まで行ってみようかな」


 いつもの草原の中でも、まだあまり歩いていない場所がある。

 とはいえ、母さんとの約束もあるから、遠くへ行くつもりはない。

 少し進むと、背の高い草が増えてきた。

 足元を確かめながら歩いていると、突然、遠くから声が聞こえた。


「た、助けてくれえっ!」

「……えっ?」


 ボクは足を止めた。

 今のは、誰かの声だ。


「誰か! 誰かいませんか!」


 今度は女の人の声が聞こえた。


「大変だ!」


 ボクは声のする方へ走り出した。

 草むらを抜けると、少し開けた場所に二人の冒険者がいた。

 男の人は地面に座り込み、片腕を押さえている。

 その前では、女の人が剣を構えていた。

 そして、二人の向かいには一体のアルミラージがいた。


「……あれ?」


 ボクは思わず首を傾げた。

 いつも見かけるアルミラージとは、毛の色が違う。

 全身が鮮やかな赤色で、額から伸びた角まで赤い。

 身体も普通のアルミラージより大きく見えた。


「赤いアルミラージ……?」

「君! 逃げて!」


 女の人がボクに気づき、慌てた声を上げた。


「そいつは普通のアルミラージじゃないの!」

「えっ?」

「いいから逃げて! 私たちじゃ――」


 女の人が言い終える前に、赤いアルミラージが地面を蹴った。


「危ない!」


 ボクは走り出していた。

 赤いアルミラージが女の人へ飛び掛かる。

 その間に割り込み、腰の剣を抜いた。


「えいっ!」


 振り下ろした剣が、赤いアルミラージを捉える。

 そのまま地面へ倒れた魔物は、もう動かなかった。


「……ふう」


 ボクは剣を下ろし、二人の方を振り返った。


「大丈夫ですか?」

「…………え?」


 女の人は剣を構えたまま、固まっていた。


「……た、倒した?」


 座り込んでいた男の人も、目を大きく見開いている。


「はい。もう大丈夫ですよ!」

「いや、でも……今のは……」


 二人は顔を見合わせ、それから倒れた赤いアルミラージへ視線を戻した。


「君……冒険者ランクはいくつ……?」

「ボクですか? Eランクです!」

「E……?」

「はい!」


 男の人が口を開けたまま動かなくなった。


「それに、まだ子供じゃない……」

「ボク、十三歳です!」

「じゅ、十三歳!?」


 女の人が大きな声を上げたので、ボクまでびっくりしてしまった。


「あの、それより……腕、大丈夫ですか?」


 男の人の腕からは血が流れていた。

 ボクはアイテムポーチを開き、回復薬を一本取り出した。


「これ、使ってください」

「えっ、回復薬?」

「はい。怪我をしているみたいなので」

「で、でも、こんな高いものを……」

「気にしないでください! まだ持ってますから」


 男の人は少し迷っていたけれど、女の人に促されて回復薬を受け取った。


「……ありがとう。助かったよ」

「いえいえ!」


 男の人が回復薬を使う間に、ボクは倒した赤いアルミラージの方へ向かった。


「そうだ。素材を拾わないと」


 草の上には、赤い角と赤い毛皮、それから赤く輝く小さな魔石が残されていた。


「わあ……!」


 ボクは魔石を拾い上げた。


「綺麗な赤色だなあ」


 普通の魔石とは違って、透き通るような赤い輝きがある。

 光にかざしてみると、内側で小さな炎が揺れているようにも見えた。


「それ……紅魔石じゃないか?」


 いつの間にか近くへ来ていた男の人が、驚いた声を上げた。


「紅魔石?」

「強い個体や珍しい個体から採れる、貴重な魔石だよ」

「へえ! そうなんですね!」


 ボクはもう一度、手の中の魔石を眺めた。


「じゃあ、これも高く売れるのかな?」

「……高く売れるどころじゃないと思うけど」

「そうなんですか?」


 男の人は何か言い掛けたけれど、結局、困ったように笑った。


「とにかく、ギルドへ持っていった方がいいよ」

「はい!」


 ボクは赤角と皮も拾い、まとめてアイテムポーチへしまった。

 それから二人の様子を確認する。

 男の人の腕の傷は、回復薬のおかげで随分と良くなっていた。


「歩けそうですか?」

「ああ。もう大丈夫だよ」

「よかった!」


 女の人も、ようやく安心したように息を吐いた。


