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第15話 思いがけない買取額


 翌朝、目が覚めると、窓から柔らかな日差しが差し込んでいた。

 布団の中で大きく伸びをしてから、左腕をゆっくり持ち上げる。

 昨日、ホブゴブリンの棍棒を受けた腕だ。

 肘を曲げ、指を握ったり開いたりしてみる。


「……うん。大丈夫そうだ」


 痛みはない。

 けれど、あの棍棒が迫ってきた瞬間を思い出すと、今でも少し怖くなる。

 もし、回復薬を持っていなかったら……。


「……やめよう」


 せっかく無事に帰ってこられたんだ。

 今日は母さんとの約束どおり、家でゆっくり過ごそう。

 寝間着から着替え、台所へ向かう。


「おはよう、母さん」

「あら、おはよう、レイン。よく眠れた?」

「うん。昨日は早く寝たから、すっかり元気になったよ」


 母さんが振り返り、ボクの顔を見て微笑んだ。


「それならよかったわ。昨日はソファーでも気持ちよさそうに眠っていたものね」

「自分でも、いつ寝たのか覚えてないんだ。座ったところまでは覚えてるんだけど」

「ふふっ。声を掛けても、なかなか起きなかったのよ」

「そんなに?」

「ええ。よほど疲れていたのね」


 母さんが温めたパンを皿へ移す。

 ボクも食器棚から二人分の皿を取り出し、食卓へ運んだ。


「母さん、今日は仕事?」

「ええ。レインはどうするの?」

「今日は家で休むつもりだよ。昨日、ギルドマスターにもそう言われたから」

「そう。それなら安心ね」


 母さんがパンの皿を持ってきたので、ボクは椅子を引いた。


「ありがとう、レイン」

「どういたしまして」


 二人で席につき、朝食を食べ始める。

 温めたパンは外側が少し香ばしく、中は柔らかい。

 母さんが用意してくれたスープにも、昨日より少し多めに野菜が入っていた。


「そういえば、昨日の服なんだけど」

「うん?」

「破れたところ、直せるかもしれないわ。帰ってきたら見てみるわね」

「本当? でも、結構大きく破れちゃったよ?」

「ふふっ。お母さんに任せてちょうだい。直せなかったら、そのときは新しい服を考えましょう」

「ありがとう、母さん」


 あの服は、まだしばらく着られると思っていたから、直せるなら嬉しい。

 そんな話をしながら朝食を終え、食器を片付けていると、玄関の扉を叩く音がした。

 コン、コン。


「あら? こんな朝早くに誰かしら」


 母さんが手を拭き、玄関へ向かう。


「はい、どちら様でしょうか?」

『おはようございます。冒険者ギルドのセシリアです。レインくんはいらっしゃいますか?』

「……セシリアさん?」


 聞き覚えのある声に、ボクも玄関へ向かった。

 母さんが扉を開けると、そこにはいつもの受付の服を着たセシリアさんが立っていた。


「おはようございます、マリアさん。朝早くから申し訳ありません」

「まあ、セシリアさん。おはようございます」

「おはようございます。どうしたんですか?」


 ボクが顔を出すと、セシリアさんがこちらを向いた。


「あっ、レインくん。おはようございます。昨日の素材のことで、少しお話がありまして」

「昨日の素材……ですか?」


 ゴブリンとホブゴブリンの素材なら、全部買い取ってもらったはずだけど。


「何か問題があったんでしょうか?」

「いえ、問題というより……実は、買い取り金額に間違いがあったんです」

「えっ?」


 買い取り金額?

