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第19話 トレジャーの鈴


「母さん! ほらっ、新商品だって!」


 ボクは画面に浮かんだ文字を指差した。

 母さんも隣から顔を覗かせる。


「あら、本当ね。何が増えたのかしら」

「ちょっと見てみるね!」


 新商品のお知らせを選ぶと、小さな鈴の絵が現れた。


「トレジャーの鈴……?」


 どんな鈴なんだろう。

 名前の下に書かれた説明を読んでみる。


 ____________________


 『トレジャーの鈴』


 【効果】

 草原や丘、森、洞窟、山などに稀に存在する宝箱へ近づくと、鈴の音を鳴らして知らせます。


 【価格】

 大銀貨一枚


 購入しますか?


 はい / いいえ


 ____________________


「宝箱を見つけてくれるんだ……!」


 ボクはもう一度、鈴の絵を眺めた。


「これがあれば、宝箱を見つけられるかもしれないね」

「ふふっ。レイン、嬉しそうね」

「だって、宝箱だよ! 何が入っているんだろう」

「そうねえ。素敵なものが入っているといいわね」

「うん!」


 スライムやアルミラージを探して、草原は随分歩いた。

 けれど、宝箱なんて一度も見かけたことがない。

 もしかしたら、今まで歩いた場所にもあったのかな。

 そう考えると、何だかわくわくしてきた。

 値段は大銀貨一枚。

 ポーチからお金の袋を取り出し、中を確かめる。


「母さん、これ買ってみてもいいかな?」

「ええ。レインが頑張って稼いだお金でしょう?」

「うん! 明日、草原へ持っていってみるよ」


 代金を用意して、【はい】を選ぶ。

 硬貨が光に包まれて消えると、代わりに小さな鈴が現れた。


「あっ、出てきた!」


 手に取ると、指先にひんやりとした感触が伝わってくる。

 鈴には細い紐がついていた。

 これなら、腰にも下げられそうだ。


「可愛らしい鈴ね」

「うん。これが宝箱を教えてくれるんだね」

「見つかるといいわね」

「見つけたら、帰ってきて母さんに見せるよ!」


 母さんが嬉しそうに笑った。

 商品一覧へ戻ると、鈴の隣にも新しい品が並んでいた。

 今度は、鍵の絵だ。


「あれ? こっちも新商品みたい」

「何かしら?」

「トレジャーの鍵だって。宝箱を開けるための鍵みたいだよ」


 値段は大銀貨二枚。

 鈴よりも高いんだ。


「鍵も買うの?」

「ううん。まだ宝箱を見つけてないから、見つかってからにするよ」

「ふふっ。そうね」


 ボクは鈴をポーチへしまい、画面を閉じた。

 明日が楽しみだなあ。


 *


 翌朝。


「行ってきます!」

「行ってらっしゃい。気をつけてね」


 母さんに見送られ、ボクは家を出た。

 腰には、昨日買ったトレジャーの鈴を下げている。

 歩くたびに少し揺れるけれど、音はしない。

 ギルドへ寄ってから、いつもの草原へ向かった。

 道の両側では、朝の風に草が揺れていた。

 その間を歩きながら、ときどき腰の鈴へ目を落とす。


「まだ鳴らないね……」


 少し歩いては辺りを見回し、また歩く。

 草原には大小の石が転がり、ところどころに低い茂みが生えていた。

 ああいうところに隠れているのかな。

 そんなことを考えていると、草の間からアルミラージが飛び出してきた。


「わっ!」


 角をこちらへ向け、勢いよく跳んでくる。

 ボクは横へ避けながら剣を抜き、着地したところへ振り下ろした。

 アルミラージが倒れる。

 周りにほかの魔物がいないことを確かめてから、残された魔石と角を拾った。


「……鈴ばかり気にしてちゃ駄目だね」


 素材をポーチへしまい、剣を収める。

 宝箱を探すのもいいけれど、魔物には気をつけないと。

 それからは周囲をよく見ながら、草原を歩いた。

 途中で出会ったスライムを倒し、少しずつ道から離れていく。

 やがて、低い丘の下へ差しかかったときだった。

 チリン。


「……あれ?」


 足を止める。

 今、音がしたよね?

 腰の鈴へ目を向けると、もう一度、澄んだ音が響いた。

 チリン、チリン。


「鳴った……!」


 慌てて顔を上げる。

 目の前には草の生えた斜面が広がり、大小の石が幾つか転がっていた。

 その向こうには低い茂みも続いている。


「この辺りに宝箱があるんだね!」


 まずは近くの石を回り込み、裏側を覗いてみる。

 何もない。

 隣の茂みを分けてみたけれど、見えるのは土と枯れ草ばかりだった。


「あれえ……?」


 鈴は確かに鳴っている。

 もう少し先かな?

