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第3話 装備の力


 翌朝、ボクは昨日購入した装備を身につけていた。

 父さんが残してくれた革鎧は大切に保管し、代わりに『丈夫な革当て』を身につけている。

 足元には『身軽な羽靴』。

 指には『幸運の指輪(小)』をはめる。

 そして、腰に下げるのは『疾風の鉄剣』だ。

 使い慣れた父さんの短剣とは少し違うけれど、握ってみると手にしっくりと馴染んだ。


「……うん。いい感じ!」


 鏡の前で自分の姿を確かめてから、軽く足踏みしてみる。

 すると、思っていたよりも足が高く上がった。


「わっ!?」


 慌てて足を下ろす。

 ……あれ?

 もう一度、今度はゆっくり足を動かしてみた。

 やっぱり軽い。

 まるで、足に何も履いていないみたいだ。


「凄いなあ……」


 昨日まで履いていた靴も、そんなに重いものではなかったはずなのに。

 ボクは何度か足を動かし、その軽さを確かめた。


「レイン、朝ご飯ができたわよ」

「はーい!」


 母さんの声に返事をして、食卓へ向かう。

 今朝も、温かな野菜のスープとパンが用意されていた。


「あら、もう装備を着けたの?」

「うん! 昨日買った装備を試してみたくて」

「ふふっ。随分と楽しみにしていたものね」


 母さんが笑いながら椅子へ座る。

 ボクも向かいに腰を下ろし、パンを手に取った。


「それで、どう? 新しい装備は」

「凄くいい感じだよ! 特に靴が軽いんだ!」

「あら、そうなの?」

「うん! これなら昨日よりも上手に戦えそう!」


 そう答えてから、パンをスープへ浸す。

 温かなスープが染み込んだところを口へ運ぶと、じゃが芋の甘さが広がった。

 うん。今日も美味しい!


