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第17話 ギルドマスターの一喝


 いつものように母さんと朝食を食べたボクは、冒険者ギルドへ足を運んでいた。

 掲示板の前に立ち、並んでいる依頼書を見上げる。


「何かいい依頼はあるかな?」


 隣村までの護衛依頼に、フラワービーの蜜の採取依頼。

 アルミラージの皮十個の納品。

 グラスディアの肉五個の納品。

 一枚ずつ目を通していると、気になる依頼があった。


「フラワービーの蜜……ハチミツかな? これにしようかな」


 採取場所は、王都郊外にある湖の辺りらしい。

 ハチミツなら、母さんも喜ぶかもしれない。

 依頼の分とは別に、少しだけ持って帰れたらいいな。

 そう考えて依頼書を手に取った、そのときだった。


「なぜ、うちの息子が活動停止処分を受けねばならんのだ!」

「わっ!?」


 突然の怒鳴り声に、思わず肩が跳ねた。

 受付の方を振り向くと、カウンターの前に二人の姿があった。

 一人は、仕立てのよさそうな上着を着た男の人。

 そして、その隣にいるのは……。


「……ダン?」


 見間違いじゃない。

 あれはダンと、お父さんのグラウスさんだ。

 王都で商会を営んでいる人で、以前にもダンと一緒にいるところを見たことがある。

 どうして二人がギルドに?

 そう思ったところで、ダンがこちらを向きかけた。


「わっ……!」


 慌てて掲示板の陰へ移動する。

 危なかった……。

 今は、ダンと顔を合わせたくない。

 ボクは手にした依頼書を胸元へ寄せ、二人の様子をそっとうかがった。


「グラウスさん。先ほどもご説明しましたが、今回の処分は、森での行動について確認したうえで決まったものです」

「だから、その確認がおかしいと言っている! ダンは娘を助けるために向かったのだぞ!」

「救助に向かわれたことを問題にしているわけではありません」

「ならば、何が悪い! 半年も冒険者として活動させないなど、納得できん!」


 半年……?

 ダン、そんなに長く活動停止になったんだ。

 周りにいた冒険者たちも、何事かと受付へ目を向けている。


「グラウスさん。ほかの方もいらっしゃいますので、もう少し声を落としてください」

「私がわざわざ足を運んでいるのだぞ! 受付の職員では話にならん。責任者を呼べ!」

「なら、話は俺が聞こう」


 奥から聞き覚えのある声がした。

 ゼストさんだ。

 受付へ歩いてきたゼストさんは、セシリアさんに軽く頷いてから、グラウスさんと向き合った。


「グラウス。朝から何を騒いでいる」

「ゼスト! ちょうどいい。息子の処分を今すぐ取り消してもらおう!」

「その件か。処分は俺が決めた。取り消すつもりはない」

「何だと!? そもそも、ダンから聞いた話と違うではないか!」


 グラウスさんが、隣のダンへ目を向けた。


「息子はホブゴブリンを倒すところだったのだ! それを、レインとかいう小僧に邪魔されたというではないか!」

「……え?」


 思わず声が漏れた。

 ボクが、ダンの邪魔をした?