 斜面を少し登り、草の陰を覗いてみる。

 すると、鈴の音が小さくなった。


「……あ、違うんだ」


 元の場所へ戻ると、また鈴が鳴り始める。

 どうやら、近づくと音が大きくなるみたい。

 ボクはしゃがみ、足元の草を一つずつ分けていった。

 斜面の窪みに、茶色い塊がある。

 石かな?

 何気なく横の草を払うと、まっすぐな縁が見えた。


「……ん?」


 手を伸ばし、表面に積もった土を落とす。

 乾いた土の下から、くすんだ金属の帯が現れた。

 さらに枯れ草を除けると、丸みを帯びた蓋と、帯に並んだ鋲が見えてくる。


「あった……!」


 思わず声が大きくなった。


「本当にあった!」


 縁や角まで金属で飾られた、立派な宝箱だ。

 片側が斜面に埋もれ、その上まで草が伸びている。

 さっきも目を向けた場所なのに、全然気づかなかった。

 周りの土を少しずつ掻き出し、両手で箱を引き寄せる。


「よいしょっ……!」


 膝の前まで出すと、底から細かな土がこぼれた。

 蓋にも厚く埃が積もっている。


「ずっと、ここにあったのかな……」


 金具の隙間に入り込んだ草を取り、留め具へ指を掛ける。

 けれど、動かなかった。


「あれ? 開かない……」


 正面についた土を払うと、小さな鍵穴が現れた。


「あっ、鍵が掛かってるんだ」


 そういえば、昨日の新商品に鍵があったよね。

 ボクは宝箱を膝の前へ置き、周りに魔物がいないことを確かめてから、公式ストアを開いた。

 鈴の隣に並んでいた商品を選ぶ。


 ____________________


 『トレジャーの鍵』


 【効果】

 鍵の掛かった宝箱を開けることができます。


 【価格】

 大銀貨二枚


 購入しますか?


 はい / いいえ


 ____________________


「これなら開けられるんだね」


 大銀貨二枚。

 もう一度、目の前の宝箱を見る。

 何が入っているのかは分からない。

 でも、せっかく見つけたんだ。

 このまま帰ったら、きっと気になってしまう。


「……よし、買っちゃおう!」


 ポーチから代金を取り出し、【はい】を選ぶ。

 硬貨が淡く光って消え去ると、代わりに小さな鍵が、ぽんっ、と現れた。

 受け取った鍵を、宝箱の鍵穴へ差し込む。

 ゆっくり回すと――

 かちり。


「……開いた!」


 鍵を抜いてポーチへしまい、そっと蓋を持ち上げた。


「……服?」


 中には、白い服が綺麗に畳まれていた。

 埃だらけの箱に入っていたとは思えないくらい、真っ白だ。


「わあ……!」


 そっと持ち上げると、白い上着の下から青いズボンも出てきた。


「上下揃ってるんだ!」


 上着を広げてみる。

 白い生地に、青い襟と袖口。

 裾にも細い飾りが入り、縫い目がきちんと揃っている。

 指で触れると、なめらかで柔らかかった。


「綺麗だなあ……」


 そのとき、服のすぐ上に半透明の文字が浮かんだ。


 『夜明けの旅服』


「夜明けの旅服……?」


 思わず、声に出して読む。

 公式ストアの画面に似ているけれど、書かれているのは名前だけだった。


「へえ、そんな名前なんだ」


 もう一度、上着を眺める。

 こんなに綺麗な服、ボクが着てもいいのかな。

 母さんに見せたら、何て言うだろう。

 きっと驚くだろうな。

 上着を畳み直し、ズボンと一緒にポーチへしまった。

 箱の中も、もう一度確かめる。

 ほかには何も入っていなかった。


「ふふっ。いいものが見つかったね!」


 立ち上がり、手についた土を払う。

 風が吹き、箱の周りに残っていた枯れ草が揺れた。

 鈴がなかったら、きっと今日も通り過ぎていたと思う。


「ほかにもあるのかな……」


 草原の向こうへ目を向ける。

 まだ、お昼までは時間があった。


「よし! 今日は湖の方まで行ってみよう!」


 *


 湖へ着く頃には、日差しが強くなっていた。

 花の近くを通るときは、フラワービーの羽音にも気をつけながら歩く。

 岸辺の木陰で昼食を取り、少し休んでから、昨日とは反対の方へ向かった。

 水際には大きな石が並び、その間に草が生えている。

 小さな波が寄せるたびに、ちゃぷちゃぷと音がした。

 チリン。


「……えっ?」


 足を止める。

 腰の鈴が、もう一度澄んだ音を立てた。


「また宝箱!?」


 思わず頬が緩む。

 今日はもう一つ見つけたのに、まだあるんだ!

