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第20話 崖下の宝箱


 朝食を終えたボクは、部屋で新しい服に着替えていた。

 昨日、宝箱で見つけた『夜明けの旅服』だ。

 白い上着に青いズボン。上着に袖を通してみると、やっぱり着心地がいい。

 その上から胸当てをつけ、身軽な羽靴を履く。


「レイン、準備できた?」

「うん! 今行くよ!」


 剣を腰に差して台所へ向かうと、母さんが包みを差し出してくれた。


「はい。今日のお昼ご飯」

「ありがとう、母さん!」

「今日はハムを挟んでみたの。お腹が空いたら食べてね」

「うん!」


 受け取った包みをアイテムポーチにしまう。

 すると、母さんがボクの服を見て微笑んだ。


「ふふっ。やっぱりよく似合っているわね」

「本当?」

「ええ。なんだか、すっかり冒険者らしくなっちゃって」

「もう冒険者だよ?」

「あら、そうだったわね」


 母さんが楽しそうに笑う。

 ボクもつられて笑ってしまった。


「それじゃあ、行ってきます!」

「行ってらっしゃい。気をつけるのよ」

「うん!」


 玄関を出ると、朝の王都にはもうたくさんの人が行き交っていた。

 焼きたてのパンの匂いが漂う通りを抜け、冒険者ギルドへ向かう。

 今日はどんな依頼があるかな。

 できれば、宝箱も探してみたい。

 腰につけた『トレジャーの鈴』に指先で軽く触れてから、ボクは歩く速度を少しだけ上げた。


 *


 ギルドの依頼掲示板には、今日もたくさんの紙が貼られていた。


「薬草採取……。こっちは魔物の討伐かぁ」


 順番に眺めていると、一枚の依頼書が目に留まった。


「岩塩の採掘?」


 採掘場所は王都から少し離れた洞窟。


「あっ、ここって……」


 前にペッパーマッシュを採りに行った洞窟だ。

 あのときはヒートモスもいたっけ。

 依頼主の欄には、王都で定食屋を営む店主の名前が書かれている。


「料理に使うのかな?」


 岩塩なら、ボクにも採れるかもしれない。

 依頼書を手に受付へ向かうと、いつもの席に見慣れない男性職員が座っていた。

 セシリアさんの姿はない。


「おはようございます。あの、今日はセシリアさんはいないんですか?」

「おはようございます。セシリアは、ダンさんとグラウスさんの件への対応で、数日ほど不在にしています」

「そうなんですか」

「私は普段、奥で書類の整理などをしているんですが、その間はこちらを担当することになりまして」


 職員さんは手元の書類を脇へ寄せ、ボクへ顔を向けた。


「今日は依頼の受注ですか?」

「はい。この依頼を受けたいんですけど」

「岩塩の採掘ですね。冒険者カードをお願いします」

「はい!」


 カードを渡すと、職員さんは依頼書と見比べてから頷いた。


「採掘場所は分かりますか?」

「前に行ったことがある洞窟なんです。でも、岩塩があるのは知りませんでした」

「それでしたら、こちらの地図をお持ちください」


 職員さんが一枚の地図を広げた。


「入口から進んで、最初の分かれ道を右です。壁に白い岩塩が露出している場所があります」

「白い岩塩……」

「見本もありますよ」


 小皿に載せられた白っぽい石を見せてもらう。

 表面が少し透き通っていて、普通の石とは違って見えた。


「これを採ってくればいいんですね」

「はい。ただ、洞窟内は暗いので、明かりを忘れないでくださいね」

「分かりました。ありがとうございます!」


 依頼を受けたボクは、ギルドを出て道具屋へ向かった。

 採掘用の小さなつるはしに、油を使うランタン。それから縄と、岩塩を入れるための袋も買う。

 つるはしを手に持ってみると、思ったよりずっしりしていた。


「これで石を掘るんだ……」


 ちょっと楽しみかも。

 道具をポーチにしまい、ボクは王都の門へ向かった。


 *


 洞窟へ着いた頃には、太陽もだいぶ高くなっていた。

 入口の近くには、見覚えのあるキノコが生えている。


「久しぶりだね」


 誰に言うでもなく呟いて、ランタンに火を灯した。

 洞窟の中はひんやりしている。

 足元には小石が転がり、奥へ進むほど外の光が届かなくなっていった。

 しばらく歩くと、地図に描かれていた分かれ道が現れた。


「右、だったよね」


 ランタンで壁を照らしながら進んでいく。

 すると、灰色の岩肌の中に、白い筋が混じっている場所を見つけた。


「あった!」


 受付で見せてもらった岩塩と同じ色だ。

 近づいて確かめてから、ランタンを足元の平らな場所へ置き、つるはしを取り出す。


「よいしょっ!」


 カンッ!