「そうだよ! あいつが余計なことをしなきゃ、俺が倒せたんだ!」


 ダンも腕を組み、偉そうに頷いている。

 けれど、ゼストさんは呆れたように息を吐いた。


「ダン。お前は魔物に吹き飛ばされ、倒れたところをレインに助けられたはずだが?」

「そ、それは……!」

「違うのか?」

「……あいつが近くでうろうろしてたから、気が散ったんだよ!」


 そんな……。

 ボクは、ダンを助けようとしただけなのに。


「そもそも、息子を助けたというレインは、E級にも届かん外れスキルを授かったそうではないか!」

「……それがどうした?」

「それがどうした、だと!? ダンは『剛剣』を授かっているのだぞ! そんな小僧に助けられるはずがなかろう!」

「スキルの等級と、今回の件は関係ない」


 ゼストさんは、呆れたように息を吐いた。


「ダンがレインに助けられたことは、セリナの証言でも確認している」

「だから、その証言が間違っていると言っているのだ!」

「なら、本人に聞いてみろ。ダン、お前は本当にレインに助けられていないのか?」

「そ、それは……!」


 ダンが言葉を詰まらせた。


「……あいつが勝手に割り込んできたんだよ!」

「そのレインが負傷したあと、お前はどうした?」

「……っ!」

「レインを囮にして逃げたそうだな。セリナまで置き去りにして」


 グラウスさんが、驚いた顔で息子を振り向く。


「……ダン? どういうことだ?」

「ち、違うんだよ、父さん! セリナだって怖がってたんだ! ちゃんと見えてなかったんだよ!」

「だが、レインが負傷したことは事実だ。帰還した際に、ギルドでも確認している」


 ゼストさんの言葉に、セシリアさんも頷いた。


「はい。私も確認しています」

「そ、それは……」


 グラウスさんは何か言いかけたものの、すぐには言葉が出てこないようだった。

 しばらくダンを見つめていたけれど、やがてゼストさんへ向き直る。


「……仮にそうだったとしても、半年はやりすぎだ! 子供のしたことだろう! 怖くなって逃げただけではないか!」

「怖くなって逃げることと、他人を囮にすることは違う」


 ゼストさんの声が、少し低くなった。


「危険な魔物を前に、恐怖を感じるのは当然だ。だが、自分を助けた相手を見捨てるどころか、囮にして逃げるなど、到底見過ごせる行為ではない」

「だからといって……!」

「初犯であることや、恐怖による混乱があったことも考慮した。そのうえでの半年間だ」


 ダンが不満そうに口を曲げた。


「……半年も、何もさせずにいろと言うのか!」

「その間に、自分のしたことをよく考えさせろ」

「ふざけるな! そもそも、あの小僧だって勝手に森へ行ったのだろう!」

「その件については、本人にも厳しく言い聞かせてある」


 ゼストさんの返事を聞いて、ボクは少し俯いた。

 あのときは、母さんにも随分と心配をかけてしまった。

 もう、あんな思いはさせたくない。


「注意だけで済ませて、うちの息子は半年も活動停止だというのか!」

「レインが森へ向かったことと、ダンがおこなった行為は別の問題だ。処分は覆さん」

「ぐっ……!」


 グラウスさんが顔を赤くした。

 それから、何かを思いついたように口元を歪める。


「……ゼスト。私が誰と取引をしているか、忘れたわけではあるまいな?」

「何が言いたい?」

「アングラバー伯爵とも懇意にしているのだぞ。このような扱いを受けたとお伝えしてもよいのだな?」


 伯爵……?

 貴族の名前が出たことで、周りの冒険者たちも顔を見合わせている。

 けれど、ゼストさんは少しも動じなかった。


「言いたければ言えばいい。伯爵の名前を出せば、俺が引き下がるとでも思ったか?」

「なっ……!」

「冒険者の処分は、ギルドの責任で決める。誰と知り合いだろうと関係ない」

「……後悔しても知らんぞ!」


 グラウスさんが睨みつける。

 すると、ゼストさんは口の端をわずかに上げた。


「文句があるなら、かかってきたらどうだ? 叩き潰してやるがな」

「……っ!」


 グラウスさんの顔が引きつった。

 さっきまであんなに大きな声を出していたのに、今度は何も言い返さない。

 ギルドの中が、しんと静まり返った。

 やがて、グラウスさんが上着の裾を払った。


「……行くぞ、ダン!」

「でも、父さん!」

「ここで話していても埒が明かん!」


 グラウスさんが、足早に出口へ向かっていく。

 ダンも慌ててあとを追いかけた。

 ボクは慌てて掲示板の陰へ身を寄せる。

 お願いだから、こっちを見ないで……!