 今度は辺りをゆっくり見回した。

 草原の箱は、草と土に覆われていた。

 同じような場所がないか探してみよう。

 湖から少し離れたところに、大きな岩がある。

 その根元を回ってみると、裏側に枯れ葉が溜まっていた。


「この下かな?」


 しゃがんで葉を除けると、その下にも硬いものがあった。

 けれど、これはただの石だった。


「違った……」


 立ち上がり、岩の反対側へ回る。

 今度は地面近くまで伸びた草を分けてみた。

 すると、奥に苔のついた金具が見えた。


「あっ!」


 絡まった草を外す。

 その下から、丸い蓋に金属の帯をあしらった、小さな宝箱が現れた。


「あった! 二つ目だ!」


 岩陰から箱を引き出す。

 さっきの箱よりも小さく、両手に収まるくらいだった。

 膝の前に置き、鍵穴を塞いでいた土を払う。


「ふふっ。今度は鍵があるもんね」


 ポーチから『トレジャーの鍵』を取り出し、鍵穴へ差し込んだ。

 ゆっくり回す。

 かちり。


「よし……!」


 鍵を抜いてポーチへ戻し、そっと蓋を持ち上げた。


「……あれ?」


 箱の中には、小瓶が一本入っていた。

 首の細い瓶に、金色の蔓や小さな花の飾りがついている。

 雫のような形をした栓にも、細かな細工が施されていた。


「わあ……綺麗……!」


 そっと取り出すと、瓶の表面で光がきらきらと弾ける。

 中に入っているのは、透き通った白金色の液体だった。

 日にかざすと、その向こうにあるボクの指まで見える。

 少し傾ければ、揺れる液体に、ほのかな黄金色の輝きが混じった。


「……すごく高そう」


 回復薬の瓶も綺麗だったけれど、これは飾りの細かさがまるで違う。

 割らないように気をつけないと。

 両手で持ち直したところで、瓶の上に半透明の文字が浮かんだ。


 『エリクシル』


「エリクシル……?」


 初めて聞く名前だった。

 文字はそれだけで、何に使うものかは書かれていない。


「これも薬なのかな?」


 瓶を持ち直し、花の飾りを眺める。

 こんなに綺麗なものが、あの古い箱に入っていたなんて。

 母さんにも見せてあげたいな。

 栓は開けず、そのままポーチへしまった。

 立ち上がり、服についた草を払う。

 湖の向こうでは、太陽が少しずつ傾き始めていた。


「あっ、もうこんな時間!」


 宝箱探しに夢中になっていたみたい。


「そろそろ帰らないとね」


 腰の鈴を確かめ、王都へ続く道へ戻った。


 *


「ただいま、母さん!」

「おかえりなさい、レイン」


 ギルドで素材を売ってから帰ると、母さんは台所で夕食の支度をしていた。

 鍋からいい匂いが漂ってくる。

 覗いてみると、肉と野菜が美味しそうに煮込まれていた。


「わあ、いい匂い!」

「ふふっ。もう少しでできるわよ」

「うん! あっ、母さん! 今日はすごいものを見つけたんだ!」


 母さんが振り返る。


「あら、何かしら?」

「宝箱だよ! それも二つ!」

「まあ! 二つも見つけたの?」

「うん! 鈴が鳴ったんだ!」


 早く見せたくて、つい声が弾んでしまう。


「ちょっと待っててね!」


 装備を外し、手を洗ってから食卓へ向かった。

 ポーチから旅服を取り出し、そっと広げる。


「まずは、これ!」

「あらまあ……!」


 母さんが手を拭き、隣へ来た。


「素敵なお洋服ねえ」

「草原の宝箱に入ってたんだ。夜明けの旅服っていうみたい」

「まあ、綺麗な名前ね」


 母さんは上着を持ち上げ、袖や襟を眺めた。


「生地もしっかりしているし、仕立ても丁寧だわ。ズボンも揃っているのね」

「うん! ねえ、着てみてもいいかな?」

「もちろん。母さんにも見せてちょうだい」

「うん!」


 服を持って部屋へ戻り、着替える。

 袖へ腕を通し、前を留めてから、ズボンの裾を整えた。

 いつもの服より肌触りがよくて、腕も動かしやすい。

 軽く身体をひねってみても、どこも突っ張らなかった。


「わあ、動きやすい……!」


 これなら、剣を振るときも邪魔にならなさそう。

