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第4話 母さんのために


 夕食の準備を終えると、母さんが食卓に温め直したパンを並べてくれた。

 その隣には、今日ボクが買ってきたバターが置かれている。


「それじゃあ、食べましょうか」

「うん! いただきます!」


 ボクはパンを一つ手に取り、バターへ目を向けた。

 いつもなら少しずつ使うところだけれど、今日は母さんが好きなだけ塗っていいと言ってくれたんだ。

 小さなナイフでバターをすくい、パンの上へ伸ばしていく。

 真ん中から端へ。

 いつもは何も塗らないところまで、綺麗に広げることができた。


「……できた!」


 ボクは嬉しくなって、母さんへパンを見せた。


「見て、母さん! 端まで塗れたよ!」

「ふふっ。本当ね。とっても美味しそう」

「うん!」


 さっそく一口かじってみる。

 温かなパンの上でバターが溶け、口の中いっぱいに香りが広がった。


「……美味しい!」


 思わず声が出た。

 パンだけでも十分美味しいけれど、バターを塗るとこんなに違うんだ。

 もう一口食べる。

 端の方まで、ちゃんとバターの味がする。


「母さんも食べてみて!」

「ええ、いただくわね」


 母さんもパンへバターを塗り、一口食べた。

 すると、嬉しそうに目を細める。


「……本当に美味しいわね」

「でしょ!」

「レインのおかげね。ありがとう」

「えへへ……」


 ボクは照れくさくなって、もう一口パンを頬張った。

 母さんと一緒に食べるバターたっぷりのパンは、思っていた以上に美味しかった。


 食事を終えると、母さんが食器を片づけ始めた。


「ボクも手伝うよ!」

「あら、ありがとう」


 二人で食器を洗い、布で水気を拭き取る。

 片づけが終わる頃には、窓の外もすっかり暗くなっていた。


「母さん、そろそろスキルを見てもいい?」

「ええ。私も少し気になっていたのよ」

「本当?」

「だって、昨日あんなに立派な装備が出てきたんですもの」


 母さんが笑いながら椅子へ座る。

 ボクも隣へ腰を下ろし、目を閉じた。


「……『こうしきすとあ』!」


 そう唱えると、目の前に見慣れた半透明の画面が現れた。



 ____________________


 ようこそ、公式ストアへ!


 【商品カテゴリー】


 ・装備

 ・道具

 ・生活用品


 ____________________



「……あれ?」


 昨日は装備ばかり気にしていたけれど、生活用品なんてものもあったんだ。

 ボクは母さんへ顔を向けた。


「母さん、生活用品も売ってるみたい!」

「あら、そうなの?」

「うん! ちょっと見てみるね!」


 画面の『生活用品』へ指を伸ばす。

 すると、表示が切り替わり、いくつもの商品が並んだ。



 ____________________


 【生活用品】


 『温もりの寝具』

 価格:金貨一枚


 『清潔の魔法布』

 価格:銀貨五枚


 『保冷の木箱』

 価格:大銀貨三枚


 『快適な調理台』

 価格:金貨一枚


 『光る魔石ランプ』

 価格:大銀貨一枚


 『疲労軽減の靴』

 価格:大銀貨三枚


 ____________________



「……わあ!」


 ボクは思わず身を乗り出した。

 寝具に布、木箱、それに調理台まである。

 冒険で使うものだけじゃなかったんだ!


「随分といろいろ売っているのね」

「うん! ……あっ、これ!」


 ボクは一つの商品へ目を止めた。

 『疲労軽減の靴』。

 名前の横には、綺麗な靴の絵が描かれている。

 試しに触れてみると、詳しい説明が現れた。



 ____________________


 『疲労軽減の靴』


 【効果】

 長時間立っていても疲れにくくなる。


 【価格】

 大銀貨三枚


 購入しますか?