 もしかして、多く受け取ってしまったのかな。


「あの、昨日のお金ならまだ持っています。返さないといけない分があるなら……」

「あっ、違いますよ!」


 セシリアさんが慌てて首を振った。


「レインくんに返していただくお金はありません。むしろ、こちらから追加でお支払いしなければならないんです」

「……追加で?」

「はい。詳しいことはギルドで説明したいのですが、今日、お時間をいただけますか?」


 セシリアさんの表情は真剣だった。

 何だか、ただの計算間違いではなさそうだ。


「分かりました。これから伺います」

「ありがとうございます。それでは、ギルドでお待ちしていますね」


 セシリアさんが母さんにも頭を下げる。


「昨日は大変な思いをされたばかりなのに、朝からお騒がせして申し訳ありません」

「いえ。こちらこそ、昨日は本当にお世話になりました」


 母さんが微笑むと、セシリアさんも少し表情を和らげた。


「それでは、失礼します」


 セシリアさんを見送り、母さんが扉を閉める。


「……何かしらね?」

「うーん。追加でお金を払うって言ってたけど……」


 昨日の素材は、そんなに珍しいものだったのかな。


「お母さんも一緒に行こうか?」

「大丈夫だよ。買い取りの話みたいだし、一人で行ってくる」

「そう? それなら、帰ってきたら教えてね」

「うん。もちろん」


 部屋へ戻り、冒険者カードとお金の袋を確かめる。

 昨日受け取ったお金も、そのままポーチへ入れた。

 もし金額を調整するなら、持っていた方がいいだろう。

 準備を終えると、母さんもちょうど仕事へ出るところだった。


「それじゃあ、行ってくるわね」

「行ってらっしゃい、母さん」

「レインも気をつけてね」

「うん。行ってきます」


 途中まで一緒に歩き、いつもの分かれ道で母さんと別れた。

 さて。

 セシリアさんがわざわざ家まで来るなんて、いったい何があったんだろう。


 *


 冒険者ギルドへ入ると、受付にいたセシリアさんがすぐに気づいてくれた。


「レインくん。来てくれたんですね」

「はい。お待たせしました」

「いえ、こちらこそ。朝から呼び出してしまって、すみません」


 セシリアさんは受付の端へ案内すると、一枚の書類を取り出した。


「まず、昨日の買い取りについて、お詫びしなければなりません」

「……お詫び、ですか?」


 セシリアさんが、深く頭を下げた。


「昨日、レインくんが持ち込んだホブゴブリンの素材ですが、私の査定が間違っていました。申し訳ありません」

「あっ、頭を上げてください。まだ、何があったのか分かっていないので……」


 セシリアさんが顔を上げ、書類をこちらへ向けた。


「実は、昨日の素材を改めて鑑定したところ、通常のホブゴブリンのものではないと分かったんです」

「普通のホブゴブリンじゃない……?」


 書類に書かれた名前を読む。


「ホブゴブリン・エース……?」

「はい。通常のホブゴブリンよりも遥かに強い、Bランクの変異種です」

「……Bランク!?」


 思わず声が大きくなってしまった。

 Bランクといえば、Dランクよりも二つも上だ。

 そんな魔物が、あの森にいたの?


「冒険者の間では、こうした変異種を『称号持ち』と呼ぶこともあります。普通のホブゴブリンとは、強さがまるで違うんですよ」


 セシリアさんの説明を聞きながら、昨日の戦いを思い出す。

 何度斬りつけても、なかなか倒れてくれなかった。

 ダンの剣を棍棒で受け止めたときも、ほとんど動かなかった。

 それに、あの一撃。


「……だから、あんなに強かったんですね」


 無意識に左腕へ手を添えていた。

 セシリアさんが、少し心配そうにボクを見る。


「レインくん。腕の具合はどうですか?」

「もう大丈夫です。今朝も動かしてみましたけど、痛みはありませんでした」

「そうですか……。本当によかったです」


 セシリアさんが、ほっとしたように微笑んだ。


「それで、買い取り金額なのですが……」


 セシリアさんが書類の金額欄を指差した。


「昨日、魔石(中)として買い取ったものは、蒼魔石(中)という希少な素材でした。こちらが金貨三枚です」

「……金貨三枚?」


 え?

 魔石一つで?


「それから、ホブゴブリン・エースの牙が金貨四枚。皮が金貨六枚になります」

「…………」


 ボクは書類を見つめた。

 三枚。

 四枚。

 六枚。

 ……全部、金貨だよね?


「……合計で、十三枚ですか?」

「はい。金貨十三枚になります」

「じゅ、十三枚!?」


 思わず、もう一度書類を見てしまった。

 金貨十三枚。

 以前、クリアスライムの依頼で金貨一枚を受け取ったときだって、あんなに驚いたのに。

 それが、十三枚?