「今日は、どこまで行くつもりなの?」

「昨日と同じ草原だよ。まずはスライムと戦ってみようと思ってるんだ」

「そう。アルミラージには気をつけてね」

「うん!」


 新しい装備のおかげで、昨日よりずっと動きやすくなった。

 でも、森にはゴブリンやコボルトもいる。

 まだ危ないから、今日は草原で頑張ろう。


「お昼のパンも用意しておくわね」

「ありがとう、母さん!」


 朝食を終えると、母さんから昼食の包みを受け取った。

 それから、昨日買った『アイテムポーチ』を手に取る。

 小さな袋だけれど、五十個まで品物を入れられるらしい。

 試しに水の瓶を入れてみると、瓶はすっと中へ収まった。

 それなのに、袋はほとんど膨らまない。


「……本当に入っちゃった」


 今度は昼食の包みを入れてみる。

 こちらも問題なく収まった。

 昨日は肩に荷物を掛けて歩いていたけれど、今日は随分楽になりそうだ。


「母さん、見て!」

「あら、便利な袋ねえ」

「うん! これなら、たくさん素材を集めても大丈夫そう!」


 空き瓶も二つ入れ、ポーチを腰へつける。

 これで準備は終わりだ。


「それじゃあ、行ってきます!」

「ええ。気をつけてね、レイン」

「うん!」

 母さんに手を振り、家を出た。


 *


 王都の門を抜けると、昨日と同じ草原が広がっていた。

 青々とした草が風に揺れ、遠くから鳥の鳴き声が聞こえてくる。

 ボクは草地へ足を踏み入れ、少し歩いてから首を傾げた。


「……あれ?」


 昨日より、随分と歩きやすい。

 足が軽くて、自然と歩幅が広くなる。

 試しに少し速く歩いてみると、身体がすっと前へ進んだ。


「わっ!?」


 思っていたよりも大きく進んでしまい、慌てて足を止める。

 ……びっくりした。

 転びそうにはならなかったけれど、まだ慣れないなあ。

 ボクは何度か歩幅を変えながら、少しずつ感覚を確かめた。

 そうして歩いているうちに、昨日スライムを見つけた辺りまで来ていた。


「……もう着いちゃった」


 昨日は、ここまで来るだけでも結構歩いた気がするのに。

 今日は、まだ全然疲れていない。

 嬉しくなって辺りを見回すと、少し先の草むらで丸い身体が揺れていた。


「あっ! スライムだ!」


 ボクは足を止め、周囲を確かめた。

 近くにほかの魔物はいない。

 腰の鉄剣を抜き、ゆっくり近づいていく。

 すると、スライムがこちらに気づいた。

 丸い身体がぐっと縮む。


「……来る!」


 次の瞬間、スライムが跳び上がった。

 ボクは昨日と同じように、横へ避けようと足を動かす。


「……えっ!?」


 気がつくと、スライムが随分と離れた場所へ落ちていた。

 いや、違う。

 ボクが思っていたよりも速く動いてしまったんだ。


「……あれ?」


 昨日は、ぎりぎりで避けていたはずなのに。

 今日は、スライムの動きが随分ゆっくりに見える。

 スライムがもう一度身体を縮めた。

 ボクは鉄剣を構え直し、今度は少しだけ横へ動く。

 丸い身体が目の前を通り過ぎた。

 そこへ、鉄剣を振り下ろす。


「えいっ!」


 刃がスライムへ触れた。

 その直後、丸い身体が大きく崩れ、あっという間に消えてしまった。


「……えっ?」


 ボクは剣を持ったまま、しばらく立ち尽くした。

 草の上には、小さな魔石が一つ転がっている。

 ……倒した?

 もう?


「……一回で?」


 昨日は何度も短剣を振って、ようやく倒せたのに。

 今日は、たった一回。

 しかも、ほとんど力を入れていない。


「……凄い」


 ボクは手に持った鉄剣を見つめた。

 昨日の画面には、素早さが上がると書いてあった。

 靴にも同じような効果があったはずだ。

 でも、こんなに変わるなんて思っていなかった。

 ボクは魔石を拾い、アイテムポーチへ入れた。


「……もう一匹、探してみようかな」


 今度は、もう少し上手に動けるかもしれない。

 ボクは鉄剣を握り直し、草原を歩き始めた。


 *


 二匹目のスライムも、あっさり倒せてしまった。

 三匹目は、跳びかかってくる前に剣が届いた。

 四匹目も、ほとんど苦労しなかった。


「……本当に凄いなあ」


 ボクは草の上に立ち、手にした鉄剣を眺めた。

 昨日はスライムを五匹倒しただけで、腕が重くなっていた。

 それなのに、今日はまだ疲れていない。

 足元には、四匹目のスライムが残した魔石と粘液が落ちていた。


「あっ! 粘液だ!」


 ボクはアイテムポーチから空き瓶を取り出した。

 昨日と同じように、大きな葉を使って粘液を移していく。

 けれど、なかなか瓶へ落ちてくれない。


「……もう少し、こっちかな」


 葉をゆっくり傾ける。

 すると、粘液がとろりと伸び、ようやく瓶の中へ滑り落ちた。


「よしっ!」


 蓋を閉め、ポーチへしまう。

 その時、少し離れたところで草が揺れた。

 顔を上げると、長い耳が二本見えている。

 続いて姿を現したのは、額に一本の角を生やした魔物だった。


「……アルミラージ!」


 昨日、お昼を食べている時に見かけた魔物だ。

 ボクは鉄剣を握り直した。

 昨日は見つからないように離れたけれど、今日はどうしよう。

 スライムを簡単に倒せるようになったとはいえ、アルミラージはもっと強い魔物だ。

 少し迷っていると、アルミラージがこちらへ顔を向けた。

 目が合った。


「……あっ」


 次の瞬間、アルミラージが地面を蹴った。

 速い!

 そう思ったのに、身体は自然と動いていた。

 角を向けて飛びかかってきたアルミラージを、横へ避ける。

 そして、すれ違いざまに鉄剣を振った。


「わっ!」


 剣を振り終えた時には、アルミラージがボクの後ろへ落ちていた。

 ……あれ?

 振り返る。

 アルミラージは地面に倒れたまま、動かなかった。

 やがて、その身体が薄れて消えていく。


「…………え?」


 ボクは剣を下ろした。

 草の上には、小さな魔石と、一本の角が残っている。


「……倒しちゃった?」


 近づいて確かめてみる。

 間違いない。

 アルミラージは、もういなかった。


「……ええっ!?」


 思わず声が出た。

 昨日は、見つからないようにそっと離れた魔物なのに!