「本当にありがとう。君が来てくれなかったら、どうなっていたか……」

「いえ! 二人とも無事でよかったです!」


 ボクは笑って答えた。


「それじゃあ、一緒に王都まで戻りましょう!」


 まだ夕方には少し早いけれど、怪我をした人を置いて魔物狩りを続けるわけにはいかない。

 それに、今日の素材はもう十分に集まっている。

 ボクたちは三人で王都へ戻ることにした。


 *


 冒険者ギルドに到着すると、受付にはいつもの職員さんがいた。

 名前はセシリアさんというらしい。

 以前、他の冒険者がそう呼んでいるのを聞いたことがある。


「あら、レインくん。お帰りなさい」

「ただいまです、セシリアさん!」


 ボクが手を振ると、セシリアさんはにっこりと微笑んだ。

 けれど、一緒に入ってきた二人の冒険者を見ると、すぐに表情を変えた。


「……あら? どうかなさったんですか?」

「実は、草原で魔物に襲われて……」


 女の人が事情を話し始めた。

 その間に、ボクは今日集めた素材を受付台へ並べていく。


「スライムの魔石と粘液、それからアルミラージの魔石に角と皮です!」

「はい。今日もたくさん頑張りましたね」

「えへへ」


 セシリアさんが素材を確認している間、ボクは最後に残していたものを取り出した。


「あっ、それと、こんなのも手に入ったんです!」


 赤い角。

 赤い毛皮。

 そして、赤く輝く小さな魔石。

 三つを受付台へ置いた途端、セシリアさんの手が止まった。


「…………レインくん?」

「はい?」

「これは……どこで手に入れたんですか?」

「草原です! 赤いアルミラージがいたので、倒したんです!」

「赤い……アルミラージ?」


 セシリアさんは赤角を手に取り、慎重に確かめた。

 続けて皮を見て、最後に魔石へ視線を向ける。


「……紅魔石?」


 小さく呟いたあと、セシリアさんが顔を上げた。


「レインくん。その魔物は、もしかして全身が赤い毛で覆われていて、角も赤かったですか?」

「はい! 普通のアルミラージより大きかったです!」

「…………」


 セシリアさんは何度か瞬きをした。


「あの、セシリアさん?」

「……レインくん。それは『レッドアルミラージ』という魔物です」

「レッドアルミラージ?」

「はい。危険度Cランクの魔物なんですよ」

「……Cランク?」


 ボクは首を傾げた。

 Cランクといえば、Eランクのボクより二つも上だ。


「えっ、そんなに強い魔物だったんですか!?」

「そうですよ!」


 セシリアさんの声が、いつもより少し大きくなった。


「普通なら、経験を積んだCランク冒険者が相手をする魔物なんです!」

「へえ……」


 ボクは受付台の赤角を見つめた。

 確かに、普通のアルミラージとは色も大きさも違っていた。


「……そうだったんだ」

「レインくん、本当に一人で倒したんですか?」

「はい!」

「間違いありません」


 隣にいた男の人が答えた。


「僕たちが襲われていたところへ、この子が来てくれたんです。一撃でした」

「……一撃?」

「はい。剣を一度振っただけで」


 セシリアさんはボクの顔をじっと見つめた。


「レインくん……」

「は、はい!」

「怪我はありませんか?」

「ありませんよ!」

「……本当に?」

「はい! どこも痛くないです!」


 両腕を広げて見せると、セシリアさんはようやく少しだけ安心したようだった。


「そうですか……。それならよかったです」


 それから、受付台に並んだ素材へ目を戻した。


「こちらの三点も買い取らせていただきますね。少しお待ちください」

「はい!」


 セシリアさんは素材を一つずつ確認し、買取額を計算していった。

 やがて、顔を上げる。


「レッドアルミラージの赤角が銀貨五枚、皮が銀貨八枚。そして、紅魔石(小)が大銀貨三枚です」

「……えっ?」


 ボクは思わず聞き返した。


「紅魔石だけで、大銀貨三枚ですか?」

「はい。とても貴重な魔石ですから」

「す、すごい……!」


 大銀貨三枚。

 その金額を聞いた瞬間、ボクの頭に一つの商品が浮かんだ。

 母さんに買ってあげたかった、『疲労軽減の靴』だ。

 あの靴も、確か大銀貨三枚だった。


「……あっ!」

「どうしました、レインくん?」