「……本当に、そんなに高いんですか?」

「ええ。特に牙と皮は希少な武具の素材として、非常に価値が高いんです」


 セシリアさんが微笑む。


「私も鑑定結果を見たときは驚きました」

「そうなんですね……」


 もう一度、書類へ目を落とす。

 ……すごいな。

 金貨十三枚もあったら、母さんとどんな暮らしができるんだろう。


「昨日は通常のホブゴブリンとして、大銀貨六枚と銅貨五枚をお渡ししています。今日は、その差額をお支払いしますね」

「あっ、それなら……」


 ボクはポーチから、昨日のお金の袋を取り出した。


「昨日受け取った分も持ってきたんです。まとめて金貨に替えてもらえますか?」

「もちろんです」


 セシリアさんが笑顔で頷いてくれた。

 差額として受け取ったのは、金貨十二枚と、大銀貨三枚、銀貨九枚、銅貨五枚。

 そこへ昨日受け取った大銀貨六枚と銅貨五枚を合わせると、ちょうど金貨一枚になる。

 交換してもらった金貨を加えると、全部で十三枚。

 台の上に並んだ金貨を、しばらく見つめてしまった。


「……こんなにたくさんの金貨、初めて見ました」

「ふふっ。そうでしょうね」


 セシリアさんが、少し楽しそうに笑った。


「レインくんのお母さんも、きっと驚かれますよ」

「はい。帰ったら、母さんにも見せようと思います」


 金貨を一枚ずつ袋へしまう。

 十三枚。

 何度数えても、十三枚だ。

 袋の口をしっかり結び、ポーチへ収めた。


 *


「レインくん。実は、もう一つお話があるんです」


 お礼を言って帰ろうとしたところで、セシリアさんに呼び止められた。


「ギルドマスターがお待ちなので、少しお時間をいただけますか?」

「ゼストさんが?」


 昨日も、たくさんお話をしたばかりだけど……。


「はい。こちらへどうぞ」


 セシリアさんに案内され、ギルドの奥へ向かった。

 通されたのは、昨日も入った部屋だった。


「おはよう、レインくん」

「おはようございます、ゼストさん」


 机の向こうに座っていたゼストさんが、ボクを見ると軽く頷いた。


「腕の具合はどうだ?」

「もう大丈夫です。今日は家で休もうと思っていたんですが、セシリアさんが来てくださったので」

「そうか。休んでいるところを呼び出して、すまなかったな」

「いえ、大丈夫です」


 勧められた椅子へ腰を下ろす。

 ゼストさんは、机の上に置いてあった書類を手に取った。


「ホブゴブリン・エースについては、もう聞いたかな?」

「はい。Bランクの魔物だったんですよね?」

「ああ。通常のホブゴブリンとは、まるで別物だ」


 ゼストさんが頷く。


「そこで、君の冒険者ランクについて話をしたい」

「……ボクのランク、ですか?」


 何だろう。

 ボクは少し背筋を伸ばした。


「レインくん。君を、EランクからDランクへ昇格させることにした」

「…………え?」


 今、何て?