 はい / いいえ


 ____________________



「……これ、いいなあ」


 母さんは毎日、パン屋で働いている。

 朝からずっと立ちっぱなしの日もあるし、帰ってきた時には足が疲れたと言うこともあった。

 この靴があれば、少しは楽になるかもしれない。


「レイン? どうしたの?」

「ううん、何でもない!」


 ボクは慌てて首を振った。

 母さんに買ってあげたいけれど、今はまだ内緒にしておこう。

 驚かせたいしね。


「それにしても、高いものが多いわねえ」

「うん……。大銀貨三枚かあ」


 大銀貨一枚は、銀貨十枚。

 三枚なら、銀貨三十枚だ。

 今日の稼ぎが銀貨二枚と銅貨八枚だったから、まだまだ足りない。

 でも、頑張ればいつか買えるかもしれない。


「ねえ、母さん」

「なあに?」

「明日も冒険に行っていい?」

「もちろん。でも、無理はしないでね」

「うん!」


 ボクは大きく頷いた。

 母さんにあの靴を買ってあげるためにも、もっと頑張らなくちゃ。


 *


 翌朝。

 ボクはいつもより少し早く目を覚ました。

 窓の外はまだ薄明るく、遠くから鳥の鳴き声が聞こえてくる。


「……よしっ!」


 ベッドから起き上がり、昨日と同じ装備を身につける。

 『丈夫な革当て』に『身軽な羽靴』。

 指には『幸運の指輪(小)』をはめ、腰へ『疾風の鉄剣』を下げた。

 最後にアイテムポーチを確かめる。

 昼食と水の瓶を入れる場所も、十分に空いている。


「レイン、もう起きていたの?」

「あっ、母さん! おはよう!」

「おはよう。今日は早いのね」

「うん! 早く冒険に行きたくて!」


 母さんが少し驚いたように笑う。


「ふふっ。まずは朝ご飯を食べましょうね」

「はーい!」


 朝食を終え、母さんから昼食の包みを受け取る。

 今日は昨日よりも少し遠くまで行ってみようと思っていた。

 王都の近くの草原は、もう何度か歩いている。

 少し離れた場所なら、違う魔物もいるかもしれない。


「それじゃあ、行ってきます!」

「ええ。気をつけてね」

「うん!」


 母さんに手を振り、ボクは家を出た。


 *


 王都の門を抜け、いつもの草原を進んでいく。

 昨日まで探索していた場所を通り過ぎると、少しずつ周りの景色が変わってきた。

 草は膝の近くまで伸び、ところどころに小さな岩が転がっている。

 遠くには、緩やかな丘も見えた。


「……こっちは初めてだなあ」


 ボクは足を止め、周囲を見回した。

 王都の城壁はまだ見えている。

 帰り道も分かるし、もう少し進んでみよう。

 そう思って歩き始めると、前方の草むらで何かが動いた。


「あっ、スライムだ!」


 丸い身体が、草の間からゆっくり現れる。

 けれど、いつものスライムより随分と大きかった。


「……えっ? 大きい!」


 ボクは思わず立ち止まった。

 目の前のスライムは、昨日まで戦っていたものより一回り以上大きい。

 半透明の身体が、ぷるぷると揺れている。


「……スライムの仲間かな?」


 そう呟いた瞬間、大きなスライムが身体を縮めた。


「わっ!」


 勢いよく跳び上がったスライムを、横へ避ける。

 どすん、と草地へ落ちた身体が、大きく揺れた。

 ……結構重そうだなあ。

 ボクは鉄剣を構え直した。

 スライムがもう一度跳びかかってくる。

 今度は少し余裕を持って避け、横から剣を振り下ろした。


「えいっ!」


 刃が半透明の身体へ食い込む。

 けれど、昨日のスライムのようには消えなかった。


「……あれっ!?」


 大きな身体がぐにゃりと曲がり、ボクの方へ迫ってくる。

 慌てて剣を引き、後ろへ跳んだ。

 危なかった……!

 もう少し遅かったら、身体ごと押し潰されていたかもしれない。


「……よし、もう一回!」


 ボクは深く息を吸い、スライムの動きを見つめた。

 相手が身体を縮めた瞬間、横へ回り込む。

 そして、さっき斬りつけた場所へもう一度剣を振った。


「やあっ!」


 今度は、刃が深く入った。

 大きな身体がぐらりと揺れ、そのまま崩れて消えていく。


「……やった!」


 ボクは思わず笑顔になった。

 普通のスライムより少し手強かったけれど、ちゃんと倒せた。

 草の上には、小さな魔石が一つ落ちている。

 拾い上げてみると、昨日までのものより大きかった。


「……あれ? 魔石も大きい」


 アルミラージが落とした魔石と、同じくらいの大きさだ。

 ボクは魔石をポーチへ入れ、もう一度辺りを見回した。


「……ほかにもいるのかな?」


 少し歩くと、また大きなスライムを見つけた。

 今度はさっきよりも落ち着いて戦えた。

 跳びかかってくるのを避け、二度ほど剣を振ると倒すことができた。


「……うん。だんだん慣れてきた!」


 そのあとも草原を歩きながら、大きなスライムを探した。

 三匹目を倒した時には、魔石のほかに『スライムの粘液』も手に入った。

 いつものスライムと同じ素材だ。

 ボクは空き瓶へ粘液を移し、ポーチへしまった。


 *


 少し休憩しようと思い、近くの岩へ腰を下ろした。

 母さんが用意してくれたパンを取り出し、一口かじる。

 草原を吹き抜ける風が気持ちいい。

 遠くには王都の城壁も見えていた。


「……今日は、結構いい感じだなあ」


 大きなスライムも倒せたし、素材も少しずつ集まっている。

 あとは、もう少し探索してから帰ろうかな。

 そんなことを考えていると、少し離れた草むらから、かさかさと音が聞こえた。


「……ん?」


 ボクはパンを持ったまま、そちらへ目を向けた。

 すると、草の間から小さな鹿のような魔物が姿を現した。

 茶色い毛並みに、細い脚。

 頭には小さな角が生えている。


「……鹿?」


 けれど、普通の鹿とは少し違う。

 身体は小さいのに、角は鋭く尖っていた。

 魔物だ。

 ボクは慌てて残りのパンをポーチへしまい、立ち上がった。


「……あっ!」


 その時、鹿の魔物がこちらへ顔を向けた。

 目が合う。

 次の瞬間、魔物は勢いよく地面を蹴った。


「わっ!?」


 速い!

