第5話 初めての採取依頼
翌朝、朝食を終えたボクは、いつものように冒険の準備をしていた。
丈夫な革当てを身につけ、身軽な羽靴を履く。幸運の指輪を指にはめ、疾風の鉄剣を腰へ下げれば準備は完了だ。
アイテムポーチを手に取ったところで、台所から母さんの声が聞こえてきた。
「レイン、お昼のパンを包んでおいたわよ」
「ありがとう、母さん!」
台所へ向かうと、母さんが小さな包みを差し出してくれた。
受け取ってポーチへしまうと、母さんはボクの装備を眺めながら微笑んだ。
「今日はどの辺りまで行くつもり?」
「まだ決めてないんだ。今日はギルドで依頼を探してみようと思って」
「あら、依頼を受けるの?」
「うん! せっかく冒険者になったんだし、やってみたいなって」
母さんは嬉しそうに頷いた。
「そうね。でも、無理な依頼は受けないでね?」
「分かってるよ。ちゃんと自分にできるものを選ぶから」
「ふふっ。それなら安心ね」
ボクは玄関へ向かい、扉を開けた。
「じゃあ、行ってきます!」
「行ってらっしゃい。気をつけてね!」
母さんに手を振り、朝の王都へ踏み出した。
通りには野菜や果物を並べる露店が立ち、買い物客の声が飛び交っている。
荷車を引く商人が通り過ぎるのを待ってから、ボクは冒険者ギルドへ向かった。
ギルドの中は、今日も大勢の冒険者で賑わっていた。
受付には列ができ、壁に貼られた依頼書の前にも何人か集まっている。
ボクは空いている場所を見つけ、依頼書を眺め始めた。
「えっと……」
ゴブリンの討伐に、商人の護衛。
森での素材採取や、荷物運びの依頼もある。
どれも少し気になるけれど、ゴブリンの討伐はまだ早いかな。
そう思いながら次の依頼書へ目を移すと、薬草の採取依頼が目に留まった。
「ネリア草……?」
王都郊外の湖周辺に生えている薬草で、必要な数は十本。
湖なら、以前から一度行ってみたいと思っていた場所だ。
「これにしようかな」
依頼書を手に取り、受付へ向かった。
「すみません。この依頼を受けたいんですけど」
「はい。冒険者カードをお願いします」
青い冒険者カードを差し出すと、受付の女性が依頼書を確認した。
「ネリア草の採取ですね。Eランクの方でも受けられる依頼ですよ」
「よかった!」
「ネリア草を見たことはありますか?」
「いえ、初めて聞きました」
受付の女性は机の引き出しから一枚の羊皮紙を取り出し、ボクの前へ広げてくれた。
そこには、小さな青い花を咲かせる植物が描かれていた。
根元には小ぶりな葉があり、細い茎の先には、鈴のような形をした花が一輪だけ垂れ下がっている。
「わあ、綺麗な花ですね」
「ええ。こちらがネリア草です。王都の薬師から依頼されているもので、一般的な回復薬の材料になるんですよ」
「回復薬の材料なんですか!」
「はい。採取するときは、こちらの姿絵図とよく見比べてくださいね」
ボクは羊皮紙を手に取り、描かれた花をもう一度眺めた。
青い花なら、緑色の草の中でも見つけやすそうだ。
「これ、お借りしてもいいんですか?」
「もちろんです。依頼を報告するときに返してくださいね」
「はい! ありがとうございます!」
依頼を受ける手続きを済ませ、ボクは羊皮紙をアイテムポーチへしまった。
「それでは、気をつけて行ってらっしゃい」
「行ってきます!」
ギルドを出ると、ボクは王都の門へ向かった。
今日は初めての採取依頼だ。
どんな湖なんだろう。
青い花はすぐに見つかるかな。
そんなことを考えながら、王都の外へ出た。
*
草原には、朝の涼しい風が吹いていた。
湖へ続く道を歩いていると、前方の草むらから緑色のスライムが跳ね出してきた。
「あ、スライムだ」
腰の疾風の鉄剣を抜き、飛びかかってきたスライムを一振りで倒す。
落ちていた魔石を拾い、アイテムポーチへしまった。
「よし、次に行こう!」
その後も道中で何体かのスライムと遭遇したけれど、危なげなく倒すことができた。
魔石やスライムの粘液を回収しながら進んでいると、今度は白い影が草むらから飛び出してきた。
「アルミラージ!」
額に一本の角を生やしたウサギ型の魔物だ。
アルミラージはボクを見つけると、後ろ脚で地面を蹴った。
鋭い角がこちらへ迫ってくる。
「っと!」
横へ踏み出して突進をかわし、着地したアルミラージへ駆け寄る。
振り返ろうとしたところへ剣を振り下ろすと、アルミラージはその場に倒れた。
「よし!」
