第16話 牧場のブラウンウルフ
玄関で身軽な羽靴を履き、ボクは立ち上がった。
腰には疾風の鉄剣とアイテムポーチ。
昨日受け取った青銅色の冒険者カードも、忘れずに入れてある。
「今日は草原へ行くのね?」
見送りに来た母さんが、ボクの装備を見ながら尋ねた。
「うん。でも、その前にギルドへ寄ってみるよ。何かいい依頼があるかもしれないし」
「そう。いい依頼が見つかるといいわね」
「なかったら、いつもどおり草原で魔物を倒してくるつもり」
「分かったわ。でも、あまり遅くならないようにね」
「うん。暗くなる前には帰ってくるよ」
母さんから昼食の包みを受け取り、アイテムポーチへしまう。
「ありがとう、母さん。それじゃあ、行ってきます!」
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
母さんに手を振って、ボクは家を出た。
朝の王都は、今日も賑やかだった。
通りには荷車が行き交い、店先では商人たちが開店の準備をしている。
焼きたてのパンの香りが漂ってきて、思わず足を緩めた。
朝ご飯は食べてきたけれど、いい匂いだなあ。
帰りに何か買っていこうかな。
そんなことを考えながら歩いていると、冒険者ギルドが見えてきた。
扉を開けて中へ入る。
朝ということもあって、ギルドの中には大勢の冒険者がいた。
依頼掲示板の前では、何人かの冒険者が紙を眺めながら相談している。
ボクも空いている場所へ移動し、掲示板を覗き込んだ。
「ええと……」
薬草の採取に、荷物の運搬。
街道の護衛や魔物の討伐依頼もある。
残っている依頼を一枚ずつ見ていると、見覚えのある名前が目に留まった。
『ブラウンウルフ三体の討伐』
依頼主の欄には、ミルベル乳製品店と書かれている。
「あれ? エマのお店だ」
ミルベル乳製品店は、知り合いのエマの家が営んでいるお店だ。
バターやチーズを売っていて、母さんと買い物に行くこともある。
依頼書を手に取り、内容を確認する。
王都の外にある牧場へブラウンウルフが現れ、牛が襲われているらしい。
討伐対象は三体。
報酬は銀貨一枚となっていた。
「牛が襲われてるんだ……」
エマたち、大丈夫かな。
ボクは依頼書を持って、受付へ向かった。
「あら、レインくん。おはようございます」
「おはようございます、セシリアさん」
受付にいたセシリアさんが、にこやかに迎えてくれた。
「今日は依頼を受けに来たんですか?」
「はい。この依頼なんですけど」
持ってきた依頼書を差し出す。
セシリアさんは内容を確認すると、小さく頷いた。
「ああ、ミルベル乳製品店さんの依頼ですね」
「これ、まだ受けられますか?」
「はい。まだ誰も受注していませんよ」
「よかった。じゃあ、ボクが受けたいです」
「まあ、本当ですか? 依頼主の方も困っていらしたので、きっと喜ばれると思います」
「そうだと嬉しいです。実は、知り合いのお店なんですよ」
「あら、そうだったんですか」
セシリアさんが嬉しそうに微笑んだ。
「それなら、なおさら喜ばれそうですね」
セシリアさんは依頼書に必要な記入を済ませ、ボクの冒険者カードを確認した。
「それでは、正式に受注となります。討伐が終わったら、依頼主の方にこちらの用紙へ署名をいただいてください」
「分かりました」
「ブラウンウルフは素早い魔物ですから、気をつけてくださいね」
「はい。ありがとうございます!」
依頼書と用紙を受け取り、ボクはギルドを後にした。
今日は草原での探索はお休みにして、先にエマのお店へ向かおう。
*
ミルベル乳製品店に着くと、店先にはいつものようにバターやチーズが並んでいた。