「……Dランクに、ですか?」

「ああ。おめでとう」


 ゼストさんが笑った。

 ボクは思わず、腰のポーチへ目を向ける。

 中には、青い冒険者カードが入っている。

 冒険者になったとき、セシリアさんから受け取ったカードだ。

 いつかは上のランクになれたらいいな、とは思っていたけれど……。


「……ボク、本当にDランクになれるんですか?」

「もちろんだ。レッドアルミラージやヒートモスの討伐実績もある。今回の件だけで決めたわけではないよ」


 ゼストさんが、書類を机へ置いた。


「ただ、一つだけ覚えておいてほしい」

「はい」

「ランクが上がっても、無理をする必要はない。昨日のような危険な行動は、できるだけ避けるんだ」

「……はい」


 昨日、母さんと約束したことを思い出す。


「ボク、しばらく森へは行かないつもりです」

「そうなのか?」

「はい。もっと強くなるまでは、いつもの草原で狩りをしようと思っています」


 ゼストさんは、ボクの顔を見てゆっくり頷いた。


「うむ。自分の力量を見極めることも、冒険者には必要なことだ。焦る必要はない。君のペースで経験を積んでいくといい」

「はい。ありがとうございます」


 その言葉を聞いて、少し安心した。

 Dランクになったら、森へ行かないといけないのかと思っていたから。


「それでは、カードを変更しましょうか」


 セシリアさんが、そばへやってきた。


「レインくん。今の冒険者カードをお預かりしますね」

「はい。お願いします」


 ポーチから青いカードを取り出し、手渡す。

 セシリアさんが部屋を出ていったあと、ゼストさんは森の様子について少し話してくれた。

 ホブゴブリン・エースのような変異種が、ほかにも現れていないか調べているらしい。


「何か変わったことに気づいたら、すぐにギルドへ知らせてくれ」

「分かりました」


 しばらくすると、セシリアさんが戻ってきた。


「お待たせしました、レインくん」


 差し出されたカードを見て、思わず目を見開く。


「……わあ」


 青銅色の冒険者カードだ。

 冒険者登録をした日、ボクも受付カウンターの壁に飾られた見本を眺めていた。

 そのときは見上げていたDランクのカードが、今はボクの手の中にある。


「……本当に、Dランクになったんだ」


 カードを少し傾けると、青銅色の表面が光を反射した。


「おめでとうございます、レインくん」

「ありがとうございます、セシリアさん」


 ゼストさんにも頭を下げる。


「ゼストさんも、ありがとうございます」

「ああ。これからも頑張ってくれ」


 ボクは新しいカードを、いつもより慎重にポーチへしまった。


 *


 ギルドを出ると、朝より通りがにぎやかになっていた。

 荷車が通り過ぎるのを待ちながら、ついポーチへ手を伸ばしてしまう。

 中には、金貨十三枚。

 それから、青銅色の冒険者カード。

 今日は狩りに行かないつもりだったのに、こんなことになるなんて。

 母さんに早く話したいな。

 パン屋へ寄ろうかとも思ったけれど、今は仕事中だ。

 きっと、帰ってきてからの方がゆっくり話せるよね。

 ボクはそのまま家へ向かった。

 家に着くと、靴を脱ぎ、食卓へ新しいカードを置いてみる。


「……Dランク、か」


 青銅色のカードが、窓から差し込む光を受けて輝いている。

 ついこの間まで、スライムを倒して銅貨を集めていたのに。

 それが今では、金貨を十三枚も持っている。

 ……何だか、不思議な感じだ。

 カードをポーチへしまい直し、母さんが用意してくれた昼食のパンを取り出す。

 今日は、ちゃんと休むって約束したんだ。

 お昼を食べたあとは、家の中を片付けたり、ソファーでのんびりしたりして過ごした。

 それでも、ときどきポーチを開いてしまう。

 金貨も、カードも、ちゃんと入っている。

 ……うん。

 夢じゃないみたいだ。


 *


 夕方になり、玄関で鍵の回る音がした。


「ただいま、レイン」

「おかえり、母さん」


 ボクは玄関へ向かった。


「ギルドには行ってきた?」

「うん。それでね、母さんに見せたいものがあるんだ」

「あら、何かしら?」


 母さんが不思議そうに首を傾げた。


「手を洗ってからでもいい?」

「あっ、うん」


 ちょっと急ぎすぎちゃった。

 母さんが荷物を置き、手を洗うのを待つ。

 それから二人で食卓についた。


「それで、何を見せてくれるの?」


 ボクはポーチから、新しい冒険者カードを取り出した。


「これ、見て」


 食卓へ置くと、母さんが目を丸くした。


「あら……?」


 カードを手に取り、表面を確かめる。


「これ……Dランク?」

「うん。今日、ゼストさんに昇格させてもらったんだ」