 アルミラージよりも、ずっと地面を走るのが上手だ。

 ボクは横へ跳び、突進を避けた。

 鋭い角が、さっきまで立っていた場所を通り過ぎる。


「……危なかった!」


 鹿の魔物は少し先で向きを変え、もう一度こちらへ走ってきた。

 今度は、動きがよく見える。

 ボクは角が届く直前に横へ回り込み、鉄剣を振った。


「やあっ!」


 刃が魔物の身体を捉える。

 小さな鹿は地面へ倒れ、そのまま動かなくなった。

 やがて身体が薄れて消え、草の上に魔石が残った。


「……倒せた!」


 ボクはほっと息を吐いた。

 思っていたより速かったけれど、何とか避けられた。

 魔石を拾い、ポーチへしまう。

 すると、少し離れた場所から、また草を踏む音が聞こえた。


「……もう一匹?」


 顔を上げると、同じ鹿の魔物がこちらへ向かってきていた。

 ボクは鉄剣を構え直した。


「……よしっ!」


 今度は、さっきよりも落ち着いて動けた。

 突進を避け、横から剣を振る。

 鹿の魔物は倒れ、魔石を残して消えていった。


「……うん。大丈夫そう!」


 ボクは魔石を拾い、少しだけ笑った。

 この辺りには、こんな魔物もいるんだ。

 そう思いながら歩いていると、三匹目の鹿の魔物を見つけた。

 今度も突進を避けて倒す。

 すると、草の上には魔石のほかに、綺麗な皮が残っていた。


「あっ! 皮だ!」


 ボクはしゃがみ込み、皮を持ち上げた。

 柔らかくて、手触りもいい。

 アルミラージの皮とは、また少し違う感じだ。


「……これも高く売れるのかな?」


 ボクは皮を畳み、ポーチへしまった。

 そのあとも草原を歩きながら、大きなスライムや鹿の魔物を探した。

 鹿の魔物は、角を向けて勢いよく突進してくる。

 最初は驚いたけれど、何度か戦ううちに少しずつ慣れてきた。

 ただ、油断はしないようにした。

 角が当たったら、きっと痛いどころでは済まないだろうし。

 ボクは周囲を確かめながら、慎重に探索を続けた。


 *


 夕方になる前に、ボクは王都へ戻ることにした。

 今日は大きなスライムを六匹、小さな鹿の魔物を四匹倒せた。

 アイテムポーチの中には、魔石が十個。

 スライムの粘液が二つ。

 それから、鹿の魔物の皮が一枚入っている。


「……結構集まったなあ」


 ボクはポーチを確かめ、嬉しくなった。

 昨日よりも少し遠くまで来たけれど、無事に帰れそうだ。

 帰ったら、母さんに今日のことを話そう。

 そう思いながら、王都へ向かって歩き始めた。


 *


 ギルドへ戻ると、ボクは買取窓口へ向かった。

 職員が素材を確かめ、少し驚いたように顔を上げる。


「あら、今日はヒュージスライムを倒したんですね」

「ヒュージスライム?」

「ええ。普通のスライムより大きな種類ですよ」

「そうなんだ!」


 あの大きなスライムには、そんな名前があったんだ。


「それに、グラスディアも倒していますね」

「グラスディア?」

「小型の鹿の魔物です。草原でよく見かけますよ」

「あっ! あの鹿の魔物!」


 ボクが頷くと、職員は笑いながら素材を並べてくれた。


「ヒュージスライムの魔石が六個で銅貨六枚。スライムの粘液が二つで銅貨四枚ですね」

「はい!」

「グラスディアの魔石が四個で銅貨四枚。それから、皮が一枚で銀貨一枚になります」

「……えっ!? 銀貨一枚!?」


 ボクは思わず声を上げた。

 皮が一枚で、銀貨一枚もするの?


「グラスディアの皮は、財布や革製品の素材として人気があるんですよ」

「そうなんだ……!」


 ボクは綺麗に畳まれた皮を見つめた。

 確かに、手触りがよかった。

 でも、こんなに高く売れるなんて思わなかった。


「合計で、銀貨二枚と銅貨四枚になります」

「ありがとうございます!」


 ボクは硬貨を受け取り、アイテムポーチへしまった。

 昨日より少し少ないけれど、今日も銀貨を二枚稼げた。

 これなら、母さんへの靴も少しずつ近づいてくる。


 ギルドを出ると、空はまだ明るかった。

 ボクはポーチへ手を当て、小さく笑った。


「……よしっ。明日も頑張ろう!」


 母さんにあの靴をプレゼントできる日が、今から楽しみだ。


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