 ダンがすぐ近くを通り過ぎる。

 けれど、こちらには気づかなかったようだ。

 やがて扉が閉まり、二人の姿が見えなくなった。


「……はぁ」


 思わず、大きく息を吐いた。

 よかった……。

 どうやら、見つからずに済んだみたい。

 手元を見ると、握っていた依頼書の端が少し曲がっている。

 慌てて指で伸ばしていると、周りから少しずつ話し声が戻り始めた。

 ボクも掲示板の陰から出て、受付へ向かおうとした。


「あら、レインくん?」

「あっ、セシリアさん」


 カウンターの向こうにいたセシリアさんが、ボクに気づいて声を掛けてくれた。


「いつからいらしたんですか?」

「ええと……ダンたちが来ているのに気づいて、ずっと掲示板のところに……」

「あら、そうだったんですね。怖い思いをさせてしまいましたね」

「いえ、大丈夫です。それより、ゼストさんってすごいですね」

「ふふっ。ああいう方ですから」


 セシリアさんが、小さく笑った。


「それで、今日は依頼を受けに来たんですか?」

「あっ、そうでした!」


 すっかり忘れていた。

 ボクは手にした依頼書を、セシリアさんへ見せた。


「今日は、これを受けようと思っていたんです」

「フラワービーの蜜ですね」

「はい!」


 *


 カウンターへ依頼書と冒険者カードを置くと、セシリアさんが内容を確認してくれた。


「フラワービーは、王都郊外の湖の周りに生息しています」

「湖までは、草原を通って行けるんですよね?」

「はい。森へ向かう道とは途中で分かれていますので、間違えないようにしてくださいね」

「分かりました」


 セシリアさんに道順を教えてもらい、ボクは頷いた。


「そういえば、フラワービーってどんな魔物なんですか?」

「花のような姿をした蜂の魔物ですよ。大きさは、一メートルほどあります」

「えっ、一メートルもあるんですか!?」


 思わず聞き返してしまった。

 蜂って、もっと小さいものだと思っていたんだけど……。


「ふふっ。驚きますよね。丸い身体に、花びらのような羽が生えているんです」

「へえ……。何だか可愛らしいですね」

「見た目はそうなんですけど、E級の魔物ですから、油断はしないでくださいね」

「はい。気をつけます!」


 セシリアさんは微笑むと、依頼の手続きを進めてくれた。

 蜜の納品についても説明を聞き、冒険者カードを受け取る。


「これで受付は完了です」

「ありがとうございます!」

「それにしても、今日はどうして蜜の採取依頼にしたんですか?」

「あっ、それはですね……」


 ボクは少し笑って答えた。


「ハチミツなら、母さんも喜ぶかなと思ったんです。依頼の分とは別に、少しだけ持って帰れたらいいなって」

「あら、そうだったんですね」


 セシリアさんが、嬉しそうに微笑んだ。


「ふふっ。マリアさん、きっと喜びますよ」

「そうだと嬉しいです!」


 母さん、ハチミツを見たら何て言うかな。

 パンにつけて食べても美味しそうだし、お茶に入れてもいいかもしれない。

 考えていたら、何だか楽しみになってきた。


「それじゃあ、行ってきます!」

「はい。気をつけてくださいね、レインくん」


 セシリアさんに手を振り、ギルドをあとにする。

 外へ出ると、朝の王都はいつもどおり賑わっていた。

 通りを行き交う人々の間を抜け、王都の門へ向かう。

 ダンたちの姿は、もう見えない。


「……よしっ!」


 気持ちを切り替え、少しだけ歩く速度を上げた。

 フラワービーって、どんな姿をしているんだろう。

 一メートルもある、花のような蜂。

 想像してみたけれど、なかなか思い浮かばない。


「ふふっ。早く見てみたいな」


 それに、ハチミツも楽しみだ。

 母さんへのお土産が手に入るといいな。

 そんなことを考えながら、ボクは湖へ向かって歩き始めた。


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