「まあ……!」


 母さんが顔を上げた。


「おめでとう、レイン!」

「ありがとう、母さん」


 母さんが嬉しそうに笑ってくれたので、ボクまで嬉しくなった。


「それでね、昨日倒したホブゴブリンなんだけど……」

「ええ?」

「実は、普通のホブゴブリンじゃなかったんだって」


 母さんが、少し首を傾げた。


「どういうこと?」

「ホブゴブリン・エースっていう、Bランクの変異種だったらしいんだ」

「……Bランク?」


 母さんの笑顔が、少しだけ消えた。


「……そんなに強い魔物だったの?」

「うん。ボクも今日聞いて、驚いたよ」


 母さんの視線が、ボクの左腕へ向かった。

 ……あ。

 また心配させちゃったかな。


「でも、母さん。昨日約束したことは、ちゃんと守るよ」

「……レイン」

「しばらく森へは行かないし、ゼストさんにもそう話したんだ」

「そう……」


 母さんが小さく息を吐いた。

 それから、ボクの頭へそっと手を伸ばす。


「分かっているわ。レインは約束を守ってくれるものね」

「うん」


 母さんはもう一度カードへ目を向けた。


「それにしても……Dランクになったのね」

「ボクも、まだちょっと信じられないんだ」

「頑張ってきたものね。母さんも嬉しいわ」


 母さんがカードを返してくれたので、大切にポーチへしまう。

 さて。

 もう一つ、驚いてもらわないと。


「母さん、実はまだあるんだ」

「あら? 今度は何?」


 ボクはポーチから、お金の入った袋を取り出した。

 食卓へ置くと、ずしりと音がする。


「昨日の素材なんだけど、買い取り金額も変わったんだよ」

「そうなの?」


 母さんが袋を見つめる。

 ボクは口を開き、金貨を一枚ずつ取り出した。

 一枚。

 二枚。

 三枚。


「……レイン?」


 母さんの声が、少し上ずった。

 それでも、ボクは並べていく。

 五枚。

 八枚。

 十枚。


「ちょ、ちょっと待って、レイン……!」


 母さんが、慌ててボクの手を見た。


「それ、全部……金貨?」

「うん」


 最後の一枚を置く。

 食卓の上には、十三枚の金貨が並んだ。


「全部で、金貨十三枚だったんだ」

「…………」


 母さんが固まってしまった。

 金貨を見て、ボクを見て。

 もう一度、金貨を見る。


「……十三枚?」

「うん。魔石が三枚、牙が四枚、皮が六枚だって」

「……まあ」


 母さんが、そっと口元へ手を当てた。


「……本当に、驚いたわ」

「ボクも、セシリアさんから聞いたときは同じだったよ」


 母さんが、ようやく小さく笑った。


「そうでしょうね。こんなにたくさんの金貨、母さんも初めて見るもの」


 ボクは金貨を数え、十枚を母さんの方へ寄せた。


「母さん。この十枚は、家のために貯金してほしいんだ」

「……十枚も?」


 母さんが驚いた顔で、ボクを見る。


「うん。残りの三枚は、ボクが持っていてもいい?」

「もう、レインったら……」


 母さんが、困ったように笑った。


「あなたが頑張って稼いだお金なんだから、そんなこと聞かなくてもいいのよ?」

「でも、母さんと一緒に決めたいんだ」


 ボクは、母さんの前に置いた金貨へ目を向ける。


「前に話したでしょ? いつか、もっと広い家に住みたいって」

「ええ。覚えているわ」

「だから、少しずつ貯めていこうよ」


 母さんはしばらく金貨を見つめていた。

 それから、ゆっくり頷いた。


「……そうね。大切に貯めておきましょう」

「うん」


 母さんが十枚の金貨を集める。

 ボクも残りの三枚を袋へ戻した。


「近いうちに、銀行へ預けに行かないとね」

「うん。こんなに家に置いておくのは、ちょっと怖いもん」

「ふふっ。お母さんも同じことを考えていたわ」


 二人で顔を見合わせ、笑ってしまった。

 母さんが金貨を別の袋へしまい、食卓の上を片付ける。


「さて。それじゃあ、夕飯の支度をしましょうか」

「うん。ボクも手伝うよ」


 椅子から立ち上がると、母さんが振り返った。


「レイン」

「ん?」


 母さんが、優しく微笑む。


「改めて、Dランク昇格おめでとう」

「……ありがとう、母さん」


 嬉しくなって、ボクも笑った。


「さあ、今日は何を作ろうかしら」

「ボク、何でも手伝うよ」

「ふふっ。それなら、まずはお皿を出してくれる?」

「うん。今、出すね」


 母さんと並んで台所へ向かう。

 今日は、本当に驚くことばかりだった。

 でも、一番嬉しかったのは、やっぱり母さんが喜んでくれたことかな。

 そう思いながら、ボクは食器棚へ手を伸ばした。


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