 今は、たった一回剣を振っただけで倒してしまった。


「……そんなに凄いの? この装備……」


 ボクは自分の靴を見下ろした。

 それから、手に持った鉄剣へ目を向ける。

 確かに、身体が軽くなったとは思っていた。

 でも、アルミラージまで簡単に倒せるなんて。

 しばらく呆然としていたけれど、草の上に落ちた角を見て我に返った。


「あっ! 素材!」


 ボクは急いでしゃがみ込んだ。

 魔石は、スライムのものより一回り大きい。

 角も、思っていたより立派だった。

 先端は鋭く、根元へ向かって少し太くなっている。

 ボクは魔石と角を拾い、ポーチへ入れた。


「……アルミラージの角って、いくらになるんだろう?」


 スライムの粘液よりは高いのかな。

 そんなことを考えながら立ち上がる。

 すると、また別の場所で草が揺れた。

 今度も、長い耳が見えている。


「……またアルミラージだ」


 ボクは鉄剣を構え直した。

 今度は、さっきより落ち着いて動けるだろうか。

 アルミラージがこちらへ気づき、勢いよく跳びかかってくる。

 ボクは横へ一歩動いた。

 ……つもりだった。

 けれど、身体は思ったよりも速く動き、アルミラージの横へ回り込んでいた。


「わっ、また!?」


 慌てて剣を振る。

 次の瞬間、アルミラージが地面へ落ちた。

 そして、動かなくなった。


「……また倒しちゃった」


 ボクは思わず苦笑した。

 こんなに簡単に倒せるなんて、まだ信じられない。

 草の上には、魔石と、それから柔らかそうな毛皮が残っていた。


「あっ! 今度は皮だ!」


 ボクは毛皮を持ち上げた。

 白と茶色の毛が混ざっていて、触るとふわふわしている。

 思わず頬へ当ててみた。


「……わあ。気持ちいい」


 こんなに柔らかいなら、暖かい服にも使えそうだ。

 ボクは毛皮を畳み、ポーチへしまった。

 そのあとも草原を歩きながら、スライムやアルミラージを見つけては戦ってみた。

 最初は戸惑っていた身体の動きにも、少しずつ慣れてくる。

 ただ、森の方へは近づかないようにした。

 遠くに見える木々の間は薄暗く、草原とは随分雰囲気が違う。

 ボクは王都の城壁が見える場所を選びながら、探索を続けた。


 *


 お昼を食べ終えたあと、ボクは今日手に入れた素材を確かめていた。

 スライムの魔石が十個。

 粘液が三つ。

 それから、アルミラージの魔石が四つ。

 角が二本に、皮が二枚。

 アイテムポーチのおかげで、これだけ集めても持ち運ぶのは簡単だった。


「……結構、集まったなあ」


 昨日はスライム五匹で精一杯だったのに。

 今日は、まだ身体に余裕がある。

 でも、そろそろ帰ろう。

 母さんに心配をかけたくないし、ギルドで素材を売るのも楽しみだ。

 ボクはポーチを腰へつけ直し、立ち上がった。

 王都の門は、ここからでもよく見える。

 昨日よりも軽い足取りで、ボクは帰り道を歩き始めた。


 *


 ギルドの買取窓口へ素材を並べると、職員が少し驚いた顔をした。


「あら、アルミラージも倒したんですね」

「はい! 今日、初めて倒しました!」

「そうでしたか。怪我はありませんでしたか?」

「大丈夫です!」


 職員は頷き、素材を一つずつ確かめ始めた。

 魔石を種類ごとに分け、角と皮も丁寧に並べていく。


「スライムの魔石が十個で銅貨二枚。粘液が三つで銅貨六枚ですね」

「はい!」

「アルミラージの魔石は四つで銅貨四枚。角が二本で銅貨十枚、皮が二枚で銅貨六枚になります」

「……えっ?」


 ボクは思わず目を丸くした。

 角が二本で銅貨十枚?

 皮が二枚で銅貨六枚?

 そんなに高いんだ!