 乾いた音が洞窟に響いた。

 けれど、岩塩は少し欠けただけだった。


「あれ?」


 もう一度振ってみる。

 カンッ!

 今度は小さな欠片が足元に落ちた。


「おおっ!」


 拾い上げて眺める。

 白くて、少しきらきらしている。


「よし、もう少し!」


 何度かつるはしを振るううちに、少しずつ大きな欠片も採れるようになった。

 途中で腕を休めたり、落ちた岩塩を袋に集めたりしながら作業を続ける。

 やがて、持ってきた袋に十分な量が集まった。


「ふぅ……。これくらいでいいかな」


 額の汗を拭い、袋の口を結ぶ。

 岩塩とつるはしをポーチへしまい、ランタンを持ち上げた。

 依頼はこれで達成できそうだ。

 あとは帰るだけなんだけど……。


「もう少し、奥を見てみようかな」


 前に来たときは、洞窟の奥まで行かなかった。

 今日は明かりもあるし、まだ時間にも余裕がある。

 ボクは帰る道を地図で確かめてから、先へ進んでみることにした。


 *


 洞窟の奥は、思っていたよりも入り組んでいた。

 道が二つに分かれていたり、急に狭くなったり。

 分かれ道に差しかかるたびに振り返り、曲がってきた方を覚えておく。

 ときどき壁に色の違う石が混じっていて、つい足を止めてしまう。


「へえ……。こんな石もあるんだ」


 赤茶色の筋が入った岩を眺めていた、そのときだった。

 チリン。


「……あっ!」


 鈴が鳴った。

 ボクは腰の『トレジャーの鈴』を見下ろす。

 チリン、チリン。


「宝箱だ!」


 慌てて周囲を見回した。

 でも、宝箱らしいものは見当たらない。


「どこだろう?」


 鈴の音を頼りに歩いていくと、やがて道が途切れた。


「わっ……!」


 足を止める。

 目の前は崖になっていた。

 ランタンを下へ向けると、ずっと下の方に岩の地面が見える。

 家の天井よりも高そうだ。


「こんなところに崖があるんだ……」


 下を覗いてみる。

 崖下には少し広い場所があり、その奥は大きな岩が張り出していて見えなかった。

 チリン、チリン。

 鈴はまだ鳴っている。


「もしかして、下にあるのかな?」


 宝箱は見えないけれど、あの岩の向こうにも道が続いているのかもしれない。

 どうしよう。

 ここから飛び下りるのは、さすがに危ないよね。

 崖の端へ明かりを向けると、岩の出っ張りが下まで続いていた。

 あれを足場にして、縄も使えば下りられるかな。

 帰りに手を掛ける場所も確かめてから、崖の縁を離れた。

 ボクはポーチから縄を取り出した。

 崖の近くにある大きな岩に縄を結び、何度か引っ張って確かめる。


「……うん。大丈夫そう」


 ランタンを腰に下げ、縄を握って崖を下り始めた。

 足を置けそうな岩の出っ張りを探しながら、少しずつ身体を下げていく。


「よっ、と……」


 半分ほど下りたところで、顔の横にある岩が目に入った。

 妙な形をしている。

 丸みを帯びた岩の両側に、薄い板のようなものが重なっていた。


「……ん?」


 その岩が、動いた。


「えっ?」


 バサッ!

 突然、岩が翼を広げた。


「うわっ!」


 蝙蝠だ!

 しかも、ただの蝙蝠じゃない。

 岩のような鱗に覆われた身体から、鋭い目がこちらを睨んでいる。

 少し離れた壁でも、もう一つの岩が動き出した。


「二体も!?」


 次の瞬間、最初の一体の周囲に小石が浮かび上がった。

 シュッ!


「っ!」


 飛んできた石飛礫が、すぐ横の岩に当たって砕ける。

 慌てて身体を引いた、そのとき。

 ズルッ!