「い、いえ! 何でもないです!」


 慌てて首を横に振る。

 まだ買ってもいないのに、なんだか嬉しくなってしまった。

 セシリアさんは不思議そうにしていたけれど、すぐに計算を続けた。


「レッドアルミラージの素材だけで、合計は大銀貨四枚と銀貨三枚になります」

「大銀貨四枚と……銀貨三枚!?」

「はい。それに、午前中から集めた通常の魔物素材の買取額も加わりますよ」


 ボクは思わず笑顔になった。


「わあ……! 今日はいっぱい稼げたなあ!」


 いつものスライムやアルミラージの素材だけでも嬉しかったのに、こんなにたくさんのお金が手に入るなんて。


「レインくん」


 セシリアさんが、少し真剣な顔になった。


「今回のことは、ギルドマスターにも報告させていただきますね」

「ギルドマスターに?」

「はい。Cランクの魔物をEランク冒険者が討伐したとなると、確認が必要になりますから」

「そうなんですね。分かりました!」


 ボクが頷くと、セシリアさんは優しく微笑んだ。


「それと、これからも無理はしないでくださいね」

「はい!」

「……レインくんは、返事だけはとても良いんですから」

「えっ?」


 セシリアさんが困ったように笑った。

 隣では、助けた二人の冒険者まで笑っている。


「な、何ですか?」

「いいえ。何でもありませんよ」


 そう言いながら、セシリアさんは買い取った素材を片付け始めた。

 ボクは受け取ったお金を大切にアイテムポーチへしまう。


「それじゃあ、セシリアさん! また来ます!」

「はい。気をつけて帰ってくださいね」


 二人の冒険者にも別れを告げ、ギルドを後にした。


 *


 王都の通りには、夕方の買い物客が増え始めていた。

 パン屋からは焼きたてのパンの香りが漂い、露店では店主が元気な声で客を呼んでいる。

 ボクは人の流れに合わせて歩きながら、アイテムポーチへそっと手を当てた。


「……大銀貨四枚と、銀貨三枚」


 口に出してみても、まだ少し信じられない。

 これだけあれば、母さんにあの靴を買ってあげられる。

 毎日パン屋で働いて、疲れて帰ってくる母さん。

 あの靴を履いたら、少しは楽になるかな。


「……ふふっ」


 想像しただけで、顔が緩んでしまう。

 でも、母さんにはまだ内緒だ。

 渡すときに驚いてもらいたいから。


「よし!」


 ボクは足取りを少し速めた。

 家に帰ると、母さんが台所に立っていた。


「ただいま、母さん!」

「お帰り、レイン。今日は少し早かったのね」

「うん! 今日は色々あったんだ!」

「あら、そうなの?」


 母さんは手を拭きながら、こちらへ振り返った。


「実はね、草原で魔物に襲われていた冒険者さんたちを助けたんだ!」

「……えっ?」


 母さんの笑顔が止まった。


「冒険者さんたちを……助けたの?」

「うん! 男の人が怪我をしていたから、回復薬も渡したんだよ!」

「レイン……」


 母さんはボクの前へ来ると、そっと両肩に手を置いた。


「あなたは怪我をしなかったの?」

「うん! 大丈夫だよ!」

「……そう」


 母さんは小さく息を吐いた。


「困っている人を助けたのは立派なことよ。でもね、レイン」

「うん?」

「本当に危ないことはしないでね?」


 いつもより真剣な声だった。


「……うん。分かってるよ、母さん」

「あなたに何かあったら、母さんはとても悲しいわ」


 ボクは母さんの顔を見上げた。


「大丈夫! ちゃんと無事に帰ってくるから!」

「……約束よ?」

「うん。約束!」


 母さんはようやく笑ってくれた。


「それなら、手を洗っていらっしゃい。もうすぐ夕飯にするから」

「はーい!」


 ボクは台所へ向かいながら、アイテムポーチの中のお金を思い出した。

 母さんには、まだ言わない。

 夕食が終わったら、こっそり『公式ストア』であの靴を買おう。

 母さんが寝てからなら、気づかれずに用意できるはずだ。


「……喜んでくれるといいな」

「レイン? 何か言った?」

「ううん! 何でもない!」


 母さんに聞こえないように笑いながら、ボクは手を洗った。

 明日、母さんに渡すのが楽しみだ。


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