扉を開けると、奥からエマが顔を出した。
「いらっしゃいま……あっ、レイン!」
「おはよう、エマ」
「おはよう! 今日はお買い物?」
「ううん。今日は依頼のことで来たんだ」
「依頼?」
ボクがギルドで受け取った依頼書を見せると、エマの目が丸くなった。
「えっ! もしかして、うちの牧場の?」
「うん。ブラウンウルフの討伐依頼」
「レインが受けてくれたの!?」
「そうだよ」
「ありがとう! でも、ブラウンウルフって結構強い魔物なんでしょ? 大丈夫なの?」
「うん。ボク、昨日D級冒険者になったんだ」
「……えっ?」
エマが目をぱちぱちさせる。
「D級って、あのD級!?」
「あははっ。ほかにD級はないと思うけど……」
「だ、だって! レイン、この前までE級だったじゃない!」
「うん。昨日、昇格したんだ」
ボクはアイテムポーチから冒険者カードを取り出した。
青銅色のカードを見せると、エマが身を乗り出してきた。
「わあっ! 本当に青銅色だ!」
「でしょ?」
「すごい! おめでとう、レイン!」
「ありがとう!」
エマは自分のことのように喜んでくれた。
「ちょっと待ってて! お父さんとお母さんにも教えてくる!」
「あっ、エマ!」
呼び止める間もなく、エマは店の奥へ駆けていった。
しばらくすると、エマのお父さんのトーマスさんと、お母さんのハンナさんが一緒に出てきた。
「おお、レインくんじゃないか!」
「おはようございます、トーマスさん。ハンナさん」
「おはよう、レインくん。エマから聞いたわよ。うちの依頼を受けてくれたんですって?」
「はい。ギルドの掲示板で見つけたので」
「それに、D級に昇格したそうじゃないか!」
トーマスさんが嬉しそうに笑った。
「はい。昨日、昇格できました」
「いやあ、すごいな! おめでとう!」
「ありがとうございます!」
「レインくん、頑張っているものね」
ハンナさんも優しく微笑んでくれた。
「お母さんも喜んだでしょう?」
「はい。すごく喜んでくれました」
「ふふっ。そうでしょうね」
エマが隣から顔を覗かせる。
「ねえ、レイン。D級になったら、もっと強い魔物とも戦えるんでしょ?」
「うん。でも、無理はしないつもりだよ」
「そうしてね。怪我したら大変だもん」
「あははっ。分かってるよ」
トーマスさんがボクの肩を軽く叩いた。
「それにしても、D級冒険者になったレインくんが来てくれるとは心強いよ」
「ありがとうございます。それで、牧場の様子はどうですか?」
「ああ、実はね……」
トーマスさんの表情が少し曇った。
「もう何頭か牛がやられてしまってね」
「えっ……」
「柵を壊されてしまったんだ。今は残った牛を牛舎に入れているんだが、このままじゃ外に出してやれなくてね」
「そうだったんですね……」
牛乳やチーズを作るために、大切に育ててきた牛たちだ。
エマたちも、きっと悲しかっただろうな。
「ブラウンウルフは、まだ牧場にいるんですか?」
「ああ。昨日も姿を見かけたよ。できれば早く何とかしたいんだが……」
「分かりました。ボク、行ってきます」
「ありがとう、レインくん。牧場までは私が案内しよう」
「お願いします!」
トーマスさんが外出の支度をする間、エマが店の奥から小さな包みを持ってきた。
「レイン、これ持っていって!」
「何?」
「チーズだよ。お昼に食べて!」
「えっ、いいの?」
「もちろん! うちのチーズ、おいしいんだから!」
「それは知ってるよ」
「えへへ。じゃあ、もっと食べて!」
エマから包みを受け取り、アイテムポーチへしまった。
「ありがとう、エマ」
「うん! でも、D級になったからって、無理しないでね」
「大丈夫。気をつけて行ってくるよ」
そう答えると、エマはようやく安心したように笑った。
*
王都の門を抜け、トーマスさんと一緒に草原の道を歩く。
空はよく晴れていて、風が吹くたびに草が波のように揺れていた。
遠くには牛舎らしい大きな建物が見える。
「あそこがうちの牧場だよ」
「わあ、広い牧場ですね!」
「ははっ。牛たちがのびのび過ごせるようにしているからね」
牧場へ近づくと、木の柵が長く続いているのが見えた。
ところどころに牛舎や水飲み場があり、その向こうには緩やかな丘が広がっている。
けれど、牧場の東側へ回ると、柵の一部が大きく壊れていた。
「ここから入り込まれたんだ」
トーマスさんが折れた木材を指差す。
何本もの柵が倒れ、地面には大きな足跡が残っていた。
「修理はするんですか?」
「ああ。もう大工さんには頼んであるよ。今度はもっと頑丈な柵にしてもらうつもりだ」
「それなら安心ですね」
「まずはブラウンウルフを何とかしないとな」
トーマスさんは牧場の奥へ目を向けた。
「昨日は東の柵の近くと、水飲み場、それから向こうの丘で見かけたんだ」
「三か所ですね」
「ああ。ただ、今も同じ場所にいるとは限らないからね」
「分かりました。探してみます」
「私は牛舎の方にいるよ。何かあったら戻っておいで」
「はい!」
トーマスさんと別れ、ボクは壊れた柵の方へ向かった。
草むらを見渡しながら歩いていると、少し先で茶色い影が動いた。
「あっ」
ブラウンウルフだ。
茶色い毛並みをした狼型の魔物が、柵のそばを歩いている。
ボクに気づいたのか、こちらへ顔を向けた。
「グルルル……」
低い唸り声が聞こえる。
ボクは腰の疾風の鉄剣を抜いた。
「よし……」
ブラウンウルフが地面を蹴った。
こちらへ向かって、一気に駆けてくる。
速い!
そう思ったけれど、身体は自然に動いていた。
横へ一歩踏み出し、すれ違いざまに剣を振る。
ザシュッ!
「ギャンッ!」
ブラウンウルフは短い悲鳴を上げ、そのまま地面へ倒れた。
「……あれ?」
思っていたより、ずっと簡単に倒せてしまった。
以前なら、こんなに落ち着いて動けなかったと思う。
剣を下ろし、倒れたブラウンウルフを見つめる。
「ちゃんと強くなってるんだなあ……」
少し嬉しくなった。
やがてブラウンウルフの身体が光の粒になって消え、地面に魔石と毛皮、それから牙が残った。
「おっ、全部出た!」
幸運の指輪のおかげかな?
素材を拾ってアイテムポーチへしまい、次のブラウンウルフを探しに行く。
今度は水飲み場の方だ。
牧場の中を歩いていくと、浅い池のそばに二体目のブラウンウルフがいた。
水を飲んでいたらしく、顔を上げると口元から水滴が落ちた。
「いた!」
「グルッ!」
ブラウンウルフがこちらへ振り向く。
ボクは剣を構え、少しずつ近づいた。
すると、ブラウンウルフは大きく跳び上がり、前脚を伸ばして飛びかかってきた。
「っと!」
身軽な羽靴のおかげで、身体が軽い。
横へ避けて剣を振ると、ブラウンウルフはそのまま倒れた。
「よし、二体目!」
今度も魔石と毛皮、それから牙が落ちていた。
素材を拾いながら、思わず頬が緩む。
「今日は運がいいなあ」
残りは一体。
丘の方へ向かおう。
水飲み場を離れ、草の生い茂った斜面を上っていく。
丘の上まで来たところで、三体目のブラウンウルフを見つけた。
ちょうど向こう側から歩いてきたらしい。
ボクと目が合うと、ブラウンウルフは牙を剥いた。
「グルルルッ!」
「これで最後だね」
剣を構える。
ブラウンウルフは少し身を低くすると、勢いよく駆け出した。
今度は正面から迎え撃つ。
飛びかかってきたところで半歩横へ動き、剣を振り下ろした。
「ギャンッ!」
ブラウンウルフが地面へ倒れる。
しばらく待つと、身体が消え、魔石と毛皮と牙が残った。
「やった! 三体とも討伐できた!」
剣を鞘へ戻し、素材を拾い集める。
これで依頼は達成だ。
あとはトーマスさんに報告しよう。
*
牛舎へ戻ると、トーマスさんが牛たちの様子を見ていた。
「トーマスさん!」
「おお、レインくん! どうだった?」
「ブラウンウルフ、三体とも討伐できました!」
「本当かい!?」
「はい!」
トーマスさんは驚いたように目を見開き、それから大きく息を吐いた。
「いやあ、本当にありがとう! こんなに早く終わるとは思わなかったよ」
「三体とも、教えてもらった場所の近くにいました」
「そうか。これでようやく安心できるな」
トーマスさんは牛舎の中を振り返った。
中には何頭もの牛がいて、干し草を食べたり、ゆっくりと身体を休めたりしている。
「牛たちは元気そうですね」
「ああ。残った牛はみんな無事だよ」
「よかった……」
「新しい柵ができるまでは、もう少しここで我慢してもらわないといけないけどね」
トーマスさんが近くの牛の首を優しく撫でる。
牛は気持ちよさそうに目を細めた。
「早く外に出られるといいですね」
「ああ。もう少しの辛抱だ」
ボクも牛のそばへ近づいてみた。
大きな顔がこちらを向く。
「モォー」
「わっ」
牛が鼻先を伸ばしてきたので、思わず笑ってしまった。
「ははっ。人懐っこい子なんだよ」
「そうみたいですね」
そっと首の辺りを撫でると、牛は大人しくしていた。
温かくて、毛が少し硬い。
こうして近くで見ると、牛って本当に大きいんだなあ。
しばらく牛たちを眺めたあと、トーマスさんが依頼完了の用紙に署名してくれた。
「これをギルドに持っていけばいいんだね?」
「はい。ありがとうございます」
「お礼を言うのはこちらだよ。エマたちも喜ぶだろうな」
トーマスさんは嬉しそうに笑った。
*
牧場を出る前に、ボクは木陰で昼食を取ることにした。
ちょうどお腹も空いてきたところだ。
草の上に腰を下ろし、母さんが持たせてくれた包みを開く。
中にはパンと、食べやすいように切ったおかずが入っていた。
「いただきます!」
まずはパンを一口。
うん、おいしい。
外で食べると、いつものご飯も少し違って感じる。
続いて、エマがくれたチーズを取り出した。
「そうだ。これも貰ったんだった」
包みを開くと、食べやすい大きさに切られたチーズが入っている。
一つ口へ運ぶ。
「んー、おいしい!」
ほどよい塩気と、ミルクの優しい味が広がった。
パンと一緒に食べてもおいしそうだ。
試しにパンへチーズをのせて食べてみる。
「うん、やっぱり合う!」
母さんにも食べさせてあげたいな。
そんなことを考えながら昼食を終え、ボクは立ち上がった。
午後の日差しが草原を照らしている。
今日はまだ時間があるけれど、依頼の報告もあるし、王都へ戻ろう。
*
ミルベル乳製品店へ戻ると、エマが店先で商品の整理をしていた。
「あっ、レイン! おかえり!」
「ただいま、エマ」
「どうだった?」
「ブラウンウルフ、全部倒してきたよ」
「本当!?」
「うん。トーマスさんにも確認してもらった」
「やったあ!」
エマが嬉しそうに両手を上げた。
その声を聞いて、店の奥からハンナさんも出てくる。
「まあ、レインくん! もう終わったの?」
「はい。三体とも討伐できました」
「ありがとう。本当に助かったわ」
「いえ、そんな……」
「これで牛たちも安心ね。柵の修理が終われば、また外へ出してあげられるわ」
ハンナさんはほっとした様子で微笑んだ。
「そうだわ。レインくん、ちょっと待っていてね」
そう言って店の奥へ戻ると、しばらくして牛乳の入った容器と、チーズの包みを持ってきた。
「これ、持って帰ってちょうだい」
「えっ?」
「うちの牛乳とチーズよ。依頼を受けてくれたお礼」
「でも、報酬はギルドから貰えますよ?」
「それはそれ。これは私たちからのお礼よ」
ハンナさんが優しく笑う。
「遠慮しないで。お母さんと一緒に食べてね」
「……ありがとうございます!」
牛乳とチーズを受け取り、アイテムポーチへしまった。
エマが隣から顔を覗かせる。
「レイン、チーズはどうだった?」
「すごくおいしかったよ。お昼に食べたんだ」
「本当? よかった!」
「パンにのせて食べたら、もっとおいしかった」
「でしょ! 焼いてもおいしいんだよ!」
「そうなの?」
「うん! チーズがとろーって溶けるの!」
それはおいしそうだ。
母さんにも話してみよう。
「じゃあ、今夜やってみるよ」
「うん! 絶対おいしいから!」
エマは満足そうに頷いた。
ボクは二人にお礼を言って、お店を後にした。
*
冒険者ギルドへ戻ると、受付にはセシリアさんがいた。
「おかえりなさい、レインくん」
「ただいま戻りました。依頼、終わりました!」
「まあ、もう討伐できたんですか?」
「はい。三体とも倒してきました」
署名してもらった用紙を渡す。
セシリアさんは内容を確認し、にっこり笑った。
「確かに確認しました。依頼達成ですね。お疲れさまでした!」
「ありがとうございます!」
「それでは、報酬の銀貨一枚をお渡ししますね」
セシリアさんが銀貨を一枚、カウンターへ置いた。
ボクはそれを受け取り、アイテムポーチへしまう。
「あの、素材の買い取りもお願いします」
「はい。何をお持ちですか?」
「ブラウンウルフの素材です」
アイテムポーチから魔石と毛皮、それから牙を取り出して並べた。
セシリアさんが一つずつ確認していく。
「魔石が三個、毛皮が三枚、牙が三本……あら?」
「どうしました?」
「いえ、ずいぶん素材が揃っていますね」
「そうなんです。三体とも全部落としてくれました」
「まあ、それは運がよかったですね」
「はい!」
セシリアさんは素材を確認し終えると、買い取り金額を教えてくれた。
「魔石が一個銅貨一枚で、三個ですから銅貨三枚。毛皮は一枚銅貨五枚で、三枚で銅貨十五枚。牙は一本銅貨二枚なので、三本で銅貨六枚ですね」
「ええと……」
「合計で銅貨二十四枚。銀貨二枚と銅貨四枚になります」
「ありがとうございます!」
銀貨二枚と銅貨四枚を受け取り、アイテムポーチへしまった。
依頼の報酬と合わせると、銀貨三枚と銅貨四枚だ。
今日は草原でたくさん魔物を倒したわけじゃないけれど、牛乳とチーズも貰えた。
それに、エマたちが喜んでくれたのが嬉しい。
「レインくん」
「はい?」
「ミルベル乳製品店さん、ずいぶん困っていらしたので、本当によかったです」
「ボクも、依頼を見つけられてよかったです」
「ふふっ。また何かありましたら、よろしくお願いしますね」
「はい!」
セシリアさんに挨拶をして、ギルドを出た。
空を見上げると、太陽はまだ高いところにある。
今日は早く帰れそうだ。
そうだ。せっかくだから、母さんの好きなパンも買って帰ろうかな。
*
「ただいまー!」
家の扉を開けると、台所から母さんの声が聞こえてきた。
「おかえりなさい、レイン。今日は早かったのね」
「うん。依頼が終わったから帰ってきたよ」
「そうだったの。お疲れさま」
母さんが台所から顔を出した。
「怪我はしていない?」
「大丈夫だよ。ほら、どこも怪我してないでしょ?」
両手を広げて見せると、母さんは安心したように笑った。
「それならよかったわ」
「それでね、今日はお土産があるんだ!」
「あら、何かしら?」
ボクはアイテムポーチから牛乳とチーズを取り出し、食卓へ並べた。
「まあ! 牛乳とチーズ?」
「うん。エマのお店から貰ったんだよ」
「エマちゃんのお店?」
「実はね、今日受けた依頼が、エマの家の牧場のブラウンウルフ討伐だったんだ」
母さんは少し驚いた顔をした。
「まあ、そんなことがあったの?」
「うん。牛が何頭か襲われちゃったんだって。でも、ブラウンウルフは全部倒してきたよ」
「そう……。大変だったのね」
「今は牛たちも牛舎にいるし、新しい柵も作ってもらうんだって」
「それなら、少し安心ね」
母さんはチーズの包みを手に取った。
「それにしても、こんなにいただいてしまっていいのかしら」
「お礼だからって、ハンナさんが持たせてくれたんだ」
「そうなの。今度お店に行ったとき、お礼を言わなくちゃね」
「うん!」
母さんがチーズを眺めながら、ふと思いついたように言った。
「せっかくだから、今夜はこれを使いましょうか」
「あっ、それなら、パンにのせて焼いてみたい!」
「パンに?」
「うん。エマが、焼くとチーズがとろーって溶けておいしいって言ってたんだ」
「まあ、それはおいしそうね」
「でしょ!」
「じゃあ、今夜はそれにしましょう」
母さんが笑いながら頷いた。
ボクも手を洗って、夕食の準備を手伝うことにした。
パンを切り、上にチーズをのせる。
それを温めると、少しずつチーズが柔らかくなってきた。
「あっ、溶けてきた!」
「ふふっ。いい匂いね」
焼き上がったパンをお皿へ移す。
チーズはとろりと溶けて、パンの上に広がっていた。
母さんが温めてくれた牛乳も食卓へ並べる。
「いただきます!」
「いただきます」
熱いので、少し冷ましてからパンを口へ運んだ。
「んーっ!」
溶けたチーズが、口いっぱいに広がる。
パンの香ばしさとチーズの塩気がよく合っていた。
「おいしい!」
「本当ね。とってもおいしいわ」
母さんも嬉しそうにパンを食べている。
「エマの言ったとおりだったよ」
「今度会ったら、おいしかったって伝えてあげないとね」
「うん!」
続いて牛乳を飲む。
温かくて、ほんのり甘い。
「牛乳もおいしいね」
「ええ。新鮮だからかしら」
母さんがカップを両手で包み、ほっと息をついた。
ボクもパンをもう一口食べる。
今日はエマたちの役に立てたし、おいしいお土産まで貰えた。
報酬の高い依頼ではなかったけれど、受けてよかったな。
「ねえ、母さん」
「なあに?」
「またギルドで困ってる人の依頼を見つけたら、受けてみようと思うんだ」
「そうなの?」
「うん。もちろん、ちゃんとお金も稼ぐけどね」
母さんは少し笑って、ボクを見つめた。
「そうね。でも、無理だけはしないでちょうだい」
「分かってるよ」
「ふふっ。それならいいわ」
母さんがもう一口、チーズののったパンを食べる。
「それに、今日みたいにおいしいお土産があるなら、お母さんも嬉しいわ」
「あははっ。毎回あるとは限らないよ?」
「あら、残念」
二人で笑いながら、夕食を続けた。
明日は草原へ行って、魔物を討伐しようかな。
それとも、またギルドで依頼を探してみようかな。
そんなことを考えながら、ボクは残っていたパンを口へ運んだ。