「あっ……!」


 足を置いていた岩から靴が滑った。

 縄を握る手に力を込める。

 けれど、身体が大きく傾き、指が縄から外れてしまった。


「わああっ!」


 視界がぐるりと回る。

 ドンッ!


「ぐっ……!」


 背中から地面に落ち、息が詰まった。

 続けて右足に鋭い痛みが走る。


「いっ……たぁ……!」


 起き上がろうとした途端、足首から膝のあたりまで痛みが響いた。


「うぅ……!」


 立てない。

 どうしよう……!

 回復薬!

 ボクは慌てて腰へ手を伸ばした。


「……あれ?」


 ポーチがない。

 少し離れた岩のそばに、見慣れた袋が落ちていた。

 ランタンも外れて転がっていたけれど、明かりはまだ灯っている。


「あんなところに……!」


 手を伸ばしても、届く距離じゃない。

 そのとき、頭上から羽音が聞こえた。

 バサッ、バサッ!


「っ!」


 さっきの蝙蝠だ!

 二体とも崖下へ下りてきている。

 ボクは痛む足を引きずりながら、なんとか腰の剣を抜いた。

 キンッ!

 飛んできた石飛礫を、剣で弾く。

 続けてもう一つ。

 キィンッ!


「くっ……!」


 腕に衝撃が伝わる。

 足が痛くて、いつものようには動けない。

 それでも、剣だけは離さなかった。

 蝙蝠の魔物の一体が、大きく翼を広げた。

 石飛礫が効かないと思ったのか、今度は真っすぐこちらへ向かってくる。


「……来た!」


 ボクは剣を握り直した。

 逃げられないなら、迎え撃つしかない。

 蝙蝠の魔物が目の前まで迫った瞬間、剣を振るう。


「やあっ!」


 ザシュッ!

 刃が岩のような身体を斬り裂いた。

 蝙蝠の魔物は地面に落ち、そのまま動かなくなった。


「はぁっ、はぁっ……!」


 もう一体は……!