「合計で、銀貨二枚と銅貨八枚になります」

「に、銀貨二枚も!?」


 昨日は、銅貨五枚を稼ぐために一生懸命だった。

 それなのに、今日は銀貨まで手に入ってしまった。

 窓口へ並べられた二枚の銀貨と八枚の銅貨を見つめる。

 銀貨は銅貨よりも少し大きく、明るい光を反射していた。


「……凄い」


 小さく呟き、硬貨を受け取る。

 手の中で硬貨が触れ合い、ちゃりん、と音を立てた。

 こんなにたくさんのお金を、自分で稼いだのは初めてだ。

 ボクはお礼を言い、窓口を離れた。

 ギルドの外へ出てから、もう一度ポーチを確かめる。

 ちゃんと銀貨が二枚入っている。

 ……うん。夢じゃない。


「……そうだ!」


 その時、ふと思い出した。

 バターだ。

 母さんと一緒に、パンの端までバターを塗って食べてみたい。

 前から、そう思っていたんだ。

 今日なら、買えるかもしれない。

 ボクは嬉しくなって、商店が並ぶ通りへ向かった。


 *


 通りには、夕食の買い物をする人たちが行き交っていた。

 野菜を並べた店や、干した魚を売る店。

 その間を抜けて、ボクは目当てのお店へ向かった。

 店先を覗くと、見知った女の子がこちらに気づいた。


「あっ、レイン!」

「こんにちは、エマ!」

「こんにちは。今日は何を買いに来たの?」


 エマが笑顔で声を掛けてくれる。

 ボクは店先へ近づき、並んでいる品物へ目を向けた。


「今日はね、バターを買おうと思って!」

「バター?」

「うん! 母さんと一緒に食べたいんだ」


 そう答えると、エマは嬉しそうに笑った。


「そうなんだ。ちょっと待っててね」


 エマが店の奥からバターを持ってきてくれた。

 淡い黄色の、綺麗なバターだ。


「はい、レイン。これでどうかな?」

「うん! それがいい!」

「ふふっ。ありがとう!」


 代金を払い、包んでもらったバターを受け取る。

 手に持つと、思っていたよりもずっしりしていた。


「レイン、なんだか嬉しそうだね」

「うん! 今日は冒険で、たくさんお金を稼げたんだ!」

「えっ、冒険?」

「そうだよ! 昨日、冒険者になったんだ」

「そうだったんだ! おめでとう、レイン!」

「ありがとう!」


 エマにそう言われると、また嬉しくなってしまう。

 ボクはバターを大切にポーチへしまった。


「それじゃあ、またね!」

「うん! 気をつけて帰ってね!」


 エマに手を振り、店をあとにする。

 通りを歩きながら、ボクは何度もポーチへ目を向けた。

 中には、今日稼いだお金と、母さんへのバターが入っている。

 早く帰って、見せてあげたいな。


 *


「ただいま!」


 家へ戻ると、母さんは台所で夕食の準備をしていた。


「おかえり、レイン。今日も無事に帰ってきたのね」

「うん! それでね、母さんに見せたいものがあるんだ!」

「あら、何かしら?」


 ボクはポーチから、包んでもらったバターを取り出した。

 食卓へそっと置く。


「はい! これ!」

「……バター?」


 母さんが驚いたように目を丸くした。


「うん! 今日、冒険で稼いだお金で買ってきたんだ!」

「まあ……」


 母さんは包みを見つめ、それからボクへ顔を向けた。


「レインが、自分のお金で?」

「うん! 母さんと一緒に食べたくて!」


 そう答えると、母さんは少しだけ目を細めた。

 そして、ボクの頭へそっと手を伸ばしてくる。


「ありがとう、レイン。とっても嬉しいわ」

「えへへ……」


 頭を撫でられると、少し照れくさい。

 でも、母さんが喜んでくれてよかった。


「それじゃあ、今夜はパンにバターを塗って食べましょうか」

「うん! 端までたっぷり塗りたい!」

「ふふっ。いいわよ。今日は特別ね!」


 母さんが笑う。

 ボクもつられて笑ってしまった。

 昨日は、銅貨五枚を稼ぐだけでも大変だった。

 それなのに今日は、銀貨まで手に入ってしまった。

 全部、あのスターターパックのおかげだ。

 ……そういえば。

 ボクは、ふと昨日の画面を思い出した。

 スターターパックのほかにも、いろんな商品が並んでいたはずだ。

 あの時は銅貨を一枚も持っていなかったから、あまり詳しく見ていなかったけれど。


「……母さん」

「なあに?」

「夕ご飯のあと、少しだけスキルを見てもいい?」

「ええ、もちろん。でも、先にご飯を食べましょうね」

「うん!」


 ボクは大きく頷いた。

 今夜は、バターを塗ったパンが食べられる。

 それだけでも十分嬉しいのに、食事のあとには、また『こうしきすとあ』を見られるんだ。

 次は、どんなものが売っているんだろう。

 ボクはそんなことを考えながら、母さんと一緒に夕食の準備を始めた。


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