 ボクはそのまま台所へ戻った。


「母さん、どうかな?」


 母さんがこちらへ振り返る。


「あら……!」


 少し驚いた顔をしてから、嬉しそうに笑った。


「ふふっ。よく似合っているわ」

「本当?」

「ええ。何だか、急に立派になっちゃったわね」

「えへへ……」


 母さんが近づき、少し折れていた襟を直してくれる。


「サイズもぴったりね」

「うん! すごく着やすいんだ」


 腕を曲げたり、身体をひねったりしてみせる。


「ほら、こんなに動けるよ!」

「ふふっ。分かったから、転ばないようにね」

「あははっ。大丈夫だよ」


 これなら、上から胸当ても着けられそうだ。


「明日から、これを着ていこうかな」

「ええ。今までの服も、洗って取っておきましょうね」

「うん!」


 それから、もう一つの宝箱で見つけた小瓶も取り出した。


「それとね、こっちも見て!」

「あら、今度は何かしら?」


 母さんの前へ瓶を差し出す。


「湖の宝箱に入ってたんだ。エリクシルっていうみたい」

「エリクシル?」

「母さん、知ってる?」

「いいえ、聞いたことがないわね」


 母さんが瓶を見て、目を丸くした。


「まあ……ずいぶん立派な瓶ね」

「でしょ? この花の飾りも、すごく細かいんだよ!」


 母さんは両手で受け取り、そっと向きを変えた。

 瓶を飾る金色の蔓が、明かりを受けて光る。


「本当に綺麗ねえ。中のものも、きらきらしているわ」

「うん! 日にかざすと、少し金色にも見えるんだ」


 母さんが瓶を少し持ち上げる。

 透き通った白金色の液体が揺れ、花の飾りの向こうできらめいた。


「何に使うものなのかしら」

「分からないんだ。薬みたいだけど……」

「そうねえ。綺麗だからって、飲んでみたりしちゃ駄目よ?」

「うん。何か分かるまでは、しまっておくよ」


 母さんが安心したように微笑んだ。


「それがいいわね」


 返してもらった瓶を、ポーチへしまう。


「それにしても、宝箱が二つも見つかるなんてねえ」

「うん! でも、見つけるのは結構大変だったんだよ」


 母さんが鍋の火を弱める。


「そうなの?」

「鈴は鳴るんだけど、どこにあるか分からなくて。草原の宝箱なんて、土に埋まってたんだ」

「あら、それじゃあ、鈴がなかったら気づかなかったでしょうね」

「うん! それに、どっちも鍵が掛かってたんだよ」

「まあ。開けられたの?」

「昨日見たトレジャーの鍵を買ったんだ。それで両方とも開けられたよ!」

「ふふっ。買っておいてよかったわね」

「うん!」


 母さんが食卓へ皿を運び始めたので、ボクも手伝うことにした。

 肉と野菜の煮込みに、温めたパン。

 今日はたくさん歩いたから、お腹がぺこぺこだ。


「それで、今日は少し遅くなったのね」

「……うん。宝箱を探すのに夢中になっちゃった」

「ふふっ。楽しいのはいいけれど、帰る時間も忘れないでね」

「うん。気をつけるよ」


 母さんが頷き、煮込みをよそってくれた。

 ボクもパンを並べ、向かい合って椅子に座る。


「いただきます!」

「はい、召し上がれ」


 温かい煮込みを口に運ぶ。

 柔らかくなった肉と野菜の味が広がって、思わず笑顔になった。


「美味しい!」

「ふふっ。たくさん食べてね」

「うん!」


 パンをちぎりながら、腰の鈴へ目を向ける。

 今日は、二つも宝箱を見つけた。

 いつも歩いていた草原にも、まだ知らないものがあったんだ。


「ねえ、母さん」

「なあに?」

「明日も、鈴を持っていくね」

「ええ。また面白いものが見つかるといいわね」

「うん! 見つけたら、また母さんに見せるよ!」


 母さんが嬉しそうに笑った。

 ボクも笑い返し、もう一口、煮込みを食べる。

 明日はどこを歩こうかな。

 草原もいいけれど、丘の向こうも気になる。

 そんなことを考えていると、明日が待ち遠しくなってきた。


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