剣を収め、落ちていた魔石を拾い上げる。
さらに周囲を確かめると、角も残っていた。
「あ、角もある!」
角を拾い、魔石と一緒にアイテムポーチへしまう。
アルミラージの角はギルドで高く買い取ってもらえるので、手に入ると嬉しい。
その後も何体かの魔物と遭遇しながら、湖へ続く道を進んでいった。
やがて草原の向こうに、青く輝く水面が見えてきた。
「わあ……!」
思わず足を止める。
目の前には、大きな湖が広がっていた。
太陽の光を受けた水面がきらきらと輝き、岸辺には小さな草花が咲いている。
遠くでは鳥が水面近くを飛び、時折、湖の中へ降りていた。
「綺麗だなあ……」
しばらく眺めてから、ボクはアイテムポーチから羊皮紙を取り出した。
ネリア草は、青い鈴のような花を咲かせる薬草だ。
絵を確かめてから、足元へ目を向ける。
「よし、探そう!」
まずは湖に沿って歩いてみる。
水辺には背の低い草がたくさん生えていて、その間から白や黄色の花が顔を覗かせていた。
けれど、青い花はなかなか見つからない。
「うーん……この辺りにはないのかな?」
しゃがみ込んで草の間を覗いてみる。
小さな葉を見つけては姿絵図と比べてみるけれど、どれも形が違っていた。
少し先へ進むと、湖の水が岸辺の石に当たり、小さな音を立てている。
水面を覗き込むと、魚が一匹、素早く泳いでいった。
「あ、魚だ!」
その後ろを、もう一匹の小さな魚が追いかけていく。
ボクはしばらく眺めていたけれど、やがて顔を上げた。
「……っと、薬草を探さないと」
再び歩き始めると、岸辺に少し大きな岩が見えてきた。
その周りには、背の低い草が茂っている。
岩の横へ回り込んだところで、ボクは足を止めた。
「あっ!」
緑色の草の間に、小さな青い花が見えた。
細い茎の先から、釣鐘のような花が一輪だけ垂れ下がっている。
ボクは慌てて羊皮紙を広げた。
「葉っぱの形も同じ……花も青いし……」
目の前の植物と姿絵図を何度も見比べる。
「うん! これだ!」
やっと見つけた。
嬉しくなって、思わず笑みがこぼれる。
ボクは花を傷つけないように気をつけながら、そっと採取した。
手のひらに載せてみると、青い花が小さく揺れた。
「綺麗だなあ……」
花びらは薄く、光の当たり方で少し色が違って見える。
ボクは潰さないように注意して、アイテムポーチへしまった。
「一つ見つかったんだから、近くにもあるかもしれないよね」
岩の周りを探してみる。
すると、少し離れた場所にも青い花が咲いていた。
「あった!」
その隣にも、もう一輪。
「こっちにも!」
最初はなかなか見つからなかったのに、一度見つけると不思議と目に入るようになった。
ボクは羊皮紙と見比べながら、一つずつ丁寧に採取していった。
しばらくして、岩のそばに腰を下ろす。
「ふう……」
アイテムポーチから母さんが包んでくれたパンを取り出した。
湖を眺めながら一口かじると、朝から歩き回っていたせいか、いつもより美味しく感じる。
「美味しい……」
パンを食べながら、湖の向こうに広がる青空を眺めた。
白い雲がゆっくりと流れ、水面には小さな波が広がっている。
こうして外でゆっくり食事をするのも、たまにはいいかもしれない。
「今度、母さんも連れてきたいなあ」
仕事が休みの日なら、一緒に来られるかな。
湖の近くでお昼を食べるのも楽しそうだ。
そんなことを考えながらパンを食べ終え、少し休んでから立ち上がった。
岩の周りでは何本か見つけられたので、今度はその先を探してみる。
すると、湖岸の草むらにも青い花が咲いていた。
「あ、ここにもある!」
姿絵図と見比べてから採取し、アイテムポーチへしまう。
そうして湖の周りを歩きながら、一つずつ集めていった。
「……八、九、十!」
最後の一本を数え、ボクは顔を上げた。
「やった! 十本集まった!」
思わず両手を上げる。
これで初めての採取依頼は達成できそうだ。
ボクはアイテムポーチの中を確かめ、羊皮紙を丁寧に畳んだ。
「そろそろ戻ろうかな」
最後に湖を振り返る。
青い水面が太陽の光を受けて、きらきらと輝いていた。
「また来たいなあ」
今度は母さんと一緒に来られたらいいな。
そんなことを考えながら、王都へ戻る道を歩き始めた。
*
ギルドへ戻った頃には、お昼を少し過ぎていた。
受付へ向かい、冒険者カードを差し出す。
「すみません。ネリア草の採取依頼を受けたレインです」
「お帰りなさい。採取できましたか?」
「はい! 十本、集めてきました!」
ボクはアイテムポーチからネリア草を取り出した。
受付の女性が一つずつ確認していく。
「……はい。どれもネリア草で間違いありませんね。十本、確かに受け取りました」
「よかったあ」
思わず胸を撫で下ろす。
「初めての採取依頼だったんです」
「そうだったんですね。お疲れさまでした」
「ありがとうございます!」
受付の女性は採取した薬草をまとめ、依頼の達成手続きを進めてくれた。
「ネリア草は一本につき銅貨三枚ですので、十本で銀貨三枚になります」
「銀貨三枚!」
思っていたよりも良い金額だった。
魔物と戦わずに集められる薬草でも、これだけのお金になるんだ。
ボクは受け取った硬貨を、大切にしまった。
「あ、それと、魔物の素材も買い取ってもらえますか?」
「もちろんですよ」
道中で倒したスライムやアルミラージの素材を取り出す。
魔石や粘液、角などを受付の女性が確認し、買取金額を計算してくれた。
そのお金も受け取り、ボクは嬉しくなって笑みを浮かべた。
「ありがとうございます!」
「はい。また依頼を受けに来てくださいね」
「もちろんです!」
受付の女性に頭を下げ、ギルドを後にする。
通りには買い物をする人たちが行き交っていた。
パン屋の前を通ると、ちょうど焼きたてのパンが店先に並べられている。
「母さん、まだ仕事中かな」
店の方をちらりと見てから、家へ向かった。
今日は帰ったら、母さんに初めての依頼の話をしよう。
湖が綺麗だったことも、ネリア草を見つけるのが意外と難しかったことも。
きっと、喜んで聞いてくれるはずだ。
そして、もう一つ。
今日こそ母さんに、お金を渡そうと思っている。
これまで冒険者として稼いできたお金の半分だ。
母さんはきっと、自分のために使いなさいって言うだろうけど。
「……受け取ってくれるかな」
少し考えてから、ボクは笑った。
「うん。ちゃんとお願いしてみよう」
母さんには、少しでも楽をしてもらいたい。
それに、いつか『疲労軽減の靴』も買ってあげたいんだ。
ボクはアイテムポーチにしまったお金を確かめ、家へ向かう足を少しだけ速めた。
*
夕方、仕事を終えた母さんが帰ってきた。
ボクは台所で夕食の準備を手伝いながら、今日の出来事を話していた。
「それでね、湖の近くで青い花を見つけたんだ」
「まあ、綺麗な花だったの?」
「うん! 鈴みたいな形をしてて、すごく綺麗だったよ」
母さんは楽しそうに笑いながら、ボクの話を聞いてくれた。
初めての採取依頼だったことも、十本集めるのに少し苦労したことも、全部話した。
夕食を終え、食器を片づけたあと、ボクは自分の部屋へ戻った。
アイテムポーチからこれまで稼いだお金を取り出し、テーブルの上に並べる。
そして、半分を母さんに渡すために分けた。
少し緊張しながら、母さんのいる台所へ向かう。
「母さん、ちょっといい?」
「あら、どうしたの?」
ボクは用意していたお金を、母さんの前へ差し出した。
「母さん、これ、受け取ってほしいんだ」
母さんは差し出したお金を見て、目を丸くした。
「……レイン? こんなにたくさん、どうしたの?」
「今まで冒険者として稼いだお金だよ。半分は母さんに渡そうと思って」
「そんな……これはレインが頑張って稼いだお金でしょう? 自分のために使いなさい」
「ううん。ボクは少しでも母さんに楽をしてもらいたいんだ。だから、受け取ってくれる?」
母さんは差し出したお金とボクの顔を交互に見つめた。
それから、困ったように笑った。
「……もう。本当に、優しい子なんだから」
そう言って、母さんはボクの頭を優しく撫でてくれた。
「でも、レイン。これからも冒険を続けるなら、お金は必要でしょう?」
「うん。だから半分はちゃんと残してあるよ」
「そうなの?」
「うん! 装備だって、もっと良いものが欲しくなるかもしれないしね」
母さんは少し考えてから、小さく頷いた。
「……分かったわ。それじゃあ、大切に使わせてもらうわね」
「本当?」
「ええ。ありがとう、レイン」
「うん!」
母さんが受け取ってくれたことが嬉しくて、思わず笑顔になる。
これからも、冒険者として頑張ろう。
そして、いつか母さんに『疲労軽減の靴』を買ってあげるんだ。
そのとき、母さんはどんな顔をするんだろう。
驚くかな。それとも、喜んでくれるかな。
想像するだけで、なんだかわくわくしてきた。