 顔を上げると、残った蝙蝠の魔物が空中で羽ばたいていた。

 こちらを見ていたかと思うと、くるりと向きを変える。


「あっ……」


 そのまま洞窟の奥へ飛び去っていった。


「……逃げた?」


 羽音が遠ざかる。

 しばらく剣を構えていたけれど、戻ってくる様子はなかった。


「よ、よかったぁ……」


 剣を下ろした途端、足に強い痛みが走った。


「いっ……!」


 身体を支えきれず、その場に倒れ込む。

 背中も、肩も痛い。

 足なんて、少し動かすだけで涙が出そうだった。


「うぅ……。痛いよぉ……」


 回復薬は、あそこにあるのに。

 ポーチの方へ顔を向ける。

 でも、今は這っていくのもつらかった。

 岩壁へ背中を預け、ゆっくり息を吐く。

 回復薬を取りに行かないと。

 そう思うのに、足を動かそうとするたびに痛みが響いた。

 しばらくは、呼吸を整えるだけで精一杯だった。

 遠くで小さな石の転がる音がして、ボクは剣を握り直す。

 けれど、羽音は聞こえてこなかった。

 何度か息を吐くうちに、肩に入っていた力が抜けていく。

 足の痛みも、少しずつ和らいできた。


「……あれ?」


 そっと右足を動かす。

 さっきのような鋭い痛みがない。

 もう少し膝を曲げ、足首も動かしてみた。


「……痛くない?」


 恐る恐る身体を起こし、壁に手をつく。

 立ち上がってみても、足は普通に動いた。

 背中や肩の痛みまで消えている。


「どうして……?」


 まだ、少ししか休んでいないのに。

 両足で立ち、右足へ少しずつ体重を掛けてみる。

 やっぱり痛くなかった。

 回復薬は、まだ飲んでいない。

 ポーチの方を見てから、自分の足へ目を戻した。


「……変なの」


 首を傾げながら、落ちていたポーチを拾う。

 中を確かめると、回復薬も採掘した岩塩も無事だった。


「よかったぁ……」


 それから、魔物を倒した場所へ戻った。

 身体はもう消えていて、小さな魔石と岩のような鱗、それから翼が残っている。

 拾った鱗は硬く、表面がざらざらしていた。

 これじゃあ、岩と間違えてしまうよね。

 素材をポーチへしまい、ボクは崖の奥へ目を向けた。

 チリン。


「あっ!」


 鈴が鳴った。

 そうだった。

 宝箱を探していたんだっけ。

 落ちていたランタンを拾い、張り出した岩の向こうを照らす。

 そこには細い道が続いていた。

 羽音がしないか耳を澄ませながら、奥へ進む。

 すると――。


「あった!」


 岩壁に囲まれた小さな空間に、一つの宝箱が置かれていた。

 丸みを帯びた蓋に金属の帯が渡され、その上へ薄く砂が積もっている。

 上から見えなかったのは、ここに隠れていたからなんだ。

 近づいてみると、蓋には鍵穴がついている。


「ふふっ。鍵、持ってるもんね」


 ポーチから『トレジャーの鍵』を取り出し、鍵穴に差し込んだ。

 カチャリ。


「開いた!」


 鍵を抜いてポーチへ戻し、ゆっくり蓋を持ち上げる。

 中には、小さな布張りの箱が一つ入っていた。


「……何だろう?」


 取り出して開けてみる。

 そこには、綺麗な腕輪が収められていた。


「わあ……!」


 繊細な飾りが施された腕輪には、小さな宝石が輝いている。

 ランタンの光を受けて、きらきらと光っていた。


「綺麗だなぁ……」


 そっと持ち上げると、名前が浮かび上がった。


 『守護の腕輪』


「守護……?」


 守ってくれるってことかな?

 腕輪を眺めているうちに、母さんの顔が浮かんだ。


「……母さんに似合いそう」


 きっと、喜んでくれるよね。

 それに、守護の腕輪って名前なんだから、何かあったときに母さんを守ってくれるかもしれない。


「よしっ!」


 ボクは腕輪を大切に小箱へ戻し、蓋を閉めてポーチへしまった。

 今日は母さんにお土産ができた。

 そう思うと、自然と頬が緩んでしまう。


 *


 崖の上へ戻るときは、縄を使ってゆっくり登った。

 足を掛ける岩を一つずつ確かめ、途中で何度か休みながら登っていく。

 今度は何事もなく登りきることができた。

 縄を引き上げて片付け、ランタンを手に来た道を戻った。


「ふぅ……!」


 洞窟の外へ出ると、明るい日差しが眩しかった。

 ランタンの火を消し、入口近くの平らな岩に腰掛けた。

 母さんが作ってくれたお昼ご飯を取り出す。


「いただきます!」


 パンにはハムと野菜が挟まれていた。

 一口かじると、塩気のあるハムと柔らかいパンがよく合っていて、とてもおいしい。


「んーっ!」


 思わず笑顔になった。

 お腹が空いていたこともあって、あっという間に食べ終えてしまった。


「ごちそうさまでした!」


 空になった包みを片づけ、洞窟を振り返る。

 ……さっきは、怖かったな。

 足もすごく痛かったし。

 でも、今はどこも痛くない。


「……本当に、何だったんだろう?」


 不思議だけれど、考えても分からなかった。

 ボクは立ち上がり、王都へ向かって歩き始めた。


 *


 ギルドへ戻ると、朝と同じ男性職員さんが受付にいた。


「岩塩を採ってきました!」

「お疲れさまです。確認しますね」


 ポーチから岩塩の入った袋を取り出す。

 職員さんは中身を確かめ、満足そうに頷いた。


「はい。十分な量があります。依頼達成ですね」

「やった!」

「こちらが報酬になります」

「ありがとうございます!」


 報酬をしまってから、洞窟で集めた素材も取り出した。


「それと、これも買い取ってもらえますか?」

「はい。……ロックバットの素材ですね」

「ロックバットっていうんですか?」

「ええ。岩に擬態する、E級の魔物です」


 職員さんが鱗を手に取る。


「壁にくっついていると、見分けづらいんですよ」

「本当ですね。すぐ近くにいたのに、動くまで気づきませんでした」


 顔の横で翼が開いた瞬間を思い出し、剣を下げた腰へ手を添えた。

 職員さんは素材を一つずつ確かめ、代金を教えてくれる。


「魔石(小)が銅貨一枚、翼が三枚、岩鱗が五枚。合わせて銅貨九枚になります」

「ありがとうございます」


 受け取った銅貨を袋へしまう。

 台の上では、納品した岩塩が袋へ戻されていた。


「あの、採ってきた岩塩は、このまま料理に使えるんですか?」

「いえ。使えるように加工してから、依頼主のお店へ届けます」

「そうなんですね」


 ボクが採ってきた岩塩が、誰かの料理に使われるんだ。

 どんな料理になるんだろう?


「ありがとうございました!」

「はい。またよろしくお願いします」


 受付を離れたボクは、少しだけ足取りを軽くしてギルドを出た。

 早く母さんに腕輪を見せたいな。


 *


「ただいまー!」

「おかえり、レイン」


 母さんが台所から顔を出した。


「今日はどうだった?」

「うん! 岩塩を採ってきたよ。前にペッパーマッシュを採りに行った洞窟で」

「あら、あの洞窟へ行ったのね」

「うん。それで……」


 崖から落ちたときのことが頭をよぎり、言葉が止まった。

 母さんはボクの顔をじっと見たけれど、すぐにいつものように微笑んだ。


「岩塩は、ちゃんと採れた?」

「……うん! 依頼も達成したよ!」

「そう。お疲れさま、レイン」


 母さんがいつものように笑ってくれる。

 ボクはほっとして、ポーチに手を入れた。


「それでね、母さん! 今日は宝箱も見つけたんだ!」

「あら、また?」

「うん! それで、母さんにあげたいものがあるの!」

「私に?」

「ちょっと待っててね!」


 布張りの小箱を取り出し、母さんへ差し出す。


「はい!」

「まあ……。何かしら?」

「開けてみて!」


 母さんが箱の蓋を開く。

 中の腕輪を見た途端、目を丸くした。


「まあ……! 綺麗……!」

「でしょ!」

「これを、私に?」

「うん! 母さんに似合うと思って!」


 母さんは腕輪をそっと持ち上げた。


「本当に綺麗ね。ありがとう、レイン」

「えへへ。それね、『守護の腕輪』っていうんだ!」

「守護の腕輪?」

「うん! 詳しいことは分からないんだけど、きっと身につけた人を守ってくれるんじゃないかなって」

「……そうなの?」


 母さんは腕輪を見つめてから、ボクへ視線を戻した。


「それなら、レインがつけていなさい」

「えっ?」

「レインは冒険者でしょう? 危ないところへ行くこともあるんだから」

「でも、母さんにあげるって決めたんだよ?」

「気持ちはとっても嬉しいわ。でもね……」

「ダメ!」


 思わず声が大きくなった。

 母さんが驚いたように瞬きをする。


「あっ……。えっと……」


 ボクは少しだけ声を落とした。


「ボクは剣もあるし、ちゃんと装備もしてるから」

「レイン……」

「だから、これは母さんがつけていてほしいんだ」


 母さんは困ったように微笑んだ。


「でも、私は危ないところへ行かないのよ?」

「それでも!」


 ボクは母さんの手にある腕輪を見つめた。


「……母さんにも、何かあったら嫌だもん」


 母さんが黙った。

 少しの間、二人とも何も言わなかった。

 やがて、母さんが小さく息を吐く。


「……もう」

「母さん?」

「こういうときは、頑固なんだから」

「……ダメ?」


 母さんは腕輪を見下ろして、それから優しく笑った。


「分かったわ。大切にするわね」

「本当!?」

「ええ。こんなに素敵なものをもらったんだもの」

「やった!」


 母さんが腕輪を手首につける。

 きらきらした宝石が、白い手首の上で輝いた。


「どうかしら?」

「すっごく似合ってる!」

「ふふっ。ありがとう」


 母さんは嬉しそうに腕輪を眺めていた。

 その顔を見ていると、ボクまで嬉しくなってくる。


「さて、それじゃあ夕飯の支度をしましょうか」

「うん! ボクも手伝う!」

「あら、今日は疲れていないの?」

「大丈夫!」

「それなら、野菜を洗ってもらおうかしら」

「任せて!」


 ボクは袖をまくり、母さんの隣に立った。

 母さんが野菜を切るたびに、手首の腕輪が小さく揺れる。

 そのたびに、宝石がきらりと光った。

 ……やっぱり、母さんにあげてよかった。

 ボクは嬉しくなって、洗い終えた野菜を母さんへ差し出した。


「はい、母さん!」

「ありがとう、レイン」


 台所には、いつもの温かな声が響